31 / 34
終章 残された運命
Epilogue④ 本心
しおりを挟む右手を強く胸に当て、心臓から押し出すように、私は言い放った。
瞬間、胸の奥から何かが解き放たれたように感じた。重くのしかかっていた感情が、少しだけ軽くなる。
「どういう意味じゃ?」
「言葉の通りよ。あなたに代わって、私が伝えてくる」
お爺さんは、その一言でようやく理解してくれたようだった。私がこれからやろうとしていること。そして、私の想いと、私の意志を。
「儂がそれで、納得すると思うのか?」
「納得できなければ、またこっちに戻ってくればいい。あなたの時代なら、まだ少なくともすり切り三杯分は残っているわ。あなたがあっちに帰ったとき、その後悔が変わっていなければ……あとは好きにして」
感情という目に見えないものだけを変えるのは、中々容易なことじゃない。でも、今のお爺さんがそのまま接触するよりは、何世代か離れた私の方が絶対良い。それに——
身内だからこそ、私にだって分かることがある。
「でもね、はっきり言うわ。あなたは逢うべきじゃない。その後悔は、きっとお父さんに伝播する。その老いた姿で、そしてその表情で、その目で……それを打ち明けられたら、それこそ今度はお父さんが一生後悔する。そんな想いを背負わせてしまったことを。そして、自分の言葉が呪いになっていたという事実を。一番大切にすべきなのは、高々百年そこらのモノじゃない、家族よ。あなたがした行動を責めるような人間は、身内には絶対に居ないわ。これまでも、これからも」
「…………」
お爺さんは、しばらく口を閉ざし、両手を膝に置いたまま静かに俯いた。正直、若輩者の私が説いたところで、真にこの言葉がお爺さんの心を動かせるとは思わない。
でも、それでも私は本心を伝えた。私はこの家に生まれたことを誇りに思っているし、大事なのはモノじゃなくてココロだと思ってる。そして何より、それを繋いできた『人』。物に固執して、この家系が途絶えたらそれこそ本末転倒だから。
「いやあ……参った」
ようやく顔を上げると、そこには先ほどのような苦悩の色は無く、哀しみを帯びながらも清々しい表情があった。
「まさか、まだ面識すらない子孫から、そんなお説教をされるとは」
「……ちょっと生意気過ぎた?」
「ハハハ!いやいや、むしろ誇らしい。儂が思っていた以上に、この家の未来は明るいようじゃ」
お爺さんは重い腰を上げ、またゆっくりと、今度は枯山水の方へ歩き出す。
「どうしてお前さんに遭ったのか、これでようやく理解できた」
後ろをついて行く私に聴こえたその台詞は、納得という言葉で片付けるにはあまりにも深い一言のように感じた。それは、私に向けて発したものではない。自分の中で決着をつけるような、そんな呟きだった。
「では、少し昔話をしておこうかのう」
「……『花咲じいさん』の話でもするの?」
「おお、よう分かったな」
「ええ……私冗談で言ったんだけど」
お爺さんは、門の手前で一度敷地内を見渡し、澄んだ表情のまま門をくぐった。
「桜の木を植えたのは、儂のひい爺さんだそうだ。始めた頃は庭の至る所に咲かそうとしたらしいがのう、一本も育たなかったらしい。庭を囲っておる木はその代わりじゃ。結局、歳を取って最後、当時空き地だったあそこに一本植えてひい爺さんは死んだ。それを引き継いだのが、儂の爺さんじゃ」
「そんなに前から……」
「ああ。お前さんも知っての通り、奇跡的にその一本だけは育った。あの日誌は、その時の記録のために爺さんが書き始めたものでな……とは言っても、ひい爺さんの日記を拝借しとるから半分以上は桜に関係の無い話が入っておるがの。ただ、実は終盤に重要なことが書かれてある」
「重要なこと……?」
日記っぽいなっていう私の読みは当たっていたみたいだけど、そんな重要な話が?
「『儂の背丈を超えし祝いに、この桜の末永く栄えんことを願ひて、我が酒を注ぎけり』とな」
「えっ……!?」
「そう。恐らくそれが、今残っとる酒じゃ」
……なるほど。じゃあやっぱりあのお酒が特別で、あれ以外ではたとえ条件を満たしても、こっちの世界には来れないのね。……良かった。
「結局、だからと言ってこの世界が存在している理由は分からん。この家の人間はとにかく花見が好きでな。いつまでも満開の桜を眺めたいという、爺さんの想いを叶えてくれたのやもしれん。まあ、この世界を初めて知るのは、爺さんではなく儂の親父なんじゃが」
「じゃあ……この世界を知っているのは、私ら三人と、あなたと、あなたのお父さんの五人だけ……?」
「お前さんの後の世代が知らなければ、そういうことになる。それを踏まえると、今日……というよりは、この日付に四人が集ったのは、本当に奇跡じゃ」
確かに、四人が四人偶々この四月一日を選んで、且つ丁度この一九九九年に飛ぶ量を飲んだのなら、確率としては宝くじよりも低いと思う。けれど、ここまで来ると最早確率云々じゃない。『運命』っていうチープな台詞が一番しっくりくる。実際のところ、私らは互いが互いを導くようにここへ集ったと思っているし、このお爺さんもまたそのうちの一人なはず。
でも、それでもまだ何か、引っかかる……。
20
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
【完結】『80年を超越した恋~令和の世で再会した元特攻隊員の自衛官と元女子挺身隊の祖母を持つ女の子のシンクロニシティラブストーリー』
M‐赤井翼
現代文学
赤井です。今回は「恋愛小説」です(笑)。
舞台は令和7年と昭和20年の陸軍航空隊の特攻部隊の宿舎「赤糸旅館」です。
80年の時を経て2つの恋愛を描いていきます。
「特攻隊」という「難しい題材」を扱いますので、かなり真面目に資料集めをして制作しました。
「第20振武隊」という実在する部隊が出てきますが、基本的に事実に基づいた背景を活かした「フィクション」作品と思ってお読みください。
日本を護ってくれた「先人」に尊敬の念をもって書きましたので、ほとんどおふざけは有りません。
過去、一番真面目に書いた作品となりました。
ラストは結構ややこしいので前半からの「フラグ」を拾いながら読んでいただくと楽しんでもらえると思います。
全39チャプターですので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。
それでは「よろひこー」!
(⋈◍>◡<◍)。✧💖
追伸
まあ、堅苦しく読んで下さいとは言いませんがいつもと違って、ちょっと気持ちを引き締めて読んでもらいたいです。合掌。
(。-人-。)
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
フラレたばかりのダメヒロインを応援したら修羅場が発生してしまった件
遊馬友仁
青春
校内ぼっちの立花宗重は、クラス委員の上坂部葉月が幼馴染にフラれる場面を目撃してしまう。さらに、葉月の恋敵である転校生・名和リッカの思惑を知った宗重は、葉月に想いを諦めるな、と助言し、叔母のワカ姉やクラスメートの大島睦月たちの協力を得ながら、葉月と幼馴染との仲を取りもつべく行動しはじめる。
一方、宗重と葉月の行動に気付いたリッカは、「私から彼を奪えるもの奪ってみれば?」と、挑発してきた!
宗重の前では、態度を豹変させる転校生の真意は、はたして―――!?
※本作は、2024年に投稿した『負けヒロインに花束を』を大幅にリニューアルした作品です。
隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする
夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】
主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。
そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。
「え?私たち、付き合ってますよね?」
なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。
「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる