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第0章 転生

プロローグ

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 ただただ平凡の32歳、何処にでもいるサラリーマン
 年収は300万ちょい、最近の趣味は競馬を見ることだ。
 毎日達成感のない日々が続き、そろそろ神様が与えてくれたお役目というのも終わりを迎えていると妄想にふける事がある。
 それも仕方ない。
 何故なら生まれてこの方、恋愛というものに関心がなく、友達も最低限しかいなかった。
 逆にそれなら勉強や運動、他に優れている所があるのではないか、と皆は考えるだろう。
 でもな。それはアニメや漫画、二次元での出来事でしか起こらない特殊な人間様達なのだよ。
 現実に非モテ男子が運動や勉強、更にイケメンなんていう突出した才能や恵まれた美貌などが備わっている奴なんて多分、三次元での主人公でない限り、存在はしない。
 皮肉だなぁと思われるかもしれないが、実際は皆が考えている日々の妄想も全て痛々しい現実に反映されない架空の物語の一部だ。
 
 毎日こんなくだらい事を誰もいない空間でただ1人、頭の中で語っていると会社に行っても無口と陰キャを通り越した幽霊みたいな感じのキャラになって、周囲の同僚からは毎日陰口かしらんが、噂が絶えない。

 そろそろこの三次元での役目を終えたのかとここ10年くらいは思っているが、先程も言った通り妄想は異常すぎる痛々しい奴の特殊能力なので、実際死にたいとは思っていない。
 なんなら人生やり直して、恋愛というものに手を出してはあらゆる女の純潔を散らしてやりたい。
 特に会社の女はミニスカに少し透けたブラという会社オナ族を増殖させるような輩が多い。
 きっと婚活や合コンに行っても恵まれない乏しき人間たちなのだろう。
 かと言って俺は婚活や合コンに怖くて行けない、そもそも論外という項目に当てはまる人間だ。

 何もない毎日に何の得にもならない妄想の日々、こんな下らない毎日が続くのであれば、いっそ世界一周でもしようかなと冗談を頭の中で膨らませ、今日も今日とて晩酌を買いに一度帰宅してから近くのコンビニに向かう。
 この時、皆は思っただろう。
 会社帰りに晩酌の酒買えば良くね?と。
 確かにそうだ。ごもっとも。
 でもな。夜、外、サラリーマン、中年おっさん、人生オワコン、この素晴らしいワードが揃えば、異世界転生的なのもできるかもしれないという期待が少しあるのだ。
 だからこそ、一度家に帰り、夜の10時から11時、もっとも異世界転生しやすい時間にコンビニに向かえば、これはもう中年おっさん万歳の異世界転生成立だ。

 ってかもうこれを3年も続けているが何も起きていない現実に向き合うのが怖い。
 
 流石に異世界転生なんていう夢を諦めて明日からは会社帰りに酒を買って帰った方がいいなと心から思った。
 
 「はぁ……」

 妄想に浸り、周囲の状況を確認せず、横断歩道を渡る。
 これは赤信号横断だ。
 警察に見つかれば、捕まるかもしれないし、多くの車がプープープーとうるさいクラクションを鳴らしている。
 やれやれ、俺の気もしらないでとうざったらしい責任転嫁をする。
 だが、この世界の人間は基本的に優しい。
 1人の馬鹿が馬鹿な事をしても周りの人間が寄ってたかって怒ってくれる。
 絶賛、赤信号で横断しているが、一生懸命クラクションを鳴らしてくれる人もいれば、俺を引き戻すために徒歩勢の可愛いJKも「大丈夫ですか?一旦戻りましょう。」と大人びた言葉を浴びせてくれる。
 
 このままこの女の子と異世界転生して、モテモテ異世界生活を過ごせたらなぁ……

 と更なる妄想を繰り広げる。
 そんな時、ある音が聞こえる。
 
 ブブゥゥゥ!!!!

 あらら、この音は車が走っている音ではありませんか。
 これはまさかお決まりの車に轢かれて異世界転生しちゃったりがあるかもしれない!!

 期待に胸を膨らませ、車のクラクション、女子高校生の声をフル無視していた俺が音のなる方へ顔を向ける。
 
 「やっと俺を……」

 くだらない人生からやっと楽しい人生へランクアップできると内心少しだけ喜んだ。
 痛いのは嫌だし、転生するかも分からない。
 それでもこんなくだらない毎日を過ごすよりかはきっと楽しいものになるだろうと。

 だがその期待は違った方向へと向きを変えた。

 「キャーー!!!」

 そう。その方向とは俺と同じく赤信号なのに俺という人間を助けるために横断してくれた女子高校生だった。

 ドン!!

 俺が轢かれると思った。
 期待して期待して、この周囲の状況も変わると思っていた。
 それがすぐ横にいた女子高校生を殺してしまう事になるなんて思いもしなかった。

 俺の顔、服、手、あらゆる所に血という鉄の匂いがする液体が沢山付いていた。
 一瞬、自分のかと思ってしまうような状況だったが、左下を見れば、そこには車に押しつぶされた女子高校生の姿があり、その女子高校生の顔は見るに堪えないおぞましい姿となっていた。

 「オェェ……」

 物凄い吐き気と目に激痛が走った。
 これほど不快な気持ちになったのはいつぶりだろうか。
 これほど自分が憎くなったのは初めてだろうか?
 この女子高生は何の罪もなければ、明日の学校でサラリーマンを救った救世主として褒めたたえられるような功績を残した優等生のはずだ。
 なのに何故死んだ?
 いや、俺が殺したのか?それとも女子高生を引いた車が殺したのか?
 頭が混乱している。
 
 周囲の状況は最悪。
 女子高生を轢いた車は逃亡し、俺のためにクラクションを鳴らしていた多くの車から人が次々と降りてくる。
 
 どうすればいいか分からなくなった。
 目の前には轢かれて死んでしまった女子高生の遺体。
 そしてその遺体はこちらを凝視している。
 俺は怖くなって、逃げようとした。
 勿論、逃げたくて逃げようと思ったんじゃない。
 体が勝手に反応した。

 いいや、言い訳だ。
 多分、俺はこの女子高生が死んだ理由を全部あの突然やってきた車に押し付けようとしていたんだ。
 俺は諦めようとした。
 どうせ死んだって異世界になんていけないし、俺はこの女子高生を殺してしまった罪がある。
 生きなければいけない……

 あぁ……
 きっと俺の人生はここで詰みだ。
 でも、踏みとどまれてよかった。
 これからはもっと上を向いて生きなければ……

 俺は自分を鼓舞しようとした。
 だが、何故か俺の意識は段々と薄れていく。
 いったいどういう事なのか?
 頭の中で考えようとした。
 必死に。
 でも遅かった。

 俺はいつの間にか体の力が抜け、その場に倒れる。
 ふと自分の右手を見ると、大量の血がついていた。
 
 あれ……?
 この血はあの子のじゃ……
 
 俺は朦朧とする意識の中で残りの力を使い、自分の腹部を無意識に左手で触った。
 多分、痛みがあったのだろう。
 そして腹部を触った左手を見てみると右手と同じく大量の血がついていた。
 
 あれ?
 おれ……死ぬの……?
 
 
 
 

 
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