ルピナスは恋を知る

葉月庵

文字の大きさ
16 / 279

16話 ガルム視点

しおりを挟む
もう長いこと借りている自身の宿の部屋に入り、腕の中のハルを下ろす。

「疲れただろう。先にシャワーを浴びてこい。」

その自身の発言にハッとする。ハルの替えの服がない……。今からレオとウィルに服を貸してもらいに行くのも悪いだろう。だからと言ってハルにボロボロな同じ服を着てもらうわけにはいかない。

仕方ないか……。

「お前がシャワーを浴びている間に俺の服だが見繕って置いておく。俺の服で申し訳ないが、良いか?」

「そ、そんな。え、えっと……、ガルムさんの服が嫌というわけではなく……、っこの服のままで大丈夫です。」

そうハルが慌てて言う。気を使わせてしまっただろうか。

「なるべく合うものを選んでおく。その服のままでいられるとこちらが心配になるのだ。」

短い間でわかったことだが、ハルは人を頼ることを知らない。相手に不利益を被ることは避けたい様子だからあえてこの言葉選びをした。これ以上断ろうとしないように。

「わ、分かりました。ではシャワー、お先に失礼します……。」

その言葉に安心した俺はシャワーの場所まで連れ行き、使い方をあらかた伝えた。また、石鹸を使うようにも言った。言わなければ、水だけしか使わなそうな雰囲気がしたからだ。そして俺は、ハルに服を見繕うため部屋に戻る。

悩んだ結果、紐で胸の辺りの調節ができるようなvネックのシャツとこれまた紐で調節ができる半ズボンを選んだ。それを分かりやすい所に置き、ベッドに座り込む。

明日はハルのための物を色々準備するか。

まず、服を最低でも三着は買ってやろう。それに物を入れる鞄も必要そうだ……。そういえば、冒険者になりたいと言っていたな。俺はレオやウィルと同じく反対だが……。

どうしてもというのなら、前衛職ではなく後衛職をやらせてみよう。それなら、多少魔力が使えなければ、いけないだろうから、今日の依頼料を受け取りに行くついでに魔力検査してみるか。

そこまで考えているとハルがシャワーから上がってきた。

「すみません、お先失礼しました。」

案の定、俺が用意した服はハルにはブカブカで、シャツは袖をまくらなければ手が見えないほど、半ズボンは長ズボンに見えるほどだ。シャツに関してはvの字の紐を最大まで引っ張って結んでも胸の中ほどまで見えてしまっている。湯上がりの湯気が体から立ち昇り、艶を多少取り戻した濡れた髪が、より見てはいけないものを見てしまった気分にさせる。

外に出る時は今日と同じく布を被せてやろう。

そう思いながら、俺の服を着たハルをまじまじと見てしまった。そこには謎の優越感もあった。

「あの、服もありがとうございます。……どうかなさいましたか?」

俺は慌てて咳払いをし、何でもないと言う。

「俺は今からシャワーに入るが、先に寝ていて良いぞ。安心しろ、俺はソファで寝る。」

「そんな、私は床で大丈夫です。今までで慣れているのでガルムさんがベッドを使ってください。」

「ダメだ。お前がベッドで寝ろ。そうでなければ明日、俺が怒られてしまう。床でなんて論外だ。」

「せ、せめて、私はソファで寝ます。ベッドでは私は眠れません。」

「諦めろ。ハルはベッドで寝ろ。良いな。」

そう言って俺はハルに背を向け、着替えを持ってシャワーに向かった。仮にハルが諦めずにベッド以外で寝ていたら、ベッドに運んでやろうと考えていた。

服を脱ぎ、シャワーへの扉を開ける。

今日は色々あったな……。

そう思いながら、シャワーの栓を開き、熱い湯を被る。湯を浴び、薄めを開けながら、上を見る。そして、ふと先ほど熊の蔵で食事をしていた時のことを思い出す。

長く全てを飲み込んでしまいそうな黒髪を耳にかけ、スプーンに掬った卵粥を冷ますように息を吹きかける。そしてそれが白く透き通った肌にある柔らかそうなピンクの唇に迎えられ……。

何を考えているのだ!俺は!

俺は慌てて首を振り湯の温度を下げ、多少熱を持ち始めた体を冷ます。そして、誰もいないが咳払いをする。

髪留めも買ってやったほうが良いな。

すっかり熱も冷めると、体を拭き、着替えをすます。今日着た服を慣れた手つきで魔道具を動かす。一度動かせば、洗いも乾かしも完璧に行う優れものだ。

部屋に戻ると案の定、ハルはベッドで横になっていた。よく見るとハルは涙で頬を濡らし、震えていた。

俺は慌ててハルの元へと近づく。すると、今にも消えそうな声が聞こえてきた。

「ごめ、……なさ、……、ゆ………る、……s、て。も、……いや……。……ささ、……なぃ……、で……。」

寝息に紛れたその声は俺を動揺させた。

『刺さないで』だとっ……!?確かに血を提供していたと言っていたが、無理やり血を流させられていたのか!?

自分のなかで怒りが沸々と上がっているのを感じたが、それよりもハルが心配だ。俺は、急いで持っていたタオルを放り出し、ハルをベッドへと移した。

そして、自分の体を滑り込ませ、ハルの顔を頭を撫でやすいよう胸へと抱き寄せる。首に相手の匂いをつけるのは求愛行動だが、そんなこと、今は知ったことではない。

「大丈夫だ、安心しろ。俺がいる。俺がいる限りお前は俺が守ってやる。」

ハルの頭を撫でながら、囁くように声をかける。安心させるように、落ち着けるように。何度も何度も撫でてやる。

「あた、……たか、い。」

ふと抱き寄せたハルの口から怯えた音色の消えた声が聞こえる。俺は安心し、ハルを優しく、だが離さぬように抱き寄せてから、瞼を閉じた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

閉ざされた森の秘宝

はちのす
BL
街外れにある<閉ざされた森>に住むアルベールが拾ったのは、今にも息絶えそうな瘦せこけた子供だった。 保護することになった子供に、残酷な世を生きる手立てを教え込むうちに「師匠」として慕われることになるが、その慕情の形は次第に執着に変わっていく──

僕を振った奴がストーカー気味に口説いてきて面倒臭いので早く追い返したい。執着されても城に戻りたくなんてないんです!

迷路を跳ぶ狐
BL
 社交界での立ち回りが苦手で、よく夜会でも失敗ばかりの僕は、いつも一族から罵倒され、軽んじられて生きてきた。このまま誰からも愛されたりしないと思っていたのに、突然、ろくに顔も合わせてくれない公爵家の男と、婚約することになってしまう。  だけど、婚約なんて名ばかりで、会話を交わすことはなく、同じ王城にいるはずなのに、顔も合わせない。  それでも、公爵家の役に立ちたくて、頑張ったつもりだった。夜遅くまで魔法のことを学び、必要な魔法も身につけ、僕は、正式に婚約が発表される日を、楽しみにしていた。  けれど、ある日僕は、公爵家と王家を害そうとしているのではないかと疑われてしまう。  一体なんの話だよ!!  否定しても誰も聞いてくれない。それが原因で、婚約するという話もなくなり、僕は幽閉されることが決まる。  ほとんど話したことすらない、僕の婚約者になるはずだった宰相様は、これまでどおり、ろくに言葉も交わさないまま、「婚約は考え直すことになった」とだけ、僕に告げて去って行った。  寂しいと言えば寂しかった。これまで、彼に相応しくなりたくて、頑張ってきたつもりだったから。だけど、仕方ないんだ……  全てを諦めて、王都から遠い、幽閉の砦に連れてこられた僕は、そこで新たな生活を始める。  食事を用意したり、荒れ果てた砦を修復したりして、結構楽しく暮らせていると思っていた矢先、森の中で王都の魔法使いが襲われているのを見つけてしまう。 *残酷な描写があり、たまに攻めが受け以外に非道なことをしたりしますが、受けには優しいです。

【本編完結】落ちた先の異世界で番と言われてもわかりません

ミミナガ
BL
 この世界では落ち人(おちびと)と呼ばれる異世界人がたまに現れるが、特に珍しくもない存在だった。 14歳のイオは家族が留守中に高熱を出してそのまま永眠し、気が付くとこの世界に転生していた。そして冒険者ギルドのギルドマスターに拾われ生活する術を教わった。  それから5年、Cランク冒険者として採取を専門に細々と生計を立てていた。  ある日Sランク冒険者のオオカミ獣人と出会い、猛アピールをされる。その上自分のことを「番」だと言うのだが、人族であるイオには番の感覚がわからないので戸惑うばかり。  使命も役割もチートもない異世界転生で健気に生きていく自己肯定感低めの真面目な青年と、甘やかしてくれるハイスペック年上オオカミ獣人の話です。  ベッタベタの王道異世界転生BLを目指しました。  本編完結。番外編は不定期更新です。R-15は保険。  コメント欄に関しまして、ネタバレ配慮は特にしていませんのでネタバレ厳禁の方はご注意下さい。

夫には好きな相手がいるようです。愛されない僕は針と糸で未来を縫い直します。

伊織
BL
裕福な呉服屋の三男・桐生千尋(きりゅう ちひろ)は、行商人の家の次男・相馬誠一(そうま せいいち)と結婚した。 子どもの頃に憧れていた相手との結婚だったけれど、誠一はほとんど笑わず、冷たい態度ばかり。 ある日、千尋は誠一宛てに届いた女性からの恋文を見つけてしまう。 ――自分はただ、家からの援助目当てで選ばれただけなのか? 失望と涙の中で、千尋は気づく。 「誠一に頼らず、自分の力で生きてみたい」 針と糸を手に、幼い頃から得意だった裁縫を活かして、少しずつ自分の居場所を築き始める。 やがて町の人々に必要とされ、笑顔を取り戻していく千尋。 そんな千尋を見て、誠一の心もまた揺れ始めて――。 涙から始まる、すれ違い夫婦の再生と恋の物語。 ※本作は明治時代初期~中期をイメージしていますが、BL作品としての物語性を重視し、史実とは異なる設定や表現があります。 ※誤字脱字などお気づきの点があるかもしれませんが、温かい目で読んでいただければ嬉しいです。

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ユィリと皆の動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵も皆の小話もあがります。 Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新! プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー! ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

愛を知らない少年たちの番物語。

あゆみん
BL
親から愛されることなく育った不憫な三兄弟が異世界で番に待ち焦がれた獣たちから愛を注がれ、一途な愛に戸惑いながらも幸せになる物語。 *触れ合いシーンは★マークをつけます。

結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした

BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。 実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。 オメガバースでオメガの立場が低い世界 こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです 強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です 主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です 倫理観もちょっと薄いです というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります ※この主人公は受けです

処理中です...