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ママの歌
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……み。よみ。よみは、悪い子。悪い子は、いい子。ママは、よみが大好き……。
「ママ……」
久し振りに、夢を見た。
ママが、小さいあたしをお膝に置いて、歌ってくれる夢。
あたしの、ママ。
カラスよりも黒い、つやつやの長い髪。薔薇よりも紅い、薄い唇。ビロードよりもやわらかな、長い睫毛。ダイヤモンドよりも硬くて、光るかっこいい爪。
ママは、あたしの自慢。きれいで強くて、かっこいい。天使なんか、ひと睨みで蹴散らしちゃうんだ。悪魔のみんなも、一目置いてた。
だけど、ママ。ママは、どこかへ行ってしまった。あたしを置いて。
あたしはもうお姉さんになってたから、別に、平気だったけど。
でも、でも、ほんとは寂しいよ。
ママに、もっと色々教わりたかった。ママと、もっとお話ししたかった。 お姉ちゃんはママとたくさん一緒だったけど、あたしは、ちょっとしか一緒じゃない。かっこいいママ、声が低くて、歌が上手なママと、もっと一緒にいたかった……。
なんか、思い出したら、涙が出てきた。
ここは、雲の上。あたしは一人、お昼寝。今日も空は、お天気だ。雨雲よりも、ずうっと高いところにいるから。
目は覚めてるけど、起きたくない。目を瞑ったまま、思い出す。大好きだった、ママの事を。
「ぺろん」
「ぎゃっ!」
あたしは、跳び起きる。 頭を、勢いよくぶつける。頬っぺたを流れた涙をぺろんしてきたやつの、おでこに。
こんな事するのは、一人しかいない。
「ふぇえん。痛いよう。よみちゃん、ひどい」
でっかいおでこ、アミのヘーゼルナッツ色の丸いおでこが、少しだけ赤くなっている。そこを自分で撫で撫でしながら、アミは涙目になる。
あたしは起き上がり、アミの口を両手でにゅーっと伸ばす。
「おい。ばかアミ。ひどいのは、どっちだよ。せっかくいい夢、見てたのに」
アミは、あたしの両手に自分の指を絡ませる。そしてあたしの頬っぺたをまた、ぺろっと舐める。
「うわっ! やめろ! ち……ちゅーとか、すんな!」
「ちゅーなんて、してないもん。ぺろんだもん」
アミはにこにこしながら、あたしの腕にまとわりつく。そしてあったかい全身を、くりくりこすりつける。
「ちゅーは、こうでしょ」
言いながら、アミはあたしの耳の付け根のあたりに唇をぷちゅりとくっ付ける。 ちゅう、って音が聞こえる。 ぞわぞわ、する。
「やっ……。ばかっ……!」
変な声、出てしまう。こいつはほんと、おかしいんだ。あたしが嫌がる事ばかりする……!
「やっ、やめろよ、アミっ。ヴァンパイアか、お前っ」
ちゅ、ちゅ、と何度も吸われる。あたしの、耳の下。また、変な感じになる。お腹の下のほう。じわじわ、変な気持ち……。
「あ……。 痕、ついちゃった」
唇を離したアミが、あたしの耳の付け根を見ながら、言う。そこを、指でやさしくなぞる。
「お前! どうしてくれんだよ。ヘンな痕、付けんなよ!」
アミは、ぶー、と言う。唇を、とんがらせる。
「よみちゃんが、ちゅーとぺろんの違い、分かんないみたいだから。教えてあげたんだもん」
「頼んでねえよ」
あたしは、アミを睨む。アミは、てへっとピンク色の舌を出して、頭を掻く。
「悪魔は、女の子同士でちゅーしないもんね……。へんなの。気持ちいいのに」
「そうだよ。お前ら天使は、女同士も男同士も、女と男でもイチャコラするけどさ。悪魔は、出っぱってるやつと引っこんでるやつでくっ付くの!」
仲良しこよしの天使どもは、あらゆる組み合わせで引っ付いてる。女同士、男同士、女と男。そこいら中で、ちゅっちゅしている。 あたし達悪魔より、よっぽどスケベだ。
「よみちゃんも、天使になったらいいのに」
「ばーか。なれっかよ」
「白い服、白い羽根、似合うよ、絶対。天使になって、一緒におばかさんの人間たち、助けてあげよ」
「やだよ。あたしは一人で、好きに生きるの」
「好きに生きるなら、アミと一緒ってこと?」
「何でそうなるんだよ……」
ばーか。あたしはなぜだか、笑ってしまう。いけない、いけない。アミを、調子に乗らせてしまう。
あたしは、アミに背を向けて、宣言する。背中で、かっこよく語る。悪魔の、小さな黒い羽根で。
「あたしは……ママを探して、そんで、ママと暮らすんだ。 お姉ちゃんも、人間どもの世界から呼び戻す」
ママに会って、ママといっぱいお喋りするんだ。あたしが一人でも何でもできて、かっこいい悪魔になった事、教えてあげるんだ。
お姉ちゃんにだって、あたしはもう負けないくらい、強くなった事、見せたいし。「お空の上より、人間が面白い」なんて言って、降りてっちゃったお姉ちゃん。人間なんかより、あたしとお喋りしたほうが、絶対絶対楽しいもん。あたしは、ママとお姉ちゃんに、会いたい……。
「ママ……」
ぐす。アミを見ると、でっかい目、銀色の瞳が、水面のように揺れている。
あ、やばい。ママといえば、こいつも……。
「ママぁ……。ママ、ママ」
口をへの字に曲げて、べそべそ泣き始める。大粒の涙が、ぼろぼろ落ちる。目を、ぐしぐしする。それでも涙は、止まらない。
隣に座ってるあたしは、背中をとんとんしてやる。羽根の付け根には、触れないように(えっちな気分になるから)。
「泣くなよ。お前のママだって、そのうち、見つかるよ。な。死んじゃいないって」
そう。
あたしのママが行ってしまったのと同じ頃、こいつのママも、天使の群れから消えてしまったんだ。あんなに可愛がってたアミを、ひとり、置いて。
「えっ、えぐ。ママっ、ママもっ、ひとりぼっちで、ざみじぐで、泣いてるがもっ……」
アミは、えぐえぐ泣きながら抱き付いてくる。
……いつもだったら、べしっと、するけど。今だけ、特別。
あたしたちは、一緒だから。
ママがいない、仲間だから。
「大丈夫だよ。お前のママだって、強いだろ。きっと、泣いてなんていねえよ」
えぐえぐ、べそべそ。アミは、涙が止まらない。
あたしはまた、アミをぎゅっとしてやる。 背中を、さすってやる。アミも、あたしの背中に回した手に、力を入れる。ぴったり、抱きしめ合う。
「ママ……。ママぁ……。ほんとは毎日、会いたいよぅ」
そんなん、あたしだって。
あたしだって、そうだ。
涙、出てきた。天使の声は、響く。そこにいるやつの心を、揺さぶってしまう。アミは、本人はそう思ってないだろうけど、天才的に才能がある。あたしも、どんどん悲しくなってくる……。
ちくしょう。このままじゃ、大泣きになっちゃう。あたしは、無理やり歌う。
「ア……アミは……」
「なぁに、よみちゃん」
うるさい。黙って、聞け。
「アミは~。いい子~。いい子は、わるい子~。わるい子は、いい子~。よみは、アミが、だいすき~」
……くそはずい。顔、あつ。
なんか、言え。ばかアミ。あたしは恥ずかしくて、アミをぎゅーっとしたまま、動けない。
しばらくして、やっと、アミが喋る。
「よみちゃん」
「あんだよ……」
アミは、ふふっと笑う。
「すき……」
「……知ってるよ」
「耳……真っ赤だよ」
「知るかよ」
「すてきな歌……。へたっぴだけど」
「うるせえ。ママは、上手かったんだよ。あたしだって絶対、歌、上手くなるし」
アミは、ぎゅーを離す。あたしに向き合って、頭をぽん、ぽんとしてくる。
「なる、なる。よみちゃんも、上手くなるよ。いっぱい歌お。アミ、たくさん聴きたいな」
「ふん。なにさまだよ」
天使の声は、響く。誰の胸にも。心の奥、他人には、絶対見せないところに。
アミに頭をぽんぽんされて、優しい言葉をたくさんかけられて。だんだん、とろとろ眠たくなって……。
あたしはそのまま、眠ってしまった。
起きた時には、アミと二人、ぎゅっとしながら、雲に寝転がってた。
ばかアミ……って起こそうかなって思ったけど、やめた。また、心を揺らされたらたまんない。あたしはアミが起きるまで、そこにいてやることにした(そしたらこいつ……昼まで全然、起きなかった。やっぱり、すぐに起こしてバイバイすればよかった!)。
「ママ……」
久し振りに、夢を見た。
ママが、小さいあたしをお膝に置いて、歌ってくれる夢。
あたしの、ママ。
カラスよりも黒い、つやつやの長い髪。薔薇よりも紅い、薄い唇。ビロードよりもやわらかな、長い睫毛。ダイヤモンドよりも硬くて、光るかっこいい爪。
ママは、あたしの自慢。きれいで強くて、かっこいい。天使なんか、ひと睨みで蹴散らしちゃうんだ。悪魔のみんなも、一目置いてた。
だけど、ママ。ママは、どこかへ行ってしまった。あたしを置いて。
あたしはもうお姉さんになってたから、別に、平気だったけど。
でも、でも、ほんとは寂しいよ。
ママに、もっと色々教わりたかった。ママと、もっとお話ししたかった。 お姉ちゃんはママとたくさん一緒だったけど、あたしは、ちょっとしか一緒じゃない。かっこいいママ、声が低くて、歌が上手なママと、もっと一緒にいたかった……。
なんか、思い出したら、涙が出てきた。
ここは、雲の上。あたしは一人、お昼寝。今日も空は、お天気だ。雨雲よりも、ずうっと高いところにいるから。
目は覚めてるけど、起きたくない。目を瞑ったまま、思い出す。大好きだった、ママの事を。
「ぺろん」
「ぎゃっ!」
あたしは、跳び起きる。 頭を、勢いよくぶつける。頬っぺたを流れた涙をぺろんしてきたやつの、おでこに。
こんな事するのは、一人しかいない。
「ふぇえん。痛いよう。よみちゃん、ひどい」
でっかいおでこ、アミのヘーゼルナッツ色の丸いおでこが、少しだけ赤くなっている。そこを自分で撫で撫でしながら、アミは涙目になる。
あたしは起き上がり、アミの口を両手でにゅーっと伸ばす。
「おい。ばかアミ。ひどいのは、どっちだよ。せっかくいい夢、見てたのに」
アミは、あたしの両手に自分の指を絡ませる。そしてあたしの頬っぺたをまた、ぺろっと舐める。
「うわっ! やめろ! ち……ちゅーとか、すんな!」
「ちゅーなんて、してないもん。ぺろんだもん」
アミはにこにこしながら、あたしの腕にまとわりつく。そしてあったかい全身を、くりくりこすりつける。
「ちゅーは、こうでしょ」
言いながら、アミはあたしの耳の付け根のあたりに唇をぷちゅりとくっ付ける。 ちゅう、って音が聞こえる。 ぞわぞわ、する。
「やっ……。ばかっ……!」
変な声、出てしまう。こいつはほんと、おかしいんだ。あたしが嫌がる事ばかりする……!
「やっ、やめろよ、アミっ。ヴァンパイアか、お前っ」
ちゅ、ちゅ、と何度も吸われる。あたしの、耳の下。また、変な感じになる。お腹の下のほう。じわじわ、変な気持ち……。
「あ……。 痕、ついちゃった」
唇を離したアミが、あたしの耳の付け根を見ながら、言う。そこを、指でやさしくなぞる。
「お前! どうしてくれんだよ。ヘンな痕、付けんなよ!」
アミは、ぶー、と言う。唇を、とんがらせる。
「よみちゃんが、ちゅーとぺろんの違い、分かんないみたいだから。教えてあげたんだもん」
「頼んでねえよ」
あたしは、アミを睨む。アミは、てへっとピンク色の舌を出して、頭を掻く。
「悪魔は、女の子同士でちゅーしないもんね……。へんなの。気持ちいいのに」
「そうだよ。お前ら天使は、女同士も男同士も、女と男でもイチャコラするけどさ。悪魔は、出っぱってるやつと引っこんでるやつでくっ付くの!」
仲良しこよしの天使どもは、あらゆる組み合わせで引っ付いてる。女同士、男同士、女と男。そこいら中で、ちゅっちゅしている。 あたし達悪魔より、よっぽどスケベだ。
「よみちゃんも、天使になったらいいのに」
「ばーか。なれっかよ」
「白い服、白い羽根、似合うよ、絶対。天使になって、一緒におばかさんの人間たち、助けてあげよ」
「やだよ。あたしは一人で、好きに生きるの」
「好きに生きるなら、アミと一緒ってこと?」
「何でそうなるんだよ……」
ばーか。あたしはなぜだか、笑ってしまう。いけない、いけない。アミを、調子に乗らせてしまう。
あたしは、アミに背を向けて、宣言する。背中で、かっこよく語る。悪魔の、小さな黒い羽根で。
「あたしは……ママを探して、そんで、ママと暮らすんだ。 お姉ちゃんも、人間どもの世界から呼び戻す」
ママに会って、ママといっぱいお喋りするんだ。あたしが一人でも何でもできて、かっこいい悪魔になった事、教えてあげるんだ。
お姉ちゃんにだって、あたしはもう負けないくらい、強くなった事、見せたいし。「お空の上より、人間が面白い」なんて言って、降りてっちゃったお姉ちゃん。人間なんかより、あたしとお喋りしたほうが、絶対絶対楽しいもん。あたしは、ママとお姉ちゃんに、会いたい……。
「ママ……」
ぐす。アミを見ると、でっかい目、銀色の瞳が、水面のように揺れている。
あ、やばい。ママといえば、こいつも……。
「ママぁ……。ママ、ママ」
口をへの字に曲げて、べそべそ泣き始める。大粒の涙が、ぼろぼろ落ちる。目を、ぐしぐしする。それでも涙は、止まらない。
隣に座ってるあたしは、背中をとんとんしてやる。羽根の付け根には、触れないように(えっちな気分になるから)。
「泣くなよ。お前のママだって、そのうち、見つかるよ。な。死んじゃいないって」
そう。
あたしのママが行ってしまったのと同じ頃、こいつのママも、天使の群れから消えてしまったんだ。あんなに可愛がってたアミを、ひとり、置いて。
「えっ、えぐ。ママっ、ママもっ、ひとりぼっちで、ざみじぐで、泣いてるがもっ……」
アミは、えぐえぐ泣きながら抱き付いてくる。
……いつもだったら、べしっと、するけど。今だけ、特別。
あたしたちは、一緒だから。
ママがいない、仲間だから。
「大丈夫だよ。お前のママだって、強いだろ。きっと、泣いてなんていねえよ」
えぐえぐ、べそべそ。アミは、涙が止まらない。
あたしはまた、アミをぎゅっとしてやる。 背中を、さすってやる。アミも、あたしの背中に回した手に、力を入れる。ぴったり、抱きしめ合う。
「ママ……。ママぁ……。ほんとは毎日、会いたいよぅ」
そんなん、あたしだって。
あたしだって、そうだ。
涙、出てきた。天使の声は、響く。そこにいるやつの心を、揺さぶってしまう。アミは、本人はそう思ってないだろうけど、天才的に才能がある。あたしも、どんどん悲しくなってくる……。
ちくしょう。このままじゃ、大泣きになっちゃう。あたしは、無理やり歌う。
「ア……アミは……」
「なぁに、よみちゃん」
うるさい。黙って、聞け。
「アミは~。いい子~。いい子は、わるい子~。わるい子は、いい子~。よみは、アミが、だいすき~」
……くそはずい。顔、あつ。
なんか、言え。ばかアミ。あたしは恥ずかしくて、アミをぎゅーっとしたまま、動けない。
しばらくして、やっと、アミが喋る。
「よみちゃん」
「あんだよ……」
アミは、ふふっと笑う。
「すき……」
「……知ってるよ」
「耳……真っ赤だよ」
「知るかよ」
「すてきな歌……。へたっぴだけど」
「うるせえ。ママは、上手かったんだよ。あたしだって絶対、歌、上手くなるし」
アミは、ぎゅーを離す。あたしに向き合って、頭をぽん、ぽんとしてくる。
「なる、なる。よみちゃんも、上手くなるよ。いっぱい歌お。アミ、たくさん聴きたいな」
「ふん。なにさまだよ」
天使の声は、響く。誰の胸にも。心の奥、他人には、絶対見せないところに。
アミに頭をぽんぽんされて、優しい言葉をたくさんかけられて。だんだん、とろとろ眠たくなって……。
あたしはそのまま、眠ってしまった。
起きた時には、アミと二人、ぎゅっとしながら、雲に寝転がってた。
ばかアミ……って起こそうかなって思ったけど、やめた。また、心を揺らされたらたまんない。あたしはアミが起きるまで、そこにいてやることにした(そしたらこいつ……昼まで全然、起きなかった。やっぱり、すぐに起こしてバイバイすればよかった!)。
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