トゥモロウ・スピーチ

音羽夏生

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17章

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「ここは、ガキの頃の遊び場だ。ちょうど円形に開けて、砂場アレーナみたいだろ。よく闘牛ごっこをしたもんだ」
「闘牛士は、子供の憧れの職業なのかい」
「当たれば大金を掴めるんだ。貧乏な家のガキなら、誰もが一度は考えるだろうな」

 「それに、単純に格好いい」と付け加えたことで、若きテオバルドが闘牛士の道を選んだ動機は、むしろその比率が高いことは明らかだった。
 テオバルド少年は、村の子供たちを相手に闘牛士を演じては、将来の夢を膨らませていたのだろう。この小さな村を出て、いつかラス・ベンタスに出場できるような花形になる夢を。

「……見てみたいな」

 二人で初めて闘牛を観に行った日の興奮を思い出しながら、ついそんな言葉が口をついた。

「君の闘牛を見てみたい」
「あんたが牡牛トロをやるのか」

 元花形闘牛士に、児戯の闘牛ごっこをねだる志貴の肩に顎を乗せながら、テオバルドがおかしそうに訊ねる。

「闘牛ごっこは一人じゃできないぞ、牡牛役がいないと」
「修業時代、いつも牡牛を相手に練習できたわけじゃないだろう? 一人で型の練習をすることもあったはずだよ」

 朗らかに拒否すれば、背後で大きく息を吐く気配がした。

「確かにあんたが俺目掛けて飛び込んできたら、躱すどころか抱き締めて離せなくなる。満場の野次を食らうこと間違いなしだ」

 そう言いながらも志貴を抱いた腕をゆるめ、テオバルドは上着を脱いだ。辺りを見回し、ちょうどいい枝を見つけると、衣紋掛けのように上着に通す。
 迷いのない、慣れた手つきだ。真紅のムレタの代わりは、かつても着ていた上着と木の枝だったのだろう。
 さらにもう一本枝を拾って脇に挟み、

「……貴方に、捧げよう」

一言告げると、テオバルドは志貴に背を向けた。何を、とは言わない。
 そのまま右の肩越しに、被っていた帽子を闘牛帽の代わりに志貴へ投げ渡す。特定の個人へ向けた、献呈の儀式だ。
 挑発的に、肩越しに色気を含んだウインクを飛ばすのは、いかにも花形闘牛士の仕草だ。慣れた様子に、過去に何度も繰り返してきたことだとわかる。人気者ならではのサービスなのだろう。

(……女性ファンが多かったというのも頷けるな)

 外国人は誤解しがちだが、闘牛コリーダとは、牛と人との間で勝ち負けを決める試合ではない。
 スポーツ的な勝負の要素はなく、砂場に立った闘牛士の最大の仕事は、死の恐怖を押さえつけ、じっと立ち尽くし、じっと牛と視線を交わすことだという。
 テオバルドは志貴に体の側面を見せるように立ち、上半身を捻り正対すると、ムレタ代わりの上着を構えた。その眼差しは、志貴を捉えている。牡牛役は断ったのに、彼が今砂場で対峙しているのは、――志貴だ。
 軽やかにムレタが翻る。目に見えない牛の攻撃を誘い、待ち受け、その動きを和らげて制御し、闘牛士の意図の通りにムレタの軌跡を追わせるように。
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