Change the world 〜全員の縁を切った理由〜

香椎 猫福

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第十話 後編

立花と犬神 8

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アルバイトの合間に犬神絵美とタイミングが合えば尾行し、衝撃の七股疑惑が浮上していた
これはいよいよ懲らしめなければと、怒りが大気圏を超えそうになった時、二年ぶりに鬼塚悟史が姿を現した
このタイミングは、かなり悪かった
仕事が終わって職場近くに停めている車へ戻り、エンジンをかけたところだった
その直前、予報外れの雨に打たれたせいで白いシャツが濡れ、下着が透け見えていたのだ
しかも鬼塚悟史が現れたことで時間が止まる為、エンジンも止まった
服を乾かすことができない


「なんでこのタイミングなんですか!」


車内から鬼塚悟史へ文句を言ってみせるが、閉め切った状態で声が届くわけもない
ハンドルをバンバン叩き、クラクションを鳴らそうとしたが反応しない
もう一度、ハンドルを叩く
運転席から体を伸ばして助手席のドアを開け放った


「乗ってください!」


怒りもあるが、自分を奮起させる為でもある
想像してみて欲しい
薄暗く雨が降る車内、突然エンジンが止まり、雨音も止み、静まり返る車内から覗く前方、ぼぅっと立ちつくす男の姿…ホラーだ
大きな声を出さずにはいられない
ハンドルも叩きたくなる
鳴らないクラクションを鳴らしたくもなる
そんな気も知らず、鬼塚悟史が静かに車に乗り込み、ゆっくりとドアを閉める
立花桃は少し緊張したが、次は静かに文句を言うことにした


「迷惑、です」


「…すみません、こちらの詳しい状況は分からなかったので。まさか帰宅中とは」


「そこじゃありません!」


あえて腕で胸の辺りを隠して見せるが、鈍感なのか鬼塚悟史は動じない
自分に魅力が無いのだろうか、と少しガッカリした
とりあえず、濡れた服をなんとかしようと考える
運転席から後部座席へ手を伸ばし、シートに用意していたスポーツタオルを手に取った
こんな雨の時の為に用意しておいたものだ
軽く髪を拭き、次に濡れた服を拭く
さり気なくボタンを二つほど外して、より下着を見せてみるが、やはり鬼塚悟史は見向きもしない


「…女に興味が無いんですね」


「欲があるのは生きている証拠です。僕、生きてませんから」


立花桃はタオルを首からぶら下げ、溜息を吐いてみせる


「面白くありません」


「すみません」


「あの…二年間も現れなかったのに、なんで今なんですか?」


「僕らは、繋がっている方の様子を感情の起伏で見守っています。例えるなら、グラフのようなものです。それは一種類ではなく、何種類も混ざり合っています。注意を向ける変化があれば、こうして現れてヒアリングをします。ある者は会わずに連絡をしますが」


「連絡ができるんですか!?私も鬼塚さんと連絡したかったなあ」


「特別な者だけです。僕はそれを持たない者なので、余計に立花さんの感情の起伏を気にしてきました。今になって現れたのは、立花さんから恐ろしいほどの殺意を感じたからです。期限まであと一年も無い中で、こんなに変化があると、さすがに心配になります」


「…心配かけてごめんなさい。ただ、どうしても許せない人が居て」


「お気持ちは察します。僕も生前はそういう感情がありました。立花さん、もう少しの辛抱です。能力も手伝って危険は起きないはずです。このまま無事に乗り切りましょう」


久々に鬼塚悟史が笑顔を見せてくる


「立花さんは、既に生きようという意志で日々を過ごしているはずです」


そう言われて、はっとした
犬神里美が亡くなって間もなくの自分は、自殺まで考えていたことを忘れていた
だから鬼塚悟史が現れ、風宮神楽が説得してきたのだ
今の立花桃が、生きることを当たり前としている理由、それは恋だった
生きることの辛さよりも、生き続けることが前提になった上で、実らない恋に今は辛く苦しんでいる
踏み出せない理由…
そう考えさせられると、おのずと犬神絵美への怒りがまた湧き上がる


「さっき鬼塚さんは、殺意を覚えたことがあるって言ってましたよね。その…鬼塚さんなら、そういう相手に対してどう対応しますか?」


この質問を投げかけた立花桃が絶句するような答えを、鬼塚悟史は躊躇いもなく言ってのけた


「銃で撃ち殺します」


「…はい?」


「僕は生前、自分に殺意を覚え、自分を撃ち殺しました」

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