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第1話
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「罰ゲームでさぁ…お前の事、一週間で落とさねぇといけない訳」
目の前の男………麻生 幸多(あそう こうた)はそう言って学校一の男前な顔でにんまり笑った。
180㎝超えてるだろうってぐらいの長身で、更には眩しいくらいのイケメンで、とにかく目立ってる。
周りにはいつも何人も友達が居て、男だったり女だったり……とにかく、1人で居るの見た事ないってくらい、皆に囲まれてる。
彼女だって常に居て、2~3人同時に付き合ってるとかの噂も聞いた事がある。
でも、同時でも良いから付き合いたいって女子達は言ってるとか……。
文化祭なんかあった日には、どこから聞き付けたのか他校の女子生徒が麻生見たさにわんさか来て、対応しきれず逃げ回ってる姿も見た事がある。
勉強はそこそこだけど、スポーツはすごく出来る。
モテる奴しか入る事が許されないとも言われてるサッカー部に所属し、3年間意外と真面目に部活には出てた感じ。
1月下旬。
高校生活も、あと2ヶ月ほどで終わろうとしてたある日、友達グループでボーリングをして、最下位の奴が男子を落とすっていう阿保らしい罰ゲームに、どうやら麻生が負けてしまったらしい。
そして……そのターゲットに俺が選ばれた。
……何故俺なのか、って理由は何となく分かる。
俺には「男好き」っていう噂が付いて回ってるから。
………実際……それは噂じゃなくて………
俺、月島 那生(つきしま なお)は、男が好きだ。
つまり……ゲイだ。
女の子には……何も感じない…。
男じゃないとダメなんだ…。
高2の終わりの頃……その時3年に居た先輩の事が好きだった。
普段は絡まない人だけど、合同合宿というのがあって1年から3年まで全生徒ごちゃ混ぜで1泊するという毎年開催される学校行事の時に初めて話した。
偶然同じ班になって、人見知りな俺をすごく気遣ってくれて、優しくしてくれた。
ちょっと……もしかしたら……先輩はゲイじゃないだろうけど……バイなの?って思うような雰囲気もあって………俺は、その合同合宿で一気にその先輩への気持ちが強くなってしまった。
もしかしたら……と、淡い期待をしてしまった。
すごく優しかったから。
合同合宿の帰り、片付けを全員でやって解散する間際………俺は、先輩を呼び止めて告白をした。
衝動的だったとは思うけど…………それでも、至って真剣に。
先輩もちゃんと聞いてくれた。
「ありがとう…そう思ってくれるのは、すごく嬉しいよ」とまで、言って貰えた。
だけど……
「僕は女の子としか付き合えないから」
………と………一瞬にして振られた。
次の日にはもう……噂は全学年に広がってて……その日から数ヶ月……嫌がらせに耐えた。
……やっぱり…男を好きだって事が受け入れられないみたいで……「キモイ」だの「ウザい」だのと言われて避けられ、元々友達もほとんど居なかった俺は…完全に孤立した。
だけど、3年の夏くらいまで続いてた嫌がらせも、夏休みの間に皆俺の事なんかどうでも良くなったみたいで、2学期が始まったぐらいからは……誰も何も言って来なくなった。
と、言うか、まぁ……無視、なんだけど……
それでも、自分の悩みでもある「ゲイ」という部分を「キモイ」とか「ウザい」とか言われなくなった事で幾らか気分的には楽になった。
無視されるくらい、何でも無かった。
でも……そんな、やっと落ち着いた俺の居心地を最悪なものにしてくれたのが……この、気紛れで行われた罰ゲーム付きのボーリング大会だった…。
「…何それ…」
呼び出された屋上で、発した声は情けないくらい震えてた。
「そのまんまの意味だけど?」
麻生は全く悪気の無い顔でそう言った。
「……何で俺…」
理由は分かってるけど…一応聞いた。
「…月島ってゲイなんでしょ?」
ゲイだけど……そうだけど………お前に、そんな思いっきり言われたくないし…
「俺、ノーマル」
だから、どした。
「でも、お前の事落とさねぇとダメだから」
「…しょーもな」
本心が自然に出た。
「あ?」
麻生が一瞬にして不機嫌になった。
イケメンな顔面からニヤついてた笑顔が消える。
でも……俺だって不機嫌だ。
ゲイで悪いか?
俺だって、男しか好きになれない自分の事を悩みに悩んでんだ。
それを、面白半分……いや、半分じゃないな……完璧に面白がってるだけで、落とすとか……最高に失礼だし……お前らはそれで面白いかも知れないけど……俺の気持ちはどうなる。
ゲイである事を笑われてキモがられながら、そのしょーもない罰ゲームに付き合わされる俺の気持ちは。
それに……最大の疑問がある。
「俺がマジで落ちたらどうすんだよ」
そうだ……
そうだよ……
落とした所で、その後どうすんだよ。
「え、落ちたら終わりだよ。そういうゲームだし」
……あっさり言われた。
「バカじゃねぇの」
「は?」
また、麻生の神経を逆撫でしたらしい俺の発言。
「何が楽しいの?誰が得するの?俺の気持ちはどうなんの?勝手にお前らのしょーもない罰ゲームに巻き込むなよ、俺の人生に関わってくんな、」
ガシャンッ!!
そこまで言ったところで、俺の顔の横を通り過ぎて行った麻生の手が、思いっ切り俺の後ろのフェンスを掴んだ。
もう片方の手で右肩をフェンスに押し付けられる。
「うるせぇんだよ……とにかく、お前を落とす」
至近距離で、またニンマリ笑う。
……落ちない自信があった。
一週間なんて……バカにしてる。
今なら一週間ずっとムカついてられる。
俺はそんなに軽くない。
一週間なんて絶対に落ちない。
そもそも……
「お前になんか絶対に落ちない」
精一杯の笑みを浮かべて言ってやった。
悔しかった。
男しか好きになれない俺の事を、全否定されたみたいで……。
「ゲイの俺の事なんか、自分ぐらいの男前だったら今すぐにでも落とせると思った?」
俺の、神経逆撫で発言は止まらない。
ムカつくんだ……こんな………デリカシーのかけらもない……
……麻生は……獲物を狙う猛獣のような目で俺を見てる。
どこから攻めてやろうかって思ってんだろ。
お前みたいなイケメンが言い寄って落ちなかった子なんて居ないんだろ、きっと。
「……お前は…俺を落とせない……絶対」
暫く………睨み合う。
正直………すげぇケンカを売ってしまったんじゃないかと…内心心臓バクバクなってるけど………ここで………負ける訳には行かない…。
ふっと、肩を押し付ける力が緩んで…フェンスから体が解放される。
「…とにかく……一週間で落とすから」
そう言って、麻生は屋上を去って行った。
姿が見えなくなった途端に…足の力が抜けてその場にしゃがみ込んだ俺は、しばらく動けなかった。
翌日から………生活が一変した。
麻生は、朝から俺のクラスにやって来たかと思うと、俺の前の席に座りひたすら無視を続ける俺にやたらと話しかけて来たり、移動教室の時は廊下で待ってて移動先まで付いて来たり、休み時間も毎回来るし、昼ご飯だって何故か一緒に食べる事になった。食堂だったり屋上だったり。俺の事もいつの間にか「月島」から「那生」に呼び方が変わってて、下校も一緒、夜は携帯に連絡……………とにかく………ずっと一緒だった。
これが目に見えてあからさまなアイツの作戦で、俺と落とすという目的の為だけにやってる事は俺も分かってた。
分かってたけど…………
3日目くらいからは……ちょっと……麻生を待ってる自分が居たりして……
……今まで、男が好きで、気持ち悪がられた経験しかない俺が………ゲイ丸出しで居ても何も言われない麻生とのやり取りは……こんな阿保らしい罰ゲームの中だけでも、俺は自分を認められた気がして………ちょっとだけ………居心地が良いと思い始めてしまった。
麻生も、最初の、俺をバカにした嫌味な感じは無くなって……他愛もない話をしてると、普通に話し好きの楽しい奴なんだな、って思えるようになってた。
一週間後、屋上に呼び出された。
2人で並んでベンチに座る。
「一週間だな」
「…そ、だな」
沈黙。
「……落ちた?」
「…落ちてない」
俺の返事に、フフ、と笑った麻生の横顔は、ほんとに男前で一瞬見惚れた。
「ダメじゃん」
「…落ちないって言ったじゃん」
「一週間じゃなくて10日だったら?」
「え?」
「あと3日あったら、落ちた?」
「…あー、それは……落ちたかもね」
何だかおかしくなってちょっと笑ったら、つられたように麻生も笑って「ほんとかよ」と言った。
「昨日さぁ…相原とケンカした」
「えっ?」
唐突にそんな事を言われて驚いた。
相原というのは麻生とずっと一緒に居る奴で、多分一番仲良い感じの奴だ……まぁ、話した事は無いけど…。
「仲良いのに、何でケンカ?」
「男好きのゲイ1人落とすのに何日かかってんだよ、って言われてさぁ、」
え……
途端に気まずくなって、麻生から目を反らす。
「何か、腹立った。……お前と、ずっと一緒に居たじゃん。何かお前見てたら、人を好きになったりする感情って人それぞれでさ、男が男を好きになったって間違いじゃねぇんだな…って思えて来てたからさ……だから、そんな風に言ったアイツにムカついた」
「…え……」
何も言えない。
ただただ、顔が熱くて………何故か……ドキドキする。
「落としてみたかったけど…ダメだったな。俺の負けだわ、はは」
そう笑って麻生は立ち上がる。
「悪かったな。……じゃあな」
え………
そんな………
こんな感じで終わるの?
………何か………
………終わりたくないって思ってしまった俺は………
「ま、待ってよ」
麻生の腕を掴んで、もう一度ベンチに引っ張り戻す。
「どしたの」
少し驚いた麻生の顔。
「俺、麻生の事、誤解してた。…イケメンなのを良い事に彼女が居ても何股もしてて、適当な事ばっか言ってチャラチャラしてて、女の事とモテる事しか考えて無いサイテーな奴だと思ってたけど、」
「ちょっと酷くねぇか、それ」
間で麻生が突っ込んで来たけど、そこは無視。
「だけど…ほんとは…そんな奴じゃないんだな、って思った」
「どんな奴だった?」
「それは……一週間くらいじゃ分かんないよ」
急に恥ずかしくなってそう言った……ら、
「じゃあ……もう少し続ける?」
「…え…」
真面目な顔で麻生がそう言って、俺の腕がそっと掴まれる。
触れられた所が異常に熱い…。
「どうすんの?…続ける?止める?」
少し詰められる距離……
ダメだ………もう……
「……続ける…」
勝手にそう言ってた。
すごく近くに居る麻生がまた少し俺に近付いて………キスされる、って思って思わず目を伏せた。
………でも……その後に続く感触は無くて……
代わりに、耳元でクスクスと笑う麻生の声…。
「もう、見てらんねぇわっ!」
「あっはは、マジですげぇっ」
突然、色んな声が聞こえてバッと顔を上げると、ケンカしたはずの相原や他の奴らが沢山居て……
「俺の勝ち」
麻生が俺に向かって言った。
「はい」
立ちあがった麻生が、そう言って友達に手を出すと、
「何か腑に落ちねぇけど」
「手こずってたじゃん、お前」
などと、文句を言いながらその手に千円ずつ置いて行く。
賭けてたんだ……
バカにしやがって…
「あー、でも面白かったわぁ」
「ラストスパートがな?」
「すげぇ展開だった」
とか盛り上がってるアホな奴ら。
だけど一番アホなのは…………
絶対落ちないって断言したのに、一週間であっさり気持ちが揺らいでしまった俺だ。
麻生は「金欠だったから助かったわ~」などと言いながら、俺の事なんか見えてないみたいにみんなで喋って、そのまま屋上を去ろうとしてる。
俺に……何か言う事無いの?
これで……罰ゲーム終了?
そう思ったら……無性に腹が立って来て……屋上を出て行こうとする麻生を追いかけた。
ウザい奴らを押し退けて、屋上から校内へ入ろうとしてる麻生の腕を掴んで引っ張り戻した。
「何だ何だ」とまたバカみたいに盛り上がる奴ら。
「麻生と2人にして」
「はぁ?罰ゲーム終わったんだよ?」
相原が笑いを堪えて言う。
「うるせぇな、お前らはどっか行けって言ってんだよ」
こんなセリフ言った事ないから……内心、怒らせたかも…とか思って逃げ出したくなったけど……
「先行ってて、後で行くわ」
麻生がそう言って、不服そうにしてるそいつらを先に校内へ戻した。
「何」
俺に向き直って一言。
「……さっきベンチで話した事は?」
「はぁ?何?」
「嘘なのか?」
「…あ~、そうだな」
「全部?」
「…何だよ、しつこいな」
「全部かって聞いてんだよっ」
「あぁ、そうだよっ、全部嘘だよ、当たり前だろ?罰ゲームなんだから」
悔しくて……情けなくて………泣きそうになった…。
「男が男好きになんの間違いじゃないって言ったのは?」
笑ってしまうくらい、声が震えた。
そんな風に言って貰えて………嬉しかったのに……
「嘘じゃねぇけど……俺は無ぇわ」
何か……心が折れた。
俺の前から消えろよ…早く。
次の日には、予想通りその噂が広まってて……また、嫌がらせが始まった。
しかも、今度は前回のとは違って、学校一のイケメンで人気者の麻生が絡んでるから酷かった。
下駄箱に「ホモ」だの「キモイ」だのと書いた紙がギュウギュウに詰め込まれてたり、黒板にデカデカと悪口書かれたり、上履きがなくなったり、机が隠されたり………どれもこれも低レベルで………
……高校生活のラストは、罰ゲームのせいで思い出したくもない酷いものになった。
嫌がらせは、卒業のその日まで続いた。
バカな奴らが集まって、写真だ何だって大騒ぎしてる隣を足早に通り過ぎて校門を出る。
やっと卒業出来た……
長かった……
……もう……嫌だった。
~~~~~~~~
外に出たら、随分と空が曇ってた。
ホテルに入る時は、見上げた空に幾つか星が見えたのに……もう、全く見えなくて……今は日付も変わった夜だけど、今にも雨を降らせそうなどす黒い雲に空全体が覆われてるのが分かる。
「また会える?」
「うーん……どうかな…約束は出来ないけど、」
「…そっか」
これはきっと……もう会わない感じ……
今日だけの……行きずりのセックスって訳だ……
やってる時はあんなに……可愛い、だの、タイプ、だの言ってたクセに……いざ踏み込んだら、もう会わないと来た…。
ま、良いけどさ。
俺だって、こんな事ばっかやってんだ……
だいたい分かるよ。
ゲイの人達が集まるって有名なクラブで声をかけられた。
俺もその人も1人だったから話は早く、直ぐにラブホに移動して……軽く3時間はヤリまくってた。
タイプじゃないけど優しかったし、セックスだって気持ち良かったから、相性もそんな悪くない。
だから、次があるならまた会っても良いなって思ったから、聞いてみたんだ。
でも……相手にその気が無いなら、仕方ない。
こっちも割り切ってるから、直ぐに諦めがつく。
次は無い。
それでもその人は……別れ際に、俺を抱きしめる。
もう会うつもりも無いクセに。
「じゃあね」
あっさり別れる。
「お疲れっ」みたいな感じだ。
……はぁ、と1つ溜息を吐いて……一応、さっきまで一緒に居たその人の背中を見送り、歩き出した。
いや……
歩き出すはずだった。
でも………
……足が……地面にくっ付いてしまったかのように………動けなくなった。
目の前に………
もう、一生会いたくないって思ってた………
麻生幸多が居たからだ。
「……那生じゃん」
あれから5年も経つのに……罰ゲームの途中で呼び方が変わったまま……変わらず『那生』と呼ばれて……心臓がびっくりするぐらい大きく鳴った。
………足はまだ……地面とくっ付いたまま…。
目の前の男………麻生 幸多(あそう こうた)はそう言って学校一の男前な顔でにんまり笑った。
180㎝超えてるだろうってぐらいの長身で、更には眩しいくらいのイケメンで、とにかく目立ってる。
周りにはいつも何人も友達が居て、男だったり女だったり……とにかく、1人で居るの見た事ないってくらい、皆に囲まれてる。
彼女だって常に居て、2~3人同時に付き合ってるとかの噂も聞いた事がある。
でも、同時でも良いから付き合いたいって女子達は言ってるとか……。
文化祭なんかあった日には、どこから聞き付けたのか他校の女子生徒が麻生見たさにわんさか来て、対応しきれず逃げ回ってる姿も見た事がある。
勉強はそこそこだけど、スポーツはすごく出来る。
モテる奴しか入る事が許されないとも言われてるサッカー部に所属し、3年間意外と真面目に部活には出てた感じ。
1月下旬。
高校生活も、あと2ヶ月ほどで終わろうとしてたある日、友達グループでボーリングをして、最下位の奴が男子を落とすっていう阿保らしい罰ゲームに、どうやら麻生が負けてしまったらしい。
そして……そのターゲットに俺が選ばれた。
……何故俺なのか、って理由は何となく分かる。
俺には「男好き」っていう噂が付いて回ってるから。
………実際……それは噂じゃなくて………
俺、月島 那生(つきしま なお)は、男が好きだ。
つまり……ゲイだ。
女の子には……何も感じない…。
男じゃないとダメなんだ…。
高2の終わりの頃……その時3年に居た先輩の事が好きだった。
普段は絡まない人だけど、合同合宿というのがあって1年から3年まで全生徒ごちゃ混ぜで1泊するという毎年開催される学校行事の時に初めて話した。
偶然同じ班になって、人見知りな俺をすごく気遣ってくれて、優しくしてくれた。
ちょっと……もしかしたら……先輩はゲイじゃないだろうけど……バイなの?って思うような雰囲気もあって………俺は、その合同合宿で一気にその先輩への気持ちが強くなってしまった。
もしかしたら……と、淡い期待をしてしまった。
すごく優しかったから。
合同合宿の帰り、片付けを全員でやって解散する間際………俺は、先輩を呼び止めて告白をした。
衝動的だったとは思うけど…………それでも、至って真剣に。
先輩もちゃんと聞いてくれた。
「ありがとう…そう思ってくれるのは、すごく嬉しいよ」とまで、言って貰えた。
だけど……
「僕は女の子としか付き合えないから」
………と………一瞬にして振られた。
次の日にはもう……噂は全学年に広がってて……その日から数ヶ月……嫌がらせに耐えた。
……やっぱり…男を好きだって事が受け入れられないみたいで……「キモイ」だの「ウザい」だのと言われて避けられ、元々友達もほとんど居なかった俺は…完全に孤立した。
だけど、3年の夏くらいまで続いてた嫌がらせも、夏休みの間に皆俺の事なんかどうでも良くなったみたいで、2学期が始まったぐらいからは……誰も何も言って来なくなった。
と、言うか、まぁ……無視、なんだけど……
それでも、自分の悩みでもある「ゲイ」という部分を「キモイ」とか「ウザい」とか言われなくなった事で幾らか気分的には楽になった。
無視されるくらい、何でも無かった。
でも……そんな、やっと落ち着いた俺の居心地を最悪なものにしてくれたのが……この、気紛れで行われた罰ゲーム付きのボーリング大会だった…。
「…何それ…」
呼び出された屋上で、発した声は情けないくらい震えてた。
「そのまんまの意味だけど?」
麻生は全く悪気の無い顔でそう言った。
「……何で俺…」
理由は分かってるけど…一応聞いた。
「…月島ってゲイなんでしょ?」
ゲイだけど……そうだけど………お前に、そんな思いっきり言われたくないし…
「俺、ノーマル」
だから、どした。
「でも、お前の事落とさねぇとダメだから」
「…しょーもな」
本心が自然に出た。
「あ?」
麻生が一瞬にして不機嫌になった。
イケメンな顔面からニヤついてた笑顔が消える。
でも……俺だって不機嫌だ。
ゲイで悪いか?
俺だって、男しか好きになれない自分の事を悩みに悩んでんだ。
それを、面白半分……いや、半分じゃないな……完璧に面白がってるだけで、落とすとか……最高に失礼だし……お前らはそれで面白いかも知れないけど……俺の気持ちはどうなる。
ゲイである事を笑われてキモがられながら、そのしょーもない罰ゲームに付き合わされる俺の気持ちは。
それに……最大の疑問がある。
「俺がマジで落ちたらどうすんだよ」
そうだ……
そうだよ……
落とした所で、その後どうすんだよ。
「え、落ちたら終わりだよ。そういうゲームだし」
……あっさり言われた。
「バカじゃねぇの」
「は?」
また、麻生の神経を逆撫でしたらしい俺の発言。
「何が楽しいの?誰が得するの?俺の気持ちはどうなんの?勝手にお前らのしょーもない罰ゲームに巻き込むなよ、俺の人生に関わってくんな、」
ガシャンッ!!
そこまで言ったところで、俺の顔の横を通り過ぎて行った麻生の手が、思いっ切り俺の後ろのフェンスを掴んだ。
もう片方の手で右肩をフェンスに押し付けられる。
「うるせぇんだよ……とにかく、お前を落とす」
至近距離で、またニンマリ笑う。
……落ちない自信があった。
一週間なんて……バカにしてる。
今なら一週間ずっとムカついてられる。
俺はそんなに軽くない。
一週間なんて絶対に落ちない。
そもそも……
「お前になんか絶対に落ちない」
精一杯の笑みを浮かべて言ってやった。
悔しかった。
男しか好きになれない俺の事を、全否定されたみたいで……。
「ゲイの俺の事なんか、自分ぐらいの男前だったら今すぐにでも落とせると思った?」
俺の、神経逆撫で発言は止まらない。
ムカつくんだ……こんな………デリカシーのかけらもない……
……麻生は……獲物を狙う猛獣のような目で俺を見てる。
どこから攻めてやろうかって思ってんだろ。
お前みたいなイケメンが言い寄って落ちなかった子なんて居ないんだろ、きっと。
「……お前は…俺を落とせない……絶対」
暫く………睨み合う。
正直………すげぇケンカを売ってしまったんじゃないかと…内心心臓バクバクなってるけど………ここで………負ける訳には行かない…。
ふっと、肩を押し付ける力が緩んで…フェンスから体が解放される。
「…とにかく……一週間で落とすから」
そう言って、麻生は屋上を去って行った。
姿が見えなくなった途端に…足の力が抜けてその場にしゃがみ込んだ俺は、しばらく動けなかった。
翌日から………生活が一変した。
麻生は、朝から俺のクラスにやって来たかと思うと、俺の前の席に座りひたすら無視を続ける俺にやたらと話しかけて来たり、移動教室の時は廊下で待ってて移動先まで付いて来たり、休み時間も毎回来るし、昼ご飯だって何故か一緒に食べる事になった。食堂だったり屋上だったり。俺の事もいつの間にか「月島」から「那生」に呼び方が変わってて、下校も一緒、夜は携帯に連絡……………とにかく………ずっと一緒だった。
これが目に見えてあからさまなアイツの作戦で、俺と落とすという目的の為だけにやってる事は俺も分かってた。
分かってたけど…………
3日目くらいからは……ちょっと……麻生を待ってる自分が居たりして……
……今まで、男が好きで、気持ち悪がられた経験しかない俺が………ゲイ丸出しで居ても何も言われない麻生とのやり取りは……こんな阿保らしい罰ゲームの中だけでも、俺は自分を認められた気がして………ちょっとだけ………居心地が良いと思い始めてしまった。
麻生も、最初の、俺をバカにした嫌味な感じは無くなって……他愛もない話をしてると、普通に話し好きの楽しい奴なんだな、って思えるようになってた。
一週間後、屋上に呼び出された。
2人で並んでベンチに座る。
「一週間だな」
「…そ、だな」
沈黙。
「……落ちた?」
「…落ちてない」
俺の返事に、フフ、と笑った麻生の横顔は、ほんとに男前で一瞬見惚れた。
「ダメじゃん」
「…落ちないって言ったじゃん」
「一週間じゃなくて10日だったら?」
「え?」
「あと3日あったら、落ちた?」
「…あー、それは……落ちたかもね」
何だかおかしくなってちょっと笑ったら、つられたように麻生も笑って「ほんとかよ」と言った。
「昨日さぁ…相原とケンカした」
「えっ?」
唐突にそんな事を言われて驚いた。
相原というのは麻生とずっと一緒に居る奴で、多分一番仲良い感じの奴だ……まぁ、話した事は無いけど…。
「仲良いのに、何でケンカ?」
「男好きのゲイ1人落とすのに何日かかってんだよ、って言われてさぁ、」
え……
途端に気まずくなって、麻生から目を反らす。
「何か、腹立った。……お前と、ずっと一緒に居たじゃん。何かお前見てたら、人を好きになったりする感情って人それぞれでさ、男が男を好きになったって間違いじゃねぇんだな…って思えて来てたからさ……だから、そんな風に言ったアイツにムカついた」
「…え……」
何も言えない。
ただただ、顔が熱くて………何故か……ドキドキする。
「落としてみたかったけど…ダメだったな。俺の負けだわ、はは」
そう笑って麻生は立ち上がる。
「悪かったな。……じゃあな」
え………
そんな………
こんな感じで終わるの?
………何か………
………終わりたくないって思ってしまった俺は………
「ま、待ってよ」
麻生の腕を掴んで、もう一度ベンチに引っ張り戻す。
「どしたの」
少し驚いた麻生の顔。
「俺、麻生の事、誤解してた。…イケメンなのを良い事に彼女が居ても何股もしてて、適当な事ばっか言ってチャラチャラしてて、女の事とモテる事しか考えて無いサイテーな奴だと思ってたけど、」
「ちょっと酷くねぇか、それ」
間で麻生が突っ込んで来たけど、そこは無視。
「だけど…ほんとは…そんな奴じゃないんだな、って思った」
「どんな奴だった?」
「それは……一週間くらいじゃ分かんないよ」
急に恥ずかしくなってそう言った……ら、
「じゃあ……もう少し続ける?」
「…え…」
真面目な顔で麻生がそう言って、俺の腕がそっと掴まれる。
触れられた所が異常に熱い…。
「どうすんの?…続ける?止める?」
少し詰められる距離……
ダメだ………もう……
「……続ける…」
勝手にそう言ってた。
すごく近くに居る麻生がまた少し俺に近付いて………キスされる、って思って思わず目を伏せた。
………でも……その後に続く感触は無くて……
代わりに、耳元でクスクスと笑う麻生の声…。
「もう、見てらんねぇわっ!」
「あっはは、マジですげぇっ」
突然、色んな声が聞こえてバッと顔を上げると、ケンカしたはずの相原や他の奴らが沢山居て……
「俺の勝ち」
麻生が俺に向かって言った。
「はい」
立ちあがった麻生が、そう言って友達に手を出すと、
「何か腑に落ちねぇけど」
「手こずってたじゃん、お前」
などと、文句を言いながらその手に千円ずつ置いて行く。
賭けてたんだ……
バカにしやがって…
「あー、でも面白かったわぁ」
「ラストスパートがな?」
「すげぇ展開だった」
とか盛り上がってるアホな奴ら。
だけど一番アホなのは…………
絶対落ちないって断言したのに、一週間であっさり気持ちが揺らいでしまった俺だ。
麻生は「金欠だったから助かったわ~」などと言いながら、俺の事なんか見えてないみたいにみんなで喋って、そのまま屋上を去ろうとしてる。
俺に……何か言う事無いの?
これで……罰ゲーム終了?
そう思ったら……無性に腹が立って来て……屋上を出て行こうとする麻生を追いかけた。
ウザい奴らを押し退けて、屋上から校内へ入ろうとしてる麻生の腕を掴んで引っ張り戻した。
「何だ何だ」とまたバカみたいに盛り上がる奴ら。
「麻生と2人にして」
「はぁ?罰ゲーム終わったんだよ?」
相原が笑いを堪えて言う。
「うるせぇな、お前らはどっか行けって言ってんだよ」
こんなセリフ言った事ないから……内心、怒らせたかも…とか思って逃げ出したくなったけど……
「先行ってて、後で行くわ」
麻生がそう言って、不服そうにしてるそいつらを先に校内へ戻した。
「何」
俺に向き直って一言。
「……さっきベンチで話した事は?」
「はぁ?何?」
「嘘なのか?」
「…あ~、そうだな」
「全部?」
「…何だよ、しつこいな」
「全部かって聞いてんだよっ」
「あぁ、そうだよっ、全部嘘だよ、当たり前だろ?罰ゲームなんだから」
悔しくて……情けなくて………泣きそうになった…。
「男が男好きになんの間違いじゃないって言ったのは?」
笑ってしまうくらい、声が震えた。
そんな風に言って貰えて………嬉しかったのに……
「嘘じゃねぇけど……俺は無ぇわ」
何か……心が折れた。
俺の前から消えろよ…早く。
次の日には、予想通りその噂が広まってて……また、嫌がらせが始まった。
しかも、今度は前回のとは違って、学校一のイケメンで人気者の麻生が絡んでるから酷かった。
下駄箱に「ホモ」だの「キモイ」だのと書いた紙がギュウギュウに詰め込まれてたり、黒板にデカデカと悪口書かれたり、上履きがなくなったり、机が隠されたり………どれもこれも低レベルで………
……高校生活のラストは、罰ゲームのせいで思い出したくもない酷いものになった。
嫌がらせは、卒業のその日まで続いた。
バカな奴らが集まって、写真だ何だって大騒ぎしてる隣を足早に通り過ぎて校門を出る。
やっと卒業出来た……
長かった……
……もう……嫌だった。
~~~~~~~~
外に出たら、随分と空が曇ってた。
ホテルに入る時は、見上げた空に幾つか星が見えたのに……もう、全く見えなくて……今は日付も変わった夜だけど、今にも雨を降らせそうなどす黒い雲に空全体が覆われてるのが分かる。
「また会える?」
「うーん……どうかな…約束は出来ないけど、」
「…そっか」
これはきっと……もう会わない感じ……
今日だけの……行きずりのセックスって訳だ……
やってる時はあんなに……可愛い、だの、タイプ、だの言ってたクセに……いざ踏み込んだら、もう会わないと来た…。
ま、良いけどさ。
俺だって、こんな事ばっかやってんだ……
だいたい分かるよ。
ゲイの人達が集まるって有名なクラブで声をかけられた。
俺もその人も1人だったから話は早く、直ぐにラブホに移動して……軽く3時間はヤリまくってた。
タイプじゃないけど優しかったし、セックスだって気持ち良かったから、相性もそんな悪くない。
だから、次があるならまた会っても良いなって思ったから、聞いてみたんだ。
でも……相手にその気が無いなら、仕方ない。
こっちも割り切ってるから、直ぐに諦めがつく。
次は無い。
それでもその人は……別れ際に、俺を抱きしめる。
もう会うつもりも無いクセに。
「じゃあね」
あっさり別れる。
「お疲れっ」みたいな感じだ。
……はぁ、と1つ溜息を吐いて……一応、さっきまで一緒に居たその人の背中を見送り、歩き出した。
いや……
歩き出すはずだった。
でも………
……足が……地面にくっ付いてしまったかのように………動けなくなった。
目の前に………
もう、一生会いたくないって思ってた………
麻生幸多が居たからだ。
「……那生じゃん」
あれから5年も経つのに……罰ゲームの途中で呼び方が変わったまま……変わらず『那生』と呼ばれて……心臓がびっくりするぐらい大きく鳴った。
………足はまだ……地面とくっ付いたまま…。
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