トゥモロウ・スピーチ

音羽夏生

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3章

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 世界にその名を知られたプラド美術館の東に広がるレティーロ公園は、広大な敷地を持つ、マドリード市民の緑豊かな憩いの場である。貴族の離宮の庭園だったこの場所には、数々の素晴らしい彫刻や噴水、中世の遺跡、そしてかつてロンドンに存在した水晶宮そっくりの温室など、見どころが多く、ボート遊びのできる大池もある。
 待ち合わせには少し早い時間に公使館を出て、大池のほとり、木陰のベンチでテオバルドを待ちながら地元紙を読む。それが志貴の昼休みシエスタの日課だ。
 世界情勢を拾い上げるためではなく、純粋にスペイン語の習熟度を上げるのと、仕事で付き合う現地の人々との会話のネタになりそうなトピックを拾うのが、その目的だ。公使館の執務室に閉じこもっていても人脈は広がらないし、情報は飛び込んでこない。スペイン政府や各国の在外公館は勿論、民間人が主催する集まりにも、志貴はできるだけ参加するようにしている。

 今日の一面には、政府の女性幹部の写真が載っていた。頻繁というほどではないが、時々紙面で見掛ける女性。『情熱の花ラ・パシオナリア』の別名で知られる内戦時の女闘士は、何となく母を想起させる。これまで官邸で会ったことはないが、今後も会うことがなければいい、と勝手に敬遠している人物だ。

「その女に興味があるのか」

 突然、耳元で熱い息を吹き込みながら囁かれ、志貴は鳥肌を立てて新聞を取り落としそうになった。

「――君はいつになったら正面から挨拶できるようになるんだ」
「あんたがこういう可愛い反応をしなくなったら」

 声に温度があるなら確実に氷点下で返しても、テオバルドは一向に怯まない。密着するように隣に座ると、身を乗り出して紙面を覗き込んでくる。

「君の方が熱心じゃないか。めぼしい記事は読んだから、欲しければあげるけど」
「要らないって。志貴がいるのに俺が浮気するわけないだろ」

 そう言ってベンチの背もたれに腕を伸ばし、肩を抱き寄せたい素振りを見せる男を、目を眇めて牽制する。

「この人、美人なんだろう。彼女を前に同じことを言えるとは思えない」
「お、嫉妬してるのか?」
「その思考の前向きさは見習いたいと、常々思っているよ」
「つれない言い草に今日も心が引き裂かれるが、それが似合うのが志貴だからな」

 それはこちらの台詞だ、と内心でぼそりとやり返す。
 この軽薄な軽口は、しつこい上に何度諌めても止む気配がない。会うたびに標的にされ苛立ちはするが、この陽気なラテン男にはよく似合うのも事実だ。受け流し方のコツを掴みつつあるこの頃では、以前ほど気に障ることもなくなっている。何事も慣れということなのだろう。
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