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第十五話 後編
臼井と神 6
しおりを挟む霊安室、肩を震わせている犬神絵美の背中が、ベッド脇にあった
椅子に座ったまま、眠るように仰向けになっている栗原優の体に覆い被さっていた
臼井誠がドアを開ける音、そしてゆっくりと閉める音にも、犬神絵美は反応しなかった
大学で電話越しに会話をした栗原優と二度と話すことがないのだ
ようやく、臼井誠は目の前の光景に実感が湧いた
「兄貴!」
栗原優が自分を呼ぶ声を思い出す
なにが兄貴だよ、と臼井誠は心の中で呟いていた
兄弟が居ないから、と栗原優は言っていた
臼井誠も同じ、兄弟は居ない
自分のことを兄貴と呼ぶ人間は、後にも先にも栗原優だけかもしれない
そう思うと、二度と呼んでくれない寂しさに、ようやく涙が込み上げてきていた
ボロボロと溢れる涙が、無機質な床へ垂れては小さく音をたてる
なんて小さな音だろうか
こんな音でしか悲しみを表現できないのか
こんなものでは、近くで横たわる栗原優にも伝わらないではないか
自然と臼井誠の体が動き出し、栗原優と犬神絵美へ近付いていた
何歩目か、歩き近付いたあたりで、ようやく、犬神絵美が振り返った
「…あんた、大丈夫なの?」
どれほど泣いていたのか、意気消失しきった顔の犬神絵美が、こんな状況でも自分に気を使って言葉を掛けてくれたことに、臼井誠は体の力が抜け、その場で足から崩れてしまう
なんで、そこまで人の為に行動できるのだろう
この人は、自分の想像よりもずっと優しく、自分よりずっと立派な人だ
ついに臼井誠は声をたてて泣き喚いてしまった
「ごめんなさい!…ごめんなさい!…ごめんなさい!」
臼井誠はひたすら謝り続けていた
「…あんた」
犬神絵美は椅子から立ち上がり、ゆっくりと臼井誠へ近付き、かがみ込みながら、そっと臼井誠の肩に手を触れた
「ったく、バカなやつね…」
犬神絵美はまた涙を浮かべながら、静かに項垂れる臼井誠に声を掛ける
「言ったでしょ?…あんたのせいじゃないって……あんたは、私を助けようとしてくれたんだから…とても勇気ある行動をしてくれたんだよ?だから、何も悪くない……優だって、分かってくれてるから」
その言葉に、臼井誠はさらに泣いてしまった
人の命が失われるということが、どれほどの絶望感と喪失感を受けてしまうか
失ったものにしか分からないことだ
今は目の前にある存在が体が、一週間もせず、たった数日もすれば、姿が無くなるのだ
しばらくの間、臼井誠と犬神絵美は言葉を交わすことなく、栗原優を失った悲しみに打ちひしがれていた
「………絵美さん」
どれ程の時間が経ったか
ついに臼井誠が口をひらいた
「僕の、わがままを一つ……聞いてくれませんか?」
「…なに?」
「僕にはまだ、能力が残っています。僕は、誰がなんて言おうとも、栗原君を失ったことを割り切ることは出来ません…だから」
「あんた、何を考えてるの?」
「実は、里美さんと最後に話をしたんです。里美さんは言っていました…絵美さんには、立花さんが必要だと。だからこれからは、里美さんが望んでいるように、立花さんを里美さんの代わりとして頼ってあげてください。それが、里美さんの最後のお願いです」
「…立花と?」
「里美さんの最後の言葉…確かに伝えましたからね?」
「え……何?」
臼井誠は、そっと犬神絵美の体に触れた
そして、静かに、ゆっくりと伝える
「………いってらっしゃい」
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