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再び花屋へ
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「いらっしゃいま——あ、永司さん! いらっしゃいませ」
「どうも」
永司は再び花屋に足を運んでいた。無論舜一には言っていないし、彼の意識は体に宿っていない。
朋未の現状を色々聞こうと思い、訪れたのだ。後ろめたさがある舜一は踏みこんで聞くことができないだろう。彼なりに気を遣った行動だった。
「今日もお花を買いに?」
「ええ、まあ。休みですけど……この辺は近所なので散歩がてら寄った感じです」
しかし唐突に彼女のことを聞くわけにもいかなかった。他愛もない会話をしつつ、チャンスを待つ。
「わあ、ありがとうございます。永司さんのような常連さんがきてくれるのすっごく嬉しいです!」
屈託のない笑顔が光り、つい魅入ってしまう。きっと彼女はここの看板娘なのだろう。
朋未のような愛想がよく、美人の店員がいれば常連客もいっぱいいるはずだ。自分はそのうちの一人でしかないと永司は思った。
——それでも足を運んでしまうのは舜一のためか……それとも?
夢の銀杏並木が脳裏を過ぎる。
「どうかしましたか?」
疑念を振り払うように俯くと、朋未が心配げに顔を覗きこんできた。
「なんでもないっす! ちょっと最近できた友達のこと思い出して」
「あ、そうなんですね! どんな方なんですか?」
「本当は真っ直ぐなのに素直じゃないっていうか……人を想い過ぎるあまり変な遠ざけ方するんですよね。不器用なやつです」
朋未に会いにいっていたことを問い詰めた時のあの態度。今思えば、あれは余計なことに巻きこまないための舜一なりの気遣いだったのだろう。
「そういう人っていますよね。最初は印象悪いし、わかりづらいけど……知れば知るほどよさがわかっちゃうんですよね。なぜか」
彼女が思い耽るように、待ち望むように店の外を眺めた。誰のこと言っているのかは永司にもわかる。
明るい顔から一転した儚げな横顔。それは毒そのものだった。
「そいつ……今入院してるんですよ。重い病気で」
「え?」
「あ、いや!」
図らずも二人で舜一の話をしていたことを失念していた。不意に滑らせてしまった事実を慌てて否定しようとするが、言葉が続かない。
「花束……そのためだったんですね」
「……そうです」
丸く収めるために咄嗟に嘘をつく。確かに病室に飾られているが、永司本人が見舞いのために買ったものではない。
「今日は……別のにしましょうか? チューリップは花びらが落下しちゃって縁起悪いとも言いますし——」
「気にしないで大丈夫だと思います! あいつもチューリップ気に入ってるから!」
珍しく朋未がおずおずと尋ねてきた。しかし永司は言下に否定する。自分のついた嘘に耐えられなかった。
「わかりました。じゃあ花束、作りますね」
結局、この日はなにも聞けず終いだった。得たものと言ったら花束だけだ。体を貸す報酬と比べたら花の値段は微々たるものだった。
白と黄色のチューリップ。きらびやかな色合いのこの花が縁起が悪いとは到底思えない。
ふと、なにも知らずにチューリップを買っていたことに永司は気づく。どうして縁起が悪いのかも、この花束にどんな想いがこめられているのかも。
店から数歩歩いて立ち止まり、空いた右手でスマートフォンを操作する。
——検索ワードは『チューリップ 花言葉』。
目を見開き、花屋の方を振り返る。そこには屋外に花を運ぶ朋未の姿があった。
「いきなりですけど、今カレシとかっているんですか?」
翌日、大学の帰りに花屋を訪れた。今度は単刀直入に聞くと決めていた。あの花束の意味をどうしても確かめたかったのだ。
舜一曰く——
「オススメを聞いたら彼女がそれを選んだんだ。それ以降は毎回同じのを頼んでる。会いにいくための口実として買っていただけだからね、元々」
——ということらしい。白と黄色のチューリップの花束を選んだのは朋未だったのだ。
「あ、もしかして永司さん、私のこと口説こうとしてます?」
「い、いや別にそういうわけじゃ!!」
彼女が無邪気な顔を見せるが、永司には悪戯な笑みに見えてしまう。ドギマギし、否定するように慌てて胸の前で両手を振る。
「え、違うんですか? じゃあ、別に教えなくても——」
「ああー!! やっぱ好きっす! めっちゃ好きっす! だから教えてください!!」
聞けず終いではきた意味がなくなってしまう。誠意をこめて頭を下げる。
「なんか言わせたみたいでごめんなさい。別にもったいぶるつもりはなかったんですけど」
頭を上げると朋未が困惑した表情を浮かべていた。それを見た永司はたまらず居住まいを正す。これ以上は困らせられなかった。
しかし彼女が継いだ言葉は意外なものだった。
「カレシはちょっと前に別れてからはいません。前のカレ以上の人がいると思えなくて。本当は忘れて前を向くべきなんでしょうけど……なんか忘れられないんですよね。多分、理由がわからないまま別れちゃったからかな。今も昔も……この先も。どんなに似た雰囲気の人が現れても、私が好きなのはただ一人だけなんだと思います」
その言葉に牽制する刺はなく、大切な思い出に浸っているようだった。静かに胸に宛てがわれた手は大切な思い出の温かさを確かめている。
永司は聞こえないように「敵わないな」とこぼした。
「私って重い女ですかね?」
「そんなこと……そんなことないと思います。少なくとも俺は一途で素敵だと思います」
「ありがとうございます。伝わるかどうかはわからないですけど、私は待ってみようと思うんです。彼がくる時を」
昨日と同じように彼女は店の外を眺めていた。
黄色のチューリップの花言葉は「望みのない恋」。そして白いチューリップの花言葉は「失われた愛」。永司にその花束を渡したのは自分への戒めか。それとも舜一の意思に気づいていたのか。
「きっときますよ。ええ、きっと」
永司は微笑みながらまた嘘をついた。本当は自分の肉体を通して舜一は会いにきていた。今も二人は同じ想いを抱いているのだ。
けれどそれは言えない。他言無用だと言われたこともあるが、永司の中でやるせない想いが渦巻いていたからだ。
——なにも悪いことはしていない。失ったものもない。なのに俺はどうしてこんなにも悲しく感じるんだ?
いつもの花束を買い、花屋を後にした。帰路に向かう足が重い。
あれからも何度も何度も夢を見ていた。朋未と手を繋ぎ、笑い合う夢。
あたかも自分が朋未のカレシだと思いこみそうになるが……それは違う。永司の記憶ではない。彼女が手を繋いでいたのは自分じゃないのだ。
「俺はこの愛の花束の架け橋でしかない……か」
聞けば虚しさに苛まれるのはわかっていた。記憶の混在のせいとはいえ、永司もまた朋未に惹かれていたのだから。
「どうも」
永司は再び花屋に足を運んでいた。無論舜一には言っていないし、彼の意識は体に宿っていない。
朋未の現状を色々聞こうと思い、訪れたのだ。後ろめたさがある舜一は踏みこんで聞くことができないだろう。彼なりに気を遣った行動だった。
「今日もお花を買いに?」
「ええ、まあ。休みですけど……この辺は近所なので散歩がてら寄った感じです」
しかし唐突に彼女のことを聞くわけにもいかなかった。他愛もない会話をしつつ、チャンスを待つ。
「わあ、ありがとうございます。永司さんのような常連さんがきてくれるのすっごく嬉しいです!」
屈託のない笑顔が光り、つい魅入ってしまう。きっと彼女はここの看板娘なのだろう。
朋未のような愛想がよく、美人の店員がいれば常連客もいっぱいいるはずだ。自分はそのうちの一人でしかないと永司は思った。
——それでも足を運んでしまうのは舜一のためか……それとも?
夢の銀杏並木が脳裏を過ぎる。
「どうかしましたか?」
疑念を振り払うように俯くと、朋未が心配げに顔を覗きこんできた。
「なんでもないっす! ちょっと最近できた友達のこと思い出して」
「あ、そうなんですね! どんな方なんですか?」
「本当は真っ直ぐなのに素直じゃないっていうか……人を想い過ぎるあまり変な遠ざけ方するんですよね。不器用なやつです」
朋未に会いにいっていたことを問い詰めた時のあの態度。今思えば、あれは余計なことに巻きこまないための舜一なりの気遣いだったのだろう。
「そういう人っていますよね。最初は印象悪いし、わかりづらいけど……知れば知るほどよさがわかっちゃうんですよね。なぜか」
彼女が思い耽るように、待ち望むように店の外を眺めた。誰のこと言っているのかは永司にもわかる。
明るい顔から一転した儚げな横顔。それは毒そのものだった。
「そいつ……今入院してるんですよ。重い病気で」
「え?」
「あ、いや!」
図らずも二人で舜一の話をしていたことを失念していた。不意に滑らせてしまった事実を慌てて否定しようとするが、言葉が続かない。
「花束……そのためだったんですね」
「……そうです」
丸く収めるために咄嗟に嘘をつく。確かに病室に飾られているが、永司本人が見舞いのために買ったものではない。
「今日は……別のにしましょうか? チューリップは花びらが落下しちゃって縁起悪いとも言いますし——」
「気にしないで大丈夫だと思います! あいつもチューリップ気に入ってるから!」
珍しく朋未がおずおずと尋ねてきた。しかし永司は言下に否定する。自分のついた嘘に耐えられなかった。
「わかりました。じゃあ花束、作りますね」
結局、この日はなにも聞けず終いだった。得たものと言ったら花束だけだ。体を貸す報酬と比べたら花の値段は微々たるものだった。
白と黄色のチューリップ。きらびやかな色合いのこの花が縁起が悪いとは到底思えない。
ふと、なにも知らずにチューリップを買っていたことに永司は気づく。どうして縁起が悪いのかも、この花束にどんな想いがこめられているのかも。
店から数歩歩いて立ち止まり、空いた右手でスマートフォンを操作する。
——検索ワードは『チューリップ 花言葉』。
目を見開き、花屋の方を振り返る。そこには屋外に花を運ぶ朋未の姿があった。
「いきなりですけど、今カレシとかっているんですか?」
翌日、大学の帰りに花屋を訪れた。今度は単刀直入に聞くと決めていた。あの花束の意味をどうしても確かめたかったのだ。
舜一曰く——
「オススメを聞いたら彼女がそれを選んだんだ。それ以降は毎回同じのを頼んでる。会いにいくための口実として買っていただけだからね、元々」
——ということらしい。白と黄色のチューリップの花束を選んだのは朋未だったのだ。
「あ、もしかして永司さん、私のこと口説こうとしてます?」
「い、いや別にそういうわけじゃ!!」
彼女が無邪気な顔を見せるが、永司には悪戯な笑みに見えてしまう。ドギマギし、否定するように慌てて胸の前で両手を振る。
「え、違うんですか? じゃあ、別に教えなくても——」
「ああー!! やっぱ好きっす! めっちゃ好きっす! だから教えてください!!」
聞けず終いではきた意味がなくなってしまう。誠意をこめて頭を下げる。
「なんか言わせたみたいでごめんなさい。別にもったいぶるつもりはなかったんですけど」
頭を上げると朋未が困惑した表情を浮かべていた。それを見た永司はたまらず居住まいを正す。これ以上は困らせられなかった。
しかし彼女が継いだ言葉は意外なものだった。
「カレシはちょっと前に別れてからはいません。前のカレ以上の人がいると思えなくて。本当は忘れて前を向くべきなんでしょうけど……なんか忘れられないんですよね。多分、理由がわからないまま別れちゃったからかな。今も昔も……この先も。どんなに似た雰囲気の人が現れても、私が好きなのはただ一人だけなんだと思います」
その言葉に牽制する刺はなく、大切な思い出に浸っているようだった。静かに胸に宛てがわれた手は大切な思い出の温かさを確かめている。
永司は聞こえないように「敵わないな」とこぼした。
「私って重い女ですかね?」
「そんなこと……そんなことないと思います。少なくとも俺は一途で素敵だと思います」
「ありがとうございます。伝わるかどうかはわからないですけど、私は待ってみようと思うんです。彼がくる時を」
昨日と同じように彼女は店の外を眺めていた。
黄色のチューリップの花言葉は「望みのない恋」。そして白いチューリップの花言葉は「失われた愛」。永司にその花束を渡したのは自分への戒めか。それとも舜一の意思に気づいていたのか。
「きっときますよ。ええ、きっと」
永司は微笑みながらまた嘘をついた。本当は自分の肉体を通して舜一は会いにきていた。今も二人は同じ想いを抱いているのだ。
けれどそれは言えない。他言無用だと言われたこともあるが、永司の中でやるせない想いが渦巻いていたからだ。
——なにも悪いことはしていない。失ったものもない。なのに俺はどうしてこんなにも悲しく感じるんだ?
いつもの花束を買い、花屋を後にした。帰路に向かう足が重い。
あれからも何度も何度も夢を見ていた。朋未と手を繋ぎ、笑い合う夢。
あたかも自分が朋未のカレシだと思いこみそうになるが……それは違う。永司の記憶ではない。彼女が手を繋いでいたのは自分じゃないのだ。
「俺はこの愛の花束の架け橋でしかない……か」
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