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第2話
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「ねぇ~~どうしたのぉ?早く行こうよぉ~~」
麻生に纏わりついてる可愛い女の子が間延びした声で言う。
だいぶ酔ってて、麻生に掴まって無いと立てない感じ。
……こんなに酔ってる子、ホテルに連れ込もうとしてるって事?
5年も経ってるのに………やっぱバカだ…。
あ。
でも、俺だって名前も知らないような男と3時間もヤッてたんだから、同じようなもんか…。
「ちょっとゴメン、今日ダメだわ」
突然、麻生がそう言って、その子を停車してるタクシーに向かって連れて行った。
女の子は絡まる足取りで何とか歩いてる。
俺は………その間にこの場を去る事も出来た。
でも……そうしなかった。
だって、足が動かない…。
逃げたい気持ちと、文句の1つでも言ってやりたい気持ちと……何か分からないけど………突っ立ったままで……麻生と女の子のやり取りをボーッと見てた。
女の子は、タクシーのドアから離れようとする麻生の腕を掴んで離さない。
でも、麻生が何か言って女の子が麻生にキスをして、タクシーのドアは閉まり走り去った。
あ……
麻生が来る………
どうしよう………
少し急いで俺の前まで戻って来た麻生は、真直ぐ突っ立ってる俺を上から下まで見た。
「すげぇ久しぶりじゃん」
何も言えない。
一瞬にして、あの時の記憶が蘇る。
蘇る、って言っても、忘れてた訳じゃないけど………本人を目の前にしたら、余計鮮明に思い出す。
「さっきの、彼氏?」
「……っ、」
え……
見られてた?
「そこから出て来たでしょ?」
俺の後ろに一瞬視線をやった。
後ろには、ラブホしかない。
………だから、何だよ……
お前に関係ない。
「何で何も喋んねぇの?」
「……話す事が無いから」
「お。喋った」
ははっ、とイケメン全開で笑う。
相変わらずモテオーラを放ってて……5年前より大人っぽくなって、男前に磨きがかかってる。
だから、女の子と遊びまくってんのか…。
「なぁ、ちょっと話さねぇ?」
こいつ……アホなのかな…
「話す事無いって今言った」
そう言って、やっと動かせるようになった足で適当に歩き出す。
「ちょっと、待てって」
無視して歩く。
だって、何話すの。
久しぶり、何してたの?みたいな?
何でだよ、バーカ。
「那生、」
腕を掴まれて、道路脇のフェンスに押し付けられた。
背中で、フェンスがギリギリと鳴っている。
那生、と呼ばれる事にいちいちドキドキしてしまう自分が、何か惨め。
「止めろよ」
「止めねぇ」
「何で」
「お前が、待たねぇから」
「用事ない」
「俺があんの」
「何」
「じゃ、話す?」
グッと麻生の体を押し退けて「話さない」と一言言って、俺はまた歩き出した。
もうこの辺でどっか行ってくれないと……マジで俺走って逃げるからな…とか思ってたら、
「どこ行ってんの?」「そっち何あんの?」「この時間からどうすんの?」「駅そっちじゃねぇよ?」「終電もうヤバいよ?」「この辺に住んでんの?」「何か用事でもあんの?」「何で何も喋んねぇの?」
…って…
………うぜぇ…
付いて来んなーーーっ!!
何処だか分からない道を……もう、だいぶ歩いた気がする……
賑やかだった街から少し反れて……改めて見渡すと、周りにはマンションが沢山並んでて……住宅街だな…と分かる。
だけど……
ずっと付いて来るしっ!
俺はピタリと足を止める。
勿論、麻生も止まる。
「もう、どっか行けよ」
振り返らずに呟いた。
「ヤだよ」
…………マジでバカなのかも…。
「何でだよっ、」
「俺んち、ここだからだよ」
「へ…?」
間抜けな声が出た。
思わず、麻生を振り返る。
麻生が視線で指した先……俺の背後に建ってるキレイなマンション。
「ここ、俺住んでんの」
………そ……そうなの…?
それは、知らなかった…。
「…あ、…そ。じゃあ、」
そう言って去ろうとしたけど、やっぱり腕を掴んで止められる。
「だから、どこ行くんだって」
「俺がどこ行こうと麻生に関係ないじゃん」
……と言っても、腕が離される気配は無い。
「俺の事嫌いなのはよく分かってるよ」
「…だったら離せ、」
なのに、そのタイミングで……
「ぉ、…うわ、」
「…わっ、」
ポツ、ポツ、と降って来たな、と思ったのも束の間………擬音で表すなら「バシャーッ」かな……いや、「ザバーーンッ」かも…。
とにかく、バケツをひっくり返したような雨とはこれの事だろう………まさにゲリラ豪雨。
「わーーっ!」
「ちょっ、那生っ、とにかく来いっ!」
「えっ、やだよっ」
「お前、こんなんでどうすんだよっ!」
「嫌だっ、そっち行くくらいなら、このまま濡れて帰るっ!」
「うるせぇっ、良いから来いっ!」
豪雨の中でしばらく押し問答。
雨の音がうるさ過ぎて近くに居るのに聞き取れない声。
麻生は俺の腕を掴んだまま、引き摺るようにしてマンションのエントランスまで歩いた。
もう、麻生も俺もびしょ濡れだ。
いや、びしょ濡れはもう通り越してるな……何て表現すれば良いかな……
とにかく……ものすごく濡れている。
エントランスに入って……雨に打たれる事は無くなったけど………一瞬にしてびしょ濡れになった服がすごく重くて……蛇口捻ったみたいに服から落ちて来る水に……何も言えず立ち尽くしてた…。
「あのさぁ、ちょっと…うち来ねぇ?」
「え、」
麻生の言葉にあからさまに眉をひそめてやった。
「嫌なのは充分分かってるけどさぁ……冷静に考えて、コレで帰るの無理でしょ」
………分かってるよ…そんな事……
自分んの周りが池みたいになってんだから…。
「……行くぞ」
何も言わない俺に、ちょっとイラついたようにそう言って麻生は俺の腕を掴んでエレベーターに乗った。
………急に静か…
遠くに雨音が聞こえるエレベーターの個室。
「…服、重っ、気持ち悪っ、」
服を引っ張ってハタハタと揺らしながら、ボソッと麻生が呟いた。
さっきまで、5年ぶりに会ったのにガキみたいな言い合いしてて、数分後にはゲリラ豪雨に遭ってずぶ濡れになって……皮膚に貼り付いて来る服の気持ち悪さに2人とも密かに格闘してるのが何か可笑しくなって……
「ハハッ」
思わず笑ってしまった。
麻生は、急に笑った俺を見て一瞬驚いた様子だったけど、すぐに自分も男前の口元を上げて笑った。
罰ゲームの一週間にだけ俺に見せてくれた、あの笑顔だ。
エレベーターは3階で止まった。
通路を麻生の部屋の前まで歩いたけど……歩く度にスニーカーに溜まった水が何とも言えない間抜けな音を立てて、深夜の静けさに2人分のそれが響いて、また可笑しくなった。
「ちょっと待ってろよ」
部屋に入ると俺を玄関で待たせて、麻生はそそくさと中へ入り洗面と思われるドアを開ける。
数秒後、そこからバスタオルが飛んで来たのを慌てて受け取る。
「ちょっとそこで拭いてなっ、30秒待って」
そう言うと、もう一度洗面に入り「…わっ、」「っう、」「痛っ、」とか言ったかと思うと、バスタオル一枚巻いた格好で現れて、今度はリビングに消えて行った。
待つ事数秒、家着のスウェットのズボンに足を通しながら出て来た。
きっと雑にしか拭いてない上に急いで履いてるから、ズボンの布に足引っ掛かけてほとんどコケかけてるし…。
男前なのに、だっせぇぞ。
「ぷっ、何やってんの」
「笑ってんなよな」
呑気に笑ってる俺に文句でも言いたそうな顔でそう言う。
「こっち」
呼ばれて、そちらへ急ぐ。
洗面は風呂と繋がってる間取り。
「とりあえずシャワー入れよ、寒いだろ?」
そう言いながら、俺の手から濡れたバスタオルを取ると新しいのを渡してくれた。
「え、でも、麻生は?」
「良いから、お前先入れって。あ、シャンプーとか好きに使って良いから。着替えは俺のだけど、何か置いとくわ」
そこまで一気に言って、出て行った。
……何か………ここまでの展開が早すぎて………麻生が出て行った洗面で数秒ボーッとしてしまった。
行きずりでヤッてた事なんか遠い昔の事みたいだ…。
不意に、ブルッと寒気がして正気に戻った俺は、急いで風呂に入り熱いシャワーを浴びた。
風呂から上がると、脱衣カゴの横にトレーナーとジャージのズボン、それとインナー代わりのTシャツとまだ袋に入った真っ新のボクサーパンツが置かれてた。
用意されてるままに、それらを身に着けて出て行った。
「上がったよ…」
「あぁ」
麻生は肩からタオルを引っ掛けて、キッチンから俺を振り返る。
「あ、ドライヤー、使うだろ?」
「え、あ、うん」
そう言って、洗面に戻る麻生に俺も付いて行く。
「はい」と俺の手にドライヤーを置くと「俺もシャワーするわ」ともう脱ぐ体制。
急いで目を反らして見ないようにした。
「あ、そうだ。もう、今日、このまま泊まるだろ?」
「えっ!?何でっ」
「え、何でって……帰る気なの?」
「帰るよ…」
「はぁ?バカじゃねぇの?」
「お前にバカなんて言われたくねぇんだよ」
「まだ雨降ってんのに?」
「…………」
「また濡れて帰んの?」
「…………」
「電車もねぇのに?」
「…………」
「あと数時間したら朝になるのに?」
「…………」
……しつこいくらい聞いて来る…。
「タダだよ?朝飯付き」
頷いてしまった。
やっぱり俺はバカだ……。
「服は洗濯するぞ」
「え…良いよ、そんな…」
「や、ダメだろ、コレは」
チラッと麻生が見た方を見ると……雨水でビチャビチャの麻生と俺の服……。
確かに……これはダメだな…。
「とりあえず俺シャワーするから、キッチンのポットにお湯沸いてるから何でも作って飲んでろ」
そう言って、風呂に入って行った。
何か……麻生のペースに巻き込まれてる気がしてならないけど……
とにかく……この冷たい髪の毛をまず乾かそう……
色々考えるのはその後で……
リビングは広くてすごくオシャレ。
観葉植物なんか置いちゃってさ……
今みたいに、急に人が来たって全く困らないほど、キレイに片付いてる部屋だ。
麻生がこんな部屋に住んでるなんて、ちょっと意外かも……
もっと雑然とした男っぽいイメージだったから…。
ソファに座って髪を乾かしながら、何となく見渡す。
キッチンは使ってる風。
麻生、料理すんのかな……それとも、彼女が来て使ってんのかな……
でも、今日、酔っ払った女の子をホテルに連れ込もうとしてたよな……だとしたら、彼女は居ないのかな……待てよ……高校時代は彼女が居たって何股もするような噂の立つ奴だったしな………
彼女と住んでるような様子ではない。
麻生の事は知らないけど、見る限り麻生のものしかこの部屋には無いような気がする。
住んでなくたって、付き合ってる彼女が居るなら、なにかしら目に付いても良さそうなもんだけど……今んとこ、見当たらない。
まぁ……どうでも良いんだけどさ、そんな事……。
乾いて軽くなった髪が熱を含んで暖かいのが気持ち良い。
良い匂いのするシャンプー、見た事ないメーカーの……高そうなやつ。
~~~~~~~~
「あーっ、やっと温まったわ」
等と言いながら麻生が風呂から上がって来た。
髪の毛をタオルでガシガシ拭きながら、ソファに座ってる俺を見る。
「何も飲んでねぇじゃん」
「あ、…勝手にするのもなぁ、って思って」
「何気遣ってんの。コーヒー飲める?」
「あ、うん」
「ミルクと砂糖は?」
「ミルクだけ…」
了解、と言って温かいカフェオレを作ってくれた。
こんなだった。
罰ゲームの時の麻生は……俺にだけ、特別に優しかった…………だから……終わりたくないって思ってしまった……
それが全ての間違いだったな……
「あれさぁ、彼氏?」
「えっ?」
急に聞かれて、変な声が出た。
「ホテルから出て来たじゃん、2人で」
「………」
「抱きしめられてたし?」
「………」
どこから見てんだよ、お前…。
「別に彼氏じゃない」
愛想無くそう良い切って、カフェオレをまた一口。
「彼氏じゃないのに、ホテル行ってたんだ」
「うるせぇな、お前だって彼女でもない女の子をホテルに連れ込もうとしてたじゃん」
「あ~、でも俺は連れ込むの止めたし?」
「…一緒だよ」
そこ、そんな変わんねぇだろっ。
「そっちは出て来たんだから、色々やって来たんでしょ?」
「色々やっても彼氏じゃない」
ふ~ん、と興味あるのか無いのか分からない返事。
真面目に答えた俺がバカみたいじゃん…。
急に沈黙。
ちょっと……気まずい…。
「まだ、男が好きなの?」
……言われて……顔が熱くなる。
同時に……少し、胸の奥が痛んだ。
「…俺は…男じゃないとダメなんだって、何回言わせんだよ」
ちょっと…苛ついた口調になったかも知れない。
まだ、とかじゃないんだ。
俺は、男しか好きにならないんだから……まだ、じゃなくて、ずっと、だ。
「あぁいうのがタイプなの?」
「え、」
「年上だろ?ちょっと真面目で頭良さそうな」
「別にタイプじゃねぇけど、」
「タイプじゃなくても色々出来んの?」
「お前だってタイプじゃねぇ女とやる時あるだろっ」
色々聞かれて…イラッと来た。
麻生は涼しい顔でカフェオレを飲んでる。
どうせ、俺だけがイライラしてんだろ。
お前はいつも余裕だったもんな……
「まぁ、確かに。タイプじゃなくても出来るな」
ほら見ろ。
俺だって……人肌恋しくなる時だってあるんだ。
誰かに抱きしめて欲しい、抱いて欲しいって思う時だってある。
………今日がそうだった。
「そっちはどうなんだよ」
「あー?」
強引に話を振ってやった。
何で俺ばっか聞かれないといけないんだっ。
「相変わらず女にだらし無い感じだけど、本命は居ないのかよ」
「俺の事が本命って子は沢山居るよ?」
ヤな奴…。
「本命は作んねぇの」
麻生が最後のカフェオレを飲み干して言った。
「何で?」
「あー……何か、めんどくせぇし」
「セフレばっかでどうすんだよ」
「そっちのが気が楽」
「不特定多数なんて、誰も幸せじゃないじゃん」
「女の方もけっこうみんなセフレで割り切ってるよ?だからそこに幸せを要求される事はない」
「…バカばっか」
はぁ、とため息を吐いて俺もカフェオレを最後まで流し込む。
「お前だって同じようなもんじゃねぇか」
「はぁ?」
「さっきの男だってセフレみたいなもんだろ?」
……そう言われると……違うとは言えないけど……
俺の場合、男じゃないと無理って条件があるから、人生においてちゃんと恋愛出来るかどうかさえ分かんないから、セフレだって貴重な存在なんだ。
まぁ、麻生には分かんないだろうけどさ。
「ま、良いや。お前にセフレが居ようが居まいが」
「それ、俺だって同じ事思ってるけどっ」
何か、ムカついたので言い返してやった。
「何だよ、突っかかって来んなぁ、お前」
とか言いながら、指先で額を弾かれる。
ははっ、と笑って2人分のカップを持って立ち上がると、キッチンでササッとそれを洗う。
何となく麻生を見て……家事とかすんだなぁ~、とか考える。
「何見てんの?」
「えっ、」
急に振り返った麻生にちょっとだけドキッとしてしまった。
嫌いだけど………会いたくなかったけど………すごく男前なのは確かだし………男にしか興味が無い俺としては………見てしまうのは仕方ない。
こんな軽くてチャラい奴、嫌いだけど…。
「惚れんなよ~」
ニヤリと笑って言う。
「バカじゃねぇの?」
冷たくあしらってやったけど………内心…ちょっとだけザワついてしまった……。
麻生に纏わりついてる可愛い女の子が間延びした声で言う。
だいぶ酔ってて、麻生に掴まって無いと立てない感じ。
……こんなに酔ってる子、ホテルに連れ込もうとしてるって事?
5年も経ってるのに………やっぱバカだ…。
あ。
でも、俺だって名前も知らないような男と3時間もヤッてたんだから、同じようなもんか…。
「ちょっとゴメン、今日ダメだわ」
突然、麻生がそう言って、その子を停車してるタクシーに向かって連れて行った。
女の子は絡まる足取りで何とか歩いてる。
俺は………その間にこの場を去る事も出来た。
でも……そうしなかった。
だって、足が動かない…。
逃げたい気持ちと、文句の1つでも言ってやりたい気持ちと……何か分からないけど………突っ立ったままで……麻生と女の子のやり取りをボーッと見てた。
女の子は、タクシーのドアから離れようとする麻生の腕を掴んで離さない。
でも、麻生が何か言って女の子が麻生にキスをして、タクシーのドアは閉まり走り去った。
あ……
麻生が来る………
どうしよう………
少し急いで俺の前まで戻って来た麻生は、真直ぐ突っ立ってる俺を上から下まで見た。
「すげぇ久しぶりじゃん」
何も言えない。
一瞬にして、あの時の記憶が蘇る。
蘇る、って言っても、忘れてた訳じゃないけど………本人を目の前にしたら、余計鮮明に思い出す。
「さっきの、彼氏?」
「……っ、」
え……
見られてた?
「そこから出て来たでしょ?」
俺の後ろに一瞬視線をやった。
後ろには、ラブホしかない。
………だから、何だよ……
お前に関係ない。
「何で何も喋んねぇの?」
「……話す事が無いから」
「お。喋った」
ははっ、とイケメン全開で笑う。
相変わらずモテオーラを放ってて……5年前より大人っぽくなって、男前に磨きがかかってる。
だから、女の子と遊びまくってんのか…。
「なぁ、ちょっと話さねぇ?」
こいつ……アホなのかな…
「話す事無いって今言った」
そう言って、やっと動かせるようになった足で適当に歩き出す。
「ちょっと、待てって」
無視して歩く。
だって、何話すの。
久しぶり、何してたの?みたいな?
何でだよ、バーカ。
「那生、」
腕を掴まれて、道路脇のフェンスに押し付けられた。
背中で、フェンスがギリギリと鳴っている。
那生、と呼ばれる事にいちいちドキドキしてしまう自分が、何か惨め。
「止めろよ」
「止めねぇ」
「何で」
「お前が、待たねぇから」
「用事ない」
「俺があんの」
「何」
「じゃ、話す?」
グッと麻生の体を押し退けて「話さない」と一言言って、俺はまた歩き出した。
もうこの辺でどっか行ってくれないと……マジで俺走って逃げるからな…とか思ってたら、
「どこ行ってんの?」「そっち何あんの?」「この時間からどうすんの?」「駅そっちじゃねぇよ?」「終電もうヤバいよ?」「この辺に住んでんの?」「何か用事でもあんの?」「何で何も喋んねぇの?」
…って…
………うぜぇ…
付いて来んなーーーっ!!
何処だか分からない道を……もう、だいぶ歩いた気がする……
賑やかだった街から少し反れて……改めて見渡すと、周りにはマンションが沢山並んでて……住宅街だな…と分かる。
だけど……
ずっと付いて来るしっ!
俺はピタリと足を止める。
勿論、麻生も止まる。
「もう、どっか行けよ」
振り返らずに呟いた。
「ヤだよ」
…………マジでバカなのかも…。
「何でだよっ、」
「俺んち、ここだからだよ」
「へ…?」
間抜けな声が出た。
思わず、麻生を振り返る。
麻生が視線で指した先……俺の背後に建ってるキレイなマンション。
「ここ、俺住んでんの」
………そ……そうなの…?
それは、知らなかった…。
「…あ、…そ。じゃあ、」
そう言って去ろうとしたけど、やっぱり腕を掴んで止められる。
「だから、どこ行くんだって」
「俺がどこ行こうと麻生に関係ないじゃん」
……と言っても、腕が離される気配は無い。
「俺の事嫌いなのはよく分かってるよ」
「…だったら離せ、」
なのに、そのタイミングで……
「ぉ、…うわ、」
「…わっ、」
ポツ、ポツ、と降って来たな、と思ったのも束の間………擬音で表すなら「バシャーッ」かな……いや、「ザバーーンッ」かも…。
とにかく、バケツをひっくり返したような雨とはこれの事だろう………まさにゲリラ豪雨。
「わーーっ!」
「ちょっ、那生っ、とにかく来いっ!」
「えっ、やだよっ」
「お前、こんなんでどうすんだよっ!」
「嫌だっ、そっち行くくらいなら、このまま濡れて帰るっ!」
「うるせぇっ、良いから来いっ!」
豪雨の中でしばらく押し問答。
雨の音がうるさ過ぎて近くに居るのに聞き取れない声。
麻生は俺の腕を掴んだまま、引き摺るようにしてマンションのエントランスまで歩いた。
もう、麻生も俺もびしょ濡れだ。
いや、びしょ濡れはもう通り越してるな……何て表現すれば良いかな……
とにかく……ものすごく濡れている。
エントランスに入って……雨に打たれる事は無くなったけど………一瞬にしてびしょ濡れになった服がすごく重くて……蛇口捻ったみたいに服から落ちて来る水に……何も言えず立ち尽くしてた…。
「あのさぁ、ちょっと…うち来ねぇ?」
「え、」
麻生の言葉にあからさまに眉をひそめてやった。
「嫌なのは充分分かってるけどさぁ……冷静に考えて、コレで帰るの無理でしょ」
………分かってるよ…そんな事……
自分んの周りが池みたいになってんだから…。
「……行くぞ」
何も言わない俺に、ちょっとイラついたようにそう言って麻生は俺の腕を掴んでエレベーターに乗った。
………急に静か…
遠くに雨音が聞こえるエレベーターの個室。
「…服、重っ、気持ち悪っ、」
服を引っ張ってハタハタと揺らしながら、ボソッと麻生が呟いた。
さっきまで、5年ぶりに会ったのにガキみたいな言い合いしてて、数分後にはゲリラ豪雨に遭ってずぶ濡れになって……皮膚に貼り付いて来る服の気持ち悪さに2人とも密かに格闘してるのが何か可笑しくなって……
「ハハッ」
思わず笑ってしまった。
麻生は、急に笑った俺を見て一瞬驚いた様子だったけど、すぐに自分も男前の口元を上げて笑った。
罰ゲームの一週間にだけ俺に見せてくれた、あの笑顔だ。
エレベーターは3階で止まった。
通路を麻生の部屋の前まで歩いたけど……歩く度にスニーカーに溜まった水が何とも言えない間抜けな音を立てて、深夜の静けさに2人分のそれが響いて、また可笑しくなった。
「ちょっと待ってろよ」
部屋に入ると俺を玄関で待たせて、麻生はそそくさと中へ入り洗面と思われるドアを開ける。
数秒後、そこからバスタオルが飛んで来たのを慌てて受け取る。
「ちょっとそこで拭いてなっ、30秒待って」
そう言うと、もう一度洗面に入り「…わっ、」「っう、」「痛っ、」とか言ったかと思うと、バスタオル一枚巻いた格好で現れて、今度はリビングに消えて行った。
待つ事数秒、家着のスウェットのズボンに足を通しながら出て来た。
きっと雑にしか拭いてない上に急いで履いてるから、ズボンの布に足引っ掛かけてほとんどコケかけてるし…。
男前なのに、だっせぇぞ。
「ぷっ、何やってんの」
「笑ってんなよな」
呑気に笑ってる俺に文句でも言いたそうな顔でそう言う。
「こっち」
呼ばれて、そちらへ急ぐ。
洗面は風呂と繋がってる間取り。
「とりあえずシャワー入れよ、寒いだろ?」
そう言いながら、俺の手から濡れたバスタオルを取ると新しいのを渡してくれた。
「え、でも、麻生は?」
「良いから、お前先入れって。あ、シャンプーとか好きに使って良いから。着替えは俺のだけど、何か置いとくわ」
そこまで一気に言って、出て行った。
……何か………ここまでの展開が早すぎて………麻生が出て行った洗面で数秒ボーッとしてしまった。
行きずりでヤッてた事なんか遠い昔の事みたいだ…。
不意に、ブルッと寒気がして正気に戻った俺は、急いで風呂に入り熱いシャワーを浴びた。
風呂から上がると、脱衣カゴの横にトレーナーとジャージのズボン、それとインナー代わりのTシャツとまだ袋に入った真っ新のボクサーパンツが置かれてた。
用意されてるままに、それらを身に着けて出て行った。
「上がったよ…」
「あぁ」
麻生は肩からタオルを引っ掛けて、キッチンから俺を振り返る。
「あ、ドライヤー、使うだろ?」
「え、あ、うん」
そう言って、洗面に戻る麻生に俺も付いて行く。
「はい」と俺の手にドライヤーを置くと「俺もシャワーするわ」ともう脱ぐ体制。
急いで目を反らして見ないようにした。
「あ、そうだ。もう、今日、このまま泊まるだろ?」
「えっ!?何でっ」
「え、何でって……帰る気なの?」
「帰るよ…」
「はぁ?バカじゃねぇの?」
「お前にバカなんて言われたくねぇんだよ」
「まだ雨降ってんのに?」
「…………」
「また濡れて帰んの?」
「…………」
「電車もねぇのに?」
「…………」
「あと数時間したら朝になるのに?」
「…………」
……しつこいくらい聞いて来る…。
「タダだよ?朝飯付き」
頷いてしまった。
やっぱり俺はバカだ……。
「服は洗濯するぞ」
「え…良いよ、そんな…」
「や、ダメだろ、コレは」
チラッと麻生が見た方を見ると……雨水でビチャビチャの麻生と俺の服……。
確かに……これはダメだな…。
「とりあえず俺シャワーするから、キッチンのポットにお湯沸いてるから何でも作って飲んでろ」
そう言って、風呂に入って行った。
何か……麻生のペースに巻き込まれてる気がしてならないけど……
とにかく……この冷たい髪の毛をまず乾かそう……
色々考えるのはその後で……
リビングは広くてすごくオシャレ。
観葉植物なんか置いちゃってさ……
今みたいに、急に人が来たって全く困らないほど、キレイに片付いてる部屋だ。
麻生がこんな部屋に住んでるなんて、ちょっと意外かも……
もっと雑然とした男っぽいイメージだったから…。
ソファに座って髪を乾かしながら、何となく見渡す。
キッチンは使ってる風。
麻生、料理すんのかな……それとも、彼女が来て使ってんのかな……
でも、今日、酔っ払った女の子をホテルに連れ込もうとしてたよな……だとしたら、彼女は居ないのかな……待てよ……高校時代は彼女が居たって何股もするような噂の立つ奴だったしな………
彼女と住んでるような様子ではない。
麻生の事は知らないけど、見る限り麻生のものしかこの部屋には無いような気がする。
住んでなくたって、付き合ってる彼女が居るなら、なにかしら目に付いても良さそうなもんだけど……今んとこ、見当たらない。
まぁ……どうでも良いんだけどさ、そんな事……。
乾いて軽くなった髪が熱を含んで暖かいのが気持ち良い。
良い匂いのするシャンプー、見た事ないメーカーの……高そうなやつ。
~~~~~~~~
「あーっ、やっと温まったわ」
等と言いながら麻生が風呂から上がって来た。
髪の毛をタオルでガシガシ拭きながら、ソファに座ってる俺を見る。
「何も飲んでねぇじゃん」
「あ、…勝手にするのもなぁ、って思って」
「何気遣ってんの。コーヒー飲める?」
「あ、うん」
「ミルクと砂糖は?」
「ミルクだけ…」
了解、と言って温かいカフェオレを作ってくれた。
こんなだった。
罰ゲームの時の麻生は……俺にだけ、特別に優しかった…………だから……終わりたくないって思ってしまった……
それが全ての間違いだったな……
「あれさぁ、彼氏?」
「えっ?」
急に聞かれて、変な声が出た。
「ホテルから出て来たじゃん、2人で」
「………」
「抱きしめられてたし?」
「………」
どこから見てんだよ、お前…。
「別に彼氏じゃない」
愛想無くそう良い切って、カフェオレをまた一口。
「彼氏じゃないのに、ホテル行ってたんだ」
「うるせぇな、お前だって彼女でもない女の子をホテルに連れ込もうとしてたじゃん」
「あ~、でも俺は連れ込むの止めたし?」
「…一緒だよ」
そこ、そんな変わんねぇだろっ。
「そっちは出て来たんだから、色々やって来たんでしょ?」
「色々やっても彼氏じゃない」
ふ~ん、と興味あるのか無いのか分からない返事。
真面目に答えた俺がバカみたいじゃん…。
急に沈黙。
ちょっと……気まずい…。
「まだ、男が好きなの?」
……言われて……顔が熱くなる。
同時に……少し、胸の奥が痛んだ。
「…俺は…男じゃないとダメなんだって、何回言わせんだよ」
ちょっと…苛ついた口調になったかも知れない。
まだ、とかじゃないんだ。
俺は、男しか好きにならないんだから……まだ、じゃなくて、ずっと、だ。
「あぁいうのがタイプなの?」
「え、」
「年上だろ?ちょっと真面目で頭良さそうな」
「別にタイプじゃねぇけど、」
「タイプじゃなくても色々出来んの?」
「お前だってタイプじゃねぇ女とやる時あるだろっ」
色々聞かれて…イラッと来た。
麻生は涼しい顔でカフェオレを飲んでる。
どうせ、俺だけがイライラしてんだろ。
お前はいつも余裕だったもんな……
「まぁ、確かに。タイプじゃなくても出来るな」
ほら見ろ。
俺だって……人肌恋しくなる時だってあるんだ。
誰かに抱きしめて欲しい、抱いて欲しいって思う時だってある。
………今日がそうだった。
「そっちはどうなんだよ」
「あー?」
強引に話を振ってやった。
何で俺ばっか聞かれないといけないんだっ。
「相変わらず女にだらし無い感じだけど、本命は居ないのかよ」
「俺の事が本命って子は沢山居るよ?」
ヤな奴…。
「本命は作んねぇの」
麻生が最後のカフェオレを飲み干して言った。
「何で?」
「あー……何か、めんどくせぇし」
「セフレばっかでどうすんだよ」
「そっちのが気が楽」
「不特定多数なんて、誰も幸せじゃないじゃん」
「女の方もけっこうみんなセフレで割り切ってるよ?だからそこに幸せを要求される事はない」
「…バカばっか」
はぁ、とため息を吐いて俺もカフェオレを最後まで流し込む。
「お前だって同じようなもんじゃねぇか」
「はぁ?」
「さっきの男だってセフレみたいなもんだろ?」
……そう言われると……違うとは言えないけど……
俺の場合、男じゃないと無理って条件があるから、人生においてちゃんと恋愛出来るかどうかさえ分かんないから、セフレだって貴重な存在なんだ。
まぁ、麻生には分かんないだろうけどさ。
「ま、良いや。お前にセフレが居ようが居まいが」
「それ、俺だって同じ事思ってるけどっ」
何か、ムカついたので言い返してやった。
「何だよ、突っかかって来んなぁ、お前」
とか言いながら、指先で額を弾かれる。
ははっ、と笑って2人分のカップを持って立ち上がると、キッチンでササッとそれを洗う。
何となく麻生を見て……家事とかすんだなぁ~、とか考える。
「何見てんの?」
「えっ、」
急に振り返った麻生にちょっとだけドキッとしてしまった。
嫌いだけど………会いたくなかったけど………すごく男前なのは確かだし………男にしか興味が無い俺としては………見てしまうのは仕方ない。
こんな軽くてチャラい奴、嫌いだけど…。
「惚れんなよ~」
ニヤリと笑って言う。
「バカじゃねぇの?」
冷たくあしらってやったけど………内心…ちょっとだけザワついてしまった……。
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