夜桜の下でまた逢う日まで

馬場 蓮実

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第2章 佐野家

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 わずかな光が漂う最果ての路地から遠のくにつれて、自ずと光量は増えていく。俺たちが色まで帯び始めた頃には、光の中心はもう目前だった。

「それにしても、あんたタンクトップなんかで寒くないわけ?」

 互いの容姿が改めてはっきりしたせいか、不意にサクラがツッコむ。わりと今更感あるけども、確かに言われてみればそうだ。アニメの『THE昭和』の描写と一致した姿だからあまり違和感を感じていなかったけども。

「ツッコミたいのはわいの方じゃ。アネキこそその制服暑くないんか?ハルも妙に厚着じゃし」

「何言ってんのむしろ寒いわよ」

「ちょっと待て。二人とも今暑いとか寒いとかいう感覚あんの?」

「今じゃなくて、『現実』の話。小学校にはよく居たわよねえ、年中半袖のやつ」

「どうでもいいが、どっちかこの紙持っててくれんか。仕舞うところがないんじゃ。また落っこちたら流石に持っとれん」

「ポケットまで無いとかどんだけシンプルな服着てんのよ貸せッ…………ん?」

 今度は、サクラが足を止めて紙を眺め始めた。そのまじまじと見る姿がトシと全く同じで不意に口角が上がってしまうのだけれど、直後まさかの一言でそのニヤケ面が驚愕の表情へと変わる。

「ちょっと!ここ、これ印付いてない?」

「「……え?」」

 思わず、俺とトシは両側から食い入るように覗き込んだ。
 逆光に晒された紙は全体が黒く映えるばかりで、つまるところ、一見何となく間取りが分かるだけ。それ以上でも以下でもない。

「どこ?どこじゃ?」

「俺にも分からん」

「ちょっ、おめーら暑苦しいぞ!」

「アネキこういうのは光源を背に見んと。年中半袖の小学生でも分かることぞ?」

「そうだぜ一体どんな教育受けてんだ」

「オメーが言うな!よーく見ろよーく!書斎のところ!」

「「書斎?」」

 書斎は、広縁を含むコの字の通路の先。その名相応に収納スペースが多く、その他は壁を埋める程の『本棚』というメモ。でも、別に分かりやすい印なんてものは見当たらないが——


「……あっ」


 どうやら、分かりやすい印だと思っていたことが間違いだったようだ。赤丸が付いていたり、矢印がそっと書かれていたり、そんな優しいメモじゃない。
 寧ろ、まるでパッと見程度では分からないように細工されているみたいだ。

「ハル、おまんも分かったんか!?」

「部屋の左上、印をした『跡』がある」

「跡!?」

 例えるなら、芯の出ていないシャーペンでぐるぐるとしたような、紙に薄ら残った痕跡。

「ほ、ほんまじゃ……」

 ポッカリと口を開けて、唖然とするトシ。

「えーっと、中坊の諸君。何か言うことは?」

「失礼しました」

「失礼しやした」

「よろしい!じゃああとは、ここを目指すだけね」

 折り畳んだ紙をスカートのポケットに納め、サクラは再び淡々と歩き出す。割とボロクソに言った手前、ゲンコツの一つでも喰らうかと覚悟したけど意外と優しいことに拍子抜けしてしまう。

「……アネキのやつ、よう分かったな」

 トシが小声で俺に囁く。首を傾げる姿を見るに、まだ納得はできていないようだ。

「目は良いんじゃなかったの?」

「良いはずなんじゃがなあ……わいはそれより、見た目一番馬鹿っぽいアネキが今んとこ一番賢い立ち回りしとるのが不思議でならん」

 クソ真面目な顔で中々失礼なことを言うトシに苦笑いしながら、俺とトシはサクラの何処か頼もしい後ろ姿を追った。


 長いようで短い道のりを経て戻ってきた公園に繋がる道路は、辺りが桃色の暖色に覆われていた。『町の中心』に相応しく、突き当たりの公園は夜の帷の内側を照らす光源そのもの。まだ現実に帰れると確定したわけでもないのに、何故だが安心する。目から入ったその光が、まるで心を透過して不安だけを抽出してくれているようだ。

 と、このタイミングで途中から先導していたサクラが足を止めた。チラッとトシの方を見たことで、トシも察したように「わいの出番じゃな」と先頭を替わる。

「ここまで明るくなればもう落ちる心配はないでしょ」

 ふうっ、と一息つくサクラはその言葉の通り俺とは別の理由で安心した様子だ。道の往復だし最早道中の心配なんて全くしてなかったけど、冷静に考えると不意に『穴』が開いていても突如崖崩れが起きてもおかしくはない。流石の危機管理能力と言うべきか。

「そういうことなら俺が前歩いたのに」

「アンタ二度も女の子に重労働させる気?」

「女の子……まあ、そうか」

「なんだ今の間は」

 落ちるより全然マシじゃないか?と思うのは俺だけではないはず。というか、よくよく考えてみると二人は『落ちる=死ぬ』と思ってるんだよな……?それを承知の上で先導するって中々凄いことだと思うんだが。

「何をイチャついとんじゃ!置いてくぞ!」

 前方を見ると、既に公園の手前まで進んだトシが呆れたように俺たちを待っていた。

「走ったら危ないでしょうが」

「おまんは母ちゃんかい」

「で、家はどっちにあるんだ?」

「おお、公園の裏手じゃからここからグルッと回るで」

「裏手……?」

「めんどくさー。ここ突っ切れないわけ?」

「いや裏手とは言っても『すぐ』裏手ってわけじゃねえのよ。まあどの道正門からしか出入りできんが」

 トシの説明を聞いた途端、何かが胸の奥でざわめき始め、平静だった心に波紋を投げかける。

 突如浮上した、ある可能性。
 
 それはあくまで可能性だけど、心臓を打ちつけるには十分だった。現実ではその家がどうなっているのかさえ知らない。
 でも、何故だか俺は、その可能性だけは心の隅で否定したがっていた。
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