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3章
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新聞を畳みながら、志貴は仕方なく会話を引き取ってやった。
「そうだな、気持ちのいい散歩日和だ。この公園は本当に素敵なところだし、いつか息子を連れてきてやりたい」
「息子?!」
珍しく素っ頓狂な声をあげて、脱力していたテオバルドがバネのように跳ね起きる。
「あんた、父親なのか」
「あ、ああ」
「精通はしてるだろうと思っていたが、絶対に初心で潔癖な童貞だと思っていたのに!」
あまりに明け透けで、失礼というよりむしろ無礼な言い草に、志貴は眉を顰めた。
「大概失礼な男だな、君は」
「失礼なのは、時と場合による。志貴には気を許してるから、ついつい素が出てしまう。悪気はないんだ、興味があるだけで――あんたに」
意味ありげなウインクが飛んできたが、届く前に素早く瞬きで叩き落とす。
「そんなに興味があるなら教えてあげるよ。一九一三年東京生まれの二十九歳、一人息子は四歳の可愛い盛りだ」
「一九一三年!」
つくづく無礼な男は、この世の終わりが来たかのように呻いた。
「揶揄ってるんだろう? こんな生娘みたいな肌をした男が同い年だって? 何てこった!」
大袈裟に空を仰ぐ失礼な男を、神にでも何でも祈るがいい、と冷たく心の中であしらう。日本でも困った時の神頼みという言葉はあるが、これほどくだらないことで神仏を頼ることはない。キリスト教の神は、さぞや多忙なことだろう。
「君ほどのスパイが、私の生まれ年も知らないとはね」
「そう拗ねるなよ、誕生日にはちゃんとプレゼントを贈るから」
誕生日までは教えてないのに、余裕めいた態度で宣言される。この分では、持ち前の情報収集力を無駄に発揮して、志貴の過去を調べられるだけ調べてくるに違いない。
「『友達』からあんたと梶の経歴は知らされていたが、プライベートなことまでは気にしていなかった。誘拐の標的にするならともかく、同志なら仕事には関係ない情報だからな」
さりげなく不穏なことを言いながら、諜報機関のリーダーの顔を垣間見せる。普段から、あらゆる情報を入手しながら、真に重要なものの精査を行っているということか。
馬鹿なことを言っていても気を抜けないと思うのは、こういう時だ。呑気な町の兄ちゃんの顔をしていても、この男は常にスパイであることをやめない。
「一人息子ということは、奥さんに逃げられたのか」
常にスパイだが、この男はそれ以前に根っこが失礼だ。この会話の緩急というのか、話の急旋回に慣れる日は永遠に来ないに違いない、と志貴は確信した。
「……産後の肥立ちが悪かったんだ」
「それは最悪の逃げられ方だな」
「そうだな、気持ちのいい散歩日和だ。この公園は本当に素敵なところだし、いつか息子を連れてきてやりたい」
「息子?!」
珍しく素っ頓狂な声をあげて、脱力していたテオバルドがバネのように跳ね起きる。
「あんた、父親なのか」
「あ、ああ」
「精通はしてるだろうと思っていたが、絶対に初心で潔癖な童貞だと思っていたのに!」
あまりに明け透けで、失礼というよりむしろ無礼な言い草に、志貴は眉を顰めた。
「大概失礼な男だな、君は」
「失礼なのは、時と場合による。志貴には気を許してるから、ついつい素が出てしまう。悪気はないんだ、興味があるだけで――あんたに」
意味ありげなウインクが飛んできたが、届く前に素早く瞬きで叩き落とす。
「そんなに興味があるなら教えてあげるよ。一九一三年東京生まれの二十九歳、一人息子は四歳の可愛い盛りだ」
「一九一三年!」
つくづく無礼な男は、この世の終わりが来たかのように呻いた。
「揶揄ってるんだろう? こんな生娘みたいな肌をした男が同い年だって? 何てこった!」
大袈裟に空を仰ぐ失礼な男を、神にでも何でも祈るがいい、と冷たく心の中であしらう。日本でも困った時の神頼みという言葉はあるが、これほどくだらないことで神仏を頼ることはない。キリスト教の神は、さぞや多忙なことだろう。
「君ほどのスパイが、私の生まれ年も知らないとはね」
「そう拗ねるなよ、誕生日にはちゃんとプレゼントを贈るから」
誕生日までは教えてないのに、余裕めいた態度で宣言される。この分では、持ち前の情報収集力を無駄に発揮して、志貴の過去を調べられるだけ調べてくるに違いない。
「『友達』からあんたと梶の経歴は知らされていたが、プライベートなことまでは気にしていなかった。誘拐の標的にするならともかく、同志なら仕事には関係ない情報だからな」
さりげなく不穏なことを言いながら、諜報機関のリーダーの顔を垣間見せる。普段から、あらゆる情報を入手しながら、真に重要なものの精査を行っているということか。
馬鹿なことを言っていても気を抜けないと思うのは、こういう時だ。呑気な町の兄ちゃんの顔をしていても、この男は常にスパイであることをやめない。
「一人息子ということは、奥さんに逃げられたのか」
常にスパイだが、この男はそれ以前に根っこが失礼だ。この会話の緩急というのか、話の急旋回に慣れる日は永遠に来ないに違いない、と志貴は確信した。
「……産後の肥立ちが悪かったんだ」
「それは最悪の逃げられ方だな」
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