トゥモロウ・スピーチ

音羽夏生

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12章

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「ホセ・アントニオは、俺をラス・ベンタスに引き上げてくれた恩人の息子だ。まだ三級闘牛場を回る新人だった頃、俺の後援者になってくれたのが彼の父、ミゲルだ」

 ホセ・アントニオの父と言えば、この国で知らない者はいない。
 ミゲル・プリモ・デ・リベーラ。
 二十年前、テロにより政府高官が次々と暗殺され、社会不安に混沌とする国内を鎮めたい思惑を持つ国王から内々の承認を受け、クーデターを経て王制下に軍事独裁政権を樹立した人物だ。
 しかし軍事独裁になったからといって、何世紀にも亘り堆積し、今一気に噴出した問題が霧のように消えるわけもない。その治政は、失政として記憶される過去となり、ミゲルも国王も亡命先で客死している。

「俺は新進気鋭の闘牛士として世間に知られ始めた頃で、才能はあっても、金とコネは持ってなかった。ミゲルの後押しがなければ、ラス・ベンタスの砂場アレーナに立つには、あと二、三年は掛かっただろうな」

 テオバルドは異例の若さで見習いから闘牛士へ駆け上がり、その美貌と勇壮かつ優美な技で人気を博していたが、それでも闘牛の殿堂ラス・ベンタスへの出場は遠い夢だった。
 耳一枚オレハを手にできれば、一夜にして花形となれる夢の舞台だ。出場するためには、格下の闘牛場での実績は勿論、金とコネが必要となる。興行主の目に留まり、その声が掛かって出場を依頼されるのはほんの一握りの花形闘牛士のみで、大抵は金とコネを使って出場を許可してもらうのだ。

 テオバルドには、金もコネもなかった。地道に地方や格下の闘牛場を回って耳を獲得し実績を重ねる以外に、ラス・ベンタス出場の道はなかった。
 そんな彼の傑出した才能と闘争心、そして華を認め、見習いの頃から目を留めていた闘牛愛好家がミゲルだったのだ。
 彼の声掛けにより、テオバルドはラス・ベンタスに出場する機会を与えられ、見事その好機をものにした。彗星のようにラス・ベンタスに現れた、若く美しい才能に溢れた新人は、満場の観衆を熱狂させた。耳一枚でもお手柄なのに、初出場で耳二枚を獲得したのは、時の権力者でもある後援者への配慮もあったのかもしれないが、少なくとも白いハンカチを振り続け、主催者に耳二枚の授与を要求したのはその場の観衆だった。

 こうして、テオバルドとプリモ・デ・リベーラ家の人々との付き合いが始まった。ミゲルの子供たちはテオバルドと年が近く、有望株の闘牛士の人気がいずれ子供たちの声望を高める役に立つかもしれない、とミゲルが引き合わせたのだ。
 長男のホセ・アントニオはテオバルドより十歳年長だったが、一番気が合い、生意気な若手闘牛士を末弟のように可愛がってくれた。長兄と仲が良い妹のピラールとも、冗談を言い合う友人となった。
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