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15話
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グレンとの買い物は楽しいのはもちろんの事だが、学ぶべき事も多かった。
一見彼は、俺が指を指す物なんでもかんでも買ってしまうものなのだと思っていたけれど、
買うべきでない物は理由をつけて教えてくれた。
危ない物や偽物、贋作、相場とかけ離れている物はそっと耳元で教えてくれる。
その度に少しドキリとするのだが。
「それ、苦手か?」
「え?うん…ちょっとね」
想像していた味ではなかったヤシの実ジュースを持て余していると、グレンはそれを手に取り一気に飲み干して手品のように影に入れる。
唖然とし、そのままじっと彼を見てしまう。
今日のグレンは少しずるい。
魔術で俺の心を覗いているのではないかと思うくらい心を読んでくるうえに、それら全部に想像以上の返し方をしてくる。
もしもグレンに今、俺の心のもやもやとか、むずむずしてる感覚の正体を聞いたら、言葉にして返してくれるのだろうか。
しばし考え込んで歩いていると、いつの間にか華々しい喧騒からは遠ざかっており、人通りが少なく町の少し高い場所まで来ていた。
「さてとアルク、そろそろ仕事の時間だ」
「え?」
グレンはそういうと、一軒の家に入って行く。
玄関には見慣れたミニチュアの人形がいる。
「ここは?」
「別荘だ」
ベッソウ?初めて耳にする単語だ。
意味はわかる。だけど実際に別荘という単語を使う人間に出会ったことはない。
「ふむ、そこまで汚れてはいないな、では…このポンコツを動かすとするか」
グレンはどこからか取り出してきたナイフを当たり前のように右手に当て、次の瞬間手のひらを切り裂き、そのまま人形に赤い雫を与えていく。
「グレン!?」
俺は咄嗟にグレンの手を握っていた。
手当てをしなければ。
どんどん傷口から溢れ出てくる。
彼の手から滲み出てくるソレは大きな魔力を帯びているのか、俺の心を誘惑してくる。
「アルク?」
「ん……」
俺は何をしているのだろう。
絶対こんな事するべきではないのに。
最近困った事に彼から溢れ出る物が欲しいという欲求が溢れて止まらない。
今もこの誘惑に逆らうことはできず、ペロリと舐め取ってしまった。
「んぇ…しょっぱ…」
唾液やアレと比べるとあんまり美味しくない。鉄に砂糖をまぶしたような味でふと我に帰る。
「ご、ごめん、グレン!」
「…アルク、他人の血液は汚いのだぞ?それに人形の分を盗るな」
グレンに怒られてしまった。
その手を見ると傷口はもう魔術で塞がっているようだ。
だからといってグレンに痛い思いはして欲しくない。
「グレン、手を切るのって痛かった?」
「そりゃ少しはな」
「じゃあ俺が人形の分も働くから、手を切っちゃうのは無しね!」
屋敷に帰ってからも人形の代わりに頑張ると意気込んでいると、どうやらあちらの人形とこちらの小さな物では大きく性能に差があるらしい。
よくわからないがこちらは血液が無いと動かないようで、グレン曰く相当なポンコツのようだ。
「…それにしても私の身体から出るもの全てを我が物にしようとする。お前の悪い癖はなんとかしなくてはな」
メイド服に着替えているとグレンに腰を触られ、唐突に唇を奪われる。
あ、これは魔力供給だ。
グレンと繋がっている部分全てから魔力を感じてしまう。頭がぼーっとする。
これではまたグレンに餌付けをされる…。
「ん…グレン…だめ……お仕事が…」
「ふっ、そうだな」
グレンは柔らかい表情で唇を離すと、影から荷物を取り出し、整理し始めてしまった。
「……………」
もっとして欲しいと思ってしまった自分が嫌になる。昨日のスカーレットとの淡すぎるキスで欲求不満なのだろうか。
ともかく今はグレンのために部屋を綺麗にしたり荷物の整理をしなければ。
頬をペチンと叩き、気合を入れる。
「そうだアルク、ベッドは念入りに掃除しておいてくれ、布団の方はこちらで調達する」
「うん?わかった、寝る時虫とかいたら嫌だもんね、綺麗にしとくよ」
「あぁ…それとシーツは2、3重にしておいた方がいい」
「え?なんで?」
「そのうちわかる」
湿気が多いからなのだろうか、寝室に入り窓から見える海を眺めながらそう納得する。
なんとも贅沢な別荘だ。あんな森の中よりここに住めばいいのに。
床を拭き、ベッドの上をホウキで払っていく。
そこまで酷い汚れや埃は無く、居間、洗面所、トイレと順調に掃除が済み、終わる頃にはまだ日は落ちていなかった。
「グレン~!終わったよ、食事はどうするの?」
「誰かのせいでまだあまり空いていないが外で何か食べるか、着替えてこい」
「うっ」
皮肉を言われてしまった…が犯人は自分なので何も言えない。
ワンピースに着替えて、グレンに髪を着飾ってもらう。
この町で歩き回ってから、もはやメイド服以外の女性の服を着る事に、なんら抵抗感が無くなってしまっている自分が恐ろしい。
「アルク、魚介類は食べられるか?」
「ギョカイ……?多分?」
グレンに連れられ入ったお店でギョカイというものを初めて見る。
海で育つ巨大なザリガニや貝そして魚をひっくるめて魚介というらしい。
それぞれどんな生き物なのか説明を受けつつ、いただく。中々濃い味付けだが、とても美味しい。
「こういう物はこちらでしか食べられないからな」
「魔術でなんとかならないの?生きたまま影に入れとくとか」
「それはできなくはないが…」
自分のテリトリーに動き回る生き物を詰め込んでおくのは流石に気持ちが悪いらしく、それは極力しないようだ。
確かにこのエビという生き物はどこか虫のようにも見え、これがカサカサ動き回っていると考えると少し気持ちが悪い。
エビを全部グレンの皿に取り分け、他をいただくことにする。
珍しい香りの紅茶を食後に頂いて、ふとグレンの方を見る。
そういえばメイド服以外で彼と食事をするのは初めてだ。
なんだかとても不思議な感じがする。他の人達の目にはどういう風に映っているのだろう。
「グレン、とても美味しかったね、魚介!」
食後はグレンと町を適当に歩く。
なんだか1日も過ごしていないはずなのに今までの人生1回分以上の経験をした気がする。
ビスケスの街は灯の町と呼ばれているらしく、陽が沈んでも至る所にあるガス灯によって町の中がとても明るい。
この雰囲気も、とても好きだ。
「ねぇグレン、今日の…」
ふと出かけてしまった言葉を飲み込む。
今日は休暇であって、間違ってもデートなどでは無い。
しかしどう思考を巡らせてもそれ以外の言葉が出てこない。
「……今日はありがとうね」
変に誤魔化してしまった。今俺はどんな顔をしているのだろう。
恋人の事を一瞬でも忘れかけてしまっていたのだ。
自己嫌悪で胸が張り裂けそうになっていく。
「アルク」
グレンに名前を囁かれ、顔を上げるとグレンに抱き寄せられる。
「うわぁ!?」
「勝手に終わらせるな」
グレンはそういうと、俺を影の中へと飲み込んでいくのであった。
一見彼は、俺が指を指す物なんでもかんでも買ってしまうものなのだと思っていたけれど、
買うべきでない物は理由をつけて教えてくれた。
危ない物や偽物、贋作、相場とかけ離れている物はそっと耳元で教えてくれる。
その度に少しドキリとするのだが。
「それ、苦手か?」
「え?うん…ちょっとね」
想像していた味ではなかったヤシの実ジュースを持て余していると、グレンはそれを手に取り一気に飲み干して手品のように影に入れる。
唖然とし、そのままじっと彼を見てしまう。
今日のグレンは少しずるい。
魔術で俺の心を覗いているのではないかと思うくらい心を読んでくるうえに、それら全部に想像以上の返し方をしてくる。
もしもグレンに今、俺の心のもやもやとか、むずむずしてる感覚の正体を聞いたら、言葉にして返してくれるのだろうか。
しばし考え込んで歩いていると、いつの間にか華々しい喧騒からは遠ざかっており、人通りが少なく町の少し高い場所まで来ていた。
「さてとアルク、そろそろ仕事の時間だ」
「え?」
グレンはそういうと、一軒の家に入って行く。
玄関には見慣れたミニチュアの人形がいる。
「ここは?」
「別荘だ」
ベッソウ?初めて耳にする単語だ。
意味はわかる。だけど実際に別荘という単語を使う人間に出会ったことはない。
「ふむ、そこまで汚れてはいないな、では…このポンコツを動かすとするか」
グレンはどこからか取り出してきたナイフを当たり前のように右手に当て、次の瞬間手のひらを切り裂き、そのまま人形に赤い雫を与えていく。
「グレン!?」
俺は咄嗟にグレンの手を握っていた。
手当てをしなければ。
どんどん傷口から溢れ出てくる。
彼の手から滲み出てくるソレは大きな魔力を帯びているのか、俺の心を誘惑してくる。
「アルク?」
「ん……」
俺は何をしているのだろう。
絶対こんな事するべきではないのに。
最近困った事に彼から溢れ出る物が欲しいという欲求が溢れて止まらない。
今もこの誘惑に逆らうことはできず、ペロリと舐め取ってしまった。
「んぇ…しょっぱ…」
唾液やアレと比べるとあんまり美味しくない。鉄に砂糖をまぶしたような味でふと我に帰る。
「ご、ごめん、グレン!」
「…アルク、他人の血液は汚いのだぞ?それに人形の分を盗るな」
グレンに怒られてしまった。
その手を見ると傷口はもう魔術で塞がっているようだ。
だからといってグレンに痛い思いはして欲しくない。
「グレン、手を切るのって痛かった?」
「そりゃ少しはな」
「じゃあ俺が人形の分も働くから、手を切っちゃうのは無しね!」
屋敷に帰ってからも人形の代わりに頑張ると意気込んでいると、どうやらあちらの人形とこちらの小さな物では大きく性能に差があるらしい。
よくわからないがこちらは血液が無いと動かないようで、グレン曰く相当なポンコツのようだ。
「…それにしても私の身体から出るもの全てを我が物にしようとする。お前の悪い癖はなんとかしなくてはな」
メイド服に着替えているとグレンに腰を触られ、唐突に唇を奪われる。
あ、これは魔力供給だ。
グレンと繋がっている部分全てから魔力を感じてしまう。頭がぼーっとする。
これではまたグレンに餌付けをされる…。
「ん…グレン…だめ……お仕事が…」
「ふっ、そうだな」
グレンは柔らかい表情で唇を離すと、影から荷物を取り出し、整理し始めてしまった。
「……………」
もっとして欲しいと思ってしまった自分が嫌になる。昨日のスカーレットとの淡すぎるキスで欲求不満なのだろうか。
ともかく今はグレンのために部屋を綺麗にしたり荷物の整理をしなければ。
頬をペチンと叩き、気合を入れる。
「そうだアルク、ベッドは念入りに掃除しておいてくれ、布団の方はこちらで調達する」
「うん?わかった、寝る時虫とかいたら嫌だもんね、綺麗にしとくよ」
「あぁ…それとシーツは2、3重にしておいた方がいい」
「え?なんで?」
「そのうちわかる」
湿気が多いからなのだろうか、寝室に入り窓から見える海を眺めながらそう納得する。
なんとも贅沢な別荘だ。あんな森の中よりここに住めばいいのに。
床を拭き、ベッドの上をホウキで払っていく。
そこまで酷い汚れや埃は無く、居間、洗面所、トイレと順調に掃除が済み、終わる頃にはまだ日は落ちていなかった。
「グレン~!終わったよ、食事はどうするの?」
「誰かのせいでまだあまり空いていないが外で何か食べるか、着替えてこい」
「うっ」
皮肉を言われてしまった…が犯人は自分なので何も言えない。
ワンピースに着替えて、グレンに髪を着飾ってもらう。
この町で歩き回ってから、もはやメイド服以外の女性の服を着る事に、なんら抵抗感が無くなってしまっている自分が恐ろしい。
「アルク、魚介類は食べられるか?」
「ギョカイ……?多分?」
グレンに連れられ入ったお店でギョカイというものを初めて見る。
海で育つ巨大なザリガニや貝そして魚をひっくるめて魚介というらしい。
それぞれどんな生き物なのか説明を受けつつ、いただく。中々濃い味付けだが、とても美味しい。
「こういう物はこちらでしか食べられないからな」
「魔術でなんとかならないの?生きたまま影に入れとくとか」
「それはできなくはないが…」
自分のテリトリーに動き回る生き物を詰め込んでおくのは流石に気持ちが悪いらしく、それは極力しないようだ。
確かにこのエビという生き物はどこか虫のようにも見え、これがカサカサ動き回っていると考えると少し気持ちが悪い。
エビを全部グレンの皿に取り分け、他をいただくことにする。
珍しい香りの紅茶を食後に頂いて、ふとグレンの方を見る。
そういえばメイド服以外で彼と食事をするのは初めてだ。
なんだかとても不思議な感じがする。他の人達の目にはどういう風に映っているのだろう。
「グレン、とても美味しかったね、魚介!」
食後はグレンと町を適当に歩く。
なんだか1日も過ごしていないはずなのに今までの人生1回分以上の経験をした気がする。
ビスケスの街は灯の町と呼ばれているらしく、陽が沈んでも至る所にあるガス灯によって町の中がとても明るい。
この雰囲気も、とても好きだ。
「ねぇグレン、今日の…」
ふと出かけてしまった言葉を飲み込む。
今日は休暇であって、間違ってもデートなどでは無い。
しかしどう思考を巡らせてもそれ以外の言葉が出てこない。
「……今日はありがとうね」
変に誤魔化してしまった。今俺はどんな顔をしているのだろう。
恋人の事を一瞬でも忘れかけてしまっていたのだ。
自己嫌悪で胸が張り裂けそうになっていく。
「アルク」
グレンに名前を囁かれ、顔を上げるとグレンに抱き寄せられる。
「うわぁ!?」
「勝手に終わらせるな」
グレンはそういうと、俺を影の中へと飲み込んでいくのであった。
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