最後の魔導師

蓮生

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第2章 旅立ち

別れの時⑦

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 備え付けのちいさな丸机は、マーロンとマリウスがなだれ込むようにぶつかったせいで床の上にすごい音を立てて倒れ、その上にあった古びた本は窓際まで飛んでいた。当然3人ともそんなことは後から知ったのだが、唯一幸いだったのがオイルランプに火が点いていなかったことだ。
 けれど結局は、中のオイルを盛大に床にぶちまけて、本体はどうにもならないほど見事に割れてしまった。

 もみくちゃになって、髪の毛もぐしゃぐしゃ、ほおれて、殴られたせいで口の中も切れてしまって痛い。
 とにかくあっちもこっちも打ったせいで全身が痛い。
 服のそでは誰かの血でうす汚れているし、見れば腕や足にもひっかき傷がある。

 疲れ切ってぼんやりと寝台の足にもたれかかりながら、割れたランプの欠片かけらをながめる。

 マリウスがあんなに大泣きしたのなんて初めて見たなと、ニゲルは思っていた。

 驚いたのだ。
 あんなに激しい感情をむき出しにする事は、お母さんが居なくなってしまった時でも無かった。

 だからニゲルも言いたい事を言ったけれど、言葉や物の投げ合いの途中からは何を言ったか覚えてない。

 ふと目の端で壁にもたれていたマーロンが立ち上がり、床に打ち捨てられた孤児のようにしているマリウスに近づいていく。


「…気は済んだか」

「…」

 もう一度、マリウスの背後から静かな声で同じ事をたずねる。

 マリウスは無視を決め込んでいるのか、鼻をすする音以外、返事はない。

 マーロンはため息をはいて、倒れ込んだマリウスの腕をつかむと、強引に引っ張った。

「…くっ…!なにするんだよ!」

 上半身が浮き上がり、いら立ちいきり立つマリウスは腕を振り切らんと暴れる。

「…マリウス、いつまでこうしてるつもりだ?お前が泣こうが、わめこうが、ニゲルは行っちまうんだぞ。お前の兄貴をよく見ろ!!アーラとマリウスを守るために戦うって言ってんだ!それなのにこうやって駄々をこねて、お前、恥ずかしくないのかよ!だからニゲルはお前を頼りにできないんだろうが!!アホ!!」
「…なんだとぉ!!」
 キッとマーロンをにらみつけるマリウスはつかまれた腕を思い切り振り払って叫んだ。

「偉そうにッ!!お前もラモも、家族に捨てられた事なんて無いくせにッ!!何が分かるんだよ!?何が分かるってんだ!!」

「いいや、わかる!!」

 マーロンは今日1番の大声で、息巻くマリウスの肩をドンっと押した。

「お前のその腕輪、俺はどんなものか知ってる。それは家畜を何頭も買える、家だって買えるくらいすごく高価な物のはず!そんな物を捨て子に残すもんか!!バカかお前は!!」

 ニゲルはその言葉に驚き、彼をまたたきもできないまま、凝視ぎょうしした。

「…なんだって?」

 マリウスのぽつりとしたつぶやきにマーロンは我に返り、しまった、というような表情を浮かべる。

「マーロン…きみ、この腕輪をなんでしってるの?」

ニゲルも呆然ぼうぜんとしてたずねた。
マーロンはため息を吐いて眉をよせ、唇を引き結ぶ。
「誰にも言ったことはないけど、ちょうどいい。教えてやるよ」

 決心したような面持ちでニゲルとマリウスを見ると、やがて虚空こくうに目を彷徨さまよわせて話し始めた。

「…俺が住んでた近所に昔、魔法士が隠れ住んで居たんだ。その人は、鉱物こうぶつをあやつる男の魔法士だった。あらゆる金属が部屋にはいつもあって、いつも人をさけていたその人は、魔法士であることをずっと隠していた」

 マーロンはニゲルの方に近寄ると、ニゲルの腕をとり、はめられた腕輪をじっと見つめる。

「…これは、その人が作ったものだよ。俺は、その人の部屋でこの腕輪そっくりの設計図をみたことがある。だから、マリウスやニゲルは捨てられたんじゃない。捨て子に親がわざわざ作った高価な物を渡したりしない」

「その人、今どこにいるかわかる!?」
 ニゲルは会えるのなら会って話をききたい。そう思った。
「いや…わからない…」
「住んでた町はどこなの?」
「60日戦争の戦火にのまれてほとんど廃墟はいきょさ。その人もきっと死んだんじゃないかな…」
「そんな…」
「とにかく、それは凄く高価なしろものだってことは知ってる。その人、頼まれても作れないって言ってたんだ」
「作れない?」
「ああ。なんでも、はめ込む石に膨大ぼうだいな力をたくわえなきゃいけないからって。それに特別な石だと言ってた。だから、もう歳だし、金を積まれても、2度と作らないし作れないって言ってた」
「おじいさんだったの?」
「まあ、そうかな。白髪まじりだったし」
「なんて名前なの?その人」
マーロンはうーんとうなると、腕を組む。
「たしか…ウーレトリア?とかなんとか…失われた家とかって言ってた気がする」
「ウーレトリア…?」
 聞いたこともない名前だ。マリウスもしかめっ面で首をかしげている。

「この腕輪をニゲルやマリウスの親がどうやって手に入れたかは知らないけど、やばいんじゃないか?」

「やばい?なんで?」
「いやいやだって、俺みたいに見るやつが見たら、魔法士が作った腕輪だとわかるぞ。農場は構わないだろうけど、せめて外出歩く時は布かなんか巻いて隠せよ、ニゲル。狙われるぞ」
「こんなの、似たようなのありそうだけどなぁ…」
まじまじと、あらためて腕輪を観察してみる。確かによくできているが、別になんのパワーも感じない。一見、普通の装飾品。単なる腕輪だ。
「けど、魔法士が作った物を外でむやみに身につけるなんて自殺行為だぞ」
「…マーロン、もしかして、知ってるの?」
 彼はもしかしたら知っているのか、魔法士狩りを。
「俺は詳しい事は知らない。けど、魔法士が追われているのは知ってる。その人も、魔法士である事を隠していたから。だから、サフィラスやニゲル達もなんか事情があるんだろうとは思ってる」


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