最後の魔導師

蓮生

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1章 出会い

朝の訪問

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 ニゲルはその晩、お兄さんが気になってなかなか寝付けなかった。

 朝起きたら、名前を聞こう。
 名前も知らないままでは、親しくなれない。

 そして、一緒に朝ごはんを食べようと誘いたい。

 あとは、壊れてダメになったけれど、つりざおを直してくれると言ったから、それなら一緒に釣りをしてくれないだろうか。

 いや、やっぱり狩りの方がいい。
 狩の仕方を覚えたい。

 あの後、お肉は夢にでてくるんじゃないかというくらい、美味しくてたまらなかったのだ。
 アーラなんて、汁を飲み過ぎてお腹が痛いと言ったくらいだ。
 お腹いっぱい食べることが出来て、弟のマリウスもすごく喜んでくれた。
 また食べたいと。

 ニゲルもまた食べたい。
 もちろん、今度はお兄さんと一緒にだ。

 小さな毛布に包まって寝返りを打つと、自然とお兄さんの手を思い出していた。

 頭を撫でてくれた、温かくて大きい手。
 ニゲルにお父さんはいないけれど、お父さんがもしいたら、あんな大きな手かもしれない。
 そして、一緒に釣りをしたり狩りをしたり、沢山の事を教えてくれるのかもしれない。

 目を閉じると、あの時のなんとも言えない気持ちがよみがえる。
 今まで会ったこともないのに、どこか懐かしいような気持ちだ。
 そして、自分を包み込んでくれる、何もかも、ニゲル自身の存在でさえ、なんにも心配しなくていい、安心して委ねればいい、そう感じさせてくれる何かが、確かに心の中に芽生えていた。

(ずっと居てくれたらいいのに…)

 思わず枕に顔を埋める。

 
 そうしてニゲルは、お母さんが居なくなってからの今日までで、1番幸せな気分のまま、ようやく眠りについたのだった。





「はぁッ、はぁっ」
 朝つゆで濡れた葉っぱをかき分け、体を濡らしながら前に進む。
 白い息を弾ませて先を急ぐが、まだ日が登る途中であたりは薄暗い。
 霧もすこし出ていて、知らない人が入れば、迷子になるかもしれないような、白いモヤに山は包まれている。

 ニゲルは朝早く洞穴の家を出て、まっすぐに沢に向かっていた。

 お兄さんに早くお礼が言いたい。

 使い物にならなくなったけど、大事なつりざおも預けたままだ。

 それに、お母さんの話をいっぱい聞きたい。
 あとは、狩のやり方も教わりたい。
 ウサギ以外にも、お兄さんならもしかしたら、もっとおっきい動物を捕まえられるのかもしれない。

 捕まえてみたい!
 そしたら毎日お肉が食べられるようになるかもしれない。

 でも、お兄さんが居なくなってしまったら、それも夢のまた夢の話だ。

 だから急いで家を出たのだ。

 なんとか、今日1日くらいはとどまってほしかった。お兄さんが嫌というなら、なんならあの小屋に自分も一緒に泊まってもいい。

「はぁっはぁっ」

 もうズボンは朝つゆまみれでべちょべちょだ。
 けれど、目の前は沢だ。水音が聞こえる。

 ニゲルは迷いなく、沢の石から石へ飛びうつる。  
 そうして渡り終えると、小屋の扉に駆け寄った。

 トントン!
「お兄さんおはよう!開けていいかな?」

 そわそわとあっちを見たりこっちを見たりして返事を待つ。

 しかしいつまで経っても返事がない。

 トントン…

「あの、お兄さん起きてる?」

 やはり、返事はない。

 試しに扉を引いてみるが、帰り際に渡した鍵をきちんとかけているようで、開かない。

 ニゲルは沢に降りた。
 もしかしたら、もしかしたらだけど、釣りをしているのかも。
そう思ったのだ。

 だって、つりざおを直してくれると言った。
 昨日、ちゃんと約束を守ってくれたから、絶対つりざおも直してくれているに違いない。
それで、きちんと修理ができたかどうか、釣りをして確かめているんだ!

 そう思うと、勝手に沢へ降りていたのだ。

 じゃぶじゃぶと、沢底の小石を踏みながら、膝上ひざうえくらいの水の中を流れに逆らって、上へ上へと歩く。

「おにいさーん、どこー!?」

 叫び声が朝もやの中にこだまする。

「おにいさぁぁん!!」




「やあ、ニゲル君。おはよう」


 後ろの方から急に声がして、心臓が飛び出るくらいびっくりして振り返る。

 山の、木々の間から、お兄さんがひょっと出てきた。
 朝の肌寒い、ひんやりと澄み切った空気の中、まるでおとぎ話の中の騎士ナイトのように、背筋が伸びた、凛々しい立ち姿。
 こちらを真っ直ぐに見ている。

 ニゲルは嬉しさに満面の笑みで手を振った。
「おはよう!昨日はありがとう!すごく美味しかったよ!!」

「そうかい。それはよかった」
 おにいさんはニッコリとほほえんで、ニゲルの方へ、ゆっくりこちらの沢へ降りてきた。

「ねぇ、どうしてかえっちゃったのさ!!一緒に食べようと思って、沢山芋をむいたんだよ!それなのに…」

 お兄さんはじいっとニゲルを見つめた。

「…?な、なに?」

「こんな朝早くにどうしたの?」

「あ、うん。だって、おにいさんがどっかにいったら嫌だと思って……あ!それに、朝ごはんを…」

「朝ごはん?ご飯用に何かを狩りたいのかい?」

 ニゲルはブンブンと首を振った。

「狩りはいきたいけど、今は朝ごはんを一緒にたべようかなと思って!うちで!」

 おにいさんはなおもまじまじと真剣な顔でニゲルを見ている。

「…あ…、イヤ?……どうしたの?」

「嫌じゃないよ。けど、私は朝ごはんを食べないんだ…ごめんよ」
 目を伏せて、やんわりと微笑ほほえんだ。

「え?そうなの?お腹すいちゃうよ!」

 おにいさんは沢から小屋の方に向かってザバザバと水をかき分けて進んでいく。

 ニゲルは石の上を飛び移って後をついていく。

「まあ、今は食べないのも慣れたから平気だよ」

 その時、後ろをついて歩いていたニゲルはあることに気づいた。

 沢から上がったその足が、全く濡れていないのだ。
 それに気づいたニゲルは、あれだけザバザバと水の中を歩いていたのに、一体どうなっているのだろうと、呆気にとられた。
 
 そんなお兄さんは小屋の前に来ると、鍵をニゲルに渡した。
「これ、ありがとう」
 小さな、ただのおもちゃみたいな鍵だが、黒い腰帯の脇についた袋から、大事そうに布に包んだそのカギ取り出すと、そっと右手に取り、差し出した。

 もうどこかに帰ってしまうのだろうか。
 そんな雰囲気ふんいきだ。

「そっかぁ。残念だな…。ねぇ、…もうどっかいくの?」

 ニゲルは鍵を見つめながら、なんて言ったらここにとどまってくれるかな…なんて考えたりして、その凸凹でこぼこした表面を撫でた。

 お兄さんは聞いていなかったのか、小屋の裏に回っていく。
 ニゲルは慌ててついていく。
 すると、小屋の真裏で足を止めたお兄さんが、壁に立てかけている何かを覆う、美しい布を取った。

「ほら、約束通り、直したよ」

 そこには、つりざおが立てかけてあった。

 しかし、これはニゲルのつりざおではない。

 全く見たこともないつりざおだった。

「へ?」

 おにいさんは、つりざおを手に持つと、ニゲルにすっと差し出した。
「ほら、君のつりざおだよ。…ちょっと変えちゃったけど」

「え??これが!?ちょっとっていうか、全然違うんだけど!!」

「あぁ、それはそうかも。けど、ちゃんと君のつりざおだよ。気にすることはない」

 ニゲルは本当に、こんなにびっくりしたことはなかった。
 今の、足が濡れていないお兄さんにもおどろいていたが、全くそれ以上の衝撃だった。

 なぜなら、サオには綺麗なツタのような模様が入っていて、何かが全体に塗られているのか、ツルツルと輝いていてるのだ。
 まるで立派な美術品のようだ。

 持ち手の部分は、滑り止めの黒い布が巻かれていて、なぜかわからないけど長さも目に見えて長くなっている。
 どうやって伸ばしたのだろう?

 それに、銀色の糸に、先にはこれまた赤みがかった立派なかっこいい針がついている。ギラギラと輝いて、ものすごく鋭い。

「…すごい…」

 アングリと口を開いたまま、ニゲルは両手でツリザオを握りしめていた。
 はっきり言うと、お目にかかれないような、全く別の高級なつりざおになっていた。

「気に入ってくれると嬉しいんだけど…」

「気に入ったよ!!すごく、すごくね!!すごいよ!どうやったのさ!!」

「それはよかった。沢山釣れると良いね」

 ニコニコとかっこいい顔で笑うおにいさん。

 これでこれからも釣りが出来る。
 こんな立派なつりざおで。
 もう驚きで心の中では喜び踊る小人が何人もいるような状態だった。

 思わず【ありがとう】、ニゲルはそう言うやいなや、抱きついていた。

「おっ、と!針が危ないぞ、気をつけて!はは」

 そうだ、この優しいおにいさんともっと仲良くなりたい、今こそ聞いてみよう。

 ニゲルは口を開いた。


「お兄さん、名前なんていうの?」
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