この恋は始まらない

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第七十二話・夏は終わり、変わりゆく。

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旅行三日目。
朝の七時半。
三日目にもなると、どんどん野郎共のやる気がなくなっていき、布団から起き上がってこなくなる。
朝起きの段階でさえ、半分くらいが脱落していた。
まなこは依然として眠ったまま、起床してきた。
こいつらの右頬を叩き、痛みをもってしてその眠気を覚ましても、一時しのぎにしかならない。
俺が朝一で直火焼きした美味しいコーヒーを淹れてやっても、空返事であるし反応が薄い。
一口飲んで。
「はあ……。東山って、ママみたいだね」
だれがママやねん。
ピチピチの男の子やぞ。
「……意味分かんないよ」
「ほら、お前ら早く起きて、朝ごはんを食べる準備をするのだ」
俺達は眠気覚ましのコーヒーを飲んでまったりしているが、女子達は朝食の準備をしてくれているのだ。
女子だけに料理させるのは忍びない。
そう思っていても、大人数の料理を作る時に、使えないゴミカスがいたら、どう考えても邪魔でしかない。
粗大ゴミ。
貴様らは、私達の仕事を増やす気か。
そう言われたら、黙ることしか出来なかった。
ぴえん。
俺達男子は、パンや目玉焼きを焼くことさえ、クラスの女子に許されていない。
男の俺達が焼いていいのは、根性だけだ。
男なら根性を焼け。
根性焼きや。
太陽に焼かれた灼熱の砂浜で、背中から大の字になる。
目玉焼きが焼けなかったバタフライエフェクトのせいで、男の根性焼きが始まるのだ。
……勝手に死ね。
萌花達にボロクソ言われる男子連中。
いや、お前だけだよ。
俺だけらしい。
悲しいね。

まあ、うじうじしていても何も始まらない。
朝から辛気臭い雰囲気でいては、青春ではない。
しみったれた青春からアオハル要素を抜きにしたら、ただの春だ。
あと、今は夏だ。
「はあ、東山の言ってることはよく分かんないし、とりあえず顔洗おうぜ。……男って朝っぱらから、ひげ剃って、髪型セットしないといけないから面倒だよな~」
「女子は女子で、ちゃんと化粧しているんだから、お相子様だろ」
「え~。素っぴんのが可愛いじゃん。とか言ってみたら、モテるかね?」
「だはは、お前の性格じゃ、嫌みにしか聞こえねーw」
無視するんじゃないよ。
モブ同士で、仲良くしないで!
ネームドキャラも仲間に入れてよ。
青春によくある、パピコの蓋にちょっと詰まった方のアイスを俺も食べたい~。
「いや、意味分かんねぇよ。東山は風夏ちゃんからもらえるだろ」
「あいつが人に食べ物をあげると思うのか?」
獣だぞ。
お前らはファッション雑誌の小日向しか知らないから勘違いしているだろうが、あいつはパピコを二本とも同時に食べる上に、蓋まで喰らい付く。
いやしい人だ。
甘いものが食べたいんだよ。
「あんな可愛い女の子がそんなことするわけないじゃん」
「んだんだ、風夏ちゃんは可憐だし、花や蝶を愛でるようなイメージじゃん?」
「正気か、お前ら……」
俺は恐怖していた。
小日向風夏という、圧倒的な存在。
世界一可愛い読者モデル。
そんな女の子は、完璧であり清楚だろうという、バイアスが掛かっていた。
小日向風夏。
その存在は、偏見以外の何物でもなく、認識のゆがみが生み出した虚構の存在だった。
黒髪ロングで艶やかな髪の毛。
お姫様のような華奢な身体に、すらりとした脚。
端正に整った顔立ち。
長い睫毛と、その黒々とした眼は、日本人女性特有の力強さがあった。
完璧な黒。
うるしを使用した漆芸品の如く、そこには派手な色を必要としない。
凛とした美しい黒色。
光の輝きを反射し、それだけで彼女は鮮やかであった。
その光景は、世界一可愛い読者モデルと言える。

こいつらのように、小日向にそんなイメージを持っているやつは多い。
黒色が似合う大人の女性。
みんな、ミーム汚染されていた。
ファッション雑誌の謳い文句に乗せられているのだ。
大人の女性の魅せ着こなし。
愛され女子の駅デートコーデ。
陰キャオタクが好む、即落ち2コマ。
これでハジメちゃんが落ちた。
ハジメてのハジメコーデ入門編。
……おまえら、おかしいんだよ。
高い掲載費用を支払ってまで、俺をオチに使うなよ。
全国、津々浦々の書店さんで販売されているファッション雑誌の謳い文句で、さも平然とした嘘を付くんじゃねえよ。
ファッションの資料として、国会図書館に納本されているから、未来永劫残されるデジタルタトゥーやんけ。
俺はさておき、事務所により、所属タレントの情報操作がされていた。
ファンが居ない場面での小日向は、すぐに駄々を捏ねたり、わがままを言っているだけのクソ女だが、知らぬが仏であろうか。
……まあ、あいつの性格を深く知れば知るほど、読者モデルとしての名前に傷が付くから知らなくていいだろう。
人に見られる仕事をしていると、普通の女の子じゃいられない。
読者モデルは、お淑やかであるべきだ。
口数は少なく、語るべきものは自分の信念だけでいい。
それが理想なのだ。
今の小日向に必要なのは、無である。
なにもしないで。
それが正解だ。
例えるならば、街を歩く女子高生達がただ楽しく遊んでいる姿でさえ、五月蝿いと思われるように、女の子は極力喋らずに清楚にしていた方がいいのだ。
落ち着きがある笑みを浮かべ、静かな方が男も女も得をするだろうしな。
それは、女らしさの押し付けだけとかじゃなくて、小日向が五月蝿いと、物理的に事務所の売り上げに響くんだわ。
うお~。
小日向が吼えると、渋谷の洋服屋が儲からない。
理由は分からんが、影響は色々なところに発生するのだ。
小日向に自由にさせて、無茶苦茶するのは好ましくない。
承認欲求モンスター。
歩く災害である。
たまに、気分が高揚すると奇声しか上げてないから、実質怪獣である。

そんなやつを、読者モデルの模範にさせてはいけない。
ファッション雑誌の読者や、俺達のファンの女の子は、どこにでもいるような十代である。
校則に引っ掛からない黒髪ロングで、学校の制服が似合うような普通の女の子に憧れる。
偏差値60くらいの高校生。
スタンダードな美しさ。
小日向風夏の魅力には、全ての女の子が欲するような普通の透明感が必要なのだ。
世界一可愛い読者モデルには、化物染みた才能は必要だろうが、少しは隠してほしい。
常人から見たら、それは変人にしか見えないのだ。
喋らず、静かでいるのも仕事。
事務所の看板を背負っているのだから、自覚を持ってほしい。
俺みたいに炎上を繰り返し、ファンの焼き畑農業をしているのが特殊なのである。
普通が一番。
そんなわけで。
今の小日向は、偏差値50くらいしかない。
まあ、作者よりは高いからマシか。

「東山は女の子に高望みし過ぎなんだよ。普通に可愛いだけで満足するもんだぜ」
「俺なんか、可愛い女の子に微笑みかけられたら、惚れちゃうもんな」
「ほ~ん」
適当に相槌を打つ。
俺のハードルが高いのか、こいつらのハードルが低過ぎるのか分からねえわ。
わいら男子は、高校生らしく、童貞みたいな発想をしていた。
共学なのにまったく女性耐性がないあたり、可愛いものである。
男子高校生の知能指数は低い。
ちょっと前なんて、おとわっか見て大爆笑しているくらいだからな。
俺が塩対応しているせいか、男子連中はキレる。
「美人に囲まれてハーレムしているやつには分かんねぇよな!」
「東山は、ママが美人だから反応が鈍いんだよ! ハジメママだって、俺等からしたら羨ましいのによ!」
母親の話はするな。
あと、ハジメママいうな。
ハジメママ。
cv.能登麻美子
ガンド3000倍。
それはもういいんだよ。
前話で母親ネタを延々とやっただろうに。
これ以上、ババアに定期的な出番を与えるなよ。
ババアの話で盛り上がったところで、誰が喜ぶんだよ。
「いいじゃんか。俺からしたら同年代のクラスメートよりも、ママ世代が好きなんだ」
美人で可愛いのは、高校生の専売特許ではない。
小日向ママ。白鷺ママ。子守ママ。
そして、ハジメママ。
娘さんがあんなに可愛いならば、その親御さんはもっと可愛いのは自然の摂理。
恥知らずめが。
クラスメートの母親である、経産婦に劣情を懐くな。
(経産婦とは、出産経験がある女性の意味である)
ママ派の意見。
男たるもの、好きな女の子との子供が欲しいと思うこともある。
子供は、国の宝だ。
昨今の結婚の自由化や、子供を欲しがらない家庭が多い中、ちゃんとした世帯を持ち、責任を持って子供を育てることは社会人として十二分に誇れることだろう。
子供が欲しい男性からしたら、結婚し、出産経験のある女性は、それだけで価値があり魅力的に思える。
それは、若い女の子は絶対に持ち合わせていないもの。
ママみなのだ。
人間同士の交流が希薄になってきた今だからこそ、結婚や子供は重要視されるものとなる。
時代や国が違えば、女性の魅力は違ってくるのである。
若い年齢の男性は、異性に大人としての落ち着きを求め。
バブみを感じてオギャる。
だって、本当のママならば、自然の流れで赤ちゃんプレイが出来るのだ。
それが、今の男の子のトレンド。
いやだから、経産婦だから。
さも当然のように、既婚者にバブみを感じるなよ。
流石の俺でも引くわ。
最近はね。
クラスメートがママになった姿を想像して、クラスメートにママみを感じている。
……特殊な性癖やめろ。
普通のママ好きで押し留めてくれや。
いつか、ママに至るまでの物語。
俺達は五年後、なにをしているのだろうか。
今のままなにも変わらないなのか。
それとも、また。
ママみを感じてオギャっているのか。

「……あのさ、朝っぱらから何を話しているんだ?」
俺は冷静になる。
俺にママみを感じてオギャる性癖はないのだ。
恋愛するなら同年齢がいい。
年上の女性と仕事をすることは多いが、いいなと思ったことはない。
「もったいない。東山の周りには大人のお姉さんが多いじゃん」
「メイドのお姉さんとか、めっちゃ美人で大人っぽかったし羨ましいわ」
……いや、誰だよ。
大人の女性であり、メイド服を着ている人はたくさんいる。
しかし、大人の余裕があり、クラスの女子とは違って理知的な会話が出来る。
雰囲気も奥ゆかしい。
そうか。
そんなやつ居ないぞ。
正直な話、全員ろくでもない奴等だ。
こいつらは女オタクを知らなさ過ぎる。
可愛さなど、偽りである。
ジェネリック可愛いだ。
擬態型だ。
地味なJKがファッション雑誌を参考に、髪を染めて化粧を覚えるように、男の子というものも大人の女性に憧れを懐く。
遠く先を行く人。
大人とは、それほどに輝き。
その色は、極彩色なのである。
んなあ。
憧れは止められねえんだ。
お前の頭の中ではそうなんだろうな。

実際の社会人はこうだ。
学生の俺達は、馬鹿みたいな顔して海でバカンスを楽しんでいるけれど、社会人の皆さんはお盆休みを取ることもなく、休みなく仕事に勤しんでいる。
大人は、夏の暑さに負けず。
コンクリートジャングルで死人みたいな汗をかいて、頑張って仕事をしているわけだ。
だから、学生ごときが大人を馬鹿にするのは間違っている。
ババアパイセンは、炎天下の渋谷で。
今日も明日の読者モデルを探して、スカウトをしているのだ。
ちゃんとポカリ飲めよ。
スタバのフラペチーノだと死ぬぞ。

「大人のお姉さんとかいいじゃん。エッチなこととか教えてくれそうだし」
「大人にリードしてもらいたいものだ」
馬鹿だな、こいつら。
朝っぱらからどぎついエロ話をするなよ。
「本人がいないとはいえ、そういったことをネタにするのはやめろよな」
大人とはいえ、女の子だ。
ファッション業界だったり、コスプレしたりして、お金を払ってもらうのが仕事の人ばかりだが、エロガキの視線は違うのだ。
ちゃんとイベントに参加したり、写真集に金払ってからにしろ。
あと、俺の知り合いは大人が多いとはいえ、人間性が出来た操の固い女性ばかりだから、エッチなことを教えてくれることはないぞ。
処女ビッチみたいな性格をした輩しかいないが、彼氏が居ない歴の女の子ばかりだ。
イキッているだけで、根っこの部分はオタクだから、恋愛経験のなさは隠し切れていない。
俺達がアダルトビデオでエッチなことを勉強しているように、あちら側もそれと大差ないのである。
初台高校の保健体育では、学生達が未成年で性交をしないように、カリキュラムの一部として性教育がちゃんとされている。
社会人になる為の大切なことを学ぶから、学校なのだ。
だから、俺達男子は、軽率な気持ちでエッチな話題をしていても、本気で言っているわけではない。
恋愛の大切さは理解しているのだ。
そういうのは、ちゃんとした相手と数年間交際して、結婚を経てするものだからな。
彼女のことを大切に想うほど、性的対象には見れない。
人と人が知り合い、深く関わると、それはもう家族と変わらない。
彼女のことを、性的な目で見れなくなる。
「え、彼女でシコってないの?」
……あのさ。
野郎同士だからって、何話してもいいわけではないぞ。
距離感おかしいんだよ。
二日間で仲良くなり過ぎた結果、何でも聞いてきやがる。
「可愛い女の子しかいないし、水着姿はとんでもないし、普通はシコるやろ!」
シコるかよ。
「……野郎同士の性事情なんて、誰が聞きたいんだよ。物語上いらないやろ」
「俺達に、等身大の青春群像劇を望んでいる読者だっているはずだよ」
いや、これ青春か?
その結果、クラスの女子でシコることの話題になる意味が分からんが。
男子曰く。
勝ち組に、この気持ちが分かるまい。
あんなに可愛い女の子が彼女とか、あり得ない。
NTRだ。
俺の方が最初に好きだったのに。
「知らんよ。何ならお前ら、あいつらに話し掛けたことないじゃん」
「……だって可愛い女の子には話し掛けにくいじゃん」
「意識しているって思われたくないし」
意識されていないから、今のままなんじゃねえかよ。
お前ら、見た目からして汗臭い運動部なのに、何で俺よりも陰キャなんだよ。
青春を汗臭い部活に費やしている。
さいですか。
まあ、それも青春。
されど青春。
女の子に意識されたいねえ。
俺達は二年生からの付き合いだし、名前は覚えてくれているだろうが、クラスメート感が強い。
異性として認識してくれているのかも怪しいぞ。
よんいち組から、あんまり男子の話題は上がらないし、もうちょい頑張った方がいいと思う。
「好きな野郎の前で、他の男の話はしないやろがい」
「……俺はするぞ」
シルフィードとか、メイドリスト組とか、事務所の人との絡みもあるからな。
「子守さんが、悪鬼滅殺みたいな顔してたぞ」
もえぴぃ。
日の光で焼かないで。
まあ、それは置いておくとして。
男子からしたら、女の子との楽しくなるような話し方が分からない。
可愛い女の子との共通の話題とかも分からない。
分かりやすいように見えるが、悩みとはそういうものだ。
複雑な問題だったら諦めも付くが、自分達でなんとか出来そうな部類だから諦め切れずに頑張ってしまう。
俺は考える。
……そうだな。
困ったら、アニメや漫画の話をすればいい。
ほら、女の子は可愛いものが好きだから。

「ちいかわの話をしなさい」

ちいかわは全てを救う。
魔法の言葉である。
何気ないライン。
二人の距離感が遠くても。
ちいかわのスタンプを使えば、女の子は可愛いと思ってくれるはずだ。
ちいかわさいこー!!
「女の子はみんな、可愛いものが好き。女の子の気持ちになれば、緊張しないはずだ!」
「なるほど! 男として接するから間違いだったのか。俺達が女の子になればいいのか」
心は乙女。
話題がないなら、女の子になれ。
男という世界の枠組みに囚われているから、女の子の気持ちが分からなかったのだ。
ならば、女の子がやっていることを真似てみよう。
部屋の中は、可愛いぬいぐるみに囲まれていて、甘い飲み物やスイーツを楽しむ。
休みの日には、半身浴をしながらユーチューブを観て、保湿ケアをして美容に勤しむ。
夜はアロマを焚いて、熟睡しよう。
……それもう、男子として見てくれないんじゃね?
童貞共の集まりだ。
女の子に対するイメージが、現実とはかなり違う。
近付いたように見えて、かなり遠退いていた。
というのか、俺達のクラスの女子は、別に女の子趣味が全開のやつはいないから、可愛い趣味に走っても無駄なような気がする。
高校生になってまで、可愛いぬいぐるみを集めるのが趣味な女の子なんていない。
六千円するぬいぐるみを買うなら、映画四回観れるわ。
そんな思考をしている。
だから、男子ウケを狙っている女子くらいしか、可愛いものに興味を示さない。
女の子は、ジェネリック可愛いはいるが、ナチュラル可愛いはいない。
純粋に可愛いが好きな女の子はいない。
……いや、白鷺くらいだろう。
あの娘は元々可愛いお嬢様だから別にして、それで彼女が出来るとは到底思えない。
駄目だ。
ちいかわでは、世界は救えないのだ。
いや、可愛いを話題にして、同年代の女子のコミュニティに入るきっかけになるのならば、今のままよりかはマシなのか。

ちょっと待ってくれ。
クラスメートは、話を止める。
「俺は年上が好きなんだが?」
顔が、ちかいわ。
うっせえ。
年増好きは黙っていろ。
親世代が恋愛対象のやつに、俺達に出来るアドバイスなんてないんだよ。
考えてみろ。
年齢を重ねた女性は美しい。
特に、結婚して子育てし、無償の愛の意味を知る女性は、何よりも尊い存在だ。
ママになるということは、人を愛することの証明である。
ただ一人、人を愛することが出来る。
それだけでさえ、誰にでも出来ることではないのだ。
物語の敷居を一気に上げるな。
十数年子育てしたママ世代の話を引き合いに出して、高校生のガキが勝てるわけがないだろうが。
小日向なんか、お昼ごはん食べながら夕食のこと考えているんだぞ!?

母親とは、覚悟をして生きているのだ。
我が子の為なら、自分の命など何よりも軽くなる。
母性ガンギマリしている。
まあ、俺の母親だけではなく、子を持つ母親ならば、誰もがそのようなものだ。
愛を知っている。
だから、何よりも大切なのだ。
俺達みたいな恋愛もしたことがないガキには興味がないはずだ。
ママ世代と恋愛したい。
年上に憧れを持つクソガキの願いは、一生叶わない。
聞いている俺達は、スルーしていた。
熟女好きの世迷い言。
こいつが大人になって、それでも子持ちの未亡人を一生大切に守りたいとか言い出したら、その時に応援してやればいい。

このお話の続きは、数年後。

……だから何なんだよ。
ママ世代と結婚するんかい。
話の半分以上を、この下らない内容で消化するなよ。
俺達には、他人の恋愛事情を語るほど、余裕はない。
無駄こそ愛せ。
いや、そういうのはいいので……。
朝の何気ない会話で、長々とママの話をやられても困るのである。
ただでさえ、ママキャラばかりで女性キャラの平均年齢が爆上がりしているのだ。
これ以上ママ達を活躍させたら、学園ラブコメからママ系AVGである。
この恋は始まらないの始まらない要素をママにすんなよ。
人妻を何だと思っているんだぁああああ!!
娘の出番を出せ、娘を。
三十代後半から四十代のママより、娘の方が可愛いだろうに。
しかしよく考えて欲しい。
ママがいなければ、娘は生まれない。
娘さんが可愛いことは承知しているが、忘れるな。
ママに感謝するのは当たり前!
娘さんが可愛いのは、ママが可愛いからだ。
ママがあっての娘さん。
恋人を通して、ママを感じろ。
言葉のパワーボム繰り出すな。
何でオタクで同人作家の俺より、性癖ねじ曲がってんだよ。
お前ら、一般人だろうが。
クラスメートは、キメ顔で言う。
「男はみんな、性癖異常者どもの集まりだ」
一緒にすんな。


娘のターン。
下らない話をしたあと、女子のコテージで朝食を取り、お昼過ぎまで勉強をする。
二泊三日の最終日までがっつり勉強することに嘆いていたやつもいたが、三日も勉強していたら、その環境に慣れてきて進んで学ぶ姿勢を見せるやつもいた。
馬鹿もいれば、真面目なやつもいる。
何だかんだ、みんな悪いやつじゃないのだ。
ちゃんとした環境でのびのびと勉強させてやれば、出来る子ばかりだ。
みんな、素直だからな。
中野以外はな。
中野ひふみは、誰よりも集中力がなく、誰よりも勉強が出来ない。
中野の頭の中は、ハムスターが滑車を回しているようなものだから無理もない。
子育ては難しいわ。
この子に落ち着いて勉強させる方法があるのかしら。
中野ママ目線になってしまう。
……そう考えたら、俺の隣で真面目にペンを握って勉強を頑張っている小日向は可愛いものだ。
俺からしたら、夏休みの宿題が分からなくて泣き付いてくる妹みたいなもんだが、まあ投げ出さないだけいいか。
うぉんうぉん。
言いながらも、ちゃんとノートに書き写しているしな。
小日向とは、事務所で一緒に仕事をしているが、互いに仕事が忙しいから勉強を教える時間がない。
仕事終わりにカフェで息抜きすることはあれど、仕事終わりの休息に勉強はしたくないからな。
休む時は休め。
仕事も勉強も大切だが、俺達の人生の方が大切だからな。
端から見たら、小日向との時間が長く、仲良くしているように見えても、一緒に勉強するわけでもないし、受験の悩み事を共有しているわけでもない。
同じ道を歩んでいるが、双方のやるべきことをしている。
だから、二人で恋人らしい何かをしている時間はかなり少ない。
高校を卒業したら、大学生だ。
受験を控えているから、本来ならば小日向の悩みを聞いてあげて、色々と協力すべきなんだが。
萌花が、お前の容量はクソ低いんだから、出来ないことはするな。私に任せて自分のことだけに集中しろとブチ切れていた。
だから、みんなの進路の悩みは深く聞けないのだった。
彼氏なのに悲しいね。
手伝えないことばかりだ。

現状の進路だと。
俺や萌花は、奨学金の負担を減らしたいから、推薦をもらって特待生枠で大学受験をする。
小日向は、ファッションの専門学科だし。
白鷺は、お義母さんの意思を汲んで有名な女学院に入学する予定だ。
秋月さんは、性格はアレとして。
まあ、勉学や資金共に心配いらない人だから、自分の偏差値に合わせて適当にやってくれるだろう。

みんな、テストの点数が悪いわけではないから、こうして勉強を頑張る必要はない。
必要はないのだが……。
小日向や白鷺は、この機会にと、進んで勉強をしたがる。
「東山、この問題はどういう意味なんだ?」
白鷺さん。
貴方は俺よりも頭がいいだろうに。
白鷺の偏差値は、80くらいはあるはずだ。
(そもそも学力は偏差値75前後が最大なので、80があると思っているハジメは馬鹿である)
なんてことだ。
そうだったのか。
偏差値って100あると思っていたぞ。
馬鹿すぎる。
そんなん、俺に教えられることなんて、コーヒーの淹れ方くらいである。
白鷺自身はコーヒーを飲まないので、その必要すらない。
教える価値無し。
ハジメちゃんはどう生きるか。
そう考えると、俺から白鷺に教えられることは極端に少ない。
それも悩ましいことだ。

それとは逆に、アホの娘ほど可愛い。
小日向みたいなスポンジ頭の方が、教える側の人間としては嬉しいのかも知れない。
勉強が得意じゃなくとも、興味津々で学んでくれる嬉しさ。
素直なのは小日向のよさだろうか。
勉強を教える必要がない。
素直で可愛い。
対義語。
中野ひふみ。
「東っち、これなんなん?」
めっちゃタメ口やん。
……中野はもう少し偏差値上げて。
ほげー。
口を閉じろ。
中野よ、聞き方で知能指数が表れるのはやめてくれたまえ。
言葉遣いからして、可愛さの欠片もない。
同席している橘さんや夢野は、ちゃんと教わりながら勉強しているんだから、中野も見習ってほしい。
大人は、テストの点数でしか俺達子供のことを見てくれない。
だから、点数稼ぎで勉強しているだけだが、勉強だってちゃんと重要だし、社会に出たら役立つのだ。
「え~、勉強使うか?」
だから、なんでこいつ俺に対してタメ口なんだよ。
まあ、中野からしたら勉強のよさを理解するのは難しいだろうか。
脳みそお花畑。
二足歩行で走っていれば満足するタイプだ。
念能力を覚えたら、サバンナで追いかけっこする能力になるやつだ。
中野からしたら、国語や歴史ならまだしも、数学を覚える必要はない。
電卓使えよ。
それは分かる。
「確かに、お前の人生には勉強は必要ないだろう。だけどさ、我慢して学ぶ方法を勉強することだって、重要だろう? テストで良い点数を取る意味や、知識の使い道が分からなくても、学ぶことを学べばいいんだよ」
中野はわからんちー。
なんや。まじで。
だが、今は理解しなくていい。

大人になると、新しいことを勉強して学ぶことは難しい。
ババアパイセンだって、年を取ってから新しいファッションの情報を取り入れるのが難しくなってきたと言っていた。
可愛いJKが載っているファッション雑誌片手に、腰を擦りながら熟読する。
三十代女性。
哀愁漂うジュリねえであった。
ジュリねえの年齢ですら、勉強するのにかなり苦労をするのだ。
学生の俺達が、効率的に勉強を学ぶ経験を積んでいくことは、絶対に重要だろう。
中野には必要なくとも、俺達には必要だしな。
「東っちは真面目やねぇ。別に勉強しなくても大学の推薦貰えているのに」
「……首席で入ると、授業料の免除があるからな」
「はっ、金かよ」
「この世で金が一番重要だろ……」
「愛しか語れないやつが金の話をするのはおかしいやろ」
「何だよ、それ。……大学に入ってからの方がお金が掛かるんだから、仕方ないだろうが。他人が金貰うなら、俺が貰うわ」
この世は弱肉強食だ。
受験時のテストで首席になれば、俺はお金が貰える。
大学側は、勉強が出来る生徒を大学の顔として全面に売り出し、模範生が増えて大学の質が向上する。
Win-Winである。
「もえぴならまだしも、東っちは表に出しちゃダメな顔やろ」
遠回しにイケメンじゃないって言うなよ。
萌花が隣に居たら、可愛さが違い過ぎてそうなるけどさ。
小日向は、言う。
「ほら。ハジメちゃんのファンの娘なら、大学に興味を持ってくれて受験生が増えるよ」
読者モデルとは、歩く広告塔。
雑誌だけではなく、SNSやユーチューブにも多く顔を出しており、テレビを観ない今どきの中高生だって、自然と目に入る存在だ。
「ほえ~、テレビのCM放送するのだって、数千万するとか言うもんねぇ。東っちはアホだけど、広告と考えたら利用する価値はありそうやね」
読者モデルが大学の顔ならば、数千万が数百万で済む。
なら、馬鹿でもいいやん。
大学にオファーしたら、奨学金分くらい楽に稼げるやろ。
俺の扱い悪くね?
俺だって、普通に頑張って勉強しているんだぞ。
金の為とはいえ、裏道合格紛いのことなどしたくないのに、俺ならやりそうとか言われていた。
まったく評価されていない。
ちゃんと入学試験で良い点数を取って合格してやる。
常日頃から、アホだの馬鹿だの言われているが、安心してくれ。
テストの点だけはいいのだ。
そもそも学校の推薦をもらって受験をしている時点で、かなり上の方なのだ。
クラスの中で比べてみても、いい方である。
白鷺ほど頭は良くないが、秋月さんくらいは。
西野さん。
萌花、いや、黒川さんよりちょい下くらいの学力はあるのだ。
「大概、下やんけ」
てめぇ、馬鹿にすんなよ。
クラスが理数系だから、そもそもの敷居が高いんだよ。
頭がいいやつばかりだから、テストの点数で、頑張って八十点代を取っても中堅レベルだ。
元々頭がいい上に、塾に通って頑張っているやつに追い付くのはどうしても無理である。
俺だって、本腰構えて夏期講習を受けたいところだが、読者モデルの仕事とサークル活動が忙しい。
……俺は、そんなわけで、勉強は事務所の人に教えてもらっているのだった。
ファッション業界は、学歴が高い人が多い。
色々難がある人しかおらんが、有名大学出身の人ばかりだ。
俺でも聞いたことがある大学もある。
ファッション業界なのに。
何で、そんな学歴が必要なのか不明だけど。
深くは聞かなかった。
頭がいい人は要領がよく、勉強ばかりしてきたせいか、趣味に生きる場合が多い。
そういうことだろう。

まあ、腐っても美女。
小日向風夏が所属する事務所であり、渋谷に拠点を構えているのだ。
世界一の読者モデルが存在する。
ファッション業界の今後を担う事務所だと自負して仕事をしている。
スタッフも、小日向に負けず劣らずのそれ相応の優秀な人ばかりなのは言うまでもない。
頭はいいのだ。
たまに、俺の成績を見てアホだなとか思われていたけど、それでも手伝ってくれる優しい人達で助かっている。
「東っち。年上のお姉さんから、男性紹介してくれないかな?」
「……いや、二十代の大人ばかりだし。男の知り合いが居たとしても、高校生を恋愛対象にはしないだろ」
「え~なんでぇ……」
中野ひふみは言う。
高校生は、若くて可愛い。
みんなよくナンパされるって話を聞くのに、アタシのところには全然来ないの。
アタシの前だけ男の子が恥ずかしがり屋さんなのは。
なぁぜなぁぜ。
おめえが踊るんかよ。
どう考えてもお前が嫌われているだけやろ。
他に色々綺麗所がいるのに対して、中野が貴重な出番を消費しやがる。
それに何の意味があるのかは知らんが、流行りに乗るな。
てめぇがやると、まったく可愛くない。
中野は、キメ顔をして可愛い風にするが。
……ぶっ殺してぇ。
殺意しか湧かない。
まじで、ちゃんと勉強しろよ。
俺がわざわざ中野の為に勉強を教えている。
その時間を何だと思っているのだ。

はぁ。
この馬鹿は、年上に理想を持ち過ぎなのである。
ガキはガキなりに、馬鹿みたいに生きていればいいんだよ。
中野含めて、アホの子はアホのままでいいのだ。
純粋さは、誰もが持っているわけではない。
それこそが美徳なのである。
「東っちは、年上のよさを理解してない!」
あれ、さっき。
朝っぱらから会話していた内容と、何かデジャブを感じていた。
二十代の男性は大人の余裕があり、年下の女の子を恋愛でリードしてくれる。
甘やかしてくれて紳士的である。
貴方も、そんな男性になりなさい。
「はあ……? そもそも二十代で何度も恋愛をしていて、一人の女性と添い遂げる気概もない野郎から一体何を学べと言うんだよ」
「つか、恋人は唯一自分の命を全て預けられるパートナーなのに、年下だからとガキみたいに甘やかすとか、まず有り得ねえからな?」
結婚する気もない。
パートナーを人として成長させる気もなく、愛玩動物のように甘やかせる。
そんな恋愛をするやつと、一緒にされるのが腹立たしい。
俺の両親ですら、十八歳で結婚しているのだ。
毎日喧嘩するようなあの両親だって、相手の人生の為に、若くして自分の人生の決断をしたのだ。
他人の命を乗せたボタンを押す。
決めてしまえば、戻れない道があるのに。
それを、たった十八歳が決める。
普通なら、そんなことは出来ないのだ。
俺だって出来ない。
だから、両親のことは誰よりも尊敬していた。
それに比べ、二十代まで何人とも恋愛をし、年齢や趣味や仕事に理由を付けて決断せず、二十代後半まで遊んで生きてきた野郎から学ぶことは一つもない。
俺が、あいつ等のことで悩み、血反吐を吐いた時があろうとも、決断を鈍らせることなんて、絶対に有り得ない。
同じ男としての覚悟が違う。
「東っちは、言葉がつえぇよ」
「よく考えてみろや。二十代後半でまだ遊んでいるとか、有り得ないだろ? その時俺は小学生だぜ?」
社会人は、若者のデキ婚とか、学生婚とかを馬鹿にする風潮があるが、未熟な人間が自分の人生を決めて誰かの命を守っている。
それは、絶対に馬鹿には出来ない。
人間とて、動物なのだからセックスすれば簡単に子供は出来るし、望む望まないはあるけどさ。
人を愛すれば、分かるものだ。
人生は、ままならぬもの。
つらくて逃げ出したい時もある。
それでも、大切なものの為に、頑張って生きなければならない。
「……普通に育ちがいい家庭と一緒にしないで」
なんでや。
普通の一般家庭やぞ。
中野は否定する。
「人間はぁ、大学に入ったら四年間を遊びに遊んで、二十代後半まで色々な人と恋愛をして、人生がだるくなってきてやっと結婚するもんだよ!」
恋の駆け引きとか。
押して駄目なら、引いてみてとか。
そんな知的なことはしない。
自由に生きる。
寝て食って遊ぶ。
色々な男性と比べてみて、恋愛し、結婚するかどうかを吟味するのだ。
男の子だって、色々な女の子と遊んで比べているはずである。
唯、一人の女性を好きになるのもいいが、色々な人と知り合い。
可愛いところや、性格のよさ。
頭のよさを比べて、自分に合った人と恋愛をするのが普通なのである。
それがスタンダードだ。
今の時代からしたら、親御さんに顔合わせして、十八歳で結婚するタイプの方が異常なのだ。
「……そうなの? そうは言っても、他人同士を比べていいほど、俺は出来た人間じゃないしな……」
俺は、並の人間だ。
普通に考えて、恋愛においては地味だし、人間として見所もない物件だろう。
俺が、可愛い女の子と知り合い、俺のことを好きになってくれたのでさえ、奇跡。
女の子のことを比べたり、批判出来るような立場ではない。

しかし野郎は全員死ね。

「東っち、病院行って診断してきたら? 情緒不安定すぎんよ」
「くちわる」
中野は納得いかないようだ。
イライラしていた。
「だって、仕方ないじゃない! 東っちの、初恋の人と結婚するのが当たり前みたいな、恋愛ラブコメ主人公思考なのキモいんだよ~! 頼むからもっと、顔が可愛い女の子が大好きなクズ主人公でいてよ~!! 東っちがまともだと、アタシだけクズみたいじゃんかよ~!!」
いや、お前だけがクズなんだよ。
このコテージに居る中で、お前だけが特別なのだ。
「逆に特別だね」
かえれや。
喜ぶな。
仲間みたいに言わないでくれ。
こちとら、一度たりとて、顔で人を判断したことがないんだよ。
俺が見ているのは、人の心だ。
人の美しさは心で決まる。
いつだって、心のかたちで捉えている。
「魂の輪郭で人を見ないでよ」
人の心を見ているからこそ、的確に他人の心を抉ることが出来る。
俺が中野のことをボロクソに言えるのは、欠点をちゃんと見てあげているから。
人の心があるから、俺と中野の殴り合いが成立するのだ。

同じレベルで良さも悪さも分かり合っていないと、喧嘩は成立しない。

いつも、一方的に殴られるのは俺だけどな。
馬鹿でも女は殴らねえ。
それが俺の性分だ。

そもそも人の美しさの価値は、顔だけじゃない。
立ち振舞い。喋り方。
笑顔だってそうだ。
魚の食べ方が綺麗な女性だって、とても美しいからな。
どれを美しいと思い、どれを一番とするかは人それぞれだ。
しかし人は愚かなもので、どこかを美しいの基準にすると、他を認められなくなる。
特に容姿を第一にし、美醜の価値観に定めると、自分の価値観もそれに引っ張られるからよろしくない。
可愛いは正義。
イケメンは絶対。
まあ、社会がそれを打ち出している以上、それは仕方がないし、否定はしない。
だけど、人は顔じゃない。
心である。
中野は、この世界は綺麗事ばかりじゃない。
もっと人は愚かだと否定するけどさ。
綺麗事がなくなったら、人は人を愛せなくなる。
俺は人を好きでいたい。
愛していたいのだ。
「……あと、俺が顔だけで人を判断したら、中野が事実上、最下位になるけど構わないのか?」
「勉強よりも、人の心を学んでこいや」
無理な話や。
三つ子の魂百まで。
という、ことわざがあるくらいだ。
人の本質は死ぬまで変わらないだろう。
俺に多くを求めないでくれ。
女の子が求めるような理想の人間を満たしていたら、俺が俺じゃなくなる。
あと、中野が雑に扱われるのは、日頃の行いが悪いからである。
俺の性格が悪いからではない。
口ではああ言っているが、小日向には優しくしているからな。
「その風夏ちゃんへの優しさを少しでもアタシに分けてクレメンス」
「ハァ?」
「迫真のはあ、やめてや」
中野に与える優しさが一粒でもあるのならば、小日向にあげるだろう。
というのか、中野に対しては忖度している方である。
俺がいなかったら、三度は赤点取って進級出来なかったはずだ。
こいつは馬鹿過ぎて、先生が匙を投げていたくらいだぞ?
馬鹿だから、テストの前の勉強だけでもちゃんと頑張る姿勢を見せていればいい。
最低限の評価をしてもらっていたのだ。
「まさかぁ? アタシはそんな馬鹿じゃないよ??」
「……」
「……」
「……」
「……」
勉強机を囲んでいる。
小日向、白鷺。
橘さん、夢野が引いていた。
全員、同じ女性としてここまで愚かな人がいるのか。
ああはなりたくない。
そんな表情をしながら、口を紡いでいたので、俺が代わりに発言する。
「中野、すまない。お前はどちゃくそ馬鹿だぞ」
「ま?」
ま?じゃねえよ。
お前は、二足歩行が人より速いから人間として評価されているだけで、お前から速さを取ったら何も残らないのである。
速さに特化した、ネイティブアルターなのだ。
速さが足りない。
というのか、中野に関しては陸上部の成績が良くて、大学推薦を貰えたから良かったが、貰えなかったら進学出来なかったからな。
「や、大学もよろしくねぇ」
笑ってんじゃねえよ。
俺と萌花。中野は、同じ大学を受験する。
複数名の授業料を免除してくれるような規模である大学側となると、場所が限られているからだ。
俺は考えていた。
……授業料を全額払ってでも、こいつの人生から離れた方がいいのではないか。
中野という災厄から逃れることに、数百万以上の価値があるのではないか。
真っ白なシャツに、一滴のシミが出来るように、淡い青春である大学キャンパスに中野がいると、まるで地獄と化す。
もえちゃんと仲良く大学キャンパスを行い、お昼ごはんで学食を食べる時に、中野が居るのだ。
地獄か。
地獄だわ。
「たのむ。中野、今からでも他の大学を受験してくれないか? お前には他にもっといい大学があるだろう?」
「い~や、いやいや」
モモンガすんな。
頼むから、俺達二人の大学ライフを邪魔しないでくれ。
「もえぴはワシのじゃ! 東っちにだけは良い思いはさせない!!」
この世には、他人の足を引っ張るのが大好きな人間が存在する。
中野ひふみ。
その人である。

「他人の名前を連呼すんな、ゴミカスども!!」
俺達の争いは、隣のテーブルのもえぴを呼び寄せた。
ワンパンで決着は付く。
萌花の小さな身体から、大人のパンチが繰り出される。
母親曰く。
女の子の手には、神様が宿っているものよ。
愛なくしては、人は殴れない。
故に、その拳は菩薩の拳。

「へぇ、人って真横に吹き飛ぶのね」
秋月さん。
隣の席からツッコミをする暇があるなら助けてください。
「いやよ、今の萌花に絡んだら、私が殴られるもの」
せやね。
うちのクラスには、怒った萌花にわざわざ絡むような人はいないのであった。
口は悪いけれどその実は、クラスメートを気遣える優しい女の子。
悩み事があれば、親身になって聞いてくれる。
同級生なのに、お姉さんみたいなものだ。
そんな萌花を怒らせたなら、そいつが悪い。
待ってくれ。
俺は悪くない。
悪くないのだ。
俺は愛を語っているだけだ。
少女が一輪の花を愛でるように。
少年が新幹線を見て格好いいと思うように。
それは、純粋な願いであった。
邪な気持ちなどない。
花嫁衣裳より、真っ白な気持ちだ。
そんな俺の気持ちとは裏腹に、中野ひふみが、萌花の寵愛を受けようとするから悪いのだ。
萌花のことが一番可愛くて好きなのは、ワシじゃ。
誰にも彼女を渡したくない。
渡したくない~。
もえぴぃ。
俺が一番君を好きなんだ。
俺のママになってくれる女性なのである。
「てめぇら二人とも頬を差し出せ!」
おぎゃー。
ネグレクト。
俺と中野は、殴られた後に、二人して横並びで正座をする。
端から見たら仲良しコンビみたいだが、そんなことはない。
みんなが見ている中で、ガチ説教される高校三年生である。
「ぴぇ~、もえぴこわい~」
「怒ってる姿も可愛いだろッ!」
失礼なことを言うな。
萌花の可愛さは、天上天下唯我独尊だぞ。
もっと怒られた。


そんなこんなで昼まで勉強をして、お昼ごはんを食べる。
クラスメートの手料理を食べる機会もこれで終わりだ。
「うめぇうめぇ」
「うみゃー!!!」
男子連中は、可愛い女の子が頑張って作り、その手で触った食材で作られたという事実に胸を膨らませていた。
訳分からん叫び方をしていた。
おかわりもあるぞ。
こいつらは三日間、ずっと勉強を頑張ってきた。
その頑張りに、女子達はいっぱい料理を作ってくれていた。
今はその心遣いを噛み締めよう。

食事中の俺達の間に割り込んできた。
中野、またお前か。
「可愛い女の子の手作りだぞ。噛み締めて食べろよ」
は? 可愛い?
まあ、それはいいとして、中野が料理の手伝いした事実とか、いらない。
やめて。
無駄な話をしないで。
そんな事実、誰も望んでいないわ。
お前が手伝うだけで、男子のテンションが露骨に下がっていた。
例えるならば、自分が大好きなアニメキャラの声真似をするSNS女子を見た時の心境に近い。
やめてくれ。
料理はまごころ。
それ以外はいらない。
自己顕示欲を出さないでくれ。
「これとこれは、アタシが野菜を切ったんだよ」
平然と、そういうことを言うな。
他の女子が口に出すことを控えていたのに、まったく遠慮をしない。
ほぼ中野が関与していたのか。
野菜の下処理だけならまあ。
中野の顔がチラ付くのはウザいが、秋月さん達が頑張って作ったってことにして美味しく頂くしかない。
中野だって、朝早くから朝ご飯とお昼ご飯の準備してくれたのには感謝するが、素直に喜べないのだった。

「味噌汁も中野が手伝ったのか?」
「んにゃ。ワシは手伝ってないよ」
味噌汁だけは、ふゆお嬢様が一人で手作りした。
その事実に、男子は歓喜。
ふゆお嬢様の手の上で切った豆腐とか、存在そのものが高貴過ぎる。
豆腐になって四角く切られたい。
……豆腐は元々四角くだけどな。
白鷺さんなら、定番のおたまで味見して、美味しく出来たアピールをしているはずだ。
ちゅき。
白鷺家の味噌汁は、合わせ味噌なのか。
僕の大好きな、豆腐とわかめ。ネギが入っている。
すてき。
この味噌汁は、血液に直接点滴注入出来る。
……てめぇら、きめぇな。
そもそも使っている味噌は市販のものだし、この町のスーパーで二日前に買ったものだから、白鷺家は関係ねえよ。
あと、白鷺家の味噌汁は白味噌だ。

女子が引いているんだよ。
男子の喜び方があまりにもキモ過ぎたが、それほどに白鷺が作った味噌汁は美味しかった。
淑女になる為に、ずっと花嫁修業をしていたお嬢様だけあり、味噌汁の美味しさすら格が違う。
だから、女子は黙っていた。
女の子だから、美味しい肉じゃがや、美味しいカレーは練習次第でいくらでも作れるだろうが、美味しい味噌汁はとても無理だ。
女性としての格の違いを見せ付けさせられる。
味噌汁の美味しさで、他のヒロインを殴って黙らせる。
それこそ、女の武器である。
白鷺はわくわくしていた。
「どうだろうか。東山、美味しいか?」
感想まち。
いや、何でみんな、料理の出来映えを俺に確認するのか分からない。
別に美食屋じゃないから、料理の良し悪しは分からないぞ。
俺の舌など、ママのご飯しか食べて育っていないハーブ豚みたいなものだ。
基準値が母親になるけどいいのか。
とはいえ、美味しい料理を作ってくれたからな。
ちゃんとした感想をしなくては。
俺は、白鷺の目を見て優しく微笑む。
「ああ、毎日食べたいくらいに美味しいよ」
めちゃうま。
流石、白鷺だ。
美味しすぎて、三百六十五日食べても飽きない。
味噌汁は毎日食べるものだからこそ、そう思える味かどうかが重要である。
味は濃すぎず、あっさりとしていた。
しかし出汁の深みがある。
使っているものは市販の味噌だったが、それとは別に出汁をちゃんと取っていたからこそ、美味しいのだ。
味の決め手は昆布だな。
その出汁は、海に流れ着いてきた昆布から取った。
自給自足だ。

……はっ、きつい冗談だぜ。
分かりやすい嘘を付くな。
中野が言う時点で信用性なんて一ミリもない。
あと、事実とは異なるにせよ、漂流してした昆布を他人に食わせるのは冗談になんないからやめような。
萌花が、魚屋のお兄さんから無料で昆布を奪ってきたらしい。
萌花ちゃん、買ってきてよ。
何で奪ってきたのよ。
バックストーリーが分からないよ。
俺達にどういうことか分かるように説明してほしい。
主人公を置いてきぼりにしないでほしい。
さみしいぃ~。
萌花は呆れていた。
「いや、普通に魚を買ったおまけでサービスしてくれただけだぞ」
「へえ。優しい人もいるんだな」
「どこがだよ! 思い出させるんじゃねえよ!!」
えっ、何で。
萌花さんは、キレているの? 
気前がいい兄ちゃんが、可愛い女の子におまけしてくれただけじゃないの?
適当に流しとけばいいじゃん。
そう思うのだが、大人の対応が得意な萌花が本気で怒っているのって中々ないのだ。
うん、可愛い。
痛い。
殴らないで。

秋月さんが説明してくれる。
「学生ということで、食べ物はいくらあってもいいでしょう? 足りないだろうと気を利かせてくれたの」
高校生の集まりだ。
目の前に食べ物があれば、あるだけ喰らうだろう。
ペンペン草すらも残らない。
馬鹿な学生には、昆布でも食わせておこう。
「まあ、向こうのご厚意でくれたのだから、感謝して食べてね」
はーい。
クラスの連中は、素直に感謝するのであった。
海の町だからか、海藻すら美味しい。
昆布には旨味成分と、ビタミン。
疲労回復に効く。
「あと、ハゲにもな……」
諸説あるが、それは迷信らしいぞ。
萌花ちゃん。
あと、俺の頭を見て嫌味ったらしく言うのやめてよ。
怒っている原因が俺にあるわけでもあるまいし、八つ当たりをしないでくれたまえ。
おう、死ねや。
何か罵倒が聞こえてきたが気にしない。
我々は、静かにご飯を食べたいのだ。
こんなに美味しい手料理を食べられる機会なんて滅多にない。
だから、噛み締めて食べる。
明日隕石が落ちてきても後悔しないようにする。
味噌汁やおかずだけじゃなく、このご飯もめっちゃ美味しい。
「ハジメちゃん、お米は私が炊いたんだよ!」
どやっ。
どやどや。
風夏ちゃんの手で洗った白米。
このお米には、読者モデルの旨味成分が染み込んでいる。
味噌汁のふゆお嬢様。
ご飯の風夏ちゃん。
これは、初台高校の2000万パワーズ。
どっちがバッファローマンだよ。
通りで、今日のごはんが美味しいわけである。
俺達は、この味を堪能するために、お米一粒一粒ずつを噛み締めて食べるよ。
だからって、本当に一粒ずつ箸で喰うな。
きめえって。
男子連中は、小日向のご飯にみんな喜んでいたが、すまない。
やっぱつれえよ。
お前らみたいなイカれたテンションで、俺は素直に小日向の頑張りを喜べないのだ。
だって小日向だぞ?
白鷺の時ならまだしも、この娘だもん。
小日向の為に、スポンジ・ボブのハッピーセットみたいな声出せないわ。
喜び越えて、もはや奇声である。
小日向の磨いだごはんを食べても、美味さは変わらない。
そんなんで、ご飯の美味しさや、価値が変わるわけがない。
可愛いが付与魔法されている。
そんなわけがあるか。
思春期の男子は、物事を斜めに構え過ぎだ。
あと、小日向の場合だと、赤いネイルをした手で米を磨いているのが無性に気になって仕方がない。
小日向はいつも赤いマニキュアをしている。
彼女のパーソナルカラー。
赤色の輝き。
小日向は、指先に付けた赤いネイルを眺めていると、どんなに仕事が忙しい時でも幸せだ。
どこまでも頑張れる。
ああ、なんだ。
小日向が付けていたマニキュア。
その色に見覚えがあった。
……それは、この前の渋谷で可愛いと言って買っていたマニキュアだった。
へぇ。
似合ってんじゃん。
「お前は、褒めたくないのか、褒めたいのかどっちだよ!」
「白米!?」
萌花ちゃん。
飯時に張り手しないで。
口からお米を吐き出しそうになってしまった。
お米一粒には、七人の神様がいるのよ。


ご飯を食べた後。
「東っち、海入って帰るんでしょ。バナナボートリベンジRしようぜぇ」
中野。
早速、最新アニメのネタを入れんじゃない。
俺を誘ってくれるのは嬉しいが、遠慮しておく。
「次、海に入ったら死ぬ」
確実な死が待っている。
中野は溜め息を吐く。
「もやしやなぁ……。まあいいや。ちょむ誘ってみよ」
秋月さんのことである。
れいちょむのちょむ。
あだ名に原型ないやん。
……ちょむ。
ちょむ子。
「ちょむ子のむは、無限の無」
「は? イカれてんのか?」
「いや、中野ありがとう。大切なことを思い出した」
「話を噛み合わせてくれや。いきなり急展開されると怖いねん。噛み合わせ矯正してや」
あーだ。こーだ。
一日目の海の家のことを説明する。
「なる。東っちは、色紙をあげてなかったから、届けに行きたいと」
んだんだ。
ちょむ子には、焼きそばを沢山もらったからな。
足りない分は、Tシャツと交換したとはいえ、それだけでは価値として釣り合っていない。
色紙を描いてあげるくらいはしたい。
「すまない。一時間だけ席を外すから、萌花に言っておいて」
「ぴには直接言えばいいじゃん」
「だって、萌花に言ったら怒られるじゃん」
三日間休め言われていたが、まったく従わずに怒られる男である。
「お前、男として恥ずかしくないんか」
生き恥。
ふざけんなよ。
お前だって、萌花の恐ろしさを理解しているではないか。
ぴに、殴り飛ばされたら、頭が吹き飛ぶほどの威力だ。
くまさんパンチ。
この世で一番、敵に回してはいけない相手だ。
俺だって、死にたくないわ。
もっと、生きたいぃぃぃ。
いっぱいデートしたいぃぃ。
「そういうこと言うから、もえぴに怒られるんやで」
せやかて工藤。
「とりあえず、頼むわ。色紙渡して帰ってくるだけだから、何も起きないだろうしな。その間は、適当に過ごしていてくれ」
「クラス纏める役なのに、全体的に雑なんだよ。ぴに説明すんのアタシなんだからなぁ……」
すまねえ。
俺の為に殴られてくれ。
俺は萌花にバレないように、色紙を描いて、届ける。
俺のミッションである。

ここに三匹のポケモンがおるじゃろ?
普通に、バレていた。
おい、中野逃げるな。
俺を置いていかないでくれ。

読者モデルと、お嬢様と、上位者。
きらきら。
三人とも、ちいかわみたいな目をしておる。
上目遣いしないでほしい。
可愛い女の子のポーズするな。
誰も連れていかないっての。
一人だけ説明文に、ヤーナム出身の異形種いたけど。
放っておこう。
「え~、私も海の家いきたい。いきたい。連れてけぇ。連れてけぇ」
小日向は、相変わらずうるさい。
飛んで跳ねて、はしゃがないでくれ。
幼稚園児かよ。
いや、無理だから。
ただでさえ面倒な地元ギャルの相手をするのに、行く場所が海の家なのだ。
夏休みだから、鬼のように人混みである。
そんな場所にはたくさんの若者が集まる。
お前が一番連れて行けないんだよ。
夏の海の視線を釘付け。
世界一可愛い読者モデルが、真夏の砂浜を練り歩いてる。
そんなん、おもしろ……。
いや、目立ち過ぎである。
しかも、他のやつでも同様だ。
綺麗過ぎると、面倒なのだ。
海の家に連れていったらやばいやつしかおらんのである。
誰が傍に居ても、俺が苦労するのは目に見えていた。
三人も居たら、死ぬわ。
じゃあ、じゃんけん。
じゃあってなんだよ。
連れていけない理由をちゃんと語っているんだから、じゃあで済ますなよ。
俺に拒否権ないのか。
萌花は、野郎が嫌いなのでじゃんけんはパス。
必然的に、三人でじゃんけんをして、勝者は小日向になる。
「びくとりー」
いや、だから。
何でポケモン一匹を連れて歩くことが決まっているのだ。
一人で行かせてくれ。
びくとりーじゃない。
お前が勝者なら、俺は敗者だ。

「はぁ、じゃんけん苦手なのよね」
「勝利は時の運だ。負けを気にしていては、勝てるものも勝てないぞ」
「冬華はそこらへんドライだよね」
「負けを悔しがるよりも、勝者に応援をした方が精神的にもいいからな」
じゃんけんで勝負論を熱く語るのやめてほしい。

なんであれ、白鷺と秋月さんはじゃんけんに負けて残念そうにしているし、断りにくい流れになっていた。
あの、遊びに行くわけではなく。
色紙を届けて帰ってくるだけなんだが?
別にどこにも寄らずに直帰するだけだ。
俺に同行して、楽しめるようなことは何もない。
俺達が帰るまで時間を加味すると、居られるのは昼まで。
海の家の屋台で色々回って食べ物を選ぶ時間はないし、海に入って遊ぶのも難しい。
それでもいい。
そういうならば、俺から言えることはない。
「ねえねえ、ハジメちゃん。水着に着替えた方がいいかな? 海に入れなくても、雰囲気だけは楽しめるし」
「……他の男がいるからやめとけ」
ナンパされるのに、わざわざ水着に着替える意味が分からない。
ファンでもないやつに声を掛けられて困るのは小日向なのである。
「嫉妬かしら?」
「女性たる者。むやみに肌を見せるべきではないと、言いたいのではないか?」
「いんや。こいつ、頭使って考えてないから……」
はっ、散々な物言いである。
とりあえず、わざわざ着替え、小日向が水着姿になる必要はないだろう。
「まだ着ていない水着があるよ」
ファンサしないとね。
何で何着も水着があるんですかねぇ。
今年の水着は、可愛いデザインばかりなのは何度も聞いたけれど、ワイはそんなにいらないと思います。
小日向は何着もあるその中から、マイベスト水着を選ぶ。
可愛いフリルが付いたピンクの水着だった。
まるで小学生が好きそうなシンプルで可愛いものであり、小日向に似合わないものはないと言えど、少女趣味過ぎる。
もう少し大人っぽいデザインの方が大衆受けするのではないか。
如何に小日向が綺麗よりも可愛いデザインに適正があるとしても、可愛い過ぎひんかね。

だって、お前ロリコンやん。

おう。そうやな。
一発で男を黙らすのはやめてね。
言葉の暴力は、殴り飛ばされるよりも痛いのだ。
あと、一応話には入って来ないが、クラスメートも全員話を聞いているんだからね。

「水着を着るのはいいが、上にTシャツ羽織っておけよ」
「え~、Tシャツなんて持ってきてないよ」
「しゃあないなぁ。俺の予備のTシャツを持ってきてやるよ」
「彼Tってやつだね!?」
どやっ。
この子、アホなのかな。
特別感出して、嬉しがることではない。
「いや、元々お前のデザインしたTシャツだから、お前の元に回帰しただけだぞ」
普通の人が見たら、小日向が小日向のTシャツを着ているだけだ。
それでも、男の子からシャツを借りるのは勝手が違うというか、特別感がある。
女の子は、ペアルックに憧れがある。
好きな人のものを借りることで、距離が近付いた気がする。
女の子はそういうの好きだよな。
小日向の恋愛観をボケーっと聞いていると、あることに気付いてしまった。
四面楚歌やんけ!
全員に睨まれていた。

よんいちカウントが溜まる。

よんいちカウントとは、恋愛イベントを全キャラ分こなさないといけない世界の法則である。
一人だけが特別にならないように、平等に扱え。

女の子は。
可愛くて。
寂しがりやで。
うんまいものが食べたいんだよォーッ。
モモンガ生誕祭2023。

なん……。
くるくる。
巻き付いたそれは、俺の足を引っ張る。
わけわからん。
急展開すんな。

風夏だけを特別扱いして。
女の子を舐めてんのか。
非難轟々だ。
ええ……。
してないけど。
赤ちゃんで甘えん坊な小日向ならまだしも、他のやつは俺のシャツを借りたり、ペアルックとか興味がないだろうに。
恋人に合わせるなど、ガキ臭い趣味だと鼻で笑うタイプである。
だけども大人の女の子だって、他人が羨ましく思える。
その嫉妬心は、人間が持ち合わせていても間違っていない感情だったが、お前らはちいかわじゃなくて、でかつよやんけ。
可愛く言ったところで、中身を知っている俺からしたら怖いだけなんだが。

萌花は、視線を下げ。
口にする。
「もっと言葉を選んだ方がいいんじゃないか?」
今際の際だぞ。
「ーーッ」
一瞬の出来事だ。
身体中の血液が冷たい。
全身が強張り、身動きが取れなくなる。
これは、何なのだ。
……遺伝子レベルで刻まれた。
雌への恐怖だ。
この時、萌花の放つ圧倒的な雌のオーラに、東山ハジメの遺伝子が屈する。
親父の記憶ってコト?!
怪異系の話や!?
「だから、キレてんのにふざけんなよ」
「うわああ、ごめんなさいっ!」

そのあと、怒りが収まった萌花に冷コーを淹れてあげたら許してくれた。
「全員に伝わんねえから、冷コーって略すな。ちゃんとコーヒーって言え」
もえちゃん、優しい。
もえちゃんは、テーブルに置かれた手付かずのコーヒーを眺める。
苦いブラックが苦手な萌花の為に、シロップとコーヒーフレッシュを用意してある。
「苦味と酸味しかしない飲み物で喜ぶのはお前だけだぞ」
それでも無理して飲んでくれる。
もえちゃん、優しい。
優しいのだ。
誰が何を言おうと、萌花は誰よりも優しいのだ。
「自己暗示すんな。私の話を聞けや」


それから、小日向と一緒に海の家に出向く。
砂浜を歩いて海の家に入ると、ちょむ子は今日も頑張って焼きそばを作っていた。
お客さんが来たと思ったのか、直ぐにこちらに気付く。
「風夏ちゃん……」
「やあやあ」
それを挨拶にすんな。
都会人が全員それで挨拶していると勘違いするじゃないか。

ちょむ子は、マイ焼きそばヘラを投げ捨て、小日向に挨拶をする。
……鉄板に手を付いて乗り越えなかったか、この女。
推しの両手を握り、感極まっていた。
「私、風夏ちゃんのことが、ずっと憧れで、ずっと好きなんです!」
おんおん。
「わー、ありがとう。いつも私のことを応援してくれて、ありがとね」
「違うんです。感謝しているのは、私なんです……。ずっと憧れていたから、いろんなことを頑張れたんだもん」
ちょむ子の気持ちに応えるように、小日向は手を握り返す。
ちょむ子、号泣。
憧れの人の前で号泣し、恥ずかしい姿は見せたくない。
でも、田舎のギャルからしたら、都会生まれの憧れの読者モデルに出会うなんて、夢のまた夢である。
「うぉんうぉん」
ちょむ子は素直な子だ。
田舎のギャルは優しかった。
頭が悪くたっていい。
格好が悪くたっていい。
どれほど不器用な生き方でも、泣かない人生より、泣く人生の方が素敵である。
ちょむ子が、小日向風夏のどこに憧れていたのかは分からないけれど、夢の為に指先がソースの匂いになるまで、バイトを頑張っていた。
それは事実なのだ。
そんな娘には幸せになってほしい。
心から感動するほどに、嬉しくなってしまっていた。
ただまあ、小日向に出会えたことが嬉しいのは分かるが、鉄板の上の焼きそばを完全放置しないでほしい。
可愛い我が子が鉄板に焼かれ、息絶え絶えである。
感動の隣では、焦げる焼きそば。
食べ物は、無駄には出来ない。
俺が焼き肉作るの?
何で、ちょむ子の代わりにヘラ返ししないといけないんだよ。
焼きそばが焦げないように、保温の鉄板の位置に移す。
しかも、それだけではなく、買いに来た人達への販売までさせられていた。
イケイケの兄ちゃんが焼きそばを買ってくれる。
「若いの、暑いのにバイトとか偉いな。頑張れよ」
「あざっす。うちの焼きそば、めっちゃ美味しいんで、温かいうちに食べてくださいね」

頑張って作った焼きそば。
それが売れていく。
突如流れたのは、存在しない記憶。
ひと夏の間、ずっと続けてきた焼きそばバイトの記憶が、鮮明に引き出されるのであった。
色紙を渡しにきただけなのに。
焼きそばを売る人生になっていた。

鉄板の上の焼きそばが完売したあたりで、ちょむ子が落ち着きを見せる。
「すみません。落ち着きます。……そうでした。何で二人ともこちらに居るんですか?」
「いや、ちょむ子が色紙欲しがっていたから、持ってきたんだよ。カフェとか観光スポットとか色々教えてくれたしな。助かったよ、ありがとう」
「私のファンだって、ハジメちゃんから聞いたからね」
「神ぃ……しゅき。いっぱい推せる❤️」
自然の流れで、絵文字のハート使うな。
恥ずかしい。
めっちゃにやける。
ちょむ子はそう言いながら、恥ずかしそうに頬を赤らめる。
隠し切れてない。
あと、だからって、照れ隠しでヘラをぶんぶん振り回すな。
木柱を貫通する切れ味だろ、それ。
「他の二人は居ないのか?」
「ここのかき氷より美味しいかき氷を買いに行くって言ってました」
二軒先のインスタ映え確定のお洒落なかき氷を求めて旅に出た。
……脈絡ないことしてんなぁ。
ギャルの生態を舐めていた。
ノリで生きている。
かき氷を買ったらあいつらはすぐ戻ってくるって言っていたので、ちょむ子に色紙を渡しておく。
「わぁ、ありがとうございます」
俺のイラストと、小日向のサイン入りだ。
他の二人にも色紙を用意してある。
悪いが、時間がなかったので俺の描きたいデザインでイラストを描かせてもらっている。
ちょむ子は、ジッと色紙を見て。
「あの二人に渡さないとダメ?」
うん。駄目。
絶対。
あの二人には渡す価値がないとか、言いたいことは分かるが、仕事中に遊びにきてくれる親友には敬意を払いなさい。
汗をかきながら仕事をしている最中に、隣でかき氷食べながら涼んでいても親友と呼べるのか。 
あ、うん。
分かっていたが、常日頃の恨みがやばい。
まあ、一発殴っておけ。
それくらいなら許されるからさ。

ともあれ、喜んでくれているのは有難いが、色紙を三枚も独占するわけにはいかない。
三人に一枚ずつ描いたわけだしな。
あと、俺に会いに来れば色紙くらいいつでも描いてやる。
だから、すまないが俺に会いに来てくれ。
イベントやコミケに参加したら簡単に会えるし。
田舎からだと、都内に来るまでが大変だろうが、そこは仕方ない。
みんなそうしている。
大変だが、北海道や沖縄から来ているファンよりかは、マシであろう。
「分かりました。二人にはちゃんと渡しときます。あ、でもイラストは保存させて頂きます」
ちょむ子は、スマホで色紙の写真を撮っておく。
ちゃっかりしているなぁ。
自分の色紙は大切に鞄に仕舞い、ちょむ子は仕事モードに入る。
ヘラを構える。
「でわ、せっかくですから、私の焼きそばを食べていってください」
もう食べたけど。
推しには、作りたての焼きそばを食べてほしい。
二日前にやったわ。
女って話を聞かないよな。
「わあ、焼きそば大好き!」
まあ、小日向は二度お昼ごはんを食べても足りないタイプだから、大丈夫そうだった。
俺は腹一杯だから遠慮しておく。
白鷺が作った味噌汁を飲み過ぎたからな。

流石、毎日焼きそばを作っているだけある。
ちょむ子は、華麗なヘラ捌きで、焼きそばを作る。
一切の無駄がない。
「ちょむ子特製、海の家焼きそば! たおあがりよ!!」
プラスチックパックに入れた焼きそばをテーブルに叩き付ける。
だから、量がおかしいんだって。
並々と注がれた焼きそば。
コラボカフェにありそうなネーミングセンスであった。
名前のセンス以上に、この焼きそばは美味しいのだ。
特製ソースの香り。
太い焼きそば麺。
しゃきしゃきの野菜。
青のりと紅生姜のアクセントが食欲をそそる。
小日向は、美味そうに焼きそばを食べていた。
元の性格が子供っぽい分、本当に美味しそうに食べるものだ。
作った方も喜ばしい。
うまうまっ。
二人前の焼きそばを、一人で食べ切っていた。
化物かな。
……毎日あれだけ食べていて、よく太らないものだ。
まあ、人よりよく喋るし元気なやつだから、生命活動を維持するのに、二人分以上のカロリーが必要なのだろう。
読者モデルが、ぱくぱくですわ。
女の子は、痩せる為にダイエットをしないといけない。
全ての女の子は、痩せていなければ可愛くないという強迫観念に襲われ、悩んでいる。
それが普通だ。

しかし彼女は、時代に逆行する。
食べることを悪とする時代から、食べることで幸せを表現する時代に。
自由に生きる女の子は何よりも美しい。
いつも笑顔でいて。
幸せでいる。
人の憧れを体現するもの。
正しくそれは太陽なのだ。
小日向風夏。
その姿を全ての女の子に見せるのが、小日向の役目であり、読者モデルの仕事である。

という大義名分を得て、SNSで合法的に飯テロをする女である。
「もぐもぐ」
身長と胸の成長は完全に止まっているのに、まだ成長出来ると思っているくらいに食べていた。
風夏ちゃんの成長速度は天井知らずやで。
世界狙えるわ。
まあ、食べ過ぎて太られても困るが、焼きそばだし、お肉少なめ。
野菜多め。
健康的だから問題ないか。
まあ、何だかんだ幸せそうに食べる小日向は好きだからな。

「おうおうおう」
「オットセイが通るぞ」
かき氷片手に、ギャル二人が真ん中を歩いてくる。
いや、意味分からん。
ヤンキーじゃなくてオットセイの真似をしていたのかよ。
水着姿の白ギャル黒ギャルが、肩で歩きながら、おっぱいを揺らしていた。
登場の仕方がサブキャラのソレではない。
お前ら、登場二回目だぞ。
もっとおしとやかな態度で出て来てくれ。
キャラの濃さで勝負をするな。
女は度胸。
男は愛嬌。
性別が逆転した世界になっていた。
小日向はキレる。
「私は、まだ成長期だからッ!」
あと一年あれば、ぼいんぼいんのナイスボディになる。
誰もが羨む巨乳になってやる。
いや、お前のママと同じくらいやで。
どう考えても、遺伝子的な壁にぶち当たっている。
小日向の胸は、俺が貸したTシャツの文字が歪まないくらいに、平面なんだよなぁ。
……後日談。
小日向ママから鬼ラインが来た。

自分の方が魅力的なのに。
普通の女の子は、無い物ねだり。
小日向は、自分が世界一の有名人だということを忘れていやがる。
後ろを振り向けば、誰もがお前を見て憧れ、綺麗だと思っているというのに。
憧れそれは捨てたんだよ」
誰よりも可愛い。
それすらも忘れて、怒っていた。
綺麗な女の子が、他の娘に嫉妬しているのは、可愛げがあるのか。
彼氏に見ていてほしい。
彼女の嫉妬に、それを羨む野郎もいるわけだが。
美人な小日向が羨ましいだけだ。
他人は、小日向の顔しか見ていないのだ。
こいつの面倒さを知っていたら、付き合いたい。
可愛いとは到底思えないだろうさ。
「付き合ってんじゃん」
「付き合ってるんだよなぁ」
ええい。
お前ら、ツッコミを入れるな。
俺が居ないとこいつは駄目なだけだから、仕方なく俺が面倒を見ているだけだ。
別に俺が小日向を好きってわけではないぞ。
可愛いと思ったこともない。
いやまあ世間一般的には小日向はかなり可愛いかも知れないけどさ。
ただただ、面倒な妹が一人増えたくらいの認識でしかない。
「妹と同じとか、無償の愛ぢゃん」
「ふつー、カレカノの愛情より、家族愛のが上だかんね!」
殺してくれ。
殺してくれ。
俺は好きじゃないもん。
「自害するレベルで認めないとか、大人げないぞ!!」
「ハジメェ、かき氷喰わせるぞ!!」
やめてぇ。
近付かないでくれ。
お前ら二人とも、水着姿だし、おっぱいが見えている。
艶々な煮卵みたいなおっぱいだ。
いや、それ以上に、俺に甘いものを近付けないでくれ。
匂いが甘過ぎる。
甘いものを食べさせる拷問で、追い詰めないでくれ。
血も涙もない。
「じゃじゃ~ん!」
ギャルしか出来ないゲス顔で、インスタ映え確定のお洒落かき氷を見せびらかす。
なんで……、そんな。
こいつらが持っていたのは、普通のかき氷ではない。
イチゴ味でも、ブルーハワイでもない。
真夏の砂浜を歩いて買いに言っただけあり。

台湾練乳ミルクマンゴーかき氷!!

やめろ。
……マンゴーはあかんやろ。
全年齢の作品だぞ。
練乳ミルクがいっぱいかかっているマンゴーかき氷は、堪えられない。
文章だからまだ卑猥じゃないが、アニメ化したらモザイクやんけ!
かき氷の上に、並々と注がれたマンゴーと練乳ミルク。
マンゴーと練乳ミルクは好きなだけ盛っていい。
ギャルの鬼盛りだ。
そのせいか、紙カップから練乳ミルクが垂れていた。
「いぇ~い。みんなぁ、ハジメちゃんにぃ。インスタにあげてそうなスイーツ女子が大好きなぁ、激甘台湾練乳ミルクマンゴーかき氷いっぱい食べさせまあ~す♪」
ギャルのマンゴーが。
マンゴーが俺を攻め立てる。
マンゴーを食べるのは初めてだったのに。
悔しいことに、ちょっと美味しいと思ってしまう俺がいた。

そして、俺達の海旅行は終わりを告げるのであった。
完。


おまけ。

ずっと訳分からないことばかりをし、疲れ果てた。
コテージに戻った後は、直ぐに帰り支度だ。
それから帰りの電車に揺られ。
やっとこさ、地元の電車に乗って、いつもの帰路にたどり着いた。
クラスメートの殆んどは自分の駅で降りて、残るはいつものメンバーだった。
白鷺が駅を降りる数分前。
「白鷺。すまないが、お義父さんにこれを渡しておいてくれないか?」
俺は鞄から封筒を取り出し、白鷺に手渡す。
封筒の中には、手紙が一枚。
白鷺のお義父さんに感謝の意味を込めた手紙を書いたのであった。
本来ならば直接出向いて、今回の旅行のことを感謝したかったが、流石の俺でも疲れて動けそうになかった。
隣では小日向が口開けて爆睡しているし、この状況を誰かにぶん投げて帰るわけにもいかないのだ。
「ああ、承った。お父様には私から伝えておこう」
「すまないな。白鷺が一番頑張ってくれたのに、色々と任せっぱなしで」
「構わないさ。風夏達が喜んでくれたのならば、それが私の幸せだ」
白鷺は本心からそう言ってくれていた。
他人の幸せは、自分の幸せ。
小日向は、俺の肩によだれ垂らして幸せそうに寝てますが。
幸せなのかは置いておいて。
そう言ってくれて助かる。
「白鷺、ありがとう。今回のことは、今度穴埋めするからな」
「ならば、期待しておこう」
優しく。
それでいて、したたかな笑みを浮かべる。
……女だなあ。
なんかまあ、珍しい表情をする白鷺を見て、少しばかしドキッとしてしまう。
白鷺はそういう表情もするのだな。
いつも一緒にいるのに、新しい一面を不意に見せる。
本人はそんなことも気にせず、白鷺はすぐに手紙を仕舞い、電車から降りる。
「みんな、さらばだ」
急な展開過ぎて、情緒が壊れるわ。
女の子の切り替えが早い。
手を振って、みんなで白鷺を見送る。
白鷺も手を振り替えしてくれる。
可愛い。
「東山くん、冬華には優しいよね」
秋月さんはそう言うけど。
いや、白鷺には優しくしているけど、よんいち組の中で贔屓しているわけではない。
あんまり口にすべきではないが。
分かりやすい言葉を使う。
「秋月さん。今回掛かった旅行費聞きたい?」
「あ、うん。遠慮しておくわ……」
今回借りたコテージの桁の違いに気付いたのだ。
聞いてしまったら、一般人がドン引くレベルだ。
それはそうなるだろう。
愛はお金で買えないが、お金で思い出が買えるなら安いものである。
人の価値とは、平等に見えるが平等ではない。
親は、我が子の為ならば、どれほどの苦労であっても厭わない。
愛娘の、高校最後の思い出作りの為に、クラスメート数十人分の旅行費を出してくれたのだ。
如何に空気が読めない俺だって、気を遣うものだ。
まあ、白鷺のお義父さんはそれさえも気にしない人だ。
故に勝てない。
堂々とした態度でいる。
同じ男として、絶対に越えられない壁なのだ。
年上を越えるのが、男の役目。
しかし、それが出来ぬから困ったものである。
俺のことを認めてくれていても、絶対に越えさせてはくれない。
白鷺のお父さんは無意識だろうが、同じ男として容赦ない時がある。

多少厳しく、それでいて優しく。
先代から受け継いだ白鷺家の男としての教訓を、俺へと教えてくれていたのだ。
勉強や生きざま。
美術や芸術を通じて、そういう日を作ってくれていた。
感謝してばかりで、返せない。
今の俺に出来ることは、手紙を書いて俺の気持ちを読んでもらうことしか出来ない。
だけれど、いつか、この恩を返していこう。
数年以上、数十年以上掛かってでも、あの人が望むような男にならないといけない。
父親の背中を追う子供かのように。
ずっと追い掛けていた。

尊敬する人が増える度に、俺は思うのだ。
背負うものが増える度に、心に決めて、決意するのだ。
この感謝の気持ちを忘れずに努力をしよう。
どんなに時間が掛かろうとも、認めてもらえるくらいの男にならないといけないだろうと。
人は、歳を取るだけは容易だ。
しかし、努力をしなければ本当の男にはなれない。
男には、男の世界がある。
女が知らない世界がある。

血と肉に刻まれたモノ。
肌で感じ、心臓がそれに応えてくれる。
俺は男に生まれたことに感謝をしていた。
追い掛けるべき背中があり。
守るべき場所と、戦うべき場所がある。
いつか、死ぬべき場所がある。

電車に揺られながら、外の景色を眺めていた。
この世界は、蒼く輝いている。
電車は揺られ揺られ、見える景色が映画のフィルムのように移り変わろうとも、この想いは変わらない。


よんいち組サイド。
初めて見る。
愛する人の目で見る風景。
愛を知った世界。
その景色は、愛のように替え難い程に美しい。
一色しか知らない私の世界に、彼は知らない色を足してくれる。
自分という、ちっぽけな女の子の世界の、色彩を豊かにしてくれる。
鮮やかな四つの季節。
その色を少しずつ混ぜると、貴方は黒くなるだろう。
生まれも家庭も境遇も別々。
私達は、全く違う四つの色。
同じ人を好きになった。
貴方は、黒色に見える程に色々な色が混ざり合った綺麗な色。
私達は、二度目の季節を過ごし。
同じ四季なのに。
同じ日々なのに。
この想いはずっと変わり続けていく。
電車から見える風景は、映画のフィルムのように、見ている景色が色濃く変わっていく。
ずっとずっと変わりゆく日々。


この想いは変わらない。
この想いは変わり続けていく。

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