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中学編

不健康女子の中三・小寒の初候②

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 いやあ、口に出して伝えるって大事だよね! 何でか思いつかなかったよー。
 知世ちゃんに感謝です。

 岩並君といえば、にゅくにゅく発せられていた色気が収まり、「どうすればいい? これでいい? ねえこれでいいの?」とでも言いたげな視線で頻繁にこちらを見ている。わんこのようで大変可愛らしい。
 大柄むきむきイケメンわんこがすがるようにこちらを見つめるの図。
 まずい、私の性癖の扉が1つ開いてしまいそうです。
 よしよしとかしたい。

 しかし何だったんだろう、岩並君突然の色気大発生は。
 もしや発情期ですか。
 人間に発情期はないけれど、基本理知的で良識人でも古武術たしなむ岩並君、体を鍛えすぎて大自然の呼び声が聞こえるようになったのでは……?

「そんなわけあるか!」

 岩並君が真っ赤になって叫んだ。涙目だ。
 しまった、うっかりポロリと口に出てましたよ。聞こえていたか大野君が机に伏せて爆笑している。
 え、でもどの辺りから? 性癖の扉についても口にしたかな。

「色気大発生、の所から。え? 性癖の扉?」
「いや知世ちゃん、なんでもないっす」
「大自然の! 呼び声!!」
「大野君がツボったのはそこですか」

 大変わかりやすいですね、大野君。花丸をあげましょう。

「発情期……そんな風に思われてたのか」

 涙目で大きな体をふるふるさせて、岩並君が嘆く。閉じたお口はへ文字口だ。よほど納得いかずにご不満らしい。

「違ったかぁ」
「違うし言い方も酷い」
「あっ、そうだね。自然に呼ばれるとか、おトイレ行きたいときに口にするやつだもんね」
「そういう訳じゃ」

 じゃあどういう訳だろう。まだ赤い彼の顔をじっと見上げながら言葉を待った。座っててもほんとおっきいなあ岩並君は。顔が遠くて、見上げてさらに上目遣いになる。
 私を見ながら岩並君が、言葉の途中でぐうっとうめいた。大きな両手で顔を覆う。

「ないん……だけ……ど」

 顔を覆ったまま、岩並君の大きな体がゆっくり弧を描きながら机に崩れ落ちた。
 沈黙。
 私は知世ちゃんの方を向く。

「なんじゃろ?」
「知らない」

 ここへ来て知世ちゃんの、岩並君を見る目がまずいです。氷点下とかゴミとか超えてる。犯罪者を見る目だ。岩並君、知世ちゃんに何したの。
 もしやいけないあれやこれやを……。

「してないッ!」

 あ。これも口に出てましたか。岩並君は伏せたままやけっぱちのように叫ぶ。

「世渡、それくらいにしといてやれ。丈夫泣いちゃうからさー」

 笑いすぎて出た涙を指で拭いながら大野君が体を起こした。「泣かない!」とこれまたくぐもった岩並君の声。

「そうだねぇ、いたいけな青少年は、あんまりつつくと爆発するらしいもんね」
「それどこ情報よ、世渡」
「伊井先生がそう言ってた」
「へー、いたいけ? 丈夫がぁ?」

 また大野君が笑いの発作に襲われた。ふぅ、と知世ちゃんがため息をつく。

「散々つつきまわしてるけどね」
「なぁに知世ちゃん?」
「別に」

 私は机に突っ伏した岩並君を見る。耳が赤い。
 そんなつもりなかったんだけど、からかい過ぎちゃったかな。私はよしよしの欲望に負けて、そっと彼の頭に手を置く。ぴくっ、と岩並君の肩が跳ねる。
 前にも思った。あったかくて想像よりも髪が柔らかい頭。

「よしよし、いいこいいこ♡」

 優しくなでなですると、岩並君の体から力が抜けた。ほんとに大きなわんこみたいだなあ。
 うん、とっても可愛い。

 あーあ、と知世ちゃんがつまらなそうに声をあげた。


 ◇


「イコは、学舎に合格したら塾はどうするんだ?」

 帰り道で、例によって私の荷物を持ってくれている岩並君が、白い息を吐きながら訊いてきた。
 私は受かっても落ちても、3月の最後まで塾に通う予定だ。
 だってママが。

『イコちゃん、合格したら油断して、お勉強しなくなっちゃうでしょう? 高校で、あれもこれもわからないなんてならないように、塾の先生に最後までお願いしましょうね』

 全くその通りなので、返す言葉もありませんでしたよ!

「岩並君はどうするの?」
「そうだな、やっぱりぎりぎりまで通うだろうな。推薦で入ったくせにできない奴だ、なんて言われたくないから」
「そんなこと岩並君に言うひといないよ、きっと」

 優秀な岩並君がそんなこと言うなんて。びっくりした拍子に、溶けかけた雪に足を取られてバランスを崩す。

「ひょわっ」

 びちゃっ。

 右手をついたところが、雪と融雪用の水でぐちゃぐちゃになっているところだった。手袋と袖が濡れる。うう冷たい。
 身を起こそうとするより早く、太く長い腕に腰を抱えられ、側のコンビニ前に運ばれる。

「イコ、大丈夫か」
「うん、手袋と袖が濡れただけ。荷物の中にビニール袋があるんだ。取ってくれる?」

 岩並君は自分の手袋を外してから、荷物の中からビニール袋を引っ張り出した。私から濡れた手袋を受け取って入れ、口を縛り、荷物へ戻す。
 その間私は、肌に触れて冷たい、濡れた袖口を折り返そうと悪戦苦闘する。厚着しているせいで体が動かしにくい。
 見かねたのか、彼が私の前にしゃがんだ。半端にめくれていた袖をきちんと折り返してくれる。

「ありがとう!」

 お礼を言ったけれど、岩並君は立ち上がろうとせず、眉根を寄せて私のむき出しの手を眺める。

「真っ赤になってるな」
「冷たい雪に触ったからね」

 彼はしゃがんだままで自分の手に手袋をはめると、私の手から水気を取るように両手で挟んでこすってくれた。そのまま顔を寄せて、はーっ、と息を吐く。
 岩並君の吐いた息は、私の手を彼の毛糸の手袋ごとぼわあっとあっためて、冬の寒さに盛大に白くなった。

 童話であったね、こういうの。
 キツネの子の手をキツネのお母さんが、息を吹きかけて暖めてあげるの。
 嬉しいな、ほっこりする。ついにこにこしながら、コンビニからもれる明かりに照らされた岩並君の顔を眺める。

 高い鼻、長いまつげ。まつげがエロいとか卑猥だとか、ちまたでよく言うけれど、伏せられた目元は確かにセクシーだ。うーん、イケメンはどこから見てもイケメンなのだなあ。
 感心しつつもふと気付く。

 岩並君、顔、私の手に近すぎませんか。
 あったかい息を全体に行き渡らせるには、もうちょっと離した方がよいのでは……?

「っ!」

 柔らかな彼の唇が、右手の甲に軽く触れた。
 息を吐くために動く彼の唇が、何度も何度も愛撫するように私の肌をかすめる。熱い息が、何度も何度も私に熱を与える。

 息が苦しくなる。心拍数が上がる。柔らかな愛撫にぞくぞくしてくる。
 彼の唇が、私の中から熱を引き出す。

 ねえ岩並君、なんでなの。
 色気を抑えてってお願いしたら、困惑しながらがんばって控えてくれたでしょう。
 発情期なんかじゃないって、あんなに言っていたでしょう。
 なのに。

 ああ、熱い息と唇の柔らかさに、手の甲が火傷しそうだ。
 収まらないどきどきと、体を駆け巡る熱を持てあましながら思う。

 ねえ、なんで。
 どうしてなの。

 ねえ、岩並君―――。

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