30歳の誕生日、親友にプロポーズされました。

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特別な存在

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 (ガンちゃんサイド)
 

 季節外れの雪は静かに降って、そして消える。俺は音もなく降る雪が消えていく様子をただじっと見ていた。

 慣れない土地に来て、観光したり写真を撮ったりするわけでもなく、ただ雪を見て時間が過ぎていく。我ながらつまらない男だと思う。

 思えば自分には何もなかった。本を読むことは昔から好きでずっと本の世界で生きてきた。独り言みたいな自分の小説が運良く読んでくれる人がいてそれなりに評価されて、でもそれだけだった。本当は何もない空っぽな自分が嫌いだった。


 現実より虚構の世界の方が何倍も生きやすい。人と関わるよりも物語の世界で足や手を伸ばして自由に生きていけばいい。俺はこの先もそう生きていくのだと思っていた。



 でも、俺は樹に出会った。樹が隣にいてくれた。
 樹は俺の唯一の光だ。大げさではなく、本気でそう思う。樹の隣は居心地が良くて、息がしやすい。人と話すのが苦手な俺を急かすこともなく、受け入れてくれた。俺が好きな世界を自分も好きだと言って、俺を親友だと言ってくれる。
 それだけで俺は十分幸せだった。樹の隣にいれたらそれだけでよかった。



 自分はこんなにも欲深い人間だったのだろうか。「親友のガンちゃん」では足りなくなった。樹の特別になりたい。樹が他の誰かの隣で笑う姿なんて想像したくない。樹の幸せを心から喜べない自分が心底嫌だ。だから俺は樹にプロポーズをした。ちゃんとこの気持ちと向き合うために。



 地面に落ちて消えていく雪を見ながら俺は目を閉じる。
 やっぱりこの気持ちはなかったことにした方が良かったのだろうか。俺はただ樹を困らせているだけなのかもしれない。樹が愛とか恋に嫌悪を抱いているのも知っていた。だから俺がそれを変えたかった。でもそれは結局ただのエゴだ。自分勝手な思いでしかない。



 雪になりたい。静かに降って最初からなかったみたいに消えていく雪のようになりたい。この気持ちもいつか消える。消えてなくなってまた樹と笑い合いたい。それで俺は幸せだ。

 幸せ、のはずだ。樹のそばにいられるのだから。


 コートのポケットに入れてある携帯が鳴る。俺はほとんど携帯を見ないから編集の人からの連絡を返せないことが多い。それを注意されて最近はポケットに入れて連絡にすぐ対応できるように意識している。今の時代に携帯やSNSに疎いとは我ながらつまらない人間だと思う。





 「もしもし」




 「ガンちゃん」




 携帯の向こうから聞こえてくる声に俺は息を詰まらせた。さっきまでずっと考えていた相手の声に俺は分かりやすく動揺している。
 樹の声を聞いた瞬間、胸が痛いほどに締めつけられる。




 「ガンちゃん、会いたい」





 「え?」





 「今すぐ、ガンちゃんに会いたい」





 電話越しの切羽詰まった声に俺は不思議に思う。いつもとは違う樹の声に俺は声をかける。





 「どうした?何かあったのか?」





 「何かないと会いたいって思っちゃいけないの?」





 やっぱりおかしい。さっきから言っていることは要領を得ず、樹の気持ちがわからない。




 「ガンちゃんは俺に会いたくない?」





 会いたくないかと聞かれて俺は即座に答えた。





 「会いたい。俺の方がずっとお前に会いたいよ」




 
 会いたいに決まっている。そんな分かりきった答えを俺は自分の声に出して初めて自覚する。
 やっぱり親友のままがいいとか樹を困らせたくないとか色々自分を誤魔化してもやっぱり樹の声を聞けば、それらはすぐに飛んでいく。




 樹が好きだ。ずっと好きだ。諦めきれない。そばにいたい。





 「樹」




 吐く息は白い。携帯を持つ手はかじかんでいて感覚がない。赤くなった指先を重ねながら俺は空を見上げた。暗くて何もないところから降る雪を見つめる。




 「帰ったらちゃんと話そう。やっぱり俺はお前のことがーー」




 背中に軽い衝撃があり最後まで言葉を発せなかった。腰に回された細い手に俺は目を見開く。後ろの人物は小さな声で呟く。




 「帰ってからなんて待てない」




 後ろにいる人物に俺は驚いて固まってしまう。さっきまで電話で話していた樹が今俺の背中にいる。信じられなかった。




 「樹?何でここにいるんだ?」





 「会いたかったから」





 「いや、会いたかったからってお前、今日仕事あっただろ。それにーー」





 「うるさい、馬鹿」




 いつもとは違う投げやりな言葉に俺は黙る。言葉はきついのにその声は迷子の子どもみたいに頼りなくて俺の腰に回した手はひどく冷たかった。かすかに震えている気がして、俺はその手に自分の手を重ねる。





 「樹、寒いだろ?とりあえず俺のホテルまで行こう」





 「ガンちゃん」





 鼻をすする音に俺は樹が泣いているのかと思い、ギョッとする。どうしてだろう。俺はここまで樹を追い詰めていたのだろうか。


 

 「好き」




 その声はとても小さくて最初は聞き取れなかった。





 「なに?」





 「好きだよ」





 「え?」





 「好きだ、ガンちゃんのことが。めっちゃ好き、大好き。恋愛の意味で、ガンちゃんが特別だよ」




 
 好き?樹が俺を?言われたことの意味をなかなか理解できなかった。単純な言葉が咀嚼できない。寒さでどうかしてしまったのだろうか。
 俺は樹の腕を解き、正面で向かい合った。樹の冷たい手をとる。




 「好きって俺を?樹が俺を好きってこと?」





 「さっきからずっとそう言ってる」




 不貞腐れたように樹は言い、顔を背けた。耳や頬が赤いのは寒さのせいだけではないだろう。


 俺は思わず樹を抱きしめていた。小さくて細い体を自分の腕の中に閉じ込めた。


 ずっとこうしたかった。抱きしめたかった。今が夢でもいい。だからもう少しだけこの愛おしい生き物を自分の腕の中に閉じ込めていたい。


 ゆっくりと背中に回される手を半分夢心地で感じていた。








 
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