27 / 237
3章
2
しおりを挟む
何より、口ではベタベタと擦り寄ってくるが、こうして距離を置かずに隣に座る以外、身体的な接触は一切してこない。それほど昨年末のあの一件は、テオバルドを警戒させているのだろう。下手に手を出せば、問答無用で地面に叩き付けられるかもしれない――痛い目に遭わされる相手だと。
やはり誇りを守るのに躊躇しなくてよかった、と志貴は己の信条の正しさをあらためて再認識した。
「仕方がない。惚れた相手に打ち据えられるのも、その痛みに耐えるのも、恋の奴隷の喜びというものだ。……何をメモしてるんだ、志貴」
「ここまで病的な劇場型――もしくは自己陶酔型というべきか、さすがに学究対象として興味が出てくる」
「……なんだって?」
「シェイクスピアの恋愛物を読んでいても、どうしても台詞が脳を上滑りするんだ。君の言動を観察していれば、登場人物の心理を理解する助けになるかもしれない」
「俺が、学究対象……」
ラテン男の減らず口を、図らずも塞ぐことに成功したのに気づかず、趣味の研究材料を素早く書き留めると、志貴はメモをポケットにしまった。
酷暑の夏が過ぎ、九月末のマドリードの天候は過ごしやすく、安定している。高原に位置しているため、昼は日差しが強くても涼しく、朝晩は急に肌寒いほどになった。
「今日はいい天気だな……」
ここしばらく好天が続き、昨日も一昨日もその前も、ずっと雲一つない晴天だったのに、何故かテオバルドが今日に限って、気の抜けた口調で、バス停に並ぶイギリス人のようなことを言い出している。
何を今更と思いつつ様子を窺うと、気が付いたのか、ドサッとベンチの背もたれに体を預け、額に手を当てながら横目で志貴を見つめてくる。その眼差しは恨みがましそうでもあり、何かを諦めた――降参しているようでもある。そして端々に、甘えた色気を滲ませている。
何とも言えない罪悪感を感じさせるこの眼差しは、時折テオバルドが見せるものだ。相手にしない自分が冷酷非情な人間に思えるような質の悪いもので、おそらく彼はこの手を使って、これまで数多の女性たちを落としてきたのだろうと察しがつく。
さっさと報告書を受け取って公使館に戻ってもいいのだが、こうしてほぼ毎日会うようになって二ヵ月、多少絆されてしまったのかもしれない。駄目な飼い犬を置き去りにする悪い飼い主のような気持ちにさせられてしまい、すげなく報告書を寄越せとも言いづらい。それに一応、『昼休みにスペイン語を教えてもらっている日本人』という体でここに通っているため、もうしばらく一緒に過ごさないと、その設定にそぐわない。
この街で東洋人は目立つ。殆ど毎日同じ時間、同じ場所にいれば、それなりに顔馴染みもできてくる。自らが諜報員として活動することはないとはいえ、周囲の目に不自然に映ることは避けたい。
やはり誇りを守るのに躊躇しなくてよかった、と志貴は己の信条の正しさをあらためて再認識した。
「仕方がない。惚れた相手に打ち据えられるのも、その痛みに耐えるのも、恋の奴隷の喜びというものだ。……何をメモしてるんだ、志貴」
「ここまで病的な劇場型――もしくは自己陶酔型というべきか、さすがに学究対象として興味が出てくる」
「……なんだって?」
「シェイクスピアの恋愛物を読んでいても、どうしても台詞が脳を上滑りするんだ。君の言動を観察していれば、登場人物の心理を理解する助けになるかもしれない」
「俺が、学究対象……」
ラテン男の減らず口を、図らずも塞ぐことに成功したのに気づかず、趣味の研究材料を素早く書き留めると、志貴はメモをポケットにしまった。
酷暑の夏が過ぎ、九月末のマドリードの天候は過ごしやすく、安定している。高原に位置しているため、昼は日差しが強くても涼しく、朝晩は急に肌寒いほどになった。
「今日はいい天気だな……」
ここしばらく好天が続き、昨日も一昨日もその前も、ずっと雲一つない晴天だったのに、何故かテオバルドが今日に限って、気の抜けた口調で、バス停に並ぶイギリス人のようなことを言い出している。
何を今更と思いつつ様子を窺うと、気が付いたのか、ドサッとベンチの背もたれに体を預け、額に手を当てながら横目で志貴を見つめてくる。その眼差しは恨みがましそうでもあり、何かを諦めた――降参しているようでもある。そして端々に、甘えた色気を滲ませている。
何とも言えない罪悪感を感じさせるこの眼差しは、時折テオバルドが見せるものだ。相手にしない自分が冷酷非情な人間に思えるような質の悪いもので、おそらく彼はこの手を使って、これまで数多の女性たちを落としてきたのだろうと察しがつく。
さっさと報告書を受け取って公使館に戻ってもいいのだが、こうしてほぼ毎日会うようになって二ヵ月、多少絆されてしまったのかもしれない。駄目な飼い犬を置き去りにする悪い飼い主のような気持ちにさせられてしまい、すげなく報告書を寄越せとも言いづらい。それに一応、『昼休みにスペイン語を教えてもらっている日本人』という体でここに通っているため、もうしばらく一緒に過ごさないと、その設定にそぐわない。
この街で東洋人は目立つ。殆ど毎日同じ時間、同じ場所にいれば、それなりに顔馴染みもできてくる。自らが諜報員として活動することはないとはいえ、周囲の目に不自然に映ることは避けたい。
21
あなたにおすすめの小説
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
売れ残りオメガの従僕なる日々
灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才)
※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!
ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。
無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。
逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦
雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、
隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。
しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです…
オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が
なかたのでした。
本当の花嫁じゃない。
だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、
だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という
お話です。よろしくお願いします<(_ _)>
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる