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第3話:はじまりの復讐
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佐倉凛花は、最初に目を開けた。瞼の裏に残る夕陽の残像が、すぐに消える。
代わりに広がるのは、いつもの教室――のはずだった。
だが、何かが違う。
窓の外は真っ黒で、星一つ存在しない。
机の並びは歪み、床が波打つように捩じれている。
黒板には何も書かれていないのに、チョークの粉が勝手に舞い上がり、ゆっくりと渦を巻く。
空気は重く、甘く、鉄の匂いが混じる。
「……は?」
凛花はベッドから起きるつもりで、身体を起こした。
だが、そこはベッドではなく、自分の机の上だった。
制服のスカートが乱れ、膝が机の角に当たる。
隣を見ると、藤堂美月が机に突っ伏したまま。
さらに奥、黒崎愛華が床に座り込んで、長い黒髪を乱したまま呆然と周囲を見回していた。
「凛花……ここ、どこ……?」
愛華の声が、震えている。いつも優しげな微笑みが、完全に剥がれ落ちていた。
美月がゆっくりと顔を上げる。眼鏡を直し、無表情のまま周囲を観察する。
「……夢?」
「夢なら、こんなにリアルに痛いわけないでしょ」
凛花は自分の腕を強く抓った。爪が食い込み、赤い痕が残る。
――痛い。本物だ。
三人は同時に立ち上がろうとした。だが、足元が不安定で、床がまるで生き物のように蠢く。
机の脚が、ゆっくりと伸びては縮み、まるで呼吸しているようだ。
「何これ……マジでキモいんだけど」
凛花が吐き捨てる。声が、教室の壁に反響して、歪んだエコーになる。
その時――
教室の扉が、音もなく開いた。
いや、開いたというより、空間が裂けた。
黒い霧が溢れ出し、ゆっくりと人型を成す。
現れたのは、天崎零だった。
――いや、零の面影を残した、何か別の存在。
長い黒髪は腰まで伸び、漆黒に輝きながら、まるで生きているように揺れている。
瞳は赤く燃え、長い睫毛が影を落とす。
肌は不自然に白く、透ける血管が青く浮かぶ。
黒いドレス風の神官服は、ところどころが裂け、血のような赤い染みが滲んでいる。
肩から胸元にかけての布地は薄く、鎖骨のラインを露わにし、腰のくびれを強調するように締められている。
指先からは、黒い霧が細く漏れ、床に落ちては消える。
零は、ゆっくりと教室の中央へ歩み出た。足音はしない。
ただ、存在するだけで、空気が冷たくなる。
三人は息を呑んだ。
「天崎……?」
愛華が、掠れた声で呟く。
零は、静かに微笑んだ。
冷たく、優雅に。
かつての内気な少女の面影は、確かにそこにあった。
だが、今の零は、まるで別人だ。
いや、人ですらない。
「ようやく、揃いましたね」
声は低く、響く。
教室全体が、その声に震える。
「佐倉凛花。藤堂美月。黒崎愛華」
零は、一人ひとりの名前を、ゆっくりと呼んだ。
まるで、判決を読み上げるように。
「あなたたちが、私に与えた痛み。無視、暴行、屈辱。髪を抜かれ、額を擦りつけられ、血を流し、吐き、泣かされた日々。全て、覚えています」
零の赤い瞳が、三人を順番に捉える。
「今から貴女達に、同じものを返します」
凛花の喉が、ゴクリと鳴った。
いつも高飛車に笑っていた顔が、初めて引きつる。
「は……何言ってんの? ふざけんなよ天崎、お前なんか――」
言葉は途中で途切れた。零が、一歩踏み出した。
その瞬間、教室の空気が重く圧迫される。
三人の身体が、勝手に震え始めた。
「まずは――佐倉凛花」
零の声が、甘く絡みつく。
凛花の足が、動いた。
自分の意思ではない。
膝が震え、身体が前へ傾く。
まるで、糸に操られる人形のように。
「や……やめろ……!」
凛花は叫んだ。
だが、足は止まらない。
ゆっくりと、零の元へ。
一歩、一歩。
スカートが揺れ、金髪が乱れる。
愛華と美月は、動けない。
ただ、見ていることしかできない。
凛花の瞳に、恐怖が広がる。
自分の足が、零のすぐ近くまで進む。
零の白い指が、ゆっくりと伸び、凛花の顎に触れる。
冷たい。
そして、熱い。
零は、静かに囁いた。
「さあ……始めましょうか」
凛花の唇が、震えた。
叫びたいのに、声が出ない。
ただ、零の赤い瞳に、吸い込まれるように――
凛花の唇が、震えながら開いた。
零の冷たい指が顎を離れ、代わりに金髪の先をそっと摘まむ。
その感触だけで、凛花の全身が硬直した。
「……待って、天崎……違うよ、これ……」
凛花の声は、いつもより高く、掠れている。
高飛車な女王様の仮面が、ひび割れ始めていた。
「悪ふざけだったの……! ほんと、ただの冗談だったんだよ……! 怒るほどのことじゃないって……ね?」
言葉が、必死に零の耳へ届こうとする。
凛花の瞳に、涙がじわりと滲む。
いつも零に向けていた嘲笑の視線が、今はただの怯えに変わっていた。
「謝るから……! ごめん、ごめんね、天崎……! もうしないから……許して……」
声が途切れ途切れになる。
愛華と美月は、動けないまま、ただ息を殺して見つめている。
教室の空気が、ますます重く歪む。
零は、静かに首を傾げた。
赤い瞳が、ゆっくりと細くなる。
「……悪ふざけ、ですか」
零の声は、穏やかだ。
しかし、その穏やかさが、かえって恐ろしい。
「毎日、私の腕を抓んで、髪を抜いて、顔を踏んで、『消えちゃえば?』と笑っていたのも……全部、悪ふざけだったんですね」
零の指が、凛花の金髪をゆっくりと巻き取る。
一本、また一本。
まるで、糸を紡ぐように。
「では……私も、悪ふざけで返しましょう」
零の唇に、冷たい微笑みが浮かぶ。
次の瞬間――
零の指が、凛花の髪を強く握り締めた。
「――あっ!」
凛花の悲鳴が、短く上がる。
零は容赦なく、髪を掴んだまま、凛花の身体を地面へ引き倒した。
金髪が乱暴に引っ張られ、頭皮が引きつる。
凛花は反射的に手を伸ばすが、零の力は人間のものではない。
抵抗など、意味がない。
「ほら……土下座、ですよ」
零の声は、優しく囁く。
かつて凛花が零に言った言葉を、そのまま返す。
零は凛花の頭を、髪を掴んだまま、床へ押しつけた。
額が、ねじれたコンクリートに触れる。
「もっと、強く」
零の指に力がこもる。
凛花の頭を、額ごと床へ擦りつける。
ゴリゴリ、という乾いた音が響く。
皮膚が削れ、すぐに血が滲む。
「や……やめて……! 痛い……!」
凛花の声が、泣き声に変わる。
だが、零は止まらない。
さらに強く、頭を押し込む。
「貴女が、私に言った言葉を思い出してください。『もっとちゃんとしないと意味ないじゃん。額、ちゃんと床に擦りつけて』……でしたよね?」
零の声は、淡々としている。
まるで、授業を教える先生のように。
擦る速度が、徐々に上がる。
凛花の額の皮膚が剥がれ、鮮血が床に広がる。
骨が、きしむ音が聞こえる。
頭蓋骨に、細かなひびが入り始めた。
「――あぁっ! やめてぇ……! 頭が……!」
凛花の叫びが、教室に反響する。
金髪は血でべっとりと濡れ、顔が歪む。
プライドの高い表情が、完全に崩壊していた。
零は、ゆっくりと髪を離した。
凛花の頭が、力なく床に落ちる。
額は血だまりに沈み、ひび割れた骨の感触が、彼女自身にも伝わっていた。
零は、静かに立ち上がる。
赤い瞳が、ゆっくりと愛華と美月の方へ移る。
「次は……どちらにしましょうか」
零の声が、甘く響く。
教室の歪んだ空間に、三人の震える息遣いだけが残った。
凛花の額が床に落ち、血だまりに沈んだ瞬間、彼女の身体がわずかに動いた。
起き上がろうとする。
震える腕が、床を這い、膝を立てようとする。
金髪は血でべっとりと固まり、プライドの高い顔は泥と血にまみれ、絶望に歪んでいる。
零は、静かに見下ろした。
赤い瞳に、冷たい光が宿る。
「まだ、動けるんですね」
零の声は、穏やかだ。
そして、右足をゆっくりと持ち上げた。
黒いドレスの裾が揺れ、足の先が凛花の後頭部に影を落とす。
「――待って……!」
凛花の掠れた声が、床に響く。
だが、遅い。
零の足が、軽く――零自身はそう思って――凛花の頭を踏みつけた。
バキン、という乾いた音。
頭蓋骨のひびが、さらに広がる。
凛花の顔が、床に押し潰されるように沈む。
鼻骨が砕け、口内の歯が折れる。
鼻と口から、赤黒い血があふれ出した。
泡立ち、床に広がる。
凛花の身体が、ビクビクと痙攣する。
「ぐ……あ……!」
言葉にならない呻き。
血が喉に詰まり、咳き込む。
零は足を離さず、軽く体重を乗せる。
人間離れした力で、頭がさらに圧迫される。
骨のきしむ音が、連続して響く。
「あなたが、私の顔を踏んだ時も、こんな感じでしたか?」
零の声は、淡々としている。
足を離すと、凛花の頭が力なく転がった。
顔は血まみれで、鼻は潰れ、唇が裂けている。
息が荒く、血泡を吹く。
だが、零は止まらない。
次に、凛花の髪を掴み直した。
金髪を、一握り。
ゆっくりと引き抜く。
一本、二本……十本。
頭皮が剥がれる音がする。
「髪を抜かれた痛みも、覚えていますよね」
凛花の瞳が、恐怖で揺れる。
「や……め……て……」
声は血にまみれ、弱々しい。
零は無視して、髪を抜き続ける。
抜くたびに、凛花の身体がビクッと跳ねる。
かつて美月が零にしたように、じわじわと。
頭皮から血がにじみ、額の傷と混ざる。
次に、零は凛花の腹部へ視線を落とした。
足を振り上げ、軽く蹴る。
――零は軽いつもりだった。
だが、神格の力で、それは人間の蹴りではない。
鈍い衝撃音。
凛花の腹がへこみ、内臓が圧迫される。
胃液と血が、口から逆流して噴き出す。
「吐かされたのも、こんな感じでした」
凛花は咳き込み、床に転がる。
腹を抱え、息ができない。
零はさらに、凛花の首筋を指でなぞる。
かつて凛花が零にしたように。
爪が皮膚を裂き、血の線が浮かぶ。
そして、手を回して首を締め上げる。
「息ができないのも、覚えていますか?」
凛花の顔が、紫色に変わる。
目が血走り、手が零の腕を掻く。
だが、無駄だ。
零の力は、鉄のように固い。
締め付けを緩めると、凛花は大きく息を吸い、咳き込んだ。
血と唾液が混ざり、床を汚す。
零は凛花を仰向けに転がし、背中を踏みつけた。
また、軽いつもりで。
バキバキ、という音。
肋骨が折れ、鋭い骨片が肺に刺さる。
凛花の胸から、血があふれ出す。
息がゼロゼロと鳴り、肺が潰れる痛みが全身を走る。
「い……た……い……! やめて……! お願い……! 殺さないで……!」
凛花の声は、命乞いになった。
プライドなど、どこにもない。
ただの、怯えた少女の泣き声。
涙が血と混ざり、頰を伝う。
零は無表情のまま、足を腰へ移した。
軽く、踏みつける。
――零は軽いつもりだった。
だが、力は人間離れしている。
ゴキン、という音。
腰の骨が折れ、脊椎がずれる。
凛花の下半身が、感覚を失う。
激痛が、脳を焼く。
「あぁぁっ……! 動け……ない……! 助けて……!」
凛花の叫びが、教室に響く。
零は足を離し、静かに見下ろした。
凛花の身体は、血だまりの中で震え、プライドの欠片も残っていない。
金髪は血で固まり、派手な顔は絶望に歪む。
零の赤い瞳が、ゆっくりと愛華と美月へ移る。
復讐は、まだ始まったばかりだ。
凛花の叫びが、徐々に途切れ途切れになっていった。
腰の骨が折れた衝撃で、下半身は完全に感覚を失っていた。
肋骨の破片が肺を突き刺し、息をするたびに血が気管を逆流する。
コポコポという湿った音が、彼女の喉から漏れ続ける。
鼻と口から溢れ出た赤黒い血が、床に広がり、ゆっくりと彼女の金髪を飲み込んでいく。
瞳は虚ろに開いたまま、焦点を失っていた。
指先が、わずかに痙攣する。
それが、最後の抵抗だった。
零は、静かに足を離した。
凛花の身体は、床に沈むように崩れ落ちた。
血だまりが広がり、彼女の制服を赤く染め上げる。
息が、浅く、浅く……そして、止まった。
教室に、静寂が訪れる。
凛花の瞳から、光が消えていた。
失血と、肺の破壊。
人間の身体は、こんなにも簡単に壊れる。
零は、ゆっくりと視線を落とした。
血にまみれた金髪。
かつて高飛車に笑っていた顔は、今はただの肉塊のように無様だ。
鼻は潰れ、唇は裂け、額の皮膚は剥がれ、骨のひびが透けて見える。
プライドの高い女王様は、もういない。
零の赤い瞳に、わずかな揺らぎが走った。
「……壊れてしまった」
声は、低く、独り言のように響く。
零は、ゆっくりとしゃがみ込み、凛花の血まみれの頰に指を伸ばした。
冷たくなっていく肌。
まだ柔らかい。
だが、もう反応はない。
零は、静かに息を吐いた。
まるで、壊してしまったおもちゃを眺めるように。
(……こんなに、脆かったのか)
胸の奥で、何かが疼く。
復讐の喜びは、確かにあった。
あいつらが自分にしたことを、倍にして返せた。
だが――
これでは、すぐに終わってしまう。
痛みを、じわじわと味わわせるはずだった。
絶望を、ゆっくりと刻み込むはずだった。
なのに、一瞬で壊れてしまった。
零の指が、凛花の髪をそっと撫でる。
血で固まった金髪が、指に絡まる。
「……次は、簡単に壊れないようにしよう」
零は、静かに呟いた。
決意のこもった声。
赤い瞳が、再び鋭く光る。
「もっと、丁寧に。もっと、ゆっくりと。壊れる寸前で、留めておく。そして、また壊す。何度も、何度も」
零は立ち上がった。
黒いドレスの裾が、血だまりに触れて赤く染まる。
視線を、愛華と美月へ移す。
二人は、震えながら床にへたり込み、互いに寄り添うように身体を縮めていた。
零の唇に、冷たい微笑みが戻る。
「次は、貴女達です」
教室の歪んだ空間に、零の声が響き渡った。
復讐は、まだ、始まったばかりだった。
代わりに広がるのは、いつもの教室――のはずだった。
だが、何かが違う。
窓の外は真っ黒で、星一つ存在しない。
机の並びは歪み、床が波打つように捩じれている。
黒板には何も書かれていないのに、チョークの粉が勝手に舞い上がり、ゆっくりと渦を巻く。
空気は重く、甘く、鉄の匂いが混じる。
「……は?」
凛花はベッドから起きるつもりで、身体を起こした。
だが、そこはベッドではなく、自分の机の上だった。
制服のスカートが乱れ、膝が机の角に当たる。
隣を見ると、藤堂美月が机に突っ伏したまま。
さらに奥、黒崎愛華が床に座り込んで、長い黒髪を乱したまま呆然と周囲を見回していた。
「凛花……ここ、どこ……?」
愛華の声が、震えている。いつも優しげな微笑みが、完全に剥がれ落ちていた。
美月がゆっくりと顔を上げる。眼鏡を直し、無表情のまま周囲を観察する。
「……夢?」
「夢なら、こんなにリアルに痛いわけないでしょ」
凛花は自分の腕を強く抓った。爪が食い込み、赤い痕が残る。
――痛い。本物だ。
三人は同時に立ち上がろうとした。だが、足元が不安定で、床がまるで生き物のように蠢く。
机の脚が、ゆっくりと伸びては縮み、まるで呼吸しているようだ。
「何これ……マジでキモいんだけど」
凛花が吐き捨てる。声が、教室の壁に反響して、歪んだエコーになる。
その時――
教室の扉が、音もなく開いた。
いや、開いたというより、空間が裂けた。
黒い霧が溢れ出し、ゆっくりと人型を成す。
現れたのは、天崎零だった。
――いや、零の面影を残した、何か別の存在。
長い黒髪は腰まで伸び、漆黒に輝きながら、まるで生きているように揺れている。
瞳は赤く燃え、長い睫毛が影を落とす。
肌は不自然に白く、透ける血管が青く浮かぶ。
黒いドレス風の神官服は、ところどころが裂け、血のような赤い染みが滲んでいる。
肩から胸元にかけての布地は薄く、鎖骨のラインを露わにし、腰のくびれを強調するように締められている。
指先からは、黒い霧が細く漏れ、床に落ちては消える。
零は、ゆっくりと教室の中央へ歩み出た。足音はしない。
ただ、存在するだけで、空気が冷たくなる。
三人は息を呑んだ。
「天崎……?」
愛華が、掠れた声で呟く。
零は、静かに微笑んだ。
冷たく、優雅に。
かつての内気な少女の面影は、確かにそこにあった。
だが、今の零は、まるで別人だ。
いや、人ですらない。
「ようやく、揃いましたね」
声は低く、響く。
教室全体が、その声に震える。
「佐倉凛花。藤堂美月。黒崎愛華」
零は、一人ひとりの名前を、ゆっくりと呼んだ。
まるで、判決を読み上げるように。
「あなたたちが、私に与えた痛み。無視、暴行、屈辱。髪を抜かれ、額を擦りつけられ、血を流し、吐き、泣かされた日々。全て、覚えています」
零の赤い瞳が、三人を順番に捉える。
「今から貴女達に、同じものを返します」
凛花の喉が、ゴクリと鳴った。
いつも高飛車に笑っていた顔が、初めて引きつる。
「は……何言ってんの? ふざけんなよ天崎、お前なんか――」
言葉は途中で途切れた。零が、一歩踏み出した。
その瞬間、教室の空気が重く圧迫される。
三人の身体が、勝手に震え始めた。
「まずは――佐倉凛花」
零の声が、甘く絡みつく。
凛花の足が、動いた。
自分の意思ではない。
膝が震え、身体が前へ傾く。
まるで、糸に操られる人形のように。
「や……やめろ……!」
凛花は叫んだ。
だが、足は止まらない。
ゆっくりと、零の元へ。
一歩、一歩。
スカートが揺れ、金髪が乱れる。
愛華と美月は、動けない。
ただ、見ていることしかできない。
凛花の瞳に、恐怖が広がる。
自分の足が、零のすぐ近くまで進む。
零の白い指が、ゆっくりと伸び、凛花の顎に触れる。
冷たい。
そして、熱い。
零は、静かに囁いた。
「さあ……始めましょうか」
凛花の唇が、震えた。
叫びたいのに、声が出ない。
ただ、零の赤い瞳に、吸い込まれるように――
凛花の唇が、震えながら開いた。
零の冷たい指が顎を離れ、代わりに金髪の先をそっと摘まむ。
その感触だけで、凛花の全身が硬直した。
「……待って、天崎……違うよ、これ……」
凛花の声は、いつもより高く、掠れている。
高飛車な女王様の仮面が、ひび割れ始めていた。
「悪ふざけだったの……! ほんと、ただの冗談だったんだよ……! 怒るほどのことじゃないって……ね?」
言葉が、必死に零の耳へ届こうとする。
凛花の瞳に、涙がじわりと滲む。
いつも零に向けていた嘲笑の視線が、今はただの怯えに変わっていた。
「謝るから……! ごめん、ごめんね、天崎……! もうしないから……許して……」
声が途切れ途切れになる。
愛華と美月は、動けないまま、ただ息を殺して見つめている。
教室の空気が、ますます重く歪む。
零は、静かに首を傾げた。
赤い瞳が、ゆっくりと細くなる。
「……悪ふざけ、ですか」
零の声は、穏やかだ。
しかし、その穏やかさが、かえって恐ろしい。
「毎日、私の腕を抓んで、髪を抜いて、顔を踏んで、『消えちゃえば?』と笑っていたのも……全部、悪ふざけだったんですね」
零の指が、凛花の金髪をゆっくりと巻き取る。
一本、また一本。
まるで、糸を紡ぐように。
「では……私も、悪ふざけで返しましょう」
零の唇に、冷たい微笑みが浮かぶ。
次の瞬間――
零の指が、凛花の髪を強く握り締めた。
「――あっ!」
凛花の悲鳴が、短く上がる。
零は容赦なく、髪を掴んだまま、凛花の身体を地面へ引き倒した。
金髪が乱暴に引っ張られ、頭皮が引きつる。
凛花は反射的に手を伸ばすが、零の力は人間のものではない。
抵抗など、意味がない。
「ほら……土下座、ですよ」
零の声は、優しく囁く。
かつて凛花が零に言った言葉を、そのまま返す。
零は凛花の頭を、髪を掴んだまま、床へ押しつけた。
額が、ねじれたコンクリートに触れる。
「もっと、強く」
零の指に力がこもる。
凛花の頭を、額ごと床へ擦りつける。
ゴリゴリ、という乾いた音が響く。
皮膚が削れ、すぐに血が滲む。
「や……やめて……! 痛い……!」
凛花の声が、泣き声に変わる。
だが、零は止まらない。
さらに強く、頭を押し込む。
「貴女が、私に言った言葉を思い出してください。『もっとちゃんとしないと意味ないじゃん。額、ちゃんと床に擦りつけて』……でしたよね?」
零の声は、淡々としている。
まるで、授業を教える先生のように。
擦る速度が、徐々に上がる。
凛花の額の皮膚が剥がれ、鮮血が床に広がる。
骨が、きしむ音が聞こえる。
頭蓋骨に、細かなひびが入り始めた。
「――あぁっ! やめてぇ……! 頭が……!」
凛花の叫びが、教室に反響する。
金髪は血でべっとりと濡れ、顔が歪む。
プライドの高い表情が、完全に崩壊していた。
零は、ゆっくりと髪を離した。
凛花の頭が、力なく床に落ちる。
額は血だまりに沈み、ひび割れた骨の感触が、彼女自身にも伝わっていた。
零は、静かに立ち上がる。
赤い瞳が、ゆっくりと愛華と美月の方へ移る。
「次は……どちらにしましょうか」
零の声が、甘く響く。
教室の歪んだ空間に、三人の震える息遣いだけが残った。
凛花の額が床に落ち、血だまりに沈んだ瞬間、彼女の身体がわずかに動いた。
起き上がろうとする。
震える腕が、床を這い、膝を立てようとする。
金髪は血でべっとりと固まり、プライドの高い顔は泥と血にまみれ、絶望に歪んでいる。
零は、静かに見下ろした。
赤い瞳に、冷たい光が宿る。
「まだ、動けるんですね」
零の声は、穏やかだ。
そして、右足をゆっくりと持ち上げた。
黒いドレスの裾が揺れ、足の先が凛花の後頭部に影を落とす。
「――待って……!」
凛花の掠れた声が、床に響く。
だが、遅い。
零の足が、軽く――零自身はそう思って――凛花の頭を踏みつけた。
バキン、という乾いた音。
頭蓋骨のひびが、さらに広がる。
凛花の顔が、床に押し潰されるように沈む。
鼻骨が砕け、口内の歯が折れる。
鼻と口から、赤黒い血があふれ出した。
泡立ち、床に広がる。
凛花の身体が、ビクビクと痙攣する。
「ぐ……あ……!」
言葉にならない呻き。
血が喉に詰まり、咳き込む。
零は足を離さず、軽く体重を乗せる。
人間離れした力で、頭がさらに圧迫される。
骨のきしむ音が、連続して響く。
「あなたが、私の顔を踏んだ時も、こんな感じでしたか?」
零の声は、淡々としている。
足を離すと、凛花の頭が力なく転がった。
顔は血まみれで、鼻は潰れ、唇が裂けている。
息が荒く、血泡を吹く。
だが、零は止まらない。
次に、凛花の髪を掴み直した。
金髪を、一握り。
ゆっくりと引き抜く。
一本、二本……十本。
頭皮が剥がれる音がする。
「髪を抜かれた痛みも、覚えていますよね」
凛花の瞳が、恐怖で揺れる。
「や……め……て……」
声は血にまみれ、弱々しい。
零は無視して、髪を抜き続ける。
抜くたびに、凛花の身体がビクッと跳ねる。
かつて美月が零にしたように、じわじわと。
頭皮から血がにじみ、額の傷と混ざる。
次に、零は凛花の腹部へ視線を落とした。
足を振り上げ、軽く蹴る。
――零は軽いつもりだった。
だが、神格の力で、それは人間の蹴りではない。
鈍い衝撃音。
凛花の腹がへこみ、内臓が圧迫される。
胃液と血が、口から逆流して噴き出す。
「吐かされたのも、こんな感じでした」
凛花は咳き込み、床に転がる。
腹を抱え、息ができない。
零はさらに、凛花の首筋を指でなぞる。
かつて凛花が零にしたように。
爪が皮膚を裂き、血の線が浮かぶ。
そして、手を回して首を締め上げる。
「息ができないのも、覚えていますか?」
凛花の顔が、紫色に変わる。
目が血走り、手が零の腕を掻く。
だが、無駄だ。
零の力は、鉄のように固い。
締め付けを緩めると、凛花は大きく息を吸い、咳き込んだ。
血と唾液が混ざり、床を汚す。
零は凛花を仰向けに転がし、背中を踏みつけた。
また、軽いつもりで。
バキバキ、という音。
肋骨が折れ、鋭い骨片が肺に刺さる。
凛花の胸から、血があふれ出す。
息がゼロゼロと鳴り、肺が潰れる痛みが全身を走る。
「い……た……い……! やめて……! お願い……! 殺さないで……!」
凛花の声は、命乞いになった。
プライドなど、どこにもない。
ただの、怯えた少女の泣き声。
涙が血と混ざり、頰を伝う。
零は無表情のまま、足を腰へ移した。
軽く、踏みつける。
――零は軽いつもりだった。
だが、力は人間離れしている。
ゴキン、という音。
腰の骨が折れ、脊椎がずれる。
凛花の下半身が、感覚を失う。
激痛が、脳を焼く。
「あぁぁっ……! 動け……ない……! 助けて……!」
凛花の叫びが、教室に響く。
零は足を離し、静かに見下ろした。
凛花の身体は、血だまりの中で震え、プライドの欠片も残っていない。
金髪は血で固まり、派手な顔は絶望に歪む。
零の赤い瞳が、ゆっくりと愛華と美月へ移る。
復讐は、まだ始まったばかりだ。
凛花の叫びが、徐々に途切れ途切れになっていった。
腰の骨が折れた衝撃で、下半身は完全に感覚を失っていた。
肋骨の破片が肺を突き刺し、息をするたびに血が気管を逆流する。
コポコポという湿った音が、彼女の喉から漏れ続ける。
鼻と口から溢れ出た赤黒い血が、床に広がり、ゆっくりと彼女の金髪を飲み込んでいく。
瞳は虚ろに開いたまま、焦点を失っていた。
指先が、わずかに痙攣する。
それが、最後の抵抗だった。
零は、静かに足を離した。
凛花の身体は、床に沈むように崩れ落ちた。
血だまりが広がり、彼女の制服を赤く染め上げる。
息が、浅く、浅く……そして、止まった。
教室に、静寂が訪れる。
凛花の瞳から、光が消えていた。
失血と、肺の破壊。
人間の身体は、こんなにも簡単に壊れる。
零は、ゆっくりと視線を落とした。
血にまみれた金髪。
かつて高飛車に笑っていた顔は、今はただの肉塊のように無様だ。
鼻は潰れ、唇は裂け、額の皮膚は剥がれ、骨のひびが透けて見える。
プライドの高い女王様は、もういない。
零の赤い瞳に、わずかな揺らぎが走った。
「……壊れてしまった」
声は、低く、独り言のように響く。
零は、ゆっくりとしゃがみ込み、凛花の血まみれの頰に指を伸ばした。
冷たくなっていく肌。
まだ柔らかい。
だが、もう反応はない。
零は、静かに息を吐いた。
まるで、壊してしまったおもちゃを眺めるように。
(……こんなに、脆かったのか)
胸の奥で、何かが疼く。
復讐の喜びは、確かにあった。
あいつらが自分にしたことを、倍にして返せた。
だが――
これでは、すぐに終わってしまう。
痛みを、じわじわと味わわせるはずだった。
絶望を、ゆっくりと刻み込むはずだった。
なのに、一瞬で壊れてしまった。
零の指が、凛花の髪をそっと撫でる。
血で固まった金髪が、指に絡まる。
「……次は、簡単に壊れないようにしよう」
零は、静かに呟いた。
決意のこもった声。
赤い瞳が、再び鋭く光る。
「もっと、丁寧に。もっと、ゆっくりと。壊れる寸前で、留めておく。そして、また壊す。何度も、何度も」
零は立ち上がった。
黒いドレスの裾が、血だまりに触れて赤く染まる。
視線を、愛華と美月へ移す。
二人は、震えながら床にへたり込み、互いに寄り添うように身体を縮めていた。
零の唇に、冷たい微笑みが戻る。
「次は、貴女達です」
教室の歪んだ空間に、零の声が響き渡った。
復讐は、まだ、始まったばかりだった。
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