夜桜の下でまた逢う日まで

馬場 蓮実

文字の大きさ
32 / 34
終章 残された運命

Epilogue⑤ 法則

しおりを挟む
「先に謝っておくと、酒の大半を飲んだのは儂と儂の親父じゃ。親父は死ぬ前になってようやくこの世界の話をしてくれてな。ただ、この異界の法則はほぼ解明することなく日誌にも特段記さずこの世を去った。親父がここに来たのは、老いてから四、五回程度。じゃから、儂はその四、五人の親父の一人に逢うべく、時代を彷徨っておったわけじゃ」

「……そこなんだけどさ、私納得いってないのよね。『日付』を跨ぐと記憶が薄れていくのに、何百何千分の一を当てるって、流石に現実的じゃないと思う。あの六つのルール以外にも、何かあるわよね?」

 ついさっき、あんな啖呵切っといて言うにはちょっとダサい台詞だけど、これが正直な疑問だから仕方がない。仮に『アレだけだ』って返されたら流石の私でもお手上げよ?

「いや…………実はそうなんじゃ」

「いやなんかい。一瞬めっちゃ焦ったわ」

 でも、私はその冗談混じりの口調に、なんだか安心した。

 いつの間にか、ハッハッ、と笑うお爺さんの横顔がはっきりと見えるくらいに、周りは明るくなっていた。話に夢中で、気づけば公園の裏手を通り過ぎていたみたい。目の前はもう、公園の入り口だ。

「お前さんにとっては、ここからが一番重要な話じゃ。良いか、時間を跨ぐ方法は二つある。一つは、知っての通り花びら入りの酒を飲むこと。現世と同じ量を飲めば無条件で現世行きじゃ。それ以外の場合は、この世界で時間を跨ぐことになる。ここまでは問題ないな?」

「ええ、大丈夫」

 確か、日誌には『桜の根元が昼』と書かれてあった。この世界が常に夜だから、つまり過去と未来どちらに飛ぶのかは飲む場所で決まるってことね。……まったく、あの桜も随分と複雑なルールを作ってくれたものだわ。でも、確かに夜桜を眺めてお酒を愉しむためには、それが妥当なのかも。未成年の私らにはまるで関係ないけど。

「そしてもう一つ。これはちと勇気が要るんじゃが……お前さん新居に行ったのであれば、崖の存在は知っておるな?」

「え?ええ。…………まさか落ちろとか言わないでよ?」

「無論、落ちろとは言わん。じゃが、崖から落ちるのがそのもう一つの方法じゃ」

「いやもう勘弁してくれる?その屁理屈みたいな言い回しー」

「ふっふ。酒のみで辿り着ければそれに越したことはない。だが、確率がより高いのは『落ちる』方じゃ。こちらは飛ぶ時間がバラバラでの、一週間しか変わらないこともあれば五十年飛ぶ可能性もある」

「……それのどこが確率高いわけ?」

「と、思うじゃろう?しかし、実は今回で確信した。どうやら、近い時代に『人』が居れば、まるで引力のようにそこに引き寄せられるらしい。儂がお前さんらと逢えたのは、その為じゃのう」

 その説明は、今まで引っかかっていた謎を取り去るには十分だった。お爺さんはやはり、ただ確率の壁を越えようとしていたんじゃない。見込みがあったからこそ、今ここに居るんだ。


 にしても……これでやっとスッキリしたわ。初めて実家に入った時のハルのあの言動。えらく慎重になったかと思えば、急に『待てトシ!』とか叫び出すし。あれはどう考えても初見の人間の発言じゃない。間違いなく一度あそこで落ちてるわね。最後まで黙ったまま帰りやがって……次会ったら文句言ってやる。

「だが、難しいことに逆もあり得る。儂は一度、昔の自分に逢うべくそれを試みたが、その時飛ばされた時間が先ほど言った五十年じゃ」

「引力の逆……斥力が働いたみたいね」

「うむ。この世界では、矛盾が生じる様なことは起こらん。都合が悪いこと、と言った方が明快か。例えば、この世界は言ってみれば日付という名の部屋がいくつもあるようなもの。時間の概念が無いからこそ、その部屋に入る人間は必ず一同に会する。そして、その部屋を出ればもう誰も入ることは出来ん。今この場所も、儂とお前さんが去れば、もう誰も来れはせん。……まあ、初めてこの世界に来たお前さんには、必要のない知識だったかのう」

「いや、そんなことないわ。有益な情報をありがとう」

 時間の概念が無いというのは確かにその通りなんだろうけど、それはあくまで現世から飛んで来た場合。厳密に言えば、この世界にも時の流れは存在しているはず。でないと、私が今崖から落ちれば、次に行き着く先はハルがさっきまで居た日付。でも、それは話が矛盾する。この世界で時間跨ぎをした場合は、きっとそれが優先されるのでしょうね。…………これ、残ったのが私だからまだ良いけど、ハルならもう頭の中『?』で溢れかえってるわ。

「さて。では、そろそろ終いとするか。もう、儂に訊くことはないな?」

 お爺さんは桜の真下まで進むと、置きっ放しにしてあった徳利を手に取り、蓋を開けた。その動作を見るに、もう迷いは無さそうね。

「もう十分よ。でも、一つだけ……言っておきたいことがあるの」

「ほう、なんだ?」

 お爺さんが一つの歴史を終わらせたように、実は私も、一つだけ終わらせたものがある。まあ、私の場合全く後悔なんかしてないんだけど。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

【完結】『80年を超越した恋~令和の世で再会した元特攻隊員の自衛官と元女子挺身隊の祖母を持つ女の子のシンクロニシティラブストーリー』

M‐赤井翼
現代文学
赤井です。今回は「恋愛小説」です(笑)。 舞台は令和7年と昭和20年の陸軍航空隊の特攻部隊の宿舎「赤糸旅館」です。 80年の時を経て2つの恋愛を描いていきます。 「特攻隊」という「難しい題材」を扱いますので、かなり真面目に資料集めをして制作しました。 「第20振武隊」という実在する部隊が出てきますが、基本的に事実に基づいた背景を活かした「フィクション」作品と思ってお読みください。 日本を護ってくれた「先人」に尊敬の念をもって書きましたので、ほとんどおふざけは有りません。 過去、一番真面目に書いた作品となりました。 ラストは結構ややこしいので前半からの「フラグ」を拾いながら読んでいただくと楽しんでもらえると思います。 全39チャプターですので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。 それでは「よろひこー」! (⋈◍>◡<◍)。✧💖 追伸 まあ、堅苦しく読んで下さいとは言いませんがいつもと違って、ちょっと気持ちを引き締めて読んでもらいたいです。合掌。 (。-人-。)

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

フラレたばかりのダメヒロインを応援したら修羅場が発生してしまった件

遊馬友仁
青春
校内ぼっちの立花宗重は、クラス委員の上坂部葉月が幼馴染にフラれる場面を目撃してしまう。さらに、葉月の恋敵である転校生・名和リッカの思惑を知った宗重は、葉月に想いを諦めるな、と助言し、叔母のワカ姉やクラスメートの大島睦月たちの協力を得ながら、葉月と幼馴染との仲を取りもつべく行動しはじめる。 一方、宗重と葉月の行動に気付いたリッカは、「私から彼を奪えるもの奪ってみれば?」と、挑発してきた! 宗重の前では、態度を豹変させる転校生の真意は、はたして―――!? ※本作は、2024年に投稿した『負けヒロインに花束を』を大幅にリニューアルした作品です。

隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする

夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】 主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。 そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。 「え?私たち、付き合ってますよね?」 なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。 「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。

処理中です...