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授かりもの顛末
福鼠、おおいに寝坊する。其の一
しおりを挟むすぴぴ、すぴぴ、すぴぴ……。
柔らかな苔の寝床から、桃色の小さな鼻が突き出て、気持ちよさそうな寝息を立てている。
と、その鼻がひくついた。
ふんふん、ふんふん、ふんふん。
周囲の匂いをかぐ。
……うぁ?
金色の鼠は何やら心浮き立つような匂いに目を覚ました。
いい夢を見たようだが覚えていない。
福鼠のちい福は、小さな口をめいっぱいあけてあくびをし、しゅびびっ、と顔をこすって起き上がった。
長い尻尾がゆるやかに動く。
しかしずいぶんとよく寝た、ヒゲの先まで力で満ちている。すっきりした気分で頭をめぐらした鼠は、すぐ横を見て驚き飛び上がった。
でかぁーッ!?
いつも抱き枕がわりにしていた俵が、ででん、と主張も強く鎮座している。でかい。こんなの抱けない。ちい福のよだれ染みつきの、あの可愛かった小さな俵はどこに行ってしまったのか。
ためしに小さな手でなで回してみたが、ぎっしり中身が詰まっている。よく下敷きにならなかったものだ、こんなのにのしかかられたら、鼠なんかぺっちゃんこだ。
ええー……? なんでぇー……?
しばらくなで回してみたが、巨大化の理由はわからなかった。よだれ染みを見つけたくらいだ。諦めて、ねぐらにしているほこらの中を苔を集めて片付ける。
まあ、俵のことは誰かに訊けばいいだろう。ちい福は、ほこらの戸に手を掛けて押す。
ちい福の鼻先を、わくわくするような香りがくすぐる。
……え……?
戸の向こう、中庭を目にして鼠は絶句した。
陽光を浴びて青々と茂る草、ヒゲをくすぐる風に混じる花々の香り。
ちい福の知らないうちに、胡桃堂へ夏が来ていた。
◇
うわぁーん、水のー!!
怖くなったちい福は、一目散に走って蛟に会いに行く。件の水の精は、相変わらず井戸の縁に寝そべって日向ぼっこをしていた。鎌首をもたげて、黒い瞳をこちらへ向ける。
おはよう、ちい福。ひさしぶり! よく眠れたみたいだね。ヒゲの先まで力が満ちてる。
ひさしぶり? 蛟の挨拶に違和感をおぼえ、金の鼠は首をかしげる。昨日も会ったはずなのに。丸っこい小さな金の毛玉が戸惑っているのを見て取り、角の生えた白蛇は少しだけ、ちい福へ身を乗り出した。
ああ、そうか、起きたばっかりなんだね。ちい福は、何ヶ月もほこらに籠もって、眠ったっきりだったんだよ。
え、と金の鼠の動きが止まる。
昨日の今日としか、ちい福には思えないが、なるほどそれならいきなり季節が変わってしまっていた説明がつく。しかし。
えっ、なんで。ねえなんで。ねえ。なんでおいら季節外れの冬眠みたいなことしてたの。ええー?
混乱のあまり、金の鼠は凄い勢いで頭をくしくししはじめた。蛟は頓着せずにのんびり続ける。
ちい福が寝ている間に今年の梅雨も終わったから、これからぐんぐん暑くなるよ。あと、奉公人がひとり増えたかな。それとね?
そして蛟は衝撃的な話を口にした。
――――座敷童のお腹に子どもがいるよ。
へっ、と目を丸くし、それがどういうことなのか一拍考え込んでから、ちい福は蛟の言葉に、噂好きの娘みたいな驚きかたで仰天した。
ええええええええええっ!? うっそー!?
蛟いわく。
ちい福は、この家を覆うお山の力が強くなった頃から眠りはじめたらしい。それは座敷童が妊娠を体調不良だと誤解していた時期にあたるという。
この家を、十重二十重に包むお山の気配は、座敷童とお腹の子どもを守るためなんだろうね。ご神体の俵が大きくなったのも、お山の力を強めるため。だからさ、ちい福だって、お山に頼られたんだよ?
頼られた? おいらが? そんな馬鹿な。
金の鼠は不機嫌そうにうなる。知らないうちにいろんな事が起きていて驚き、少々面白くないのである。
蛟はそんな鼠の不機嫌も笑い飛ばす。
頼られたんだよ、ちい福。座敷童とその子どもをよろしくってね。だから、眠っているうちにお山の力を注がれて、ちい福はヒゲの先まで満ちてるんでしょう。
そう言われるとまんざらでもない。もふもふの胸をぐうっと胸を反らして鼠は得意になる。
まぁ、そういうことなら、おいらも頼られてやろうかなっ。
やりとりが面白かったのか、ふふっ、と楽しげな笑い声が、蛟とは別のところから聞こえた。鼠はよくよく井戸の辺りを見て声をあげる。
えっ、えっ、なんかいるー!?
小さな影。
さるぼぼみたいな影法師が、井戸の縁にちょこんと座っていた。顔なんてないのに笑っている気配がする。愉快そうにゆらす肩には、茜色の紐をたすき掛けし、背中でちょうちょ結びに締めていた。
座敷童が名前を与えた子守の精だと、蛟が教えてくれる。
じゃあおいらとおんなじだ。おいら、ちい福っていうんだ。よろしく!
ちい福のあいさつに、子守の精も小さな手をあげる。
わたしは、こぼしさまの名をもらいました。どうぞよろしく。
ちい福はよろめく。
まさかの格上だった。さまとかついてる。
知らないうちに眠っていて時は進んでいるし、大きな出来事は起こっているし、名持ちの格上まで現れるしで、寝起きのちい福の心は打ちのめされた。その場にしおしおとうずくまる。はた目には小さな金の尻尾つき毛玉にしか見えない。
もうやだ。おいらまた寝る。もう寝太郎になるうー!
こぼしさまが、ええっ、とうろたえる声と、蛟の笑い声が、明るい空に吸い込まれていった。
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