ヒロインにはなりたくない

ぬえもと

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甘い匂い

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 ――甘い、匂いがする。
 胸焼けがするほどに甘ったるい微香に、雪乃は「ああ、またか」と諦めたようにゆっくりと息を吐き出していく。
 頭には靄がかかり、こうしている今も自分が何を考えているのかがわからなくなる。
 いつものように保健室を訪れて、それで……。
 ――どうしたんだっけ?

「雪乃」

 声のする方に、そのままの体勢で視線を向ける。

「また少し、大きくなった?」

 視線の先。そこには、雪乃の制服をたくし上げ、無遠慮にさらされた胸元に唇を寄せる誠一郎の姿があった。向けられる笑みは、聖母のように慈愛に満ちている。
 だが、微笑みとは相対するように男の腕にはためらいがない。
 すくい上げるように雪乃の胸を揉みあげては、先端を口に含み、甘噛みを繰り返す。
 そんなたいして大きくもない膨らみを揉んで何が楽しいのだろうと、雪乃は必死に誠一郎を引きはがそうと、男の髪に指を通す。
 くしゃりと髪を乱されても、誠一郎は嫌な顔一つしない。それどころか、触れられて嬉しいとでも言いたげに表情筋を緩ませている。

「わ、かんな……っ、ぁっ」

「本当に? 自分の体のことなんだから、ちゃんと把握しておかないと」

「そ、……なこと、言われて、も、っ」
 
「……雪乃、かわいい」

 反対の胸の先を、きつく指でつままれる。
 びくん、と小さく体を震わせた雪乃に対し、誠一郎は感嘆のため息をつく。
 眼鏡越しの黒い目に欲に濡れた色を発見した瞬間、雪乃は痛感する。
 これは、夢だ。だって、現実の誠一郎はこんな眼差しを雪乃に向けたりはしない。
 保健室にて、気の抜けた笑顔で雪乃を出迎える誠一郎からは、潔癖なまでに情欲というものを一切感じない。雪乃を見守る眼差しは心配性な兄そのものであり、今日だって彼は純粋な善意で雪乃に接してくれていた。
 ――それなのに。

 最近、雪乃はおかしな夢を見る。
 気が狂いそうなほどに甘ったるい匂いとともに訪れるそれは、あまりにも淫らで、現実世界でこんなことを経験したことのない雪乃にとっては刺激が強すぎる。
 かつて誰かが言っていた。夢には、無意識の願望が反映されるのだという。
 だとすれば、自分は誠一郎相手にこんな妄想と抱いているというのだろうかと、夢を見るたびに雪乃は自分に幻滅する。誠一郎のことは好きだ。でも、こんなのは、あまりにも。
 だが、いくら幻滅しようとも眼前の誠一郎が行為を止めてくれるわけではない。
 穏やかな微笑みのその裏側に明確な欲情を宿した男は、雪乃のスカートを弄り、ふとももへと指を這わせる。
 触れるか触れまいかの瀬戸際をさまよう指先が肌を這うたび、雪乃はあられもない声をあげてしまいそうだった。
 夢だって何だって、これ以上醜態をさらしたくなかった。
 口の端を噛み締め必死に耐え忍ぶ雪乃を前に、誠一郎は溶けそうな微笑みを向ける。

「堪えている雪乃もかわいいけれど……。ね、雪乃。かわいい声を聞かせて」

「ひゃっ、あっ!?」

 だが小娘のちっぽけな決意など、男の手管の前では呆気なく決壊する。
 言うや否や首筋を舐め上げる男から漂う色香に、甘い声をあげながらも、雪乃はやはりこれは夢なのだ、と痛感する。だって、こんなのは知らない。
 首筋を甘噛みし、雪乃の下着へと指を差し込む。少女の腰を抱く腕の力は強く、襲い来るものから逃れようとする雪乃を決して逃してはくれない。
 ぞっとするほどの色気を纏う誠一郎を前に、雪乃はなすすべもなくすがることしかできなかった。
 早く終われと甘やかな悪夢に抵抗する雪乃をあざ笑うかのように、誠一郎の腕は執拗で、逃げようとする罰だとばかりに、腰を引く雪乃の耳を甘噛みする。またしても軽く絶頂を迎えた雪乃に対し、覆いかぶさっている白衣の男は呪いのように、かわいい、かわいいと同じ言葉を繰り返すだけだ。

「いち、にい、っ……、まっ、て……っ!」

「どうして?」

「ど、して、って」

「雪乃は僕のこと、嫌い?」

「きらっ、……ぁ、じゃな、ふ……っ、けど」

 嫌いじゃない。
 嫌いじゃないからこそ、こんな夢を見てしまって申し訳なく思っている。
 葛藤、している。

「ね、雪乃。……これは夢なんだから」

 そう、夢だ。だって、現実でこんなことありえない。

「だから、悩む必要なんてないんだよ。……抵抗なんかしなくていい。雪乃は、気持ちよくない?」

「わか、な、んぁ……! ふっ、ぁっ!」

「こんなにここ、濡らしてるくせに」

 それまで撫でるだけだった秘所に指を差し込まれれば、またしても体に震えが走った。
 じゅぶじゅぶと、ずぶずぶと、慣らされた体は無情にも甘い音を立てる。
 ゆっくりと差し込み、引き抜き、誠一郎は雪乃の中を踏み荒らしていく。

「何度も体を重ねてるのに、雪乃は全然慣れないね。……でも、そういうところも好きだよ」

 下着から手を抜き、誠一郎は蜜に濡れた指を見せつけるようにして舐め上げてみせる。
 顔を真っ赤に染め上げ視線を逸らす雪乃に、誠一郎は喉元を震わせ声にならない低い笑いを漏らす。欠片たりとも逃すまいと執拗なまでに指を食む男は、本当に雪乃の知る誠一郎と同一人物なのだろうか。

「雪乃の、美味しい」

「ば……! そんな、わけ、なっ」

「美味しいよ、雪乃。雪乃はどこもかしこも美味しい。……本当に、癖になる」

「や……っ!? まって、んあっ、あっ、いち、に……っ!」

「待たない」

 宣言し、誠一郎は再び雪乃の下腹部に手をかける。
 制服の隙間に腕を差し込み、無情にも下着を引きずりおろされてしまえば、雪乃の秘所は無防備にも男の前にさらされる。
 そのまま躊躇いなく再び指を差し込むと同時に、誠一郎はじたばたと抵抗を始める雪乃の足をもう片方の腕と体で割り開きながら、口付けを落とす。
 唇を割り開き、歯列をなぞり、舌を絡め合う。

「……飲んで」

 餌を与えられるひな鳥のように、靄のかかった頭は無条件に誠一郎の言葉を受け入れてしまう。流し込まれる唾液は媚薬のように甘やかで、これ以上ないと思っていた雪乃の理性はますます正常さを失っていく。
 ああ、甘い。
 取り巻く匂いも、向けられる眼差しも、与えられる口付けも、触れてくる指先も。
 何もかもが、狂おしいまでに甘美に満ちていた。

「好きだよ」

 うっとりと目を細めながら、誠一郎は雪乃の中をかき乱す指を増やす。
 割り開き、雪乃が落ちてくるのを待つ男は、相も変わらず穏やかに微笑む。
 一瞬、現実世界の誠一郎の微笑みに、夢の中の微笑みが重なって見えた。
 
「や、めて」

 本当に、おかしくなる。
 平静を、装えなくなる。
 どんな顔をして誠一郎に会えばいいのか、分からなくなる。

「やめないよ」

 雪乃の抵抗を笑い飛ばした男は、さらに差し込む指を増やしていく。
 膣のなかでばらばらに指を動かしては、時折雪乃の感じる場所をなぞる。
 何度も重ねられた夢の中の逢瀬で完全に雪乃の感じる場所を熟知しているらしい男は、雪乃が自身の指で一喜一憂するさまを楽しげに眺めては、愛の言葉を流し込んでいく。
 香りとともに、それは確実に雪乃の心を侵食していく。

「雪乃こそ、抵抗なんてやめてしまえばいい。……言っただろう? 雪乃は、気にしすぎなんだよ。細かいことなんて全部忘れて、身を任せてしまえばいいんだ。……かわいいかわいい、僕だけのお姫様」

 そっと指を引き抜かれれば、嫌でも自分が濡れていることを痛感させられる。
 訪れる喪失感に、本当に自分が嫌になった。
 再び付着した蜜を舐め上げる男は、不気味なまでに幸福そうに笑む。
 一層強くなる香りに、雪乃の息が上がる。肌にはじっとりと汗が浮かび、心臓の鼓動が早くなる。
 ああ、この時を待っていたとばかりに、足を膝で割り開く誠一郎を見ても、抵抗する気は微塵も芽生えなかった。されるがままになりながら、じっと雪乃は総一郎の顔を見つめる。
 
「……欲しい?」

「……あっ」

 蜜口に剛直を押し当てられるだけで、これから訪れるであろう快楽に体は素直に反応を示す。しとどに濡れそぼった秘所に凶暴な肉棒をこすりつけながら、誠一郎は艶やかに笑む。

「だったら、ちゃんと言って。僕に聞かせて」

 ネクタイを緩め体を密着させながら、誠一郎は問う。

「雪乃は誰のもの? 春川さくら? 違うよね」

 どうして、そこでさくらの名前が出てくるのか。
 問おうとして、聴けなかった。
 何も言うなとばかりに口を塞ぎ、口付けの合間に誠一郎は吐息を漏らす。
 
「雪、乃」

 請うように、急かすように。
 ああ、たまらない。ぞくり、と背を甘やかな刺激が駆け抜けていく。
 上ずった誠一郎の声に、雪乃の理性は完全に決壊した。
 一度たがが外れてしまえば、あとは容易いものだった。

「いち、にい、の」

「……ちゃんと言って」

「私は、いちにい、のだか、ら……っ! ふっ、う……ふぁ、あ、……んあっ!」

「そうだよ。ちゃんと、覚えて。……揺らがないで」

 ゆっくりと、怒張が押し込まれていく。
 それこそ言葉通り、その存在を雪乃に教え込むかのように。
 執拗なまでに、緩慢に。感嘆の息を吐きながら、誠一郎は雪乃の体を貪っていく。

「かわいい雪乃。僕の、雪乃。……はっ、誰にも渡さない。……君は、僕だけ、の、っ」

 執着の色を浮かべた瞳は、現実の誠一郎のものとは似ても似つかない。
 だからこそ、夢だと思い知る羽目になる。
 埋め込まれ、引き抜かれ、その繰り返し。ずぶずぶという水音を聞きながら、雪乃は誠一郎の首に腕を回す。

「すき……っ」

 こんなこと、絶対に現実では言えない。夢だからこそ、こうして雪乃は無様にも誠一郎にすがることができている。嫌いなわけがない。好きだ。好き、なのだ。
 小娘と相手にされていないのは分かっている。
 一回りも年下の自分が、妹のようにしか思われていないのは知っている。
 どうせ、夢から覚めれば何もかもなかったことになる。
 ――でも、今だけは。
 溺れろというならば、素直に溺れよう。
 だって、これは夢だから。

 甘い匂いがする。甘い甘い、気持ちが悪くなるほどに甘い匂いが雪乃の肺を犯す。
 好意を口走った瞬間、埋め込まれていた誠一郎のものが一気に質量を増した。

「いちにい、わたしもすきっ……! だい、すき……っ、すっ……!? あっ、あっ、んぁあ……っ!?」

「……その言葉、忘れないで」

 それまで緩慢だった動きは鳴りを潜め、途端律動は雪乃の中をえぐりとるかのような動きに変化する。奥まで貫いては一気に引き抜き、それこそ貪るように雪乃の中を犯していく。

「ああ、……ゆき、の」

 誠一郎は切なげに名を呼び、口付けを深めていく。
 他でもない誠一郎にこんな顔をさせているのが自分なのかと思うと、無意識に肉棒を締め上げる力が増していった。

「かわいい、雪乃。雪乃。ゆき、の。……絶対、あの女に渡したりなんかしない」

「うっ、……あっ、あ、んっ、ふ、い、ぁっ」

「早く、堕ちておいで。……僕を、選んで。もっと、求めて。……そうすれば、永遠に一緒に居られる」

 最後の方は、微かに聞き取れる程度のささやき声で。
 雪乃の意識の奥底へと、流し込むかのように。

「へっ……? あ、っ、ふ、ぅ、んっ」

「好きだよ、雪乃。愛してる。僕の、ゆき、の。……ああ、雪乃、ゆき、の、雪乃……っ」

 誠一郎が何を言っているのか、わからなくなる。
 引きずり出される快楽の本流に流されないように、雪乃は必死に誠一郎にすがっていた。
 抱きつき、奥を貫く屹立に声をあげることしかできない。されるがままになっている雪乃の背を、誠一郎は幸福に満たされた顔をして強く抱きしめていた。
 ずぶずぶ、ぬぷぬぷと、下腹部からは絶えず濡れた音が響き渡っている。

「ゆき、の……っ」

 抱きしめる腕の力が強くなる。
 一際奥へと押し込まれると同時に、誠一郎は雪乃の奥に躊躇うことなく白濁を吐き出した。
 このまま孕んでしまえとでもいうように、誠一郎は囲い込んだ雪乃をきつく抱きしめる。
 噛み付くような口付けを受けながら、雪乃は呆然と甘美な震えをただ享受していた。
 そこには微塵も焦りはなく、ただ求められて嬉しいという情だけが雪乃の中を犯していく。
 だって、これは夢だから。起きれば消えてしまう、束の間の幻想だから。
 
 ほぅ、と、小さく安堵の息を吐く。
 いつもと同じだ。
 欲を吐き出されると同時に意識が遠ざかり、しばらくすれば夢から覚める。
 されるがままになりながら、雪乃は誠一郎の胸に頭を預け、ゆっくりと瞼を閉ざしていった。

「こんなんじゃ足りない。……もっと愛し合いたい。……雪乃、僕だけの、お姫さま」

 誠一郎は名残惜しげに雪乃を抱きしめ、髪を梳き、しつこいまでに身体中に口付けを落としていく。
 頭上から落とされる不穏な囁きは、甘やかな香りの中に静かにかき消えていった。
 
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