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終章 残された運命
Epilogue⑤ 法則
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「先に謝っておくと、酒の大半を飲んだのは儂と儂の親父じゃ。親父は死ぬ前になってようやくこの世界の話をしてくれてな。ただ、この異界の法則はほぼ解明することなく日誌にも特段記さずこの世を去った。親父がここに来たのは、老いてから四、五回程度。じゃから、儂はその四、五人の親父の一人に逢うべく、時代を彷徨っておったわけじゃ」
「……そこなんだけどさ、私納得いってないのよね。『日付』を跨ぐと記憶が薄れていくのに、何百何千分の一を当てるって、流石に現実的じゃないと思う。あの六つのルール以外にも、何かあるわよね?」
ついさっき、あんな啖呵切っといて言うにはちょっとダサい台詞だけど、これが正直な疑問だから仕方がない。仮に『アレだけだ』って返されたら流石の私でもお手上げよ?
「いや…………実はそうなんじゃ」
「いやそうなんかい。一瞬めっちゃ焦ったわ」
でも、私はその冗談混じりの口調に、なんだか安心した。
いつの間にか、ハッハッ、と笑うお爺さんの横顔がはっきりと見えるくらいに、周りは明るくなっていた。話に夢中で、気づけば公園の裏手を通り過ぎていたみたい。目の前はもう、公園の入り口だ。
「お前さんにとっては、ここからが一番重要な話じゃ。良いか、時間を跨ぐ方法は二つある。一つは、知っての通り花びら入りの酒を飲むこと。現世と同じ量を飲めば無条件で現世行きじゃ。それ以外の場合は、この世界で時間を跨ぐことになる。ここまでは問題ないな?」
「ええ、大丈夫」
確か、日誌には『桜の根元が昼』と書かれてあった。この世界が常に夜だから、つまり過去と未来どちらに飛ぶのかは飲む場所で決まるってことね。……まったく、あの桜も随分と複雑なルールを作ってくれたものだわ。でも、確かに夜桜を眺めてお酒を愉しむためには、それが妥当なのかも。未成年の私らにはまるで関係ないけど。
「そしてもう一つ。これはちと勇気が要るんじゃが……お前さん新居に行ったのであれば、崖の存在は知っておるな?」
「え?ええ。…………まさか落ちろとか言わないでよ?」
「無論、落ちろとは言わん。じゃが、崖から落ちるのがそのもう一つの方法じゃ」
「いやもう勘弁してくれる?その屁理屈みたいな言い回しー」
「ふっふ。酒のみで辿り着ければそれに越したことはない。だが、確率がより高いのは『落ちる』方じゃ。こちらは飛ぶ時間がバラバラでの、一週間しか変わらないこともあれば五十年飛ぶ可能性もある」
「……それのどこが確率高いわけ?」
「と、思うじゃろう?しかし、実は今回で確信した。どうやら、近い時代に『人』が居れば、まるで引力のようにそこに引き寄せられるらしい。儂がお前さんらと逢えたのは、その為じゃのう」
その説明は、今まで引っかかっていた謎を取り去るには十分だった。お爺さんはやはり、ただ確率の壁を越えようとしていたんじゃない。見込みがあったからこそ、今ここに居るんだ。
にしても……これでやっとスッキリしたわ。初めて実家に入った時のハルのあの言動。えらく慎重になったかと思えば、急に『待てトシ!』とか叫び出すし。あれはどう考えても初見の人間の発言じゃない。間違いなく一度あそこで落ちてるわね。最後まで黙ったまま帰りやがって……次会ったら文句言ってやる。
「だが、難しいことに逆もあり得る。儂は一度、昔の自分に逢うべくそれを試みたが、その時飛ばされた時間が先ほど言った五十年じゃ」
「引力の逆……斥力が働いたみたいね」
「うむ。この世界では、矛盾が生じる様なことは起こらん。都合が悪いこと、と言った方が明快か。例えば、この世界は言ってみれば日付という名の部屋がいくつもあるようなもの。時間の概念が無いからこそ、その部屋に入る人間は必ず一同に会する。そして、その部屋を出ればもう誰も入ることは出来ん。今この場所も、儂とお前さんが去れば、もう誰も来れはせん。……まあ、初めてこの世界に来たお前さんには、必要のない知識だったかのう」
「いや、そんなことないわ。有益な情報をありがとう」
時間の概念が無いというのは確かにその通りなんだろうけど、それはあくまで現世から飛んで来た場合。厳密に言えば、この世界にも時の流れは存在しているはず。でないと、私が今崖から落ちれば、次に行き着く先はハルがさっきまで居た日付。でも、それは話が矛盾する。この世界で時間跨ぎをした場合は、きっとそれが優先されるのでしょうね。…………これ、残ったのが私だからまだ良いけど、ハルならもう頭の中『?』で溢れかえってるわ。
「さて。では、そろそろ終いとするか。もう、儂に訊くことはないな?」
お爺さんは桜の真下まで進むと、置きっ放しにしてあった徳利を手に取り、蓋を開けた。その動作を見るに、もう迷いは無さそうね。
「もう十分よ。でも、一つだけ……言っておきたいことがあるの」
「ほう、なんだ?」
お爺さんが一つの歴史を終わらせたように、実は私も、一つだけ終わらせたものがある。まあ、私の場合全く後悔なんかしてないんだけど。
「……そこなんだけどさ、私納得いってないのよね。『日付』を跨ぐと記憶が薄れていくのに、何百何千分の一を当てるって、流石に現実的じゃないと思う。あの六つのルール以外にも、何かあるわよね?」
ついさっき、あんな啖呵切っといて言うにはちょっとダサい台詞だけど、これが正直な疑問だから仕方がない。仮に『アレだけだ』って返されたら流石の私でもお手上げよ?
「いや…………実はそうなんじゃ」
「いやそうなんかい。一瞬めっちゃ焦ったわ」
でも、私はその冗談混じりの口調に、なんだか安心した。
いつの間にか、ハッハッ、と笑うお爺さんの横顔がはっきりと見えるくらいに、周りは明るくなっていた。話に夢中で、気づけば公園の裏手を通り過ぎていたみたい。目の前はもう、公園の入り口だ。
「お前さんにとっては、ここからが一番重要な話じゃ。良いか、時間を跨ぐ方法は二つある。一つは、知っての通り花びら入りの酒を飲むこと。現世と同じ量を飲めば無条件で現世行きじゃ。それ以外の場合は、この世界で時間を跨ぐことになる。ここまでは問題ないな?」
「ええ、大丈夫」
確か、日誌には『桜の根元が昼』と書かれてあった。この世界が常に夜だから、つまり過去と未来どちらに飛ぶのかは飲む場所で決まるってことね。……まったく、あの桜も随分と複雑なルールを作ってくれたものだわ。でも、確かに夜桜を眺めてお酒を愉しむためには、それが妥当なのかも。未成年の私らにはまるで関係ないけど。
「そしてもう一つ。これはちと勇気が要るんじゃが……お前さん新居に行ったのであれば、崖の存在は知っておるな?」
「え?ええ。…………まさか落ちろとか言わないでよ?」
「無論、落ちろとは言わん。じゃが、崖から落ちるのがそのもう一つの方法じゃ」
「いやもう勘弁してくれる?その屁理屈みたいな言い回しー」
「ふっふ。酒のみで辿り着ければそれに越したことはない。だが、確率がより高いのは『落ちる』方じゃ。こちらは飛ぶ時間がバラバラでの、一週間しか変わらないこともあれば五十年飛ぶ可能性もある」
「……それのどこが確率高いわけ?」
「と、思うじゃろう?しかし、実は今回で確信した。どうやら、近い時代に『人』が居れば、まるで引力のようにそこに引き寄せられるらしい。儂がお前さんらと逢えたのは、その為じゃのう」
その説明は、今まで引っかかっていた謎を取り去るには十分だった。お爺さんはやはり、ただ確率の壁を越えようとしていたんじゃない。見込みがあったからこそ、今ここに居るんだ。
にしても……これでやっとスッキリしたわ。初めて実家に入った時のハルのあの言動。えらく慎重になったかと思えば、急に『待てトシ!』とか叫び出すし。あれはどう考えても初見の人間の発言じゃない。間違いなく一度あそこで落ちてるわね。最後まで黙ったまま帰りやがって……次会ったら文句言ってやる。
「だが、難しいことに逆もあり得る。儂は一度、昔の自分に逢うべくそれを試みたが、その時飛ばされた時間が先ほど言った五十年じゃ」
「引力の逆……斥力が働いたみたいね」
「うむ。この世界では、矛盾が生じる様なことは起こらん。都合が悪いこと、と言った方が明快か。例えば、この世界は言ってみれば日付という名の部屋がいくつもあるようなもの。時間の概念が無いからこそ、その部屋に入る人間は必ず一同に会する。そして、その部屋を出ればもう誰も入ることは出来ん。今この場所も、儂とお前さんが去れば、もう誰も来れはせん。……まあ、初めてこの世界に来たお前さんには、必要のない知識だったかのう」
「いや、そんなことないわ。有益な情報をありがとう」
時間の概念が無いというのは確かにその通りなんだろうけど、それはあくまで現世から飛んで来た場合。厳密に言えば、この世界にも時の流れは存在しているはず。でないと、私が今崖から落ちれば、次に行き着く先はハルがさっきまで居た日付。でも、それは話が矛盾する。この世界で時間跨ぎをした場合は、きっとそれが優先されるのでしょうね。…………これ、残ったのが私だからまだ良いけど、ハルならもう頭の中『?』で溢れかえってるわ。
「さて。では、そろそろ終いとするか。もう、儂に訊くことはないな?」
お爺さんは桜の真下まで進むと、置きっ放しにしてあった徳利を手に取り、蓋を開けた。その動作を見るに、もう迷いは無さそうね。
「もう十分よ。でも、一つだけ……言っておきたいことがあるの」
「ほう、なんだ?」
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