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第十話 後編
立花と犬神 9
しおりを挟む「僕の過ちを繰り返しちゃいけません。立花さん、風宮は貴方を生かそうとして、必要な能力を渡しました。これまでの二年間のこと、僕には分かりません。けれど、生きることを進めてきた事実が、僕の目の前にあります。確かに、貴方はこうして生きています。死んでしまった僕にはできない、生き続けることでできる変化を、もっと、楽しんでください」
鬼塚悟史の言葉をうつむいて聞いていた立花桃の心の中は、相変わらず寂しく苦しいままだ
けれど、頭の中には次へ進むための冷静さが確かに生まれた
「わかりました…私、もう少しだけあがいてみます」
そう言って助手席側へ視線を向けるが、そこに鬼塚悟史の姿はなかった
雨音が聞こえ出し、エンジンが動き出す
エアコンがまだ乾いてない服に当たり、肌に触れるその冷たさに、また寂しさを感じる
「鬼塚さん…私って魅力ありますか?」
独りぼっちになった車内で呟いてみた
答えてくれる人をまた失った立花桃
誰かを求めるように、ゆっくりと車は動き出す
このまま、あと一年を過ごすつもりだった
ところが、臼井誠という男の存在で気持ちが変わる
犬神絵美と一緒に居た男の名は、ショッピングモールの店員に尋ねて判明した
そろそろ白いジープの男の名を知りたくなり、そして近付く為に再び犬神絵美を尾行してみると、ショッピングモールでまた店員に話しかけていた
二人が去った後、そっと店員に尋ねてみると、意外にあっさりと教えてくれたのだ
臼井誠、この犬神絵美と不釣り合いで冴えない男の行動はやはり気にかかる
人に近付き、そして繋がる、まるで魔法だ
立花桃は風宮神楽が言っていた、縁結びの神の存在を思い出す
もしかすると、臼井誠はその能力を与えられているのではないか
それならば臼井誠は自分の境遇を分かってくれる、この世で唯一の存在だ
犬神絵美が居ないタイミングで、臼井誠と接触しよう
立花桃は尾行するターゲットを変えた
すると、思わぬ幸運が訪れる
翌日、臼井誠がペアを変えて、白いジープの男と二人でショッピングモールを周りだしたのだ
二年ぶりに、近くで歩く姿を見ることができる
そしてさらに、話しかけるチャンスでもある
自己紹介をして、名前を聞き出せる
そして、臼井誠に自分の事を相談ができる
胸が踊るような気持ちで、前を歩く二人に話しかけようと足早に近付いた時だった
「あの、すいません」
アイスクリーム屋の女性店員が声を掛けてきた
立花桃はその女性店員に見覚えがある
確か、臼井誠の知り合いだ
もしくは能力で繋がっている人物
「なんですか?」
「あの……あれ、なんだっけ…すいません、忘れちゃいました」
「は?」
そう言うと女性店員は素知らぬ顔で、ショーケースを拭き始めた
わけがわからず、再び臼井誠たちを目で探して見つけると、今度は駆け足で追いかける
あと少しのところで、急に小さい子供が乗るキッズカートが前を横切り、そしてカートを押していた母親がこちらを見るなり立ち止まる
「あれ、あなた立花さん?」
「は、はい。なんで名前を?」
「ん~なんでだったかな~」
「はい?」
そしてまた、素知らぬ顔で再びカートを押して去って行った
その後、何度も同様の邪魔が入ってきた
強引なものも多く、最後のあがきとして大声を出したが、そのタイミングで店員がセールを呼びかける大声を出してきた
立花桃からすれば、モール中が敵だった
この状況は自分の能力のせいだが、それだけではない感じがした
犬神絵美の時とはまるで違うのだ
犬神絵美の時は町中から邪魔が入る
しかし、臼井誠の時は恐らく、彼の能力で繋がったであろう人物たちが邪魔をしてきているのだ
店員じゃない人達からも声が掛かり、臼井誠はモール以外でも能力を使っている可能性があった
みんな同様に「立花さん?」と確認をして立ち去る始末
一体なぜ確認されるのか、分からないことだらけだ
それでもはっきりしている事はある
なぜか臼井誠に話しかけることは出来ない
犬神絵美なら分かるが、臼井誠にも近付けない
もしかしたら白いジープの男にも…
知らない人達と話をした疲れもあり、臼井誠たちを追うことは辞めた
混乱した頭の中でぶつかり合う疑問が頭痛を引き起こしている
しばらく引きこもろう、と立花桃は片手で頭を抑えながら一人、ショッピングモールを立ち去った
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