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17章
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背筋に甘やかな痺れが走り、これ以上進めばもう引き返せない、というギリギリのところで踏みとどまったまま、二人は互いを貪り合った。
まだ、獣の手綱は千切れていない――。
どれほど求め、離れがたくても、飼い主とその犬という立場にある限り、果てを望むことは許されない。手綱に阻まれた交情には限りがあり、遠からず終わりは来る。
銀の糸を引きながら名残惜しく唇は離れ、二人は無言のまま、修道院へと来た道を戻り始めた。欲望が高まった状態で立ち尽くしているのは、あまりにあやういと、どちらもわかっていた。
「君のせいで、唇がカサカサだ……」
「自業自得だ、煽りやがって」
「煽ってなどいないっ」
「だから、むくれても可愛いだけだといつも言ってるだろ」
詩情に欠ける応酬も、淫靡な空気を引きずり、色を含んでいる。
唇が痛いくらいに乾燥しているのは、長々と貪られた後、乾いた空気にさらされているためだ。今はまだ頭上の木々の枝に遮られているが、日に当たる場所に出たらさらに乾くだろう。
「闘牛の褒賞として私を望んだのは君なんだから、手厚く扱う義務があると思う」
「……普通は、褒賞をもらった方が労ってもらえるんじゃないのか……?」
「飼い主に痛い思いをさせてる犬を、労われって?」
「……少し我慢してくれ。あとで蜂蜜を買ってやるから」
「ただし俺が塗るからな」と男の指先が唇をかすめ、煽るような言葉と仕草に、どきりと鼓動が跳ねる。まだ体は昂りを秘めたままで、それを知った上での意趣返しだ。
やり返すこともできず睨みつけても、雄の色気に溢れた笑みを見せつけられるだけだった。
「可愛いな、俺の飼い主は」
「私の犬は可愛くない」
「それでも捨てられないんだろ」
「時々自分の寛容さが嫌になるよ」
軽口を叩きながら坂道を下れば、やがて林が切れ、修道院が見えてくる。遠景でも、人手が入っていないことがわかる。――さきほどは見えなかった、裏手にある墓地以外は。
「――誰もいないようだね」
「もう使われてないからな」
テオバルドの足が、正面に停めた車ではなく、墓地に向いていることに気づき、志貴はにわかに緊張した。
誘われた時から、薄々気がついていた。
この遠出の目的は、志貴とともに少年時代の思い出を辿ることではない。美しいという黄葉の季節ではなく、新緑の芽生えもまだの冬枯れの景色を、テオバルドは見せたかったわけではないだろう。
二人きりで過ごす時間を傷つけたくないという思いは甘い願望にすぎなかったことを、志貴は悟った。
「さっきの広場は、修道士の休憩所でもあった。修道士といっても生きていかなきゃならないから、ここの奴らは林業で生計を立ててたんだ。だから村の人間とも付き合いがあって、みんな顔見知りだった。騒いだり悪さをしなければ、敷地に入り込んで遊んでても叱られることはなかったな」
「悪ガキも、聖職者の修行の一つと受け入れたんだろう。ここの人たちも、君に寛容だったみたいだね」
「そうだな、みんな寛容だった。この村が共和国の支配地域になるまでは」
まだ、獣の手綱は千切れていない――。
どれほど求め、離れがたくても、飼い主とその犬という立場にある限り、果てを望むことは許されない。手綱に阻まれた交情には限りがあり、遠からず終わりは来る。
銀の糸を引きながら名残惜しく唇は離れ、二人は無言のまま、修道院へと来た道を戻り始めた。欲望が高まった状態で立ち尽くしているのは、あまりにあやういと、どちらもわかっていた。
「君のせいで、唇がカサカサだ……」
「自業自得だ、煽りやがって」
「煽ってなどいないっ」
「だから、むくれても可愛いだけだといつも言ってるだろ」
詩情に欠ける応酬も、淫靡な空気を引きずり、色を含んでいる。
唇が痛いくらいに乾燥しているのは、長々と貪られた後、乾いた空気にさらされているためだ。今はまだ頭上の木々の枝に遮られているが、日に当たる場所に出たらさらに乾くだろう。
「闘牛の褒賞として私を望んだのは君なんだから、手厚く扱う義務があると思う」
「……普通は、褒賞をもらった方が労ってもらえるんじゃないのか……?」
「飼い主に痛い思いをさせてる犬を、労われって?」
「……少し我慢してくれ。あとで蜂蜜を買ってやるから」
「ただし俺が塗るからな」と男の指先が唇をかすめ、煽るような言葉と仕草に、どきりと鼓動が跳ねる。まだ体は昂りを秘めたままで、それを知った上での意趣返しだ。
やり返すこともできず睨みつけても、雄の色気に溢れた笑みを見せつけられるだけだった。
「可愛いな、俺の飼い主は」
「私の犬は可愛くない」
「それでも捨てられないんだろ」
「時々自分の寛容さが嫌になるよ」
軽口を叩きながら坂道を下れば、やがて林が切れ、修道院が見えてくる。遠景でも、人手が入っていないことがわかる。――さきほどは見えなかった、裏手にある墓地以外は。
「――誰もいないようだね」
「もう使われてないからな」
テオバルドの足が、正面に停めた車ではなく、墓地に向いていることに気づき、志貴はにわかに緊張した。
誘われた時から、薄々気がついていた。
この遠出の目的は、志貴とともに少年時代の思い出を辿ることではない。美しいという黄葉の季節ではなく、新緑の芽生えもまだの冬枯れの景色を、テオバルドは見せたかったわけではないだろう。
二人きりで過ごす時間を傷つけたくないという思いは甘い願望にすぎなかったことを、志貴は悟った。
「さっきの広場は、修道士の休憩所でもあった。修道士といっても生きていかなきゃならないから、ここの奴らは林業で生計を立ててたんだ。だから村の人間とも付き合いがあって、みんな顔見知りだった。騒いだり悪さをしなければ、敷地に入り込んで遊んでても叱られることはなかったな」
「悪ガキも、聖職者の修行の一つと受け入れたんだろう。ここの人たちも、君に寛容だったみたいだね」
「そうだな、みんな寛容だった。この村が共和国の支配地域になるまでは」
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