江戸のアントワネット

あかいかかぽ

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五十六、 あらためて、金の算段

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「半兵衛さん!?」

 半兵衛はわかっているという顔でお照にうなずいた。

「この姐さんはおれが頼んでいたサクラだ。だから元金の二十両を返してやってくれ」

 お照と女将は顔を見合わせた。二百両あれば俄芝居の足しになったろうに。
 結句けっく、元手は増えもせず減りもせず。

「半兵衛さんたら、融通が利かないんだから」

「吉原に帰るぞ」

「あら、せっかく出てきましたのに、もう戻らないといけませんの? ちょっとお芝居でも観てからにしましょうよ」

 俄の筋立ての示唆を得ることができるかもしれないしと、女将はもっともらしいことを言う。

「俄をやるには金がかかるだろう。そっちの目処は立ったのか」

 まさにいまさっき目処が立ったところだったのに、とお照は半兵衛をにらんだ。
 ほかで算段するしかない。また振り出しに戻った。ふと半兵衛の帯に挟んである重そうなものが目に入った。

「古道具屋で、その役立たずの鉄砲を売ってはどうでしょうか」

「あらいい考えね。うちにある大きな刀と小さな刀もいっそのこと売ってしまおうかしら。まとめていくらぐらいになるか、半兵衛さん、おわかりになる?」

 半兵衛は蒼白な顔になった。

「恐れ多くも、公方さまからの御下賜の品ですぞ」

「半兵衛さんが買い取ってくださってもよろしいのよ。しめて五百両でいかが」

「……しがない貧乏同心に無茶を言わないでくれ」

「ではひそかに買い取ってくださりそうな藩主をご紹介いただけませんか」

 藩主が駄目なら豪商だっていい。鉄砲はお飾りだが、大小のしつらえには葵の御紋があり、見栄えだっていい。

「下賜品どころか模造品のかたりと疑われるのがオチだ。女将と公方さまの関係を知らなけりゃ、下賜品だなんて信じようがないだろう」

 たしかにそのとおりだ。来歴らいれきが物の価値を数倍に押し上げる。信じてもらえなければ損だ。

「あ、そうだ。阿波藩のあの人……」

「ほらほら、歩けって」

 半兵衛に背を押されて表通りに押し出されながら、お照はいいことを思い出した。

「阿波藩の上屋敷ってどこらへんなんですか」

「阿波藩蜂須賀家はたしか南町奉行所の隣だったな。……お照、なんでそんなに目を輝かせているのだ。さては、よからぬことを企んでいるな」

「よからぬことだなんて。女将さんのためですよ」

 女将と将軍の関係を知っている斉藤十郎兵衛に頼めば、藩主に繋がる蜘蛛の糸になってくれるかもしれない。


 八丁堀地蔵橋近くの阿波藩蜂須賀家拝領屋敷はいりょうやしき
 斉藤十郎兵衛を呼び出してもらいたいと半兵衛が告げると、中間ちゅうげんは神妙な顔になった。ちなみに半兵衛は奉行所で着替えを済ませ、いつもの同心のなりに戻っている。

「斉藤殿がなんぞやらかしたわけではあるまいな」

「そういったことではない、安心せよ。共通の知人がおってな」

 中間はなにやら帳面を繰ったあと、

「さきほど出かけられた。残念であったな」

 どこかほっとした顔で半兵衛を門前から追い返した。
 すれ違いはしかたないが、中間のなにかに怯えたようなようすが気になった。

「なにか隠しているのでしょうか」

「これは小耳に挟んだことだが」半兵衛はもったいぶったようすで口を開いた。「藩主の蜂須賀治昭はちすかはるあきどのは厳格な藩主との噂である。思うに、隣の奉行所から良い気風が吹いているから、感化されておるのであろう」

 だからあのようにびくびくとしているのか。

 藩主は参勤交代で江戸と阿波を行ったり来たりしているはずだ。びくびくしている中間の言動から見て、藩主はいま江戸にいるのだ。
 絶好の機会。
 だが斉藤どのが紹介してくれるかわからない。いくら斉藤どのが紹介してくれたとしても、どこの馬の骨かわからぬものから下賜品を買い取ってくださるだろうか。

「阿波藩は比較的裕福なほうではあるが、公儀に逆らわず、質素倹約に努めておるからな。五百両もの金子を右から左に、というわけにもいかないだろう。かといって下賜品を安く買い叩くなどできないだろうし」

 半兵衛の見立てももっともだとお照は思った。
 ではどうやって賄うか、無い頭を絞ってでも考えを廻らせなければ。

「お照さん」

 女将が手招きする。
 近寄ると半兵衛には聞こえないようなささやきをこぼす。

「わたくし、いいことを思いつきましたのよ」

 とたんに嫌な予感が背筋をさかのぼった。
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