最後の魔導師

蓮生

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第3章 エイレン城への道

夜のニス湖⑥ 魔導師と城主

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「なんて、ことを…」

 サフィラスはひねりだすような苦し気な言葉を吐いて、奥歯を噛みしめる。
 一刻の猶予ゆうよもない。
 全神経を研ぎ澄まして素早く臨戦態勢りんせんたいせいに入ったサフィラスは、両手を前に構え、目をつぶる。
 
 生あたたかい、ふわっとした緩やかな風の流れが、その場にいた者のほおをかすめた。

 しかしそれはまたたく間に辺りを舞い踊る旋風せんぷうになり、アラン達は顔をおおい、中腰にならざるを得なかった。
 激しさを増す風が大気中でゴオォオッと音を立て、烈風れっぷうのごとく吹き荒れはじめると、彼はあっという間にその嵐の中に消える。

「…くっ…!サフィラス…!」

 そばにいたアランは風にあおられ、舞う砂ぼこりで目もあけられず、ついにはまともに立っていられなくなった。
 なんとか石造りの壁をつかんで壁伝いに後ずさる。ほかの兵たちも、気づけばかなり後ろまで下がってはいたが、急に巻き起こった嵐に、頭を打ち付けたり転倒したものが居たようだ。額や腕から血をながしたまま、唖然あぜんとした表情で嵐の中心を見上げている。

「…サフィラス、お前…無茶をするな!!」
 
 サフィラスはこの時、大蛇が暴れるような疾風しっぷう——、その巨大なアダマの対流の中にいた。

 かれにより熱せられたその膨大ぼうだいな数の粒子が、莫大ばくだいなエネルギーとなって両腕に集まり、凝縮ぎょうしくし、縄のように絡まりあって手のひらで黄金の一つの塊となってゆく。
 それは一瞬の出来事ではあったが、ひどく神聖な儀式のようでもあり、時が止まったかのようにアランには見えていた。

 ——カッ!と閃光せんこうのような光の筋が、嵐の中から飛び出る様に…細長い指の間かられ広がり、まさに光の速さで一直線に湖に向かって走った。

 辺りを昼のような明るさにしたかと思うほどの、目の奥に突き刺さる熱量。
 余りの眩しさにその場の全員が目を覆う。

「耳をふさいでッッ!!」
 サフィラスの怒号どごうがひびいた直後、鼓膜こまくが破れそうなほどの甲高く、叫びだしたくなるほどの強烈凶悪きょうれつきょうあく不快音ふかいおんが大きくひびき渡った。

———キィィィィィ—ンッ!!

「「「うあアアァァァ!!」」」

 耳をふさいだ全員があまりの無慈悲むじひな音に頭を振りながら叫び散らす。ふらついて倒れる者、中には嘔吐おうとをしている者もいた。
(鼓膜が、破れるっ…!!)
アランは砂が舞う強風の中でわずかにまぶたを上げ、乱れる髪の合間からこれ以上は限界だと、こめかみに筋を浮き立たせながら歯を食いしばってサフィラスを見上げた。
 そしてサフィラスが目を離さない湖面の方を、自らも細めた瞳をこらしてじっと見つめる。そうしてはじめて、城壁が大変なことになっていると分かった。

「…城壁が!城壁が凍っているぞッ!」

 うしろから歩哨ほしょうの青年が叫んでいる。
 その者の言う通り、まさにアランの目にも、凍り付いた壁が異様な光景となって映っていた。
 
 サフィラスの光に照らされた巨大な頭が、歯をむき出しにして鼻面にしわを寄せ、吹きすさぶブリザードのような氷のつぶてを壁面に向かって勢いよく吐いている。
 それも尋常じんじょうじゃない量だ。
 すでに壁面は分厚い氷におおわれ、いつ崩壊してもおかしくない状況に見えた。

 アランは屈強くっきょうな、それこそ国でも名が知られた一流の騎士であったが、恐怖で足が震えるのを止められなかった。
 生まれてこの方、ドラゴンをこの目で見たことはない。
 いつか見てみたいとは思ってはいたが、本当にそんな日が来るとは、思いもしていなかったのだ。
 ただ叔父からは世にも恐ろしい生き物だと伝え聞いていた程度で、あんな形をしているとは。
 あんな…はがねのようなウロコにおおわれた、大蛇のような首…裂けた口からのぞく無数の歯…!地獄の底からい出てきたような、この世のものとはとても思えぬ。
———人が抗えるものではない。
 (このままでは死者が出る…)
 ドラゴンがつぶてを吐いているのはパレスのすぐ横、そこに集中している。
 しかしなぜあそこに向かって攻撃をしているのか。
 訳が分からないが、少なからず塔の中には数十人の者がいる。
 何とか避難ひなんさせなければ。

「おいッ聞こえるか!居館と台所、湖に面したすべての部屋から避難だ!これは命令だ!建物から全員を出せ!!」

———荒ぶった獣の声がこの地を揺らしていた。
 アランは兵士たちにそう叫ぶと、自身も天守から階段を踏み外す勢いで駆け下りる。

「一体、何が起きたのだ…!」

 こわばった身体は迷いなく天守から真っすぐに水際門にむかっていく。アランは震える足を叱責しっせきするように力強く動かした。

 荒ぶるこの獣を目覚めさせたものは一体何なのか…。

「…アラン様!!おやめくださいッ!今水際門に向かうのは危険すぎます!」

 後ろを振り返ると鎖帷子くさりかたびらとその上に板金鎧ばんきんよろいを着込んで長剣を下げた部下が2名、けわしい顔つきでアランを追って来ていた。
「いいや、この目で確かめねば…」
 アランはアルカット城の城主である。そして、多くの命を預かる最も重い責任を負っている。たとえどんなことがあろうと、かれらを最後に守れるのは自分だけだ。
 二人の反対を無視して、引き留める硬い腕も振り払い、ズンズン水辺に向かう。
 しかしその足は何かやわらかい物を踏んで思わず止まった。

「…なんだ、これは…」
 一瞬、なにか小動物の死骸しがいでもんだかと思った。
 しかし、そうではない。
 弾力もなく、もっとやわらかくて、平らなものだ。
 暗がりの中、後ろにいた部下がアランの足元を手に持つ松明ですばやく照らし出した。
 そうしてぼんやり照らされたそれに顔を近づけ、拾い上げる。

 「なんでこんなものが落ちている…」
 手に持った途端、肌触りの良い布であることが分かった。

——それも見たことがある…。
 もっと言えば、さっき大広間でも見た、えりぐりとそでに刺繍ししゅうの入ったチュニック…。大人用にしては小さめの、アランがわざわざ用意してやった物。

「…おい…」
 アランの声は震えていた。
 これはあのサフィラスの弟子、ニゲルが着ていたものではないか…。
 ついさっきまで…!

「サフィラスを呼んで来いッ!!今すぐにだッ!!」

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