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大切な存在
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食べることには昔から執着がなかった。食べることは生きることに直結し、ただそれだけだった。生きるために仕方なく食べる。
でもガンちゃんの料理は美味しい。優しくて温かい料理はエネルギー以上の何かを俺に与えてくれた。
食べることの喜びはガンちゃんに教えてもらった。
「立花さん、珍しいですね。今日はコンビニのおにぎりじゃないんだ」
会社の休憩室の隅で昼食をとっていると後輩の前田がコンビニの袋をぶら下げながら声をかけてきた。
「まあ、な」
前田の視界に入らないように俺は自分が食べていたものを隠した。しかし、前田は目ざとく指摘した。
「それって手作りのお弁当じゃないですか。立花さんって彼女いましたっけ?」
今朝、出る直前にガンちゃんからお弁当を渡されたのだ。
ガンちゃんらしく、見た目はシンプルなのに一つ一つの具材が胃に優しく、とても美味しかった。だし巻き卵は特に俺の好きな味だ。
でも、今朝言われたことがずっと脳裏に焼き付いている。
「一緒に住まないか」 ガンちゃんは本気だ。でも俺はーー
「立花さん?」
前田が黙り込んだ俺を見て顔を覗き込む。
「あ、ごめん。えっと、彼女はいない」
「そうなんだ、じゃあ、彼氏ですか?」
同性婚が認められて、マイノリティについての認識も昔とは変わった。こうして気軽に話すこともできる。
「え、いや、彼氏もいない。というか、俺が作ったっていう可能性はないのかよ」
「いや、絶対ないでしょ。見るからに立花さん、料理しなさそうですしそういうのに時間を割く人じゃないですもん」
後輩は悪びれずに言ってのける。そして、前田の言っていることはほとんど間違っていないので俺は何も言えない。
「で?そのお弁当を作ってくれた人は誰なんですか?」
顔をニヤニヤさせながら聞く前田にため息をつく。前田は人懐っこくて素直でいい後輩だ。それに仕事は真面目にこなす。憎めない後輩なのだ。
俺は結局、ガンちゃんとのことについて前田に話すことになった。
「もうそのガンちゃんっていう人と結婚しちゃったらどうですか?」
「は?お前な、そんな簡単じゃないの」
そう、そんな簡単な問題じゃない。俺はガンちゃんと親友のままでいたいのだ。
「そもそも、どうしてそこまで親友にこだわるんですか?」
「それは……愛とかそういうの俺は信じられないから。そんな曖昧ですぐ壊れるような関係にガンちゃんとなりたくないんだよ、俺は」
前田は急に何かを考えるように黙った。その沈黙の間に俺はガンちゃんのお弁当を食べる。
やっぱり美味しい。
「立花さん」
「ん?」
「一周回って立花さんってガンちゃんのこと好きなんじゃないですか?」
「は!?」
前田の予想外の言葉にむせる。何を言い出すのだ。今の俺の話を聞いていたのか。俺は前田を睨みつける。
前田は水を勧めながら、「だって」と続きを話す。
「立花さんは簡単に壊れちゃう恋愛をガンちゃんとはしたくないんですよね。それが怖いって思うほど立花さんにとってガンちゃんは特別な存在ってことじゃないですか」
特別… ガンちゃんは特別だ。これまでもたくさん助けられてきた。無口で少し不器用だけど一緒にいると落ち着く。
でも…
「やっぱり、俺達は親友だよ。これまでそういう風にガンちゃんのこと見たことないから」
「これから意識すればいいんですよ」
前田は前のめりで俺に言う。人のことにここまで素直に熱を込めて伝える後輩を少し可愛いと思う。
「それに、そのお弁当めっちゃ手が込んでますよ。シンプルだけどすごく時間をかけて作ったんだと思います。立花さんがすごく愛されてるってことがとても伝わります」
「愛されてるって」
半分以上食べ終わったお弁当を見る。確かに美味しかった。きっと料理の技術以上にこれを作った人の優しい気持ちが温かい味を生み出しているのだろう。
「立花さん、その人が恋愛対象になるかならないか、手っ取り早く分かる方法があります」
「なんだ?」
俺は前のめりになって尋ねる。前田は周りを気にしてから内緒話をするように俺の耳元に顔を寄せた。
「その人とセックスできるか、できないかです」
「セッ!?」
こいつは何を言い出すのだ。俺は前に座る前田に非難の目を向ける。
「すみません。気を悪くしないでください。でも大事ですよ。恋愛とそれってどうしても切り離せないし。触れたいと思うか思わないか。想像できますか?」
ガンちゃんとそういうことをする。キスをしてその先のことも……
想像できてしまった。ガンちゃんとのことを。
そして、それが。
嫌、ではない、かも。
「想像してます?やらしいー」
からかうような前田の態度に俺はムキになって抗議した。
「そもそも、お前がそんなこと言い出すからーー」
「はいはい、ごめんなさい。早く食べないとお昼終わっちゃいますよ」
腕時計を見ればあと十分で昼休憩が終わってしまう。俺は急いで残りを食べた。
結局、前田に相談したことで余計に混乱が増えた気がする。
なんだかどっと疲れた。まだ午後からの仕事が残っているのに。
電話の着信に気づいた。「大家」という表示に俺は嫌な予感を抱いた。
あの古いアパート。その大家からの電話。嫌な予感しかしない。
俺の疲労はピークに達した。
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