公爵夫人(55歳)はタダでは死なない

あかいかかぽ

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「なにかあったのかしら」

「サラ夫人! ガイ! 誰か! 早く来て!」

 部屋に駆け戻った2人が見たものは──
 ひびの入った卵だった。

「ポールは孵化しないだろう、なんてのんきなことを言っていたけど。まあ、たいへん」

「なにかが生まれるようだ。ワニかな、亀かな」

「ワニは困りますわね。公爵領の川に放したらいいかしら」

 ガイはぎょっとした顔をしたが、それよりも、卵の内側からこつこつと叩く音が聞こえてくることにサラは注意をひかれた。

 やがて、掌くらいの穴があいた。中からぎょろりとした目が覗く。

「なにあれ、気持ち悪い!」

 アシュリーが飛びのいた。ダチョウは周囲に落ちた殻を食べている。
 ガイとサラは卵を囲むようにして誕生を待った。

「わくわくしますわね。何が出てくるかはわかりませんけれど」

「恐ろしい怪物かもしれないぞ。……だがわくわくするのは確かだな。望まれてはいなくても、生命の誕生には神秘を感じる」

「遠い世界からポールに背負われて過酷な旅を続けてきたのに、逞しいこと」

「生きようとする力が強かったんだろう」

「何が生まれてきても、可愛がれる気がしてきたわ」

「不思議だな。俺もだ」

 ガイとサラがしみじみと年寄めいた会話をしているうちに、卵の上部がぱかりと外れて落ちた。手を伸ばしかけたガイに、サラがもう少し待ちましょうと声をかけた。
 ヒョロヒョロヒョロロロロ。笛のような鳴き声とともに姿を現したものは、薄茶色の鳥だった。

「あら、まあ」

「ダチョウじゃないか」

「……ピーちゃんの幼いころに比べたら……少し大きいわね」

 ヒナは卵の殻を脱ぎすてて嘴をパクパクとさせて存在をアピールしている。

「それに……脚がしっかりしてるな。大きく成長しそうだ……ん、羽がないな」

「ダチョウなら羽は……ちょっとだけありますわね。でもこの子は」

 ダチョウのヒナよりも大きいけれど、よたよたとして少し頼りないうえに、羽の痕跡らしきものがなかった。

「博物誌で見たことがある」

 ガイは慎重に言葉を継いだ。

「絶滅した……ジャイアントモアとかいう、飛べない鳥……」

「あらまあ」

 モアはガイの手を嘴でつついた。ダチョウは割れた卵の欠片を食べ終わると、ふらりと外に向かった。

「え、おい、置いていくなよ」

「きっとお腹が空いたのね。ヒナの面倒はガイが見てくれると思ったのよ」

「こいつを連れて公園にでも行ってくる。すぐに戻る」

「水入らずでごゆっくりどうぞ」

 ガイは顔をしかめた。だが嫌がっているというよりも戸惑っているように見えた。

(わたくしにとってピーちゃんは子供のようなもの。ピーちゃんにとってガイはつがい。となると、わたくし……孫ができたのね)
(はっ。わたくしとしたことが、びっくりしすぎて孫を触っていなかったわ。どうしましょう。親子水入らずを邪魔するのも悪いし、でも追いかけたいし)
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