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第3章 エイレン城への道
かれを守る者 ①
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赤々とした松明がぽつぽつと集まって左右に揺れる。
水際には先頭になってニゲルを探し、悲鳴のような叫び声を上げる夜の闇に向かって、長身の魔導師がザブザブと湖の中に入って身体を浸している。
アランも必死になって探す友の背中を見てはいたが、それ以上に水に近づいていけない。
もちろん、他の誰も水に浸かることは出来なかった。
ある者は弓を構え、ある者は大砲のそばに立ち、そしてある者は頑丈な板金鎧を身に着け、それぞれが恐ろしい形相の巨頭に向かっていつでも攻撃が出来るように位置につき、微動だにしなかった。
彼らが動かないのは湖の魔物が恐ろしいだけではない。
誰もが、【役に立たないことはしない】という事を心得ていて、命令を待っているのだ。
そしてなによりも、ニゲルを探す魔導師の気迫がすさまじかったためにぴくりとも動けないでいた。
注意深く目をこらすサフィラスは、アダマの対流を半円状に展開させ、水際門一帯に見えない空気の防壁を出現させていた。
そうした最中であっても、彼の眼は天守から確認したイウラの腕輪の光を探していた。
しかし、まぼろしを見たのかと自分の目を疑うほど、光はどこにもない。
見失ったのだ。
それが最悪のシナリオを彷彿とさせ、焦りが焦りを生む。
(まさか、喰われて……いや、沈んでしまったのか…?)
目の前でこちらを睨めつける、血のように赤い双眸に対面していたこの時の彼の心の中は、もしもニゲルを殺していたら、竜を殺してやろう——。
その一言に尽きた。
たとえそれで自分がここで果てようとも、だ。
サフィラスは常に冷静な男である。
日頃から物静かで声を荒げることはないし、怒りを何かにぶつけることもない。生まれながらのその穏やかな性格は、時に激しく荒々しい技を繰り出す修行のじゃまになったくらいだ。師匠にはそれがお前の良い所だと言われたが、自分ではそれを長所とあまり思えずに、若い頃は悩んだ時期もあった。しかし、より強い力を得る為にと、アオガンのように自分の中の狂暴性や狂気を開放することは、恐ろしくて出来なかったのだ。
その存在に気づいてはいたが、蓋をするべきだと押さえつける時もあった。
自分の中に宿る、負の感情や怒り、恐怖、そして傲慢な驕り…それで自分が魔物のように変わってしまう事を恐れていた。
———強さは、そんなことをしなくても手に入れられる。
強さとは正義であり、世の光でなくては。心のどこかでずっとそう思っていた。
それは確かに間違いではなかったはずだ。
過去を振り返っても、だからこそ、自分の力に溺れずに、慢心せずに、今日まで役目を果たしてこれたのだ。感情的になってよいことなど一つもない事を、師匠の死でも学んだはずだった。
けれど、孤独というのは、サフィラスを常に苦しめていた。
冷静でいられないほど、熱い涙が流れる夜もあったし、それに耐えなければならないという事は、身を切られるように辛く苦しいものであると心が叫んだ。
これ以上、仲間が死んでいくのも耐えられなかったし、一人、また一人といつの間にか消えていく友人、自分を陥れようとする大勢の貴族たちに混ざって、それでも戦いに出て【我々の正義のため】に人を殺めなければならないことにも疲れ切っていた。自分が信じてきた正義とは見方を変えれば悪にもなりえる。光と思っていたものが、誰かにとっては地獄の炎となるのだ。やがて自分勝手な正義を振りかざしていただけだと気づいた自分の隣に並んでくれる人が誰もいなくなって、この世の何もかもが無意味に思えたのだ。
何のために生き、何のためにこれをするのか。
人がうらやむ力のために、あまりにも多くのものを犠牲にしてきた。一体、何のためにこの力があって、何のために自分がこれを得たのか。
いいや、自分が望んでいたのはこんな生き方ではない。
そうではなかったはず。
そう思うと、与えられた残りの人生は何かに捧げたかった。
たったひとりでもいい。
自分に笑顔を向けてくれる、誰かのために。
「ニゲル…私はもう何もいらないんだ…ただ最後は…お前と一緒に生きたいんだ…頼むから、生きていてくれ…!」
サフィラスの身体はたて続けの大きな力の放出で激しい動悸に襲われていたが、彼は自分を奮い立たせた。それだけの気力はまだ残されていた。
ニゲルを助けなければ。
その一心に突き動かされて顔を上げると、大きく息を吸う。
そして身体を沈ませて一気に水面下にもぐろうとした。
まさにその時だった。
赤々とした松明がぽつぽつと集まって左右に揺れる。
水際には先頭になってニゲルを探し、悲鳴のような叫び声を上げる夜の闇に向かって、長身の魔導師がザブザブと湖の中に入って身体を浸している。
アランも必死になって探す友の背中を見てはいたが、それ以上に水に近づいていけない。
もちろん、他の誰も水に浸かることは出来なかった。
ある者は弓を構え、ある者は大砲のそばに立ち、そしてある者は頑丈な板金鎧を身に着け、それぞれが恐ろしい形相の巨頭に向かっていつでも攻撃が出来るように位置につき、微動だにしなかった。
彼らが動かないのは湖の魔物が恐ろしいだけではない。
誰もが、【役に立たないことはしない】という事を心得ていて、命令を待っているのだ。
そしてなによりも、ニゲルを探す魔導師の気迫がすさまじかったためにぴくりとも動けないでいた。
注意深く目をこらすサフィラスは、アダマの対流を半円状に展開させ、水際門一帯に見えない空気の防壁を出現させていた。
そうした最中であっても、彼の眼は天守から確認したイウラの腕輪の光を探していた。
しかし、まぼろしを見たのかと自分の目を疑うほど、光はどこにもない。
見失ったのだ。
それが最悪のシナリオを彷彿とさせ、焦りが焦りを生む。
(まさか、喰われて……いや、沈んでしまったのか…?)
目の前でこちらを睨めつける、血のように赤い双眸に対面していたこの時の彼の心の中は、もしもニゲルを殺していたら、竜を殺してやろう——。
その一言に尽きた。
たとえそれで自分がここで果てようとも、だ。
サフィラスは常に冷静な男である。
日頃から物静かで声を荒げることはないし、怒りを何かにぶつけることもない。生まれながらのその穏やかな性格は、時に激しく荒々しい技を繰り出す修行のじゃまになったくらいだ。師匠にはそれがお前の良い所だと言われたが、自分ではそれを長所とあまり思えずに、若い頃は悩んだ時期もあった。しかし、より強い力を得る為にと、アオガンのように自分の中の狂暴性や狂気を開放することは、恐ろしくて出来なかったのだ。
その存在に気づいてはいたが、蓋をするべきだと押さえつける時もあった。
自分の中に宿る、負の感情や怒り、恐怖、そして傲慢な驕り…それで自分が魔物のように変わってしまう事を恐れていた。
———強さは、そんなことをしなくても手に入れられる。
強さとは正義であり、世の光でなくては。心のどこかでずっとそう思っていた。
それは確かに間違いではなかったはずだ。
過去を振り返っても、だからこそ、自分の力に溺れずに、慢心せずに、今日まで役目を果たしてこれたのだ。感情的になってよいことなど一つもない事を、師匠の死でも学んだはずだった。
けれど、孤独というのは、サフィラスを常に苦しめていた。
冷静でいられないほど、熱い涙が流れる夜もあったし、それに耐えなければならないという事は、身を切られるように辛く苦しいものであると心が叫んだ。
これ以上、仲間が死んでいくのも耐えられなかったし、一人、また一人といつの間にか消えていく友人、自分を陥れようとする大勢の貴族たちに混ざって、それでも戦いに出て【我々の正義のため】に人を殺めなければならないことにも疲れ切っていた。自分が信じてきた正義とは見方を変えれば悪にもなりえる。光と思っていたものが、誰かにとっては地獄の炎となるのだ。やがて自分勝手な正義を振りかざしていただけだと気づいた自分の隣に並んでくれる人が誰もいなくなって、この世の何もかもが無意味に思えたのだ。
何のために生き、何のためにこれをするのか。
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いいや、自分が望んでいたのはこんな生き方ではない。
そうではなかったはず。
そう思うと、与えられた残りの人生は何かに捧げたかった。
たったひとりでもいい。
自分に笑顔を向けてくれる、誰かのために。
「ニゲル…私はもう何もいらないんだ…ただ最後は…お前と一緒に生きたいんだ…頼むから、生きていてくれ…!」
サフィラスの身体はたて続けの大きな力の放出で激しい動悸に襲われていたが、彼は自分を奮い立たせた。それだけの気力はまだ残されていた。
ニゲルを助けなければ。
その一心に突き動かされて顔を上げると、大きく息を吸う。
そして身体を沈ませて一気に水面下にもぐろうとした。
まさにその時だった。
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