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11章
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「俺に愛する国などない、生まれた土地があるだけだ。――あんたも実のところ、ろくでもない『パパ』に内心では愛想を尽かしてるんだろ。桐機関が掻き集めた情報をただ本国に転送するだけが、あんたや梶の仕事じゃないはずだ」
口調は相変わらず冷めているが、今日はずいぶん踏み込んでくる、と志貴は思った。しかし何も言えなかった。反論する理由も、頷く勇気もなかったのだ。
それに、金のためにしか働かないはずのスパイが、口調には不似合いな、いささか感情的とも思える言葉で転向を唆してきた動機も気になった。その恋情への不信を志貴が口にした時以外、いつも余裕ある態度で接してきた男の、苛立ちとも取れる強い言葉は、かつてないものだった。
思惑を測るように、黙ったまま見つめるだけの志貴に、テオバルドはそれ以上何も言わなかった。ベンチから立ち上がり、ひらひらと手を振りながら、だらしなく肩を下げた下町の兄ちゃんの風体で歩み去った。
緊急の報告がない限り、明日の『スペイン語』はキャンセルだと背中に伝えても、その歩みは変わらなかった。
「……様子が、おかしかったな……」
一日が経ち、レティーロ公園の同じ場所で同じ光景を眺める志貴を、木陰を通る乾いた風が撫でていく。
昨日テオバルドを見送ったベンチで、今日も人を待ちながら口にした言葉は、テオバルドだけではなく、自身にも向けたものだった。
許しがない限り触れてこないはずの飼い犬に、腕を掴まれた。強い言葉以上に、その事実が志貴の心に波紋を広げている。そして、ただそれだけのことで動揺した事実に、後ろめたさを抱いているのだ。
一洋には、腕を掴まれるどころか体の中も外も弄られ、肉体はとうに屈服させられているというのに。
(どうして……)
テオバルドを拒み続けているのに、一洋を拒まないのか。ただ精を搾られるだけの――志貴の心身を心配した、ただの『薬』を与えられているからなのか。
『薬』の処方は、以前と同じように一洋の一方的な行為として、日曜日の日常に戻っていた。
山本提督の国葬の後――あの夜、志貴は一洋を慰めようとし、その精を体に受けることになった。擬似受精のようなその行為を、志貴は嫌悪し、拒もうと思い、――できなかった。一洋の弱さを受けとめる歓喜と被虐的な立場で与えられる快楽に、かつてない悦びを感じてしまったのだ。
しかし、一洋が志貴に慰めを求めることは二度となく、指で塗り込まれた男の精に体内を侵されたのは、その夜限りだった。互いに欲望を見せ合い、対等になれたと思った二人の関係は、志貴だけが労られ甘やかされるものに戻っていた。
敬愛する提督を喪い、暗号の安全性への警鐘を頭ごなしに無視され、それでも国に誠実であろうと努める一洋の眠りを、週に一度だけでも安らいだものにしたい。そう思っても、志貴には些細な手助けすら許されない。一洋から感じる無言の拒絶に、冗談まじりでも再びの慰めを口にすることもできない状況が続いている。
口調は相変わらず冷めているが、今日はずいぶん踏み込んでくる、と志貴は思った。しかし何も言えなかった。反論する理由も、頷く勇気もなかったのだ。
それに、金のためにしか働かないはずのスパイが、口調には不似合いな、いささか感情的とも思える言葉で転向を唆してきた動機も気になった。その恋情への不信を志貴が口にした時以外、いつも余裕ある態度で接してきた男の、苛立ちとも取れる強い言葉は、かつてないものだった。
思惑を測るように、黙ったまま見つめるだけの志貴に、テオバルドはそれ以上何も言わなかった。ベンチから立ち上がり、ひらひらと手を振りながら、だらしなく肩を下げた下町の兄ちゃんの風体で歩み去った。
緊急の報告がない限り、明日の『スペイン語』はキャンセルだと背中に伝えても、その歩みは変わらなかった。
「……様子が、おかしかったな……」
一日が経ち、レティーロ公園の同じ場所で同じ光景を眺める志貴を、木陰を通る乾いた風が撫でていく。
昨日テオバルドを見送ったベンチで、今日も人を待ちながら口にした言葉は、テオバルドだけではなく、自身にも向けたものだった。
許しがない限り触れてこないはずの飼い犬に、腕を掴まれた。強い言葉以上に、その事実が志貴の心に波紋を広げている。そして、ただそれだけのことで動揺した事実に、後ろめたさを抱いているのだ。
一洋には、腕を掴まれるどころか体の中も外も弄られ、肉体はとうに屈服させられているというのに。
(どうして……)
テオバルドを拒み続けているのに、一洋を拒まないのか。ただ精を搾られるだけの――志貴の心身を心配した、ただの『薬』を与えられているからなのか。
『薬』の処方は、以前と同じように一洋の一方的な行為として、日曜日の日常に戻っていた。
山本提督の国葬の後――あの夜、志貴は一洋を慰めようとし、その精を体に受けることになった。擬似受精のようなその行為を、志貴は嫌悪し、拒もうと思い、――できなかった。一洋の弱さを受けとめる歓喜と被虐的な立場で与えられる快楽に、かつてない悦びを感じてしまったのだ。
しかし、一洋が志貴に慰めを求めることは二度となく、指で塗り込まれた男の精に体内を侵されたのは、その夜限りだった。互いに欲望を見せ合い、対等になれたと思った二人の関係は、志貴だけが労られ甘やかされるものに戻っていた。
敬愛する提督を喪い、暗号の安全性への警鐘を頭ごなしに無視され、それでも国に誠実であろうと努める一洋の眠りを、週に一度だけでも安らいだものにしたい。そう思っても、志貴には些細な手助けすら許されない。一洋から感じる無言の拒絶に、冗談まじりでも再びの慰めを口にすることもできない状況が続いている。
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