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藩貴妃の本音
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時間がかかったが一椀分の水を口移しで飲ませることができた。
賢明な方法ではないことは、小月は理解していた。接触することで伝染するかもしれないのだ。だが他に方法はない。
頬に血色が戻ってきた。小月が安堵したとき、貴妃は薄く目を開いた。
「藩貴妃! お気づきですか」
「誰……?」
ちょうど煎じ茶を運んできた南岩と傍らに並んだ小月を、貴妃はぼんやりと眺める。
「自分で飲めます? 私が体を支えますね」
やがて貴妃の焦点が小月の像を結ぶと、貴妃はか細い息を吐いた。
「……侍女はどこ?」
「今はいません。さあ、このお茶を飲んでください。南岩医師特製の滋養茶です」
「なんであなたが看病しているの?」貴妃は目を瞑ると「ああ、そうね、誰も死にたくない。仕方ないことだわ」と一筋の涙を流した。
「水分がもったいないので泣いちゃだめですよ。熱を下げないといけないんだから」
藩貴妃は口を開くのも億劫そうだ。小月の指示に、それでも素直に従って茶をゆっくりと飲み干した。小月は思わず南岩医師の顔を見る。南岩は「もう安心だ」と笑みを返した。
藩貴妃が小月の袖を掴んだ。「陛下の御申し出をお断りしたそうだけど……」
「今話すことですか、それ?」
「感謝はしないわよ。もともと貴女なんて……」
「山猿ですからね」
「馬鹿ね、貴女」
「知ってます。少し寝たほうがいいです」
寝かせるさいに、さりげなく額に触れた。まだ熱いものの、だいぶ下がっている。
「おかげで楽になってきたわ。少し話をしたいの」
「……話なら、私もしたいです」
藩貴妃は小月を見上げた。唇が小刻みに震え、掠れた声が押し出された。「先に謝るわ。貴女が毒を盛ったと言ったこと……」
小月は驚いた。藩貴妃が素直に謝ったことに。
「でも信じていたんでしょう?」
信じていたなら仕方ないことだ。悪意を持って貶めようとしたのなら、額をもう一度叩くけれど。
「陛下を独占していた貴女が憎かったのよ」
「秀……陛下を愛しているのですか?」
「愛?」藩貴妃は不思議そうな顔をした。「後宮に入ったからには陛下の寵をいただき、皇子を産まなければならない。それが義務よ」
「……さっき藩丞相にお会いしました。いつもあんな……いえ、その……」
他人の家族を非難がましく言う権利など小月にはない。だが子を産むことだけを娘に期待する藩丞相に小月は反発を抱いていた。死ぬなら子を産んでからにしろ、などと、暴言だとさえ感じていた。
「私と胡貴妃は次代の世継ぎを産む義務があるの。父は期待しているのよ、娘が皇太子を産むことを。期待に応えたい。そうでなきゃ生きてる意味は無いわ」
「そんな」
「藩家をより繁栄させて安定させるのが私の責務なの。そんな顔しないで。自分を認めてもらう唯一の機会なのよ。貴女はいいわね、何も背負ってないから気楽でしょ。それとも機会がある分、私のほうが幸福なのかしら」
自を認めてもらえる機会、肯定してもらえる機会。それが唯一皇帝の世継ぎを産むことだなんて、小月には想像が出来ない。
「藩丞相はよく貴妃に会いに来ると聞いていたけど……」
「毎回お説教よ。早く陛下を虜にしろと。陛下にも圧力をかけているはず。陛下だって嫌気がさしてしまうわ」
「家族仲が良いのかと思っていました」
「別に悪くないわよ。父を尊敬してるわ。胡貴妃のところは母親がよく訪ねてくるそうね。目的は閨閥の強化、同じよ」
小月は溜息を吐いて椅子の背もたれに寄りかかった。貴妃たちが背負っている責務の重さに圧倒されたのだ。藩貴妃を意地悪な女性だとしか認識していなかった自分を、小月は恥じた。
「ごめんなさい、私……」
「……病気のせいで少し気弱になってるのね、私は。侍女に見捨てられるなんて惨めね。そう思うでしょ」藩貴妃は自嘲気味に笑う。
「目が曇ってました。後宮の女性たちは苦労知らずで贅沢ばかりして一生遊んで暮らせるものなんだと思ってました。実家の盛衰を背負ってるなんて考えたことなかった」
「陛下は国家の盛衰という、もっと重いものを背負っている。後宮の女はまず第一義に陛下をお慰めするために存在しているの。父に言い返したいけど、それは無理。ふふ、おかしい、私まだ熱があるわ」
「藩貴妃……陛下を慕っておいでなんですね」
「……敬愛しているわ。いつか一度でいいから舞踊を見てもらいたい……」
小月は懐から四つに畳んだ紙を取り出した。胡貴妃が描いた秀英の似姿だ。
「お貸しします。これを見て元気になってください」
「まあそっくり」藩貴妃はしばらく眺めたあと、枕元にそっと置いた。「陛下に添い寝していただければすぐ回復しそう」
小月のほうが照れてしまうほど藩貴妃の仕草は可愛らしく見えた。
「少し疲れたわ……」藩貴妃がうとうとし始めた。
小月は南岩に視線を移した。老医師は椅子に座ったまま船を漕いでいる。
「寝てください」
「で、話したかったことって何……?」
賢明な方法ではないことは、小月は理解していた。接触することで伝染するかもしれないのだ。だが他に方法はない。
頬に血色が戻ってきた。小月が安堵したとき、貴妃は薄く目を開いた。
「藩貴妃! お気づきですか」
「誰……?」
ちょうど煎じ茶を運んできた南岩と傍らに並んだ小月を、貴妃はぼんやりと眺める。
「自分で飲めます? 私が体を支えますね」
やがて貴妃の焦点が小月の像を結ぶと、貴妃はか細い息を吐いた。
「……侍女はどこ?」
「今はいません。さあ、このお茶を飲んでください。南岩医師特製の滋養茶です」
「なんであなたが看病しているの?」貴妃は目を瞑ると「ああ、そうね、誰も死にたくない。仕方ないことだわ」と一筋の涙を流した。
「水分がもったいないので泣いちゃだめですよ。熱を下げないといけないんだから」
藩貴妃は口を開くのも億劫そうだ。小月の指示に、それでも素直に従って茶をゆっくりと飲み干した。小月は思わず南岩医師の顔を見る。南岩は「もう安心だ」と笑みを返した。
藩貴妃が小月の袖を掴んだ。「陛下の御申し出をお断りしたそうだけど……」
「今話すことですか、それ?」
「感謝はしないわよ。もともと貴女なんて……」
「山猿ですからね」
「馬鹿ね、貴女」
「知ってます。少し寝たほうがいいです」
寝かせるさいに、さりげなく額に触れた。まだ熱いものの、だいぶ下がっている。
「おかげで楽になってきたわ。少し話をしたいの」
「……話なら、私もしたいです」
藩貴妃は小月を見上げた。唇が小刻みに震え、掠れた声が押し出された。「先に謝るわ。貴女が毒を盛ったと言ったこと……」
小月は驚いた。藩貴妃が素直に謝ったことに。
「でも信じていたんでしょう?」
信じていたなら仕方ないことだ。悪意を持って貶めようとしたのなら、額をもう一度叩くけれど。
「陛下を独占していた貴女が憎かったのよ」
「秀……陛下を愛しているのですか?」
「愛?」藩貴妃は不思議そうな顔をした。「後宮に入ったからには陛下の寵をいただき、皇子を産まなければならない。それが義務よ」
「……さっき藩丞相にお会いしました。いつもあんな……いえ、その……」
他人の家族を非難がましく言う権利など小月にはない。だが子を産むことだけを娘に期待する藩丞相に小月は反発を抱いていた。死ぬなら子を産んでからにしろ、などと、暴言だとさえ感じていた。
「私と胡貴妃は次代の世継ぎを産む義務があるの。父は期待しているのよ、娘が皇太子を産むことを。期待に応えたい。そうでなきゃ生きてる意味は無いわ」
「そんな」
「藩家をより繁栄させて安定させるのが私の責務なの。そんな顔しないで。自分を認めてもらう唯一の機会なのよ。貴女はいいわね、何も背負ってないから気楽でしょ。それとも機会がある分、私のほうが幸福なのかしら」
自を認めてもらえる機会、肯定してもらえる機会。それが唯一皇帝の世継ぎを産むことだなんて、小月には想像が出来ない。
「藩丞相はよく貴妃に会いに来ると聞いていたけど……」
「毎回お説教よ。早く陛下を虜にしろと。陛下にも圧力をかけているはず。陛下だって嫌気がさしてしまうわ」
「家族仲が良いのかと思っていました」
「別に悪くないわよ。父を尊敬してるわ。胡貴妃のところは母親がよく訪ねてくるそうね。目的は閨閥の強化、同じよ」
小月は溜息を吐いて椅子の背もたれに寄りかかった。貴妃たちが背負っている責務の重さに圧倒されたのだ。藩貴妃を意地悪な女性だとしか認識していなかった自分を、小月は恥じた。
「ごめんなさい、私……」
「……病気のせいで少し気弱になってるのね、私は。侍女に見捨てられるなんて惨めね。そう思うでしょ」藩貴妃は自嘲気味に笑う。
「目が曇ってました。後宮の女性たちは苦労知らずで贅沢ばかりして一生遊んで暮らせるものなんだと思ってました。実家の盛衰を背負ってるなんて考えたことなかった」
「陛下は国家の盛衰という、もっと重いものを背負っている。後宮の女はまず第一義に陛下をお慰めするために存在しているの。父に言い返したいけど、それは無理。ふふ、おかしい、私まだ熱があるわ」
「藩貴妃……陛下を慕っておいでなんですね」
「……敬愛しているわ。いつか一度でいいから舞踊を見てもらいたい……」
小月は懐から四つに畳んだ紙を取り出した。胡貴妃が描いた秀英の似姿だ。
「お貸しします。これを見て元気になってください」
「まあそっくり」藩貴妃はしばらく眺めたあと、枕元にそっと置いた。「陛下に添い寝していただければすぐ回復しそう」
小月のほうが照れてしまうほど藩貴妃の仕草は可愛らしく見えた。
「少し疲れたわ……」藩貴妃がうとうとし始めた。
小月は南岩に視線を移した。老医師は椅子に座ったまま船を漕いでいる。
「寝てください」
「で、話したかったことって何……?」
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