9 / 9
近くて遠い存在
9
しおりを挟む「それを恋というんですよ!」
「恋?」
箸を片手に俺は首を傾げた。前田は前のめりに顔を近づけてうなずく。
「そう、恋です。立花さんは恋をしてるんですよガンちゃんに」
「恋って俺、もう三十路だけど」
「年は関係ありません」
前田がムキになって言う。お昼休みの休憩室は人が多く、騒がしい。会話を他の人に聞かれる心配はあまりない。
俺はきんぴらごぼうを口に運ぶ。ガンちゃんの手作り弁当だ。
後輩は目ざとくその弁当に目を向ける。
「朝と昼も夜もガンちゃんがご飯作ってくれてるんでしょ。もう完全に胃袋掴まれちゃってるじゃないですか」
「胃袋掴まれてるって大げさな……」
ガンちゃんとの生活を考えてみる。朝起きれば健康的で美味しい朝食が準備されている。昼はお弁当。帰ればガンちゃんが作ってくれた夕飯がある。
ガンちゃんと生活を共にしてから俺の食生活は整えられた。健康的な食事は体だけではなく心にも健康を与えてくれる。
今の俺ってほとんどガンちゃんのご飯で構成されている。
「でしょ」と言いたげな後輩の顔に俺は目をそらした。
前田は大きなため息をついた。
「本当は分かってるんじゃないんですか?自分が恋してるって」
「は?そんなわけない。俺は恋とかそういうのはいらないしこれからもするつもりないから」
前田は二度目のため息をついて紙コップのお茶を飲む。
「どうしてそうも頑固かなー」
「頑固ってな、俺はーー」
「でもガンちゃんに触れられるの嫌じゃないんでしょ」
俺は黙る。嫌、じゃない。嫌どころかもう少し触れて欲しいと思ってしまうのだ。
沈黙の意味を分かったかのように前田はうなずく。
なんでも分かったような後輩の態度に俺はムッとする。
そもそもどうして俺は後輩なんかにこんな話をしているのだろうか。
「もういいよ、この話は」
話を切り上げようとすると前田はそれに被せるように声を発した。
「じゃあ、ガンちゃんが他の人に触れることを想像してみてください。どう思いますか?」
「どうって、別に…」
ガンちゃんが他の人に触れる?キスをしたりそれ以上のことを他の人と……
「今、嫌だって思ったでしょ」
一瞬、心の中を読まれたと思ってどきりとした。
「それが答えでしょ。逃げてても何も解決しませんよ」
「逃げる?」
前田がうなずく。
俺は逃げているのだろうか。何から?ガンちゃんの気持ちから?自分の気持ちからだろうか。目を逸らしてなかったことにしてもそれは無くなりはしない。この気持ちに名前をつけることが怖い。
ちゃんと分かっている。分かっているけど。
「あーなんかムカつく。なんでも分かったようなこと言うなよ」
後輩を軽く睨む。
「まあ、立花さんよりは分かってますよ。恋愛については」
何も言えない。俺は恋愛なんて分からない。知りたいとも思わなかった。でもこのままじゃいけない。変わらないといけないのだろう。
「恋愛は分からないが、前田に頼んである資料がまだ提出されてないけどそっちはどうなってる?」
前田に何か仕返しをしてやりたくて俺は指摘する。生意気な後輩は目を逸らす。
「ちゃんとやってますよ、地道に」
「今日の定時までに提出だから頼むな」
「うー」
肩を落とす後輩に俺は笑う。笑いながら俺の思考はガンちゃんに寄っていく。
ガンちゃんは今、何をしているだろう。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
運命の番は僕に振り向かない
ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。
それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。
オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。
ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。
ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。
ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。
ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。
偽りの聖者と泥の国
篠雨
BL
「感謝すら忘れた者たちに、明日を語る資格はない」
自らの都合で聖王セシルを追放し、異世界から新たな「勇者」を召喚したアドレアン聖王国。
しかし、その身勝手な選択が、国を、大地を、そして人々の心を根底から腐らせていく。
壊れゆく少年勇者と、彼を歪に愛した騎士。
二人の執着が交わったとき、聖王国は二度と再生不能な終焉へと突き進む。
裏切り者たちには、因果応報という名の、容赦なき報いが下る。
これは、傲慢な国が崩壊するまでの、無慈悲な記録。
-----------------------------------------
『嘘つき王と影の騎士』から引き続き読んでくださる皆様へ
この物語は、セシルを虐げた者たちが、ただただ因果応報の末路を辿るだけの物語です。
本編に救いはありません。
セシルたちのその後が気になるという方は、本編は飛ばして、最終話の後に掲載する「閑話」のみをお読みいただくことをお勧めいたします。
本作は『嘘つき王と影の騎士』の続編となりますが、前作をお読みでない方でも一つの物語としてお楽しみいただけます。
一日の隣人恋愛~たかが四日間、気がつけば婚約してるし、公認されてる~
荷居人(にいと)
BL
「やっぱり・・・椎名!やっと見つけた!」
「え?え?」
ってか俺、椎名って名前じゃねぇし!
中学3年受験を控える年になり、始業式を終え、帰宅してすぐ出掛けたコンビニで出会った、高そうなスーツを着て、無駄にキラキラ輝いた王子のような男と目が合い、コンビニの似合わない人っているんだなと初めて思った瞬間に手を握られ顔を近づけられる。
同じ男でも、こうも無駄に美形だと嫌悪感ひとつ湧かない。女ならばコロッとこいつに惚れてしまうことだろう。
なんて冷静ぶってはいるが、俺は男でありながら美形男性に弱い。最初こそ自分もこうなりたいと憧れだったが、ついつい流行に乗ろうと雑誌を見て行く内に憧れからただの面食いになり、女の美人よりも男の美人に悶えられるほどに弱くなった。
なぜこうなったのかは自分でもわからない。
目の前のキラキラと俺を見つめる美形はモデルとして見たことはないが、今まで見てきた雑誌の中のアイドルやモデルたちよりも断然上も上の超美形。
混乱して口が思うように動かずしゃべれない。頭は冷静なのにこんな美形に話しかけられれば緊張するに決まっている。
例え人違いだとしても。
「男に生まれているとは思わなかった。名前は?」
「い、一ノ瀬」
「名字じゃない、名前を聞いているんだよ」
「うっ姫星」
イケメンボイスとも言える声で言われ、あまり好きではない女のような名前を隠さずにはいられない。せめて顔を離してくれればまだ冷静になれるのに。
「僕は横臥騎士、会えて嬉しいよ。今回は名前だけ知れたら十分だ。きあら、次こそはキミを幸せにするよ」
「はい・・・おうが、ないと様」
「フルネーム?様もいらない。騎士と呼んで」
「騎士・・・?」
「そう、いいこだ。じゃあ、明日からよろしくね」
そう言って去る美形は去り際までかっこいい姿に見惚れて見えなくなってから気づいた。美形男のおかしな発言。それと明日??
まさかこれが俺の前世による必然的出会いで、翌日から生活に多大な変化をもたらすとは誰が思っただろう。
執着系ストーカーでありながら完璧すぎる男と平凡を歩んできた面食い(男限定)故、美形であればあるほど引くぐらいに弱い平凡男の物語。
出戻り王子が幸せになるまで
あきたいぬ大好き(深凪雪花)
BL
初恋の相手と政略結婚した主人公セフィラだが、相手には愛人ながら本命がいたことを知る。追及した結果、離縁されることになり、母国に出戻ることに。けれど、バツイチになったせいか父王に厄介払いされ、後宮から追い出されてしまう。王都の下町で暮らし始めるが、ふと訪れた先の母校で幼馴染であるフレンシスと再会。事情を話すと、突然求婚される。
一途な幼馴染×強がり出戻り王子のお話です。
※他サイトにも掲載しております。
手切れ金
のらねことすていぬ
BL
貧乏貴族の息子、ジゼルはある日恋人であるアルバートに振られてしまう。手切れ金を渡されて完全に捨てられたと思っていたが、なぜかアルバートは彼のもとを再び訪れてきて……。
貴族×貧乏貴族
【8話完結】帰ってきた勇者様が褒美に私を所望している件について。
キノア9g
BL
異世界召喚されたのは、
ブラック企業で心身ボロボロになった陰キャ勇者。
国王が用意した褒美は、金、地位、そして姫との結婚――
だが、彼が望んだのは「何の能力もない第三王子」だった。
顔だけ王子と蔑まれ、周囲から期待されなかったリュシアン。
過労で倒れた勇者に、ただ優しく手を伸ばしただけの彼は、
気づかぬうちに勇者の心を奪っていた。
「それでも俺は、あなたがいいんです」
だけど――勇者は彼を「姫」だと誤解していた。
切なさとすれ違い、
それでも惹かれ合う二人の、
優しくて不器用な恋の物語。
全8話。
起きたらオメガバースの世界になっていました
さくら優
BL
眞野新はテレビのニュースを見て驚愕する。当たり前のように報道される同性同士の芸能人の結婚。飛び交うα、Ωといった言葉。どうして、なんで急にオメガバースの世界になってしまったのか。
しかもその夜、誘われていた合コンに行くと、そこにいたのは女の子ではなくイケメンαのグループで――。
寂しいを分け与えた
こじらせた処女
BL
いつものように家に帰ったら、母さんが居なかった。最初は何か厄介ごとに巻き込まれたのかと思ったが、部屋が荒れた形跡もないからそうではないらしい。米も、味噌も、指輪も着物も全部が綺麗になくなっていて、代わりに手紙が置いてあった。
昔の恋人が帰ってきた、だからその人の故郷に行く、と。いくらガキの俺でも分かる。俺は捨てられたってことだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる