トゥモロウ・スピーチ

音羽夏生

文字の大きさ
22 / 237
2章

8

しおりを挟む
「梶さんが、何らかの強い目的をもって着任したことには気づいていた。外務省きっての情報屋、『情報の梶』と言われていると、色々な人から聞いている。彼のしていることについて、正式に武官府には連絡がないが、時機を見ているのだろうと思っていた」

 確かに梶は、桐機関の存在を武官府には告げていない。外務省、陸軍、海軍はそれぞれ別に諜報活動を行っており、通信時に使用する暗号もそれぞれ異なる。横のつながりの有無および程度も、任地によって異なる。
 欧州の中立国であり、諜報のメッカと言われるスペインで、梶は敢えて協力体制を作らないつもりなのでは、と志貴は思っていた。それぞれのソースが異なれば、同じ事柄についての報告を本国で突き合わせることで、その情報の精度を確認できるという利点もあるからだ。
 勿論、指揮系統が異なる各自の活動は、時に二元外交となる危険を伴う。現場では、連携して活動することができないという大きな弊害もある。どこに重きを置くのか、それは『情報の梶』の胸算用一つだった。

「俺の意見として、問い合わせの人物は情報工作に熟練しているが、軍人ではない。従って彼の情報の精度を保証することはできない。梶公使の情報については、武官の偵察結果と情報を比較することでその精度を調査するのがよいと思われる、と回答した。――あの色男の仕事を疑っている訳じゃない、それはわかってくれ。ただ、集めてくる情報が高度な上に多すぎる。有能だからというならいいが、最初は誰だって玉石混交を疑うだろう」

 テオバルドが届けてくれた、日本軍の失地回復の好機となるはずの情報は、意外なところで握り潰されていた。
 時機の悪さも重なった。テオバルドの諜報網が本格稼働した時期、南方戦線の暗雲、そして一洋への本国からの照会が重なり、宝玉の価値のある情報は、ただの石くれに成り果てようとしている。
 胸の中に渦巻く悔しさとともに虚脱感に襲われたが、一洋の本国への回答は一理あるものだった。外相の斡旋があるとはいえ、テオバルドは表向き、駐イギリス大使館付き報道官という肩書しか持っておらず、そこでの活動内容は梶も志貴も知らされていない。彼と面識のない一洋が、武官としてその報告に易々と保証を与えるはずがなかった。
 仕方のないことだったのだ、と自らを無理矢理納得させようとして――志貴は、はた、とあることに気がついた。

「ちょっと待って。彼が色男だって、どうしてイチ兄さんが知ってるの」
「俺だって昼休みに、腹ごなしにレティーロ公園まで散歩することくらいある」
「兄さん!」

(後を尾けたに決まってる!)

 確信に、思わず声が尖った。
 そもそも公使館員から、志貴の定期的な外出を聞き出している時点で過保護が過ぎるのに、まさか尾行されていたとは。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

売れ残りオメガの従僕なる日々

灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才) ※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!  ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。  無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

帰宅

pAp1Ko
BL
遊んでばかりいた養子の長男と実子の双子の次男たち。 双子を庇い、拐われた長男のその後のおはなし。 書きたいところだけ書いた。作者が読みたいだけです。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。

逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦

雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、 隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。 しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです… オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が なかたのでした。 本当の花嫁じゃない。 だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、 だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という お話です。よろしくお願いします<(_ _)>

おめでとうが言えなくて

まめなぎ
BL
祝えないのは、最低だからじゃない。 まだ手放せていないからだ。

【BL】捨てられたSubが甘やかされる話

橘スミレ
BL
 渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。  もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。  オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。  ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。  特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。  でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。  理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。  そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!  アルファポリス限定で連載中

処理中です...