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11章
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ヴェルサイユ条約を破棄し再軍備宣言の後に創設された空軍は、戦間期であったため実戦経験がなかった。スペインの反乱軍に手を貸すことで初めて実戦経験を得て、その貴重な機会を無駄にすることなく数々の空戦戦術を生み出し、その成果を二度目の大戦で、欧州各地で存分に見せつけることになる。
「国籍を聞かれて「スペイン人です」と答える奴なんて、昔も今もこの国にはいない。土地土地に誇りがある。やろうと思えば、いくらでも国を引き裂く材料は転がってる。外から鉤十字をぶら下げた鷲を招き入れて、女子供も無差別に爆撃させるのも簡単だ。その屍の上に、この国の支配者は立っているわけだ。まるで王のようにな」
明日の天気でも話すように、テオバルドの声には熱も抑揚もない。
同国人が殺し合い、あまつさえ人類史上初の無差別爆撃という十字架を背負ったこの国の過去は、おそらく、鋭く彼を貫き、突き刺さったまま冷え固まっている刃だ。二度と愛国心などという幻想を抱かないように、熱情の源泉を断ち切っている。
「だから俺は、国家などに忠誠を誓わない」
長い脚を組み直し、放り出すようにテオバルドが言う。
ちょうどその時、目の前を犬と散歩する老人が通ったが、幸いその言葉は耳に届かなかったようだ。何事もなく、のそりのそりと木陰を縫うように歩いていく。
この暑い時間に散歩させられる犬が可哀想だと思いつつ、志貴はほっと息をついた。万一聞かれ通報されたら、逮捕されかねない危険な言葉だ。
周囲に目を配って物を言うように嗜めようとしたが、テオバルドに向き直りその顔を見た途端、言おうとした言葉は口の中で消えた。
(――あの、目だ)
陽気な浮ついた若者の顔の中に時折現れる、澱んだ何かに塗り潰されて光のない、沼のような目。
その奥、その深淵を覗き込みたくなる衝動に駆られ、志貴は必死に踏み留まる。これまで何度も抱いた衝動――彼をコスモポリタンへと醸成した経緯を知りたいという、好奇心と呼ぶには重い欲望。
しかしそれを知ったら、自らもその沼に取り込まれてしまうかもしれない。自己保身的な恐れが、テオバルドとの間の溝に――安全弁になっている。
彼は薄々、それを感じているのだろう。その上で、国の過去を吐き捨てることはあっても、志貴が訊ねる闘牛に関すること以外、決して自分の過去を語ろうとはしない。
危険な誘惑者でありながら、やさしい男なのかもしれない。コスモポリタンの同胞の存在に安堵していながら、踏み込むことをためらう志貴の臆病と狡さを許すほどに。――もしくは単にスパイの習い性で、他人に踏み込まれないように見えない線引きをしているだけか。
触れそうで交わらない、あやうい均衡を保つ二人の関係。一方的に始まりはしたが、それがテオバルドの受容と抑制の上に成立していることを、志貴は認識しないわけにはいかなかった。
「国籍を聞かれて「スペイン人です」と答える奴なんて、昔も今もこの国にはいない。土地土地に誇りがある。やろうと思えば、いくらでも国を引き裂く材料は転がってる。外から鉤十字をぶら下げた鷲を招き入れて、女子供も無差別に爆撃させるのも簡単だ。その屍の上に、この国の支配者は立っているわけだ。まるで王のようにな」
明日の天気でも話すように、テオバルドの声には熱も抑揚もない。
同国人が殺し合い、あまつさえ人類史上初の無差別爆撃という十字架を背負ったこの国の過去は、おそらく、鋭く彼を貫き、突き刺さったまま冷え固まっている刃だ。二度と愛国心などという幻想を抱かないように、熱情の源泉を断ち切っている。
「だから俺は、国家などに忠誠を誓わない」
長い脚を組み直し、放り出すようにテオバルドが言う。
ちょうどその時、目の前を犬と散歩する老人が通ったが、幸いその言葉は耳に届かなかったようだ。何事もなく、のそりのそりと木陰を縫うように歩いていく。
この暑い時間に散歩させられる犬が可哀想だと思いつつ、志貴はほっと息をついた。万一聞かれ通報されたら、逮捕されかねない危険な言葉だ。
周囲に目を配って物を言うように嗜めようとしたが、テオバルドに向き直りその顔を見た途端、言おうとした言葉は口の中で消えた。
(――あの、目だ)
陽気な浮ついた若者の顔の中に時折現れる、澱んだ何かに塗り潰されて光のない、沼のような目。
その奥、その深淵を覗き込みたくなる衝動に駆られ、志貴は必死に踏み留まる。これまで何度も抱いた衝動――彼をコスモポリタンへと醸成した経緯を知りたいという、好奇心と呼ぶには重い欲望。
しかしそれを知ったら、自らもその沼に取り込まれてしまうかもしれない。自己保身的な恐れが、テオバルドとの間の溝に――安全弁になっている。
彼は薄々、それを感じているのだろう。その上で、国の過去を吐き捨てることはあっても、志貴が訊ねる闘牛に関すること以外、決して自分の過去を語ろうとはしない。
危険な誘惑者でありながら、やさしい男なのかもしれない。コスモポリタンの同胞の存在に安堵していながら、踏み込むことをためらう志貴の臆病と狡さを許すほどに。――もしくは単にスパイの習い性で、他人に踏み込まれないように見えない線引きをしているだけか。
触れそうで交わらない、あやうい均衡を保つ二人の関係。一方的に始まりはしたが、それがテオバルドの受容と抑制の上に成立していることを、志貴は認識しないわけにはいかなかった。
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