扇屋の福袋

強蔵（2）

「そもそも逃げられないとか食事も満足にできないとか、死んだら裸で放り出されるとか、一体どんな地獄なのよ」
「私たちだって、貴族の公妾かお大尽の正妻になれなきゃ、さして変わらないでしょ。あちらと違って立身出世のためにここに来た分、世間の目は白いんだから」
「立身出世というか、自分を取り巻く世界を変えたかったというか。──ま、そのためには自分を磨いて、いい男を捕まえないと！」
「いきなり大貴族の馴染みは無理でも、筋のいいお客ばかり来てほしいわ」

　娼妓たちの身の上は、様々だ。
　帝都の扇屋は、その出店経緯もあり、花街の中でも最高級に位置付けられる。客層は貴族や高級官僚、大商人や著名な文化人に限られ、馴染みの紹介がなければ、どれほど大金を積まれても入館を断るほど敷居が高い。
　場末の娼館は貧困が理由で身を寄せる娼妓ばかりだが、扇屋には自身の意思で娼妓となり、有力な愛人の権力を足掛かりに自らの世界を広げようと目論む者が集う。
　その野心と逞しさは梟の理解の範疇を越えるが、浅ましいとは思わない。男に比べ、彼女たちには自己実現の手段がかなり限られているからだ。
　例えばさきほどの娼妓は、天賦の画才に恵まれているが、女というだけでコンクールに応募することもできず、女が描いた絵なんて、と買い手もつかない。その上、縁談の妨げになるからと両親から絵を描くことを禁じられ、覚悟を決めて家を出た下級貴族の娘である。