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12章
12
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語尾を吸われるように、再び唇が重なる。
過去のものとは違い、奪う形ではない口づけは、やさしく丁寧だった。荒々しく唇を割ることもなく、上唇、下唇と、咥えるように柔らかく吸い、食むようにその柔かさを堪能される。極上の美味を丹念に味わうかのようだ。
「……ふ……んっ……」
柔かな唇の愛撫で自然と開いた隙間に、熱い舌がぬるりと差し込まれた。ゆっくりと、しかし大胆に、厚い舌で口腔を舐められ、掻き回される。舌先で口蓋をくすぐられると、うなじが粟立つような官能が立ち上った。
この男の口づけは、いつも志貴から官能を引きずり出す。普段は思い出しもしないそれを、こうして容易く白日の元に晒し、突きつけるのだ。これが――体の中をうねるこの感覚は、男が望み、志貴が受け入れて生まれたものなのだと。
「そんな蕩けた顔をして……。衛藤はキスが下手なのか」
たっぷり志貴の口を吸って、名残惜しそうに身を離した男は、そんな言葉を口にした。嘲るような響きに、冷や水を浴びせられたように背筋が竦む。
さきほど思い出して後ろめたい思いをしただけに、一洋を貶めるような言い草は我慢ならなかった。
「言っておくが、私に言い寄った男は君だけだ。……こんなことをするのも」
鋭く抗議したが、付け足した言葉は尻すぼみになる。テオバルドの唇が、濡れて光っているのに気づいたからだ。互いを潤すような深い口づけの痕跡を、視界に入れるのもいたたまれない。
そんな志貴を満足そうに眺めながら、テオバルドは諭すような口調になる。
「フェデリコの悪趣味なパーティーであれだけ男たちにちやほやされておいて、本気で言ってるのか? だとしたら、これまであんたの周りにいた男たちは、相当我慢強い紳士ばかりだったんだな。――以前あんたは、俺をベルベデーレのアポロンに似てると言ったが、俺に言わせりゃ、あんたはミケランジェロのピエタにそっくりだ」
唐突に巨匠の傑作の名を挙げられ、志貴はつい、逸らしていた視線をテオバルドに戻した。
ミケランジェロのピエタ――サン・ピエトロのピエタのことだろう。まるで生きているかのような、若々しく穏やかで神々しい聖母。そのあまりの美しさに正気を失った男に傷つけられたこともある、ダビデ像と並ぶミケランジェロの彫刻の代表作だ。
その傑作を自身の形容に引用することを、大それた喩えだ、と窘める気にはなれなかった。何故なら志貴こそが、ローマに出張しあの大理石の聖母の前に立つたびに、母を思い出していたからだ。
それほどに彼女は、美しく儚げな容姿の持ち主であり、志貴はその母に瓜二つと言われる。――一洋が、今もその息子の三十男に、想い人の面影を重ねるほどに。
「清らかで儚げな聖母を前に、好きだの抱かせろだの言える男がいたら、かなりの強心臓だ。穢れのないものを自らの手で汚してやりたい欲はあっても、大抵は腹におさめたまま、甘酸っぱい憧れとして大事に取っておくもんだからな」
「そう言う君は、初対面で手を出そうとしたじゃないか」
過去のものとは違い、奪う形ではない口づけは、やさしく丁寧だった。荒々しく唇を割ることもなく、上唇、下唇と、咥えるように柔らかく吸い、食むようにその柔かさを堪能される。極上の美味を丹念に味わうかのようだ。
「……ふ……んっ……」
柔かな唇の愛撫で自然と開いた隙間に、熱い舌がぬるりと差し込まれた。ゆっくりと、しかし大胆に、厚い舌で口腔を舐められ、掻き回される。舌先で口蓋をくすぐられると、うなじが粟立つような官能が立ち上った。
この男の口づけは、いつも志貴から官能を引きずり出す。普段は思い出しもしないそれを、こうして容易く白日の元に晒し、突きつけるのだ。これが――体の中をうねるこの感覚は、男が望み、志貴が受け入れて生まれたものなのだと。
「そんな蕩けた顔をして……。衛藤はキスが下手なのか」
たっぷり志貴の口を吸って、名残惜しそうに身を離した男は、そんな言葉を口にした。嘲るような響きに、冷や水を浴びせられたように背筋が竦む。
さきほど思い出して後ろめたい思いをしただけに、一洋を貶めるような言い草は我慢ならなかった。
「言っておくが、私に言い寄った男は君だけだ。……こんなことをするのも」
鋭く抗議したが、付け足した言葉は尻すぼみになる。テオバルドの唇が、濡れて光っているのに気づいたからだ。互いを潤すような深い口づけの痕跡を、視界に入れるのもいたたまれない。
そんな志貴を満足そうに眺めながら、テオバルドは諭すような口調になる。
「フェデリコの悪趣味なパーティーであれだけ男たちにちやほやされておいて、本気で言ってるのか? だとしたら、これまであんたの周りにいた男たちは、相当我慢強い紳士ばかりだったんだな。――以前あんたは、俺をベルベデーレのアポロンに似てると言ったが、俺に言わせりゃ、あんたはミケランジェロのピエタにそっくりだ」
唐突に巨匠の傑作の名を挙げられ、志貴はつい、逸らしていた視線をテオバルドに戻した。
ミケランジェロのピエタ――サン・ピエトロのピエタのことだろう。まるで生きているかのような、若々しく穏やかで神々しい聖母。そのあまりの美しさに正気を失った男に傷つけられたこともある、ダビデ像と並ぶミケランジェロの彫刻の代表作だ。
その傑作を自身の形容に引用することを、大それた喩えだ、と窘める気にはなれなかった。何故なら志貴こそが、ローマに出張しあの大理石の聖母の前に立つたびに、母を思い出していたからだ。
それほどに彼女は、美しく儚げな容姿の持ち主であり、志貴はその母に瓜二つと言われる。――一洋が、今もその息子の三十男に、想い人の面影を重ねるほどに。
「清らかで儚げな聖母を前に、好きだの抱かせろだの言える男がいたら、かなりの強心臓だ。穢れのないものを自らの手で汚してやりたい欲はあっても、大抵は腹におさめたまま、甘酸っぱい憧れとして大事に取っておくもんだからな」
「そう言う君は、初対面で手を出そうとしたじゃないか」
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