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1章 出会い
沢の秘密基地
しおりを挟む「秘密基地?」
お兄さんは、きょとんとした顔をした。
「そうだよ!そこなら、お兄さん、横になれるかも!」
そうと決まれば、善は急げだ。
「…そこの部屋を貸すから、絶対つりざお直してね!じゃ、行こう!!」
ニゲルはあたりにほったらかしにしていた小さな虫籠と細長い魚籠を肩に引っ掛けると、つりざおを手に持つお兄さんの反対側の手を掴んだ。
「早く行こう!!うさぎ!捕まえるんだよね?僕も行く!」
「いいよ」
そういい、お兄さんは声を上げて笑った。
ニゲルは魚籠を揺らしながら、小走りで家路を急いだ。
川の土手の道を、民家の無い山の方へ曲がり、しばらくしたら現れる、行き止まりの木の塀をこえて、腰くらいまで生えたヤブをつっきる。
大きなカシの木のそばを通り過ぎる。
今度は双子岩の間に入り、隙間にできた獣道から、いばらでできたトンネルをかがみながら進む。
「ニゲル君、きみ、いつもこの道通るの?」
お兄さんは呆れたような声で前を進むニゲルに語りかけた。
「うん、そうだよ。これ、近道なんだ。僕がこのトンネル作ったんだ」
「…なかなかすごいぞ」
ニゲルは笑った。
褒められて嬉しかった。
「こんな道は久しぶりだ」
「え?」
「いや、なんでもないよ」
そうこうしているうちに、道が開けて、いばらのトンネルは終わった。
ニゲルは立ち上がると、後ろを振り返った。
「僕のうちは、あの、洞穴の中だよ」
真っ直ぐ指を指すその先には、暗くて何かを吸い込もうとしているかのような、横に口を開いた穴があった。
「熊がでそうだな」
お兄さんはひざをパンパンと叩いて土を落としている。
「くま?…来たことないし会ったこともないから大丈夫だけど、中がせまいんだ。あ、ちょっとこっちに着いてきて!」
お兄さんの手を再び掴むと、ニゲルは脇の山道にズンズン入った。
ガサガサと、ひざ上まであるもりもり茂った下草をかきわけるように進む。
どんどん進んで、しばらくすると、小さな水の流れる音が聞こえて来る。
「もうすぐだよ!」
そうして、本当にすぐ、ゴロゴロとした石が現れ始め、小さな沢と、その脇の一段高くなった場所にちいさな小屋が姿を現した。
「あそこ!」
ニゲルは走ると沢を石伝いにポンポンと飛んで渡り、小屋の前に立った。
「ここ、僕が釣りの為に作った小屋!」
これはニゲルの秘密基地でもあった。
ポケットから小屋のカギをだして、小さな錠前に差し込む。
カギまでつけたのは、もちろん、大事な火をつける粉や火にくべる枯れ枝が置いてあるから。盗まれたら大変だ。
まあ、粗末で安っぽい小さなカギだけれど、無いよりずっといい。
沢は透き通ってきれいだから、水を飲むこともできた。だからたまに甕を持って水を汲みにも来る。
水が沢山あると洗濯やご飯支度が楽になる。
体を洗うのも楽だ。
だから雨が降って沢の水が増えて危ない時がなければ、正直ここに住んでも良いと思っていた。
朝は清々しいし、洞穴のような湿っぽい薄暗さはない。
ただ、洞穴で隠れて暮らす方が安全だと思った。
だって、盗賊や悪い事をする人、危ない人に襲われたり、何かを奪われたりする心配もない。外にいれば、クマやオオカミのような動物がニゲル達を襲うかもしれない。
きょうだいを守るには洞穴で暮らすしかなかった。
お兄さんは沢を越えてくると、ニゲルの作った小屋のとびらを開いた。
「中は結構キレイなはずだよ。僕もよく使うんだ。釣りでね。あとは、縄とか、桶もあるし、あ、そうだ、拾った枝とかもあるから、火も起こせるよ!」
ニゲルは初めて人をこの小屋に招待したということに、すこし興奮していた。
普段よりよく口がまわる自分に驚く。
友達らしい友達は、みんなニゲルから離れてしまったから、最近、一緒に遊ぶ子もいなかったのだ。
「器用なんだね。なかなか立派な小屋だ」
中の空間をニゲルも一緒に覗いてみるが、ちゃんと整理整頓してあるから、横になるのに問題はなさそうだ。
「じゃあ、ありがたく使わせてもらうよ」
「うん!僕のうちじゃなくてごめんよ。あ、ウサギ!早く捕まえに行こう!弟達が晩ご飯を待ってるんだ」
お兄さんは笑いながら、ニゲルにうなずいた。
そして、何かの皮で出来た黒い腰帯から、一つの小さな袋を外した。
その茶色い小袋を小屋の床、部屋のはしっこにある木の床に置くと、とたんに、パァッと、隅々まで行き渡るほどの明かりが起こった。
「うわ!な、なに!!?」
袋から弾けるように広がった光にびっくりするニゲルの目の前を、キラキラ、キラキラと、空中を小さな小さなチリみたいなものがいくつも通り過ぎる。
けれど、それはまるできらめく妖精が遊んでいるかのように沢山舞い散っていて、思わず目で追いかけていた。
そうしているうちにそれは次第にうすくなって消えていき、部屋の中は、普通のランプと同じ優しい暖かな光に照らされるだけになった。
「大丈夫だよ、暗くなってきたから、明かりを灯そうかなと思ってね」
そう言い、驚くニゲルを見てクスクス笑っている。
ニゲルは笑っているお兄さんをあらためて見つめた。
川で見た時も思ったけど、やっぱりお兄さんはとても上品で綺麗な服を着ていた。
見たこともない…異国の服だろうか。
袖や襟にあるキレイな刺繍には、葉っぱの形や、鳥のような生き物があるようにも見える。
それに、胸のあたりには立派なボタンがいくつかついていて、やっぱり袖のあたりはキラキラと光っているのだ。
不思議だなぁと、ついじろじろ見てしまう。
ニゲルが握りしめてしわくちゃにしたけれど、袖は元どおり綺麗に直っていて、よおく見れば、細かくてキレイな色とりどりの刺繍は浮き上がっているようにみえた。
文字の様な、ミミズが這ったような跡も所々見えて、お母さんだったら読めそうな気がする。
とにかくお兄さんにはその、上から下まで濃い真っ青の服が似合っていて、真っ黒の長い髪を後ろで束ねているのが、なんとも普通じゃない……高貴な、ひょっとしたらどこかの国の王子様なんじゃないか。ーーーそうニゲルに思わせていた。
そしてどこにも無い、緑のような、灰色のような、なんだか不思議な色合いの目は、特別な力が宿っているかのように、明かりに照らされ、ゆらゆらときらめいている。
ニゲルの、珍しくも無い茶色い目とは全然違う。
ちょっと笑うと、憧れるくらいかっこいい。
「ねぇ…これ、すごい…。なんか袋の中身が光ってるのなんで!?」
ニゲルはキラキラする瞳で、部屋いっぱいに光を放つ、その茶色い謎めいた袋を見つめた。
「これはね、私の大切な物なんだ。お礼にこの小屋に置いていくよ」
「本当?すごい!ありがとう!僕はどうやって明かりを付けたら良いの?!…あ、中身、開けたらダメ??」
「大丈夫、君がここに来たら明かりは付くよ。自然とね。そして離れたら消えるんだ」
「へぇぇ!すごいやぁ!」
「ただ、この袋は開けないで欲しい。開けたら、光らなくなるんだ。…さあ、ウサギだ、まずは捕まえよう!みんなとウサギ汁、だろ?」
「あ、うん!」
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