殺されるのは御免なので、逃げました

まめきち

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誤解

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その日、リディアーヌは珍しく体調を崩していた。
朝から身体が重く、立ち上がる気力もない。

侍女が薬と食事を置いていったが、ほとんど手をつけられずにいる。

夕方――
扉が開き、シアンが部屋へ入ってきた。

「……顔色が悪いな」

低い声が近づき、額に触れた手の温度にリディアーヌは息を呑む。
思っていたよりもずっと優しい手だった。

「熱がある」
「大丈夫よ……少し休めば……」

言い終わる前に、シアンは侍女を呼び、医師を手配し、水を持ってきた。

「無理をするな」

短い言葉。
けれどそこには命令ではなく、純粋な心配があった。

ベッドに横になると、シアンは椅子を引き寄せ、黙ってそばに座る。

「……シアン?」
「ここにいる」

ただそれだけ。

なのに胸の奥がじんわりと温かくなる。

(どうして……こんなに安心するの……)

自由を奪った人なのに。
怖いはずなのに。

それでも――

「……ありがとう」

小さく呟くと、シアンの表情がわずかに揺れた。

「礼を言われることはしていない」
「違うわ……」

リディアーヌはゆっくり視線を向ける。

「あなたは……いつも私を見ていてくれる」

沈黙が落ちる。

やがてシアンが低く言った。

「当たり前だ。お前は……俺にとって特別だからだ」

胸が強く跳ねた。

支配でも命令でもない。
ただ真っ直ぐな感情。

思わず手を伸ばす。
シアンの手に触れた。

彼の身体が一瞬固まる。

だが、振り払われることはなかった。

「……怖いの」
「何がだ」

リディアーヌは唇を噛む。

言ってはいけない。
思ってはいけない。

それなのに――

「あなたに……惹かれていく自分が……怖いの……」

震える声だった。

シアンはゆっくり彼女の手を握り返す。

「怖がらなくていい。俺も同じだ」

その瞬間――

胸の奥に、鋭い痛みが走った。

メリアーヌ。

可愛い妹。
いつも自分を慕ってくれた存在。

(だめ……)

頭の中に浮かぶのは、あの日の光景。

妹が涙を浮かべながら言った言葉。

――お姉様、私……シアン様の子を……

心臓が締め付けられる。

リディアーヌは反射的に手を引こうとした。

だがシアンは離さなかった。

「……どうした」

低い声。
気づかれてしまう。

罪悪感が胸を満たす。

(私は……妹のものを奪おうとしてる……?)

こんな気持ちを抱く資格なんてない。

「……だめよ……」

かすれた声が漏れる。

「私は……あなたに惹かれてはいけないの……」

シアンの眉がわずかに寄る。

「理由を聞こう」

逃げ場はない。

リディアーヌは目を伏せ、震える声で言った。

「……メリアーヌが……あなたの子を……」

言葉の途中で声が崩れた。

「だから私は……」

続けられない。

すると次の瞬間、シアンの手に力がこもった。

「……誰がそんなことを言った」

低い声だった。
だがその奥に、はっきりとした怒りが滲んでいた。

リディアーヌは驚いて顔を上げる。

「違う」

即座に否定された。

「俺は一度もそんなことはしていない」

空気が止まる。

理解が追いつかない。

「……え……?」

シアンは真っ直ぐ彼女を見ていた。

「お前が思っていることは全部、誤解だ」

胸の奥が大きく揺れる。

罪悪感で縛られていた鎖が、音を立てて軋んだ。

「だから――」

シアンはゆっくりと言う。

「お前が自分を止める必要はない」

その言葉に、リディアーヌの瞳から涙が零れた。

孤独の中で芽生えた感情。
罪だと思っていた想い。

それがもし許されるのなら――

二人の距離は、もう後戻りできないほど近づいていた。
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