最後の魔導師

蓮生

文字の大きさ
83 / 93
第3章 エイレン城への道

かれを守る者 ①

しおりを挟む
 ***

 赤々とした松明がぽつぽつと集まって左右に揺れる。
 水際には先頭になってニゲルを探し、悲鳴のような叫び声を上げる夜の闇に向かって、長身の魔導師がザブザブと湖の中に入って身体を浸している。

 アランも必死になって探す友の背中を見てはいたが、それ以上に水に近づいていけない。

 もちろん、他の誰も水に浸かることは出来なかった。

 ある者は弓を構え、ある者は大砲のそばに立ち、そしてある者は頑丈がんじょう板金鎧ばんきんよろいを身に着け、それぞれが恐ろしい形相ぎょうそう巨頭きょとうに向かっていつでも攻撃が出来るように位置につき、微動びどうだにしなかった。

 彼らが動かないのは湖の魔物が恐ろしいだけではない。
 誰もが、【役に立たないことはしない】という事を心得ていて、命令を待っているのだ。
 
 そしてなによりも、ニゲルを探す魔導師の気迫がすさまじかったためにぴくりとも動けないでいた。

 注意深く目をこらすサフィラスは、アダマの対流を半円状に展開させ、水際門一帯に見えない空気の防壁を出現させていた。
 そうした最中であっても、彼の眼は天守から確認したイウラの腕輪の光を探していた。

 しかし、まぼろしを見たのかと自分の目を疑うほど、光はどこにもない。

 見失ったのだ。

 それが最悪のシナリオを彷彿ほうふつとさせ、焦りが焦りを生む。

 (まさか、喰われて……いや、沈んでしまったのか…?)

 目の前でこちらをめつける、血のように赤い双眸そうぼうに対面していたこの時の彼の心の中は、もしもニゲルを殺していたら、おまえを殺してやろう——。
 その一言に尽きた。

 たとえそれで自分がここで果てようとも、だ。


 サフィラスは常に冷静な男である。
 日頃から物静かで声を荒げることはないし、怒りを何かにぶつけることもない。生まれながらのその穏やかな性格は、時に激しく荒々しい技を繰り出す修行のじゃまになったくらいだ。師匠にはそれがお前の良い所だと言われたが、自分ではそれを長所とあまり思えずに、若い頃は悩んだ時期もあった。しかし、より強い力を得る為にと、アオガンのように自分の中の狂暴性や狂気を開放することは、恐ろしくて出来なかったのだ。
 その存在に気づいてはいたが、蓋をするべきだと押さえつける時もあった。
 自分の中に宿る、負の感情や怒り、恐怖、そして傲慢ごうまんおごり…それで自分が魔物のように変わってしまう事を恐れていた。

———強さは、そんなことをしなくても手に入れられる。

 強さとは正義であり、世の光でなくては。心のどこかでずっとそう思っていた。

 それは確かに間違いではなかったはずだ。

 過去を振り返っても、だからこそ、自分の力に溺れずに、慢心せずに、今日まで役目を果たしてこれたのだ。感情的になってよいことなど一つもない事を、師匠の死でも学んだはずだった。

 けれど、孤独というのは、サフィラスを常に苦しめていた。
 冷静でいられないほど、熱い涙が流れる夜もあったし、それに耐えなければならないという事は、身を切られるように辛く苦しいものであると心が叫んだ。
 これ以上、仲間が死んでいくのも耐えられなかったし、一人、また一人といつの間にか消えていく友人、自分を陥れようとする大勢の貴族たちに混ざって、それでも戦いに出て【我々の正義のため】に人を殺めなければならないことにも疲れ切っていた。自分が信じてきた正義とは見方を変えれば悪にもなりえる。光と思っていたものが、誰かにとっては地獄の炎となるのだ。やがて自分勝手な正義を振りかざしていただけだと気づいた自分の隣に並んでくれる人が誰もいなくなって、この世の何もかもが無意味に思えたのだ。
 何のために生き、何のためにこれをするのか。

 人がうらやむ力のために、あまりにも多くのものを犠牲にしてきた。一体、何のためにこの力があって、何のために自分がこれを得たのか。
 いいや、自分が望んでいたのはこんな生き方ではない。
 そうではなかったはず。
 そう思うと、与えられた残りの人生は何かに捧げたかった。

 たったひとりでもいい。
 自分に笑顔を向けてくれる、誰かのために。

「ニゲル…私はもう何もいらないんだ…ただ最後は…お前と一緒に生きたいんだ…頼むから、生きていてくれ…!」

 サフィラスの身体はたて続けの大きな力の放出で激しい動悸どうきに襲われていたが、彼は自分を奮い立たせた。それだけの気力はまだ残されていた。
 ニゲルを助けなければ。
 その一心に突き動かされて顔を上げると、大きく息を吸う。
 そして身体を沈ませて一気に水面下にもぐろうとした。

 まさにその時だった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

#アタシってば魔王の娘なんだけどぶっちゃけ勇者と仲良くなりたいから城を抜け出して仲間になってみようと思う

釈 余白(しやく)
児童書・童話
 ハアーイハロハロー。アタシの名前はヴーゲンクリャナ・オオカマって言ぅの。てゆうか長すぎでみんなからはヴーケって呼ばれてる『普通』の女の子だょ。  最近の悩みはパパが自分の跡継ぎにするって言って修行とか勉強とかを押し付けて厳しいことカナ。てゆうかマジウザすぎてぶっちゃけやってらンない。  てゆうかそんな毎日に飽きてるンだけどタイミングよく勇者のハルトウって子に会ったのょ。思わずアタシってば囚われの身なのってウソついたら信じちゃったわけ。とりまそんなン秒でついてくよね。  てゆうか勇者一行の旅ってばビックリばっか。外の世界ってスッゴク華やかでなんでもあるしアタシってば大興奮のウキウキ気分で舞い上がっちゃった。ぶっちゃけハルトウもかわいくて優しぃし初めての旅が人生の終着点へ向かってるカモ? てゆうかアタシってばなに言っちゃってンだろね。  デモ絶対に知られちゃいけないヒミツがあるの。てゆうかアタシのパパって魔王ってヤツだし人間とは戦争バッカしてるし? てゆうか当然アタシも魔人だからバレたら秒でヤラレちゃうかもしンないみたいな?  てゆうか騙してンのは悪いと思ってるょ? でも簡単にバラすわけにもいかなくて新たな悩みが増えちゃった。これってぶっちゃけ葛藤? てゆうかどしたらいンだろね☆ミ

生贄姫の末路 【完結】

松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。 それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。 水の豊かな国には双子のお姫様がいます。 ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。 もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。 王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。

生まれたばかりですが、早速赤ちゃんセラピー?始めます!

mabu
児童書・童話
超ラッキーな環境での転生と思っていたのにママさんの体調が危ないんじゃぁないの? ママさんが大好きそうなパパさんを闇落ちさせない様に赤ちゃんセラピーで頑張ります。 力を使って魔力を増やして大きくなったらチートになる! ちょっと赤ちゃん系に挑戦してみたくてチャレンジしてみました。 読みにくいかもしれませんが宜しくお願いします。 誤字や意味がわからない時は皆様の感性で受け捉えてもらえると助かります。 流れでどうなるかは未定なので一応R15にしております。 現在投稿中の作品と共に地道にマイペースで進めていきますので宜しくお願いします🙇 此方でも感想やご指摘等への返答は致しませんので宜しくお願いします。

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
児童書・童話
 毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 連載時、HOT 1位ありがとうございました! その他、多数投稿しています。 こちらもよろしくお願いします! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

星降る夜に落ちた子

千東風子
児童書・童話
 あたしは、いらなかった?  ねえ、お父さん、お母さん。  ずっと心で泣いている女の子がいました。  名前は世羅。  いつもいつも弟ばかり。  何か買うのも出かけるのも、弟の言うことを聞いて。  ハイキングなんて、来たくなかった!  世羅が怒りながら歩いていると、急に体が浮きました。足を滑らせたのです。その先は、とても急な坂。  世羅は滑るように落ち、気を失いました。  そして、目が覚めたらそこは。  住んでいた所とはまるで違う、見知らぬ世界だったのです。  気が強いけれど寂しがり屋の女の子と、ワケ有りでいつも諦めることに慣れてしまった綺麗な男の子。  二人がお互いの心に寄り添い、成長するお話です。  全年齢ですが、けがをしたり、命を狙われたりする描写と「死」の表現があります。  苦手な方は回れ右をお願いいたします。  よろしくお願いいたします。  私が子どもの頃から温めてきたお話のひとつで、小説家になろうの冬の童話際2022に参加した作品です。  石河 翠さまが開催されている個人アワード『石河翠プレゼンツ勝手に冬童話大賞2022』で大賞をいただきまして、イラストはその副賞に相内 充希さまよりいただいたファンアートです。ありがとうございます(^-^)!  こちらは他サイトにも掲載しています。

左左左右右左左  ~いらないモノ、売ります~

菱沼あゆ
児童書・童話
 菜乃たちの通う中学校にはあるウワサがあった。 『しとしとと雨が降る十三日の金曜日。  旧校舎の地下にヒミツの購買部があらわれる』  大富豪で負けた菜乃は、ひとりで旧校舎の地下に下りるはめになるが――。

オバケの謎解きスタンプラリー

綾森れん
児童書・童話
第3回きずな児童書大賞 奨励賞をいただきました! ありがとうございます! ――七不思議を順番にめぐると、最後の不思議「大階段踊り場の鏡」に知らない自分の姿が映るんだって。 小学六年生の結菜(ユイナ)が通う三日月(みかづき)小学校では、そんな噂がささやかれていた。 結菜は難関中学に合格するため、塾の夏期講習に通って勉強に励んでいる。 だが一方で、自分の将来にひそかな期待と不安をいだいてもいた。 知らない自分を知りたい結菜は、家族が留守にする夏休みのある夜、幼なじみの夏希(ナツキ)とともに七不思議めぐりを決意する。 苦労して夜の学校に忍び込んだ二人だが、出会うのは個性豊かなオバケたちばかり。 いまいち不真面目な二宮金次郎のブロンズ像から、二人はスタンプラリーの台紙を渡され、ルールを説明される。 「七不思議の謎を解けばスタンプがもらえる。順番に六つスタンプを集めて大階段の鏡のところへ持って行くと、君の知らない君自身が映し出されるんだ」 結菜と夏希はオバケたちの謎を解いて、スタンプを集められるのか? そして大階段の鏡は二人に何を教えてくれるのか? 思春期に足を踏み入れたばかりの少女が、心の奥底に秘めた想いに気付いてゆく物語です。

14歳で定年ってマジ!? 世界を変えた少年漫画家、再起のノート

谷川 雅
児童書・童話
この世界、子どもがエリート。 “スーパーチャイルド制度”によって、能力のピークは12歳。 そして14歳で、まさかの《定年》。 6歳の星野幸弘は、将来の夢「世界を笑顔にする漫画家」を目指して全力疾走する。 だけど、定年まで残された時間はわずか8年……! ――そして14歳。夢は叶わぬまま、制度に押し流されるように“退場”を迎える。 だが、そんな幸弘の前に現れたのは、 「まちがえた人間」のノートが集まる、不思議な図書室だった。 これは、間違えたままじゃ終われなかった少年たちの“再スタート”の物語。 描けなかった物語の“つづき”は、きっと君の手の中にある。

処理中です...