トゥモロウ・スピーチ

音羽夏生

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2章

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 公使館周辺は歴史ある高級住宅街であり、マドリードの中でも治安の良い地区だ。テオバルドとの待ち合わせ場所も、市の中心にある緑豊かな公園で、親子連れがのんびり散歩に訪れるような、のどかな場所だ。大の男が昼間出掛けるのに、何を心配されなければならないのか。
 情けなさと不満を目に乗せて一洋を睨むと、降参とでも言うように軽く両手を挙げてみせる。しかしその顔は、これっぽっちも反省の色を浮かべていない。

「お前に万一のことがあれば、俺は親父と兄貴たちに三分の一、お袋にもう三分の一殺される。うちの奴ら相手じゃ、半殺しどころじゃすまない。志貴に睨まれて済むなら、そっちの方がよほどマシだよ」
「まだ三分の一残ってるじゃないか」

 冷たく言い捨てても、一洋はまるで悪びれない。

「それは君子先生の分。つまり俺が生き残る確率はゼロってわけだ」

 「あの華麗な薙刀捌きで、薄皮を一枚一枚剥ぐように切り刻まれるんだろうな」と呟く声音にわずかな恍惚を感じ取り、毒気を抜かれた志貴は、諦めて背もたれに体を預けた。

(これだから母さんの信奉者ファンは……)

 君子は我が親ながら、本当に面の皮一枚だけは繊細で儚げな美貌の人だから、そのたおやかな容姿に惑わされる者は数多かった。さほど親しくなく顔見知り程度の付き合いであれば、ほぼ全員が彼女を美しく謙虚で朗らかな、非の打ち所のない婦人と思っているだろう。
 実際は、美しく謙虚で朗らかだが、基本的に苛烈で相当に肝が据わっており、悪事と無礼を決して許さない仁王のような人なのだが。

(初恋の人って、そんなに特別なのか……。それにしたって、兄さんは好みがおかしいけど)

 いくら相手が年齢不詳の美人だからといって、母親と同年代の年増に淡い思慕を抱くものだろうか。しかも、中身はあの容赦のない仁王様だと知っているのに。

「……変態」
「何か言ったか」
「別に。心配しなくても、イチ兄さんの三分の一は無傷で残るよ。隙を見せた僕こそが、母さんにどつき回されるだけだから」

 自らにも厳しい仁王様が、油断して隙を見せた息子の失態の責を、息子以外に負わせる訳がない。

「ただし、残りの三分の二は知らないよ。そもそも僕はとっくに成人してるんだし、そんなに心配してもらわなくても大丈夫だから。衛藤の人たちは、僕に甘すぎるよ」
「君子先生が超辛口だから、俺たちは甘すぎるくらいでちょうどいいだろう」
「僕を一人前と認める気はないんだね?」
「一人前になっても、志貴は俺の可愛い弟ってことだ」

 真面目な話をしていたはずなのに、何故か頭を撫でられる。すかさず抗議しようとして――志貴は不意に虚しくなった。
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