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2.異世界転移は既視感の塊

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 どれくらいの間そうしていたのか、瞼の裏で感じていた激しい光は落ち着き、次第に聞こえてくるザワザワとした話し声が気になって、ゆっくり目を開いていく。

 まず最初に確認したのは、腕の中の大切な存在。
 ……よかった、ちゃんといる。
 ギュッと抱きしめてた感触はそのままだったけど、この目で確かめるまでは安心できなかったから。
 愛ちゃんも私の顔を見ると安心したようで、服を握りしめていた手から少しだけ力が抜けた。
 大丈夫、私がついてるよという気持ちを込めて彼女の頭を撫でながら、周りを見渡す。

 大勢の人が、座り込む私たちから数メートル距離を置いて取り囲んでいる。
 取り押さえられそうな物々しい空気はないので、そのまま観察を続けていく。
 ざっと見た感じ、鎧を着た人、ローブを着た人、中世のヨーロッパ貴族のような服を着た人など様々。
 『人とは言い切れない者』も中にはいたが、とりあえず置いておこう。

 今いる場所はかなり広い……見上げた天井には豪華なシャンデリアがいくつも吊るされていて、奥まで続くツヤツヤな床にはきれいな模様が描かれている。

 あぁ、なるほど。もしかして……これは。
 私の中ではもう答えは出たも同然だったり。

 普通に考えればわけのわからない状況であるはずなのに、むしろここにいる誰よりも一番落ち着いているだろう頭で、周りの声を聞きながら様子を見守った。


「本当に現れたぞ……!」

「女性だ……間違いない、愛し子様だ!」

「子どもがいるようだが……?」

「我らが神は成し遂げられたのだ!」

「――皆の者、静まれ」


 興奮したように叫ぶ人々を眺めていると、ひと際よく通る声がひとつ、奥のほうから聞こえてきた。
 あれほど騒めき立っていた部屋から音が消え、人垣が割れていく。
 見通しがよくなった先からひとり、いかにもロイヤルな装いの、深緑の髪に金の瞳が美しい初老の男性が歩いてきて、私たちの前で止まると、その場に片膝をついた。


「ようこそおいでくださいました、愛し子様。民を代表し、マグナレピス国王――ヴィクトル・マグナレピスがご挨拶申し上げます」

「……えっと……愛し子様って……」

「マグナレピスの守護神であられるオウリュウ様に選ばれし渡り人を、そう呼んでおります」


 守護神、渡り人、愛し子様……もう確定でしょ、これ。
 誰がなんて言ったって『異世界転移』ですよね?

 うわぁうわぁうわぁ、マジか……。
 子どもの頃から漫画もラノベも嗜んできた自称浅めのオタクだから、こういう感じで始まる異世界物の話はよぉく知ってるけど、まさかそんな自分がなんて……って、その思考がまさしく物語で何度も見た展開なのよね。
 あまりにも既視感がすごいから、思わず「あ、言葉が通じるタイプの異世界だ、よかったー」とか安心しちゃうくらい心に余裕がある。


「詳しいお話をさせていただきたく……応接室へご案内いたしますので、ご移動願えますでしょうか」

「あ、はい。……愛ちゃん、立てる?」

「うん……」


 この人、王様なのに腰低いなぁ……なんて思いながら、愛ちゃんとふたり立ち上がる。
 愛し子が王族よりも偉いパターンかしら……まぁ、説明してくれるって言うし、今はついて行くしかない。

 大勢の人に見送られながら、愛ちゃんと手をつないで広間を出る。
 王様と一緒に応接室へと向かっているのは、私たち以外には護衛の騎士たちと神官っぽい人、ほかにも数人。
 これからの説明に関係ある人たちだろうか。


「こちらになります」


 示された部屋の前には別の騎士が立っていた。
 少し言葉を交わした王様が一瞬目を見開いたが、すぐ何もなかったように戻ると、そこにいた騎士が扉をノックして声をかける。


「国王陛下がお見えになりました」

「どうぞ、お入りになって」


 中から女性の声が返ってくるとすぐに扉が開かれ、護衛の騎士に続いて入室していく王様の後ろについて、私たちも入っていった。


「まぁまぁ、ようこそおいでくださいました、愛し子様。わたくし、この国の王妃を務めておりますフェリシア・マグナレピスと申します。お見知りおきくださいませ」


 煌びやかな内装よりも輝いて見える、銀糸のような髪にアイスグリーンの瞳をした妖精……と思ってしまうくらい美しい女性が、見事なカーテシーを披露する。


「めぐちゃん、みてみて! ようせいのおひめさまだ! きれいだねぇ」

「あらまぁ、ふふふ。ありがとうございます」


 私と同じく、絵本大好き愛ちゃんが、物語に出てきたのだろう妖精のようだと大興奮である。
 いや、でも本当にきれいな人だ。
 ハッと息を呑むほどの美人ってこういうことなんだなぁ。


「どうぞお座りくださいませ。すぐにお茶とお菓子も用意させますわ」


 王妃様の言葉に、控えていた侍女たちが部屋を出る。
 勧められるままにソファーへ座ると、やれやれといった様子で王様が話し始めた。


「すっかり王妃が仕切っているな。それにしても、ここにいるとは聞いていなかったぞ?」

「あら、男性ばかりの空間では愛し子様も落ち着けませんでしょう?」


 たしかに。
 同じ女性がひとりでもいてくれるほうが落ち着くが……王妃様のあまりの美しさに、また別の緊張というか、ソワソワしちゃう。


「君の行動力というか……助けられてはいるが…………事前に知らせてくれ、はぁ」

「ふふふ」


 尻に敷かれて、まではいかないかもしれないが……王妃様のほうが強そう。
 でも、仕方ないなって言ってる王様が、王妃様に向ける瞳はすごく愛情たっぷりって感じで。

 …………羨ましいな。

 ふたりから覗える愛情と信頼が、私が思い描いていたはずの夫婦の形そのもので。
 私には得られなかった……いや、一度は手にしたはずなのに、いつのまにか失っていたもの。
 仲睦まじいふたりの姿に、私はただ静かに、憧れと羨望の眼差しで見つめることしかできなかった。


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