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17章
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パセと呼ばれる一連の動きは、確かに戦いなどではなく、舞踏、もしくは抱擁に近い。多彩と優雅さを備えたムレタの円舞は芸術的ですらあり、見る者の目を奪うが、一方で官能的でもある。
熱狂的なファンには、闘牛士と牡牛の交歓に性愛的要素を見出す者もいる。テオバルドの闘牛の技は、特にそれに値するものだ。
連続するパセの、人間と牡牛の近接する関係、往復運動のリズム、ムレタの襞に牛を誘う仕草は、生と死の合体という官能的なイメージを否応なく想起させる。裸の愛人を抱いてベッドにいる男が、手探りの長い愛撫で女の体に思うままの姿勢を取らせるように、牡牛を自由に操り、その動きと心を支配するかのようだ。
それでいて華麗で、勇壮で、美しい。
腕を震わせてムレタに細波を起こすのも、突進する牛を不動のまま上半身を反らせるだけで紙一重に交わすのも、常に体に芯が通り、優美で何一つ崩れるものはない。テオバルドは、正統、均整、秩序の中に、芸術的な情動を溶かし込んでいる。
(これが、花形と呼ばれた闘牛士の技――)
繰り返されるパセの果てに、真実の瞬間が訪れる。
指が濡れるまで深く剣を突き刺すのが望ましいとされる、一種の挿入ともいえる最期の突きは、闘牛士の絶頂。
それを表現するために、テオバルドは二本目の枝を――剣を拾ったのだ。男根を突き立てられ果てるのは志貴なのだと、淫靡な暗喩をほのめかすために。
男の荒い息は、激しい性交の終わりそのものだ。
引きずられるように、ぞくりと志貴の肌が泡立った。ただ見ていただけなのに、ムレタに――男に愛撫されたかのような錯覚に陥る。
絶命した牡牛から剣を引き抜いたテオバルドが、それを縦に捧げ持ち、志貴への献呈を表す。
軽く息を切らせながら艶っぽい目線を送られて、志貴はようやく我に帰り、遅ればせながら手を拍った。
「君は、――綺麗だな。現役の頃に会いたかったよ、闘牛士と観客として」
身震いするほど官能的だ、とは言えなかった。
素直な感想を隠した、それでも最大級の賛辞に、まんざらでもなさそうに元花形闘牛士が口の端を上げる。
地面に置いていたリュックサックからワインの革袋を取り出し、栓を開けながら、テオバルドは志貴の顔を覗き込んだ。
「褒美はもらえないのか?」
「何が欲しいんだ」
「仕留めた牛の耳二枚に尻尾も」
この場で仕留められたのは、見えない牡牛――つまり志貴だ。不遜な言い草だが、最高の褒章に値する演技ではあった。
片手で腰を抱かれ、何も言わずに目を閉じれば、濡れた唇が降りてくる。
「ん、ん……」
舌が唇を割り、ぬるいワインが流し込まれた。
口移しに飲み物を与えられることにも、志貴はすっかり慣らされていた。スパイと外交官という立場で、何かを盛られる危険性を否定できない行為だ。それでも黙って受け入れる志貴に、テオバルドは狂おしく舌を絡める。
熱狂的なファンには、闘牛士と牡牛の交歓に性愛的要素を見出す者もいる。テオバルドの闘牛の技は、特にそれに値するものだ。
連続するパセの、人間と牡牛の近接する関係、往復運動のリズム、ムレタの襞に牛を誘う仕草は、生と死の合体という官能的なイメージを否応なく想起させる。裸の愛人を抱いてベッドにいる男が、手探りの長い愛撫で女の体に思うままの姿勢を取らせるように、牡牛を自由に操り、その動きと心を支配するかのようだ。
それでいて華麗で、勇壮で、美しい。
腕を震わせてムレタに細波を起こすのも、突進する牛を不動のまま上半身を反らせるだけで紙一重に交わすのも、常に体に芯が通り、優美で何一つ崩れるものはない。テオバルドは、正統、均整、秩序の中に、芸術的な情動を溶かし込んでいる。
(これが、花形と呼ばれた闘牛士の技――)
繰り返されるパセの果てに、真実の瞬間が訪れる。
指が濡れるまで深く剣を突き刺すのが望ましいとされる、一種の挿入ともいえる最期の突きは、闘牛士の絶頂。
それを表現するために、テオバルドは二本目の枝を――剣を拾ったのだ。男根を突き立てられ果てるのは志貴なのだと、淫靡な暗喩をほのめかすために。
男の荒い息は、激しい性交の終わりそのものだ。
引きずられるように、ぞくりと志貴の肌が泡立った。ただ見ていただけなのに、ムレタに――男に愛撫されたかのような錯覚に陥る。
絶命した牡牛から剣を引き抜いたテオバルドが、それを縦に捧げ持ち、志貴への献呈を表す。
軽く息を切らせながら艶っぽい目線を送られて、志貴はようやく我に帰り、遅ればせながら手を拍った。
「君は、――綺麗だな。現役の頃に会いたかったよ、闘牛士と観客として」
身震いするほど官能的だ、とは言えなかった。
素直な感想を隠した、それでも最大級の賛辞に、まんざらでもなさそうに元花形闘牛士が口の端を上げる。
地面に置いていたリュックサックからワインの革袋を取り出し、栓を開けながら、テオバルドは志貴の顔を覗き込んだ。
「褒美はもらえないのか?」
「何が欲しいんだ」
「仕留めた牛の耳二枚に尻尾も」
この場で仕留められたのは、見えない牡牛――つまり志貴だ。不遜な言い草だが、最高の褒章に値する演技ではあった。
片手で腰を抱かれ、何も言わずに目を閉じれば、濡れた唇が降りてくる。
「ん、ん……」
舌が唇を割り、ぬるいワインが流し込まれた。
口移しに飲み物を与えられることにも、志貴はすっかり慣らされていた。スパイと外交官という立場で、何かを盛られる危険性を否定できない行為だ。それでも黙って受け入れる志貴に、テオバルドは狂おしく舌を絡める。
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