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1章 出会い
お母さんが残したもの
しおりを挟むそれからすぐに洞穴の家に戻ったニゲルとサフィラスは、玄関先で扉を叩きながらマリウスとアーラに話しかけていた。やりっぱなしにして出てきた机を退けてもらわないと、サフィラスが入れないからだ。案の定、サフィラスが来ていると言ったら、マリウスが扉を開けるのを待ってと言ったのだ。だから先程から玄関外に立っている。
ドンドンとまた扉を叩く。
「マリウス!机まだ!?」
「僕さっきまで寝てたんだよ!ちょっと待って!!」
ドタバタガチャンと、行ったり来たりする足音に加えて鍋や机を動かす音が聞こえる。
「…あー、その、ニゲル。私は来ても良かったのかな…?」
サフィラスは洞穴に入ると、長身をすこし前屈みにしていて、申し訳なさそうに眉を下げた。
「大丈夫だよ!昨日一日、玄関にバリケード作ってたんだ。それをなおしてるだけ…」
話の最中に、中からアーラのキャーっという叫び声が聞こえた。
「な、なんだろ!?…マリウス!?」
その時、唐突に扉が開いた。
「やあ、にいちゃん!中へどうぞ」
はあはあと肩で息をしているマリウスは、まだひどい寝癖が付いている。鏡を見ていないからか、気がついていないのだろう。
ところが、恥ずかしげもなく横跳ねしている前髪からのぞく瞳がニゲルの後ろにいるサフィラスを見たとたん、アングリと口を開けて固まり、おどろきの表情を浮かべた。
「…は、…はぃ?」
「おにいちゃぁぁん!」
ドン、とマリウスに突撃したアーラは、はじめてのお客さんに照れて、マリウスの背後に隠れて、小動物の様にこちらをチラチラのぞいている。
「あー、えっと、こちらがサフィラスだよ」
「…にいちゃん、ぼく、もっとクマみたいな人だと思ってた…」
マリウスは足の先からあたまのてっぺんまでサフィラスを観察して、まだ口を開けていた。
「…やあ、みんなはじめまして。お邪魔して良いかな?」
にこりと笑みを浮かべた格好のいいサフィラスに、アーラとマリウスはドギマギして、訳のわからない行動をはじめた。アーラはきゃーと言いながら走って寝床の方へ消え、マリウスはどもりながら額をおさえてぶつぶつ言っている。
「…ごめん、みんなはじめてのお客さんだし寝起きでなんだか変みたい…気にしないで中に入って!」
靴をぬいでサフィラスの背中を部屋の中までぐいぐい押すと、ニゲルは台所に向かった。とりあえず水しかなかったが、歩いてきて寒かったから、お湯にして出そうと思ったのだ。
「ニゲル、何か手伝おうか?」
後ろからサフィラスの声がして振り返った。
「大丈夫。あとでみんなを紹介するから、机に座ってて!」
ニゲルは炉に鍋をかけて湯を沸かしはじめた。
マリウスがささっとそばに来て、小声でしゃべりかけてくる。
「…にいちゃん!アーラが恥ずかしがって部屋から出てこないよ!どっかのえらい人なの!?すごいかっこいい服だし!なんでこんなとこにこんな人が来るの!?」
「とりあえず、座って」
ニゲルはいつも使う茶碗を3つ、そしてお母さんが使っていたお碗をサフィラス用に出した。
サフィラスを向かいに、ニゲルとマリウスは隣同士だ。そしてアーラはでてこないから、まずはその3人で席に着いてから、マリウスとアーラの紹介をした。そして、サフィラスは魔導師だという事は言わずに、ただ旅行中で48日間、沢の小屋を貸すことになったと説明した。
サフィラスは黙って聞いていたけれど、やがてマリウスを見ると優しくほほえんだ。
「はじめまして、マリウス君」
「…はじめまして…」
マリウスは落ち着かないのか、そわそわと何度も椅子の上でお尻の位置をずらしている。
「えっと、まだアーラは出てこないけど、とりあえずお湯飲みながら、サフィラスにはこれを見て欲しいんだ!」
ニゲルはとなりに座るマリウスの腕についている腕輪を外して、サフィラスに差し出した。そして、自分のものも外して見せる。
「これ、サフィラスなら、読める…よね…?」
コツコツと、爪でミミズの這ったような文字を指した。
「全部で3つあったんだ。もう一つは、アーラがしてる。色が3つとも違うから、どれも同じことが書いてあるのか気になって。なんて書いてあるのか知りたいんだ…」
サフィラスは二つの腕輪を並べて見ている。
マリウスは不思議そうな顔をしてニゲルをつついてきた。
「ねぇ!…これ、文字が書いてあるの?」
ニゲルは少々考えて、うなずきとも否定とも取れるような感じで曖昧に首を振った。
「そうかなと思って、サフィラスに見てもらいたかったんだ。だってお母さん、よく考えてって書いてたじゃん。使い方間違えたらいやだなって」
「…ニゲル。それはどういう事だい?お母さんが3人にこれを?」
サフィラスはニゲルを振り返った。
「あ、そうだよ。箱に入ってたんだ。けど、箱は燃やしてって書いてあったから、すぐ燃やさないといけないのかと思って、昨日炉にいれちゃった」
「箱…。他には何か入っていた?」
「えっと、でっかいローブ。あとは、アーラが持ってるけどえり巻き。なんかの毛皮みたいだったよ。それにお金もいっぱい」
「なるほど」
「…ねぇ、えっと…サ、サフィラスさん。なんて書いてあるの?」
マリウスの緊張を含んだ問いかけに、サフィラスは何故か一度ニゲルをちらりと見た。
「あぁ。これは間違いなくお母さんが3人に残した腕輪だよ。色の違いはおそらく3つ埋め込まれている石の違いによるものだ。見たところこの2つの腕輪には全て同じ文字が刻まれている。もう一つを見ていないけど、おそらく、いや、きっと3つの腕輪は同じ目的のために作られたんだと思う」
「同じ目的?」
マリウスとダブってしまった言葉に、サフィラスは強くうなずいた。
「この腕輪にはこう書いてある。《汝の命を守らむ》とね」
その言葉に、ニゲルは大きな衝撃を受けた。
「どういう意味?なんじって何?」
そう言いながらマリウスは机に身を乗り出した。そして、サフィラスにより差し出された自分の腕輪を受け取ると、まじまじと見つめている。
しかし、この時ニゲルはこの腕輪の意味に気づいた。
いや、なぜこれが困った時に開ける箱に入っているのか、気づいてしまったのだ。
《なんじの命を守らむ》この言葉の意味。
(…お母さんは、引っ越した時に僕たちと一緒に居られなくなるって思っていたんだ…)
そして、お母さんは、これに全てを託したのだと理解した。つまり、自分がここをいつか出ていかなければならないことを知っていたのだと。そうじゃなかったら、わざわざこんなものを作って、隠しておく必要なんてない。僕たちに居なくなる事を言えなかったから、こうして後で何かの足しになるお金や物と一緒に、これを箱に入れたのだ。みんなに内緒で…。
サフィラスの言葉で、なんとなく刻まれた文字の意味がわかってしまった今、それを、どんな気持ちでお母さんが刻んだのだろうかと、思わずにはいられなかった。
そして自分たちをここに置いて、好きで出て行ったわけではないのでは?という事を、初めて考え始めていた。
「マリウス君。これは、君達を愛するお母さんが残した、皆の命を危険から守る道具だ。しかし、石は3つしか埋まっていない。つまり、3回しかその効果が発揮されない。けれども非常に高価なもので、いまやこの世界には、このような物は存在しないだろう。この3つの腕輪以外には」
「…本当!?本当にそんなすごい力があるの!?」
「本当だ。肌身離さず身につけているといい。これは加護の腕輪。イウラの腕輪というものだ」
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