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14話

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アパートに戻るとぼろっちい椅子に腰掛ける。
このアパートも、ひょっとしたら出て行く事になるのか。
確かにグレンの家では住み込みで働いているし、誰も住まないこのアパートを借りている必要はない。

「あーあ、早く出過ぎちゃったかな、どうせグレンはまだ寝ているだろうし…」

「本当にそうか?」

「え?うわぁ!?」

振り返ると座っている椅子の背に手をかけている紳士がいる。
よく見るとグレンだ。
いつもの悪魔の使いのような格好ではなく、他所行きの服装をしている。
そのせいでグレンだとわかるまでに多少時間がかかった。
髪型と服装だけでこうも印象が変わるものなのか。

「さて、着替えろ」

「え?ここで?屋敷じゃだめなの?」

「ダメだ」

強めに言われてしまい、グレンの影から出てくる服を着る。
どうやらメイド服とは違うようだ。
あっさりと着れてしまうが、これはワンピースだろうか、俺が着るには少し可愛すぎる気もする。

「どう?変じゃない?」

この部屋には鏡が無いので、グレンの前で一通りくるくる回る。
この服、メイド服よりも軽過ぎて不安になる。
とはいえ、誰かに見せるわけでもないと思うのでブーツを履き、グレンに背中を引っ付ける。

「ん」

頭を撫でてもらい、触れられた箇所が温かくなる。
この髪が伸びる奇妙な魔法は何回でも受けてもいいくらい気持ちがいい。ついあくびが出てしまう。

「ほぁ……それで、どうしたの?このまま帰るの?」

「お前の休暇の続きだ」

「続き……?」

グレンはそういうと、荷物を影で飲み込み、俺の手をとる。
今日のグレンは雰囲気が違いすぎて心臓に悪い。
どういう事かよくわからないけれど、グレンに身体の全てを預け、彼の影に飲まれて行くのだった。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

「くしゅんっ」

随分と長いこと影で移動した気がする。
流石に身体の芯の方まで寒さを感じてきてしまった。
それに気がついたのか、グレンが一度影から出たようだ。

「うー…さむさむ、ここは…えっ!?」

遠くに海が見える。
微かに潮の香りが鼻をくすぐる。
ここは夢?
しかし徐々に皮膚が温まっていくにつれ、現実味が増してくる。

「グレン!?海っ!海が見えるよ!なんで!??ここは???」

「ビスケスの近くだ、ここからは歩いても良さそうだな」

生まれて初めて見る光景に心が躍る。
あの小さな街から数十キロ南下したところに、ビスケスという大きな城下町がある事は知ってはいたが。ここがそうなのか。しかしそれにしても…

「いきなりすぎない?」

「買い出しのついでだ」

で俺の生まれて初めての一大イベントが奪われるのか、魔術というのは恐ろしい。

「Dr.ロワールだ、妻とここで休暇を過ごしたくてね」

様々な人が行き交う中、門でグレンが兵士に何か見せている。

「ロワールさん!どうぞどうぞ」

グレンはものすごくよそよそしい笑顔を兵士に向けると、俺の腰に手を回してくる。
俺も兵士にぺこりとお辞儀をし、門を通り過ぎた。

門を過ぎると、何もかも初めてな光景が飛び込んでくる。
家の形は変わっており、石やレンガでできた建物が立ち並ぶ。
空には白い鳥が飛んでいて、広場には見慣れない楽器で演奏しているおじさん達がパフォーマンスしている。これではまるで別の世界に来てしまったと錯覚してしまう。

「グレン…すごすぎるよ…ありがとう」

「買い出しのついでだと言っただろう、いずれ何度か来る、慣れろ」

グレンはそういうと軽い足取りで露店の方に行ってしまった。
はぐれないようグレンにくっついて歩く事にする。

「お嬢さん!見てって見てって」

お嬢さん…?辺りを見渡すとグレンと俺の方を示している。あぁ、俺の事か、グレンが近くにいるから忘れていたが、この格好は他人から見ても大丈夫なのだろうか、とても不安になってくる。

「欲しければ買え、給与とは別だ」

グレンに大量のお金が入った袋を渡される。欲しくて見ていたわけではないが、頭にカチューシャも何も付けていないと少し不安だ。
店主は多少胡散臭いが、可愛らしい月の形のヘアアクセサリーを買う。

「ん」

グレンに手渡すと、影の魔術で器用に着けてくれる。

「どう?可愛い?これで少しは男ってバレないかなぁ」

「何を言っているんだ?そもそもお前は実の恋人にもバレなかったではないか」

グサっと心臓に言葉が刺さる。
確かにそれは事実だったと判明したわけだが。
そもそも何故この格好なのか聞くと、夫婦という方が世間を扱いやすいという事らしい。
違和感が無く、変態扱いされないのであればこの場ではこれでいいのかもしれないけれど…。

「グレン、あれは?」

「気になるなら買え、なんでも経験だ」

こんな目につくもの全て買っていいのだろうか、初めての経験ばかりでかつて無いほど楽しんでしまっている。
それに今日のグレンは服装のせいもあってか、なんだか雰囲気も柔らかく、とても心地よく感じる。
彼にエスコートされる女性は幸せだろうな、とふと思う。

「アルク、人の流れに逆らうと危ないぞ」

グレンに引き寄せられ、彼の温もりを感じる。
そうだ。
エスコートされているのは今は自分なのだ。
心がとてもムズムズする。
今日だけは、今日だけは楽しんでもいいのだろうか。

「グレン……あれもいい?」

「あぁ」

「あれも?」

子供のように彼の手をひき、いい香りのする露店を巡る。グレンが嫌そうな顔をしているが、死ぬほど甘そうなお菓子を買って自分と彼の口に入れる。

「グレン、今度はあっちに行きたい!」

グレンはもう、特に何も言わずについてきてくれる。
あぁ、わがままを言うのって、こんなに楽しいんだ。

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