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材木問屋・世渡家三男坊の祝言
小話 元旦の朝に。
しおりを挟む鳥の声で目が覚めた。
すぐそばで眠る、小さないとしい妻を見る。まだぐっすりと夢の中だ。
大晦日は、除夜の鐘を聞きながらいつもより長く居間にいて、みんなと話した。普段飲まないくるみが少しお酒を飲んで、指先まで桜色になってにこにこ笑っていたのは、それはもう可愛くて艶っぽかったものだ。
さすがに年神様をはばかって睦み合うことはせず、布団に入った後はただくるみを抱きしめて眠った。
眠る新妻はすうすうといとけなく、愛らしい。こうして眠っていると、初めて会ったときの幼い様子を思い出す。
昨年の後半は、足の人生が大きく動いた年だった。
くるみと出会い、縁談を蹴り一緒になり、今年の春には自分の店を持つ。商家の人間でありながら商売に後ろ向きな所のあった昔の自分が知ったら驚くだろう。自分の店を持つなんて! と。
午後には祖母様と商売屋関連の挨拶回りだ。昔なら嫌だったものも、開店前にいい縁を持ちたいと張り切っている自分がいる。
何より、こんなにいとしい相手ができるとは夢にも思わなかった。足は、くるみの肩あたりの布団をなおしてやりながら、かすかに震えるまつげをながめる。
寂しがり屋で優しく健気な、可愛い可愛い座敷童。黒目がちの目で、まっすぐ自分を見る娘。
この、かけさらえも疑いを持たぬ、自分を信頼しきったまなざしがあるのなら、足は何だって頑張ることができる。足にとって苦手なものも嫌なものも、くるみが笑顔で日々を過ごすために必要ならば、張り切れるのだ。
挨拶回りが終わったら、初詣にくるみを連れて行こう。大層な人出を見て、くるみはどんな顔をするだろう。
残念ながら人妻になったくるみは振袖を着られないが、華やかな京友禅をあつらえてある。祖母様とも相談しながら決めた着物だ。
きっと似合うだろうし、帯や帯揚げ、帯締めで雰囲気がかわるから、いろんなところで着られるはずである。喜んでくれたらいい。くるみの可愛い姿を見れば、働く元気もわいてこようというものだ。
実家で働くようになってからの自分の給金は、今まであまり使い道がなくまとめて預けていたのだ。新居の普請は祖母様から借りたけれど、こちらの方は祖母様のすすめもあって手つかずだった。
『新婚だ、何かと物入りだろう。それは自分で持っておいで。しかしねえ、貯め込むだけなら蟻や蜂でもできるんだよ。長屋を買ってひとを住まわせるなり、貸して利子を取るなりすればいいものを。足、お前さん、ちょっとしたお大尽じゃないか』
少しでも借りたものを返そうとしたときに、呆れた祖母様から言われた言葉である。
『実家の方は相続を手放したんだから、慰謝料の分はその代わりだよ。返さなくていい。それに、祝言の金は親が出すが当たり前さ。なんだかんだ言ってあっちで挙げたのだし、客はほとんど家の付き合いなんだからね。店の普請と開業、そこにかかった分をゆっくり返してくれればいい。なあに、あたしは百まで生きるんだ、急ぐこたぁないよ』
ありがたい言葉である。あと、確かに祖母様は百まで生きていそうな気もする。
「……ん……」
くるみが隣で身じろぎした。何事か唇を動かして、声にならない呟きをもらすと、また、すうすうと眠りはじめる。
可愛い。いつまでも見ていられる。
「可愛い、可愛い、大事なくるみ」
足は、いとしい新妻へそっと呼びかける。
「今年と言わずいつまでも、どうぞ、よろしくお願いするよ」
これから始まる日々を思いながら、足はくるみが起きるまで、恋女房の寝顔を見つめ続けた。
そうして見つめ続けるうちに、何やら不安になってきた。去年、自分はくるみに毎晩閨で、やりたい放題しすぎだったのでは……?
冷や汗をだらだら流しながらひとり、反省をする足に気付かず、くるみはすやすや夢の中だった―――。
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