59 / 89
59
しおりを挟む
「あら、いけない」
サラはポケットをさぐって驚いたふりをした。
「どうしましょう。持ち合わせがないわ。困ったわね」
すがるようにトールを見上げる。すると彼は馭者に駆け寄り、みずから名刺を渡した。貸馬車の料金は自分の法律事務所に請求するようにと告げる。
「助かりましたわ、さすがは紳士ですわね」
「ええ、まあ。それで、サラ夫人──」
「ガイに伝えてください。全力を尽くしてくださいと」
「え」
馭者に、リリベリー伯爵家に向かうように告げると、サラはするりと馬車に乗り込んだ。
「では、ごきげんよう」
苦々しい顔をしたトールを置きざりにして、馬足は軽快に前進した。トールの親切のおかげで、少し遠いリリベリー伯爵邸に寄ることが叶う。
(トールの誘惑に魅了されなかったのは、ノースの警告の効果かしら)
『55のばあさんなんか誰が相手にするもんか』
(それとも、もっと魅力的な人を見つけてしまったからかしら)
「うふふふ」
少女のように頬を染めてサラは伯爵邸を目指した。
すっかり日が暮れたころ、サラはフラットに戻った。部屋で寛いでいると戸をノックする音がした。
「ピーちゃんはどうしたんだ?」
道端で摘んだらしい素朴な花を片手に、大家が怪訝そうな顔を覗かせた。
「それはピーちゃんにですか。きっと喜んで食べたでしょうけど、今はいませんわ」
「逃走したのかい?」
「いいえ、つがいができたのですわ」
肩を落とした大家が階下に降りるのを見送ってサラは首を傾げた。
(ここに本物の上流婦人がおりますのに、ピーちゃんの方が魅力的に見えるってことですわね。大家さんに惚れられたいと願ってはおりませんけど)
上階からかすかな物音が聞こえた。リカルドが戻っているようだ。
「あ、そうだ」
魚の代金を支払っていなかったことを思い出した。
「支払? いやあ、別によかったのに……」
リカルドは頭を掻いた。
「でも、持ち合わせがないものですから、代わりにダチョウの羽を束ねた羽ぼうきを差し上げますね。これ、お掃除にとっても役に立ちますのよ」
リカルドの顔はますます困惑に歪んだように見えた。
「どうも……ありがとうございます……」
「あんな遠くまで釣りにいかれるのね。川辺で会ったときは驚きましたわ」
「ええ、いろんなところで釣ってますよ。飽きっぽいもんですから」
「飽きっぽい性格のかたが釣りに向いているのかしら。あ、そういえば、いただいたお魚に不思議なことがあったんですよ」
「不思議なこと?」
サラは魚の腹からリリベリー伯爵夫人ノエルの指輪が見つかったことを話した。ノエルの家を訪れて、確認してもらったのだ。彼女は間違いなく自分のものだと断言した。しかも一か月ほど前に盗まれたものだという。
サラはポケットをさぐって驚いたふりをした。
「どうしましょう。持ち合わせがないわ。困ったわね」
すがるようにトールを見上げる。すると彼は馭者に駆け寄り、みずから名刺を渡した。貸馬車の料金は自分の法律事務所に請求するようにと告げる。
「助かりましたわ、さすがは紳士ですわね」
「ええ、まあ。それで、サラ夫人──」
「ガイに伝えてください。全力を尽くしてくださいと」
「え」
馭者に、リリベリー伯爵家に向かうように告げると、サラはするりと馬車に乗り込んだ。
「では、ごきげんよう」
苦々しい顔をしたトールを置きざりにして、馬足は軽快に前進した。トールの親切のおかげで、少し遠いリリベリー伯爵邸に寄ることが叶う。
(トールの誘惑に魅了されなかったのは、ノースの警告の効果かしら)
『55のばあさんなんか誰が相手にするもんか』
(それとも、もっと魅力的な人を見つけてしまったからかしら)
「うふふふ」
少女のように頬を染めてサラは伯爵邸を目指した。
すっかり日が暮れたころ、サラはフラットに戻った。部屋で寛いでいると戸をノックする音がした。
「ピーちゃんはどうしたんだ?」
道端で摘んだらしい素朴な花を片手に、大家が怪訝そうな顔を覗かせた。
「それはピーちゃんにですか。きっと喜んで食べたでしょうけど、今はいませんわ」
「逃走したのかい?」
「いいえ、つがいができたのですわ」
肩を落とした大家が階下に降りるのを見送ってサラは首を傾げた。
(ここに本物の上流婦人がおりますのに、ピーちゃんの方が魅力的に見えるってことですわね。大家さんに惚れられたいと願ってはおりませんけど)
上階からかすかな物音が聞こえた。リカルドが戻っているようだ。
「あ、そうだ」
魚の代金を支払っていなかったことを思い出した。
「支払? いやあ、別によかったのに……」
リカルドは頭を掻いた。
「でも、持ち合わせがないものですから、代わりにダチョウの羽を束ねた羽ぼうきを差し上げますね。これ、お掃除にとっても役に立ちますのよ」
リカルドの顔はますます困惑に歪んだように見えた。
「どうも……ありがとうございます……」
「あんな遠くまで釣りにいかれるのね。川辺で会ったときは驚きましたわ」
「ええ、いろんなところで釣ってますよ。飽きっぽいもんですから」
「飽きっぽい性格のかたが釣りに向いているのかしら。あ、そういえば、いただいたお魚に不思議なことがあったんですよ」
「不思議なこと?」
サラは魚の腹からリリベリー伯爵夫人ノエルの指輪が見つかったことを話した。ノエルの家を訪れて、確認してもらったのだ。彼女は間違いなく自分のものだと断言した。しかも一か月ほど前に盗まれたものだという。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
61
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる