江戸のアントワネット

あかいかかぽ

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十五、 いたずらねずみ

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 お照は目をぱちくりさせながらたずね返した。

 女将によると教育係と護衛を将軍に頼んだが、ろくな人材を寄こさないのだという。
 求める質が高すぎるのではないだろうか。わたしなんかが務まるとは思えない。

「あの、わたしは剣術とかいっさい……」

「シャルルについてまわるだけでよいのです。とにかく活発な子で、走って追いかけるのはすでに若くないわたくしには一苦労です。しばらくは外出禁止にしましたから、そのあいだにあの子の心をつかんでちょうだい。お照さんの言うことに従うようになってくれれば安心です」

 お照はなるほどとうなずいた。
 外出禁止は意図があってのことだったのだ。

「これまでに命を狙われる……ということは……?」

「いいえ、ありませんでした。だからといって、これからもないとは言い切れません。ですがそれよりも遊んでいて井戸やお歯黒どぶに落ちたり、オナゴにうつつを抜かしたり、武士にインネンをつけられたりするほうが怖いのです。あの子の心の姉になってほしいのです」

 眉を寄せた女将は腕白っ子に手を焼く母親そのものだ。

 お照はこぶしで胸を叩いた。
 裏長屋育ちのお照はこどもの世話は苦にならない。

「まかせてください」

「しかと頼みますよ。わたくしとシャルルはいつかはこの国から出て行くのです。それまでしっかり仕えてくださいね、お照さん。シャルルの大いなるゼントのために」

 シャルルの大いなる前途。
 シャルルに限らず、こどもはみんな大いなる前途がある。女将のように締めつけてばかりでは、女将みずからシャルルの前途を潰してしまうのではないかと不安に思っていたのだ、などとは口にできないが。
 お照は二人のために役に立とうと誓った。

 かつん、と音がした。玄関のほうからだ。
 女将ははっと背を伸ばした。

「わたしが見てきます。女将さんはここにいてください」

 隣家の浮気亭主が戻ってきたのかもしれない。だが油断は禁物だ。

 覗き見ると、土間にギヤマンの瓶が落ちていた。

 これが落ちた音か。お照はほっと息を吐いた。
 棚に戻しておこうと手を伸ばすと、近くでチュウと鳴いた。ねずみだ。お照と目が合う。ねずみは草をくわえて、じっとこちらを見ていた。

「まあ、いたずらなねずみね。しっしっ」

 ねずみは草を落とすと、壁をよじ登って天窓から出て行った。

「なにをかじっていたんだろう」

 摘まんで顔に近づけてみる。特徴的な葉の形と独特の香り。

「よもぎ」

 春はよもぎの季節である。

「それはよもぎというものなのですか。珍しいものですか」

 暗い廊下の陰の中から女将が声をかけた。

「いいえ、日当たりのいい場所にはたくさん生えてます。吉原に続く日本堤でもきっと採れますよ」

「そう……」

「よもぎを使った草餅はとっても美味しいですよ」

「そう」

 女将は興味なさげに、すいと踵を返した。

「もう寝なさい、お照さん。明日は忙しいわ。オニが来るのですもの」

「え……?」

 鬼が来る……?

 聞き違いかと思ったが、振り返ったときには女将はすでに二階に引き上げていた。
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