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第65話 七刻石(1)
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※今回、話の切れ目ではないところで切っています。
* * *
今日は涼夏が少し早く帰らなければならないと言うので、軽くハグして教室で別れた。
一人でスマホをいじりながら、絢音の掃除が終わるのを待つ。開け放たれた窓から入る風はすっかり秋だ。むしろ冬だ。
校庭の木々はもはや緑色の部分がない程に色付いているが、紅葉の季節とはこんなにも寒かっただろうか。
ウィキペディアのランダム機能で表示された『シビュラの託宣』の記事を読んでいると、背中から柔らかく抱き締められた。絢音の手付きだ。絢音じゃなかったら怖いが。
「何を見てるの?」
絢音が耳元で囁く。教室にはまだ他の生徒が結構残っているのに、相変わらずお構いなしだ。
「シビュラの託宣。知ってる?」
「知らない。何それ」
絢音が興味深そうに、背中越しにスマホを覗き込む。背中があったかい。
「シビュラは古代の地中海世界の巫女だって」
「人名? それとも、ユナ高のシビュラである野阪千紗都みたいな使い方をするの?」
「後者だね。そのシビュラの神託をまとめたシビュラの書っていうのがあって、それっぽく作った偽物みたい」
私もまだ5分の1も読めていないので、ざっくり概要を伝えると、絢音は「偽物かー」と残念そうに呟いた。偽物とは言え、とても古い書物なので価値があるようだ。
教室の掃除が終わって机が元の位置に戻されたので、自分の席に座った。2学期は絢音と前後なので、絢音が椅子をこっちに向けて座る。
シビュラの託宣について二人で知識を深めるか、何か別の話をするか様子を窺うと、絢音はネタを用意していたようで、ノーシンキングで口を開いた。
「絢音七刻石って知ってる?」
「初耳だね。アヤネって絢音? 有名なの?」
偶然絢音と同じ響きの何かだろうか。シビュラの託宣とどっちが有名なのだろうと考えていると、絢音が優しげな眼差しで微笑んだ。
「掃除中に考えた」
知っているわけがなかった。
「絢音七刻石はどういうものなの?」
これが奈都だったらそこまで考えていないだろうが、絢音ならきっとストーリーがあるに違いない。期待を込めて続きを促すと、絢音は満足そうに頷いた。
「全国各地にある、『絢音』って刻まれた七つの石のことだね」
「あるの?」
「今はないけど」
「ないんだ」
まだ概念の段階だった。少しガッカリすると、絢音は私たちの人生はこれからだと笑った。
「北海道、東北、関東、中部、近畿、中国・四国、九州・沖縄に一つずつ置かれる」
「九州と沖縄はすごく遠いのに、いつもまとめられる感」
「お姉ちゃんなんだから我慢しなさい」
「言われたことある?」
「少なからず。涼夏もありそうだけどどうだろう」
絢音が意味もなく指で机に平仮名の「す」を書きながら言った。まあまあ生意気というか、年齢相応の妹がいるが、幼い頃はどんな姉妹だったのだろう。涼夏が怒ると従順だが、涼夏が怒ったら私でも従順になる。
それはまた涼夏がいる時に聞くとして、今は絢音七刻石だ。それはどういう目的で作られたものか聞くと、絢音はそこまで考えていたようで、勝気な瞳で即答した。
「権力を誇示するためだね」
「絢音の権力か」
それはどんなものだろうと思考を巡らせると、絢音が正面から私の顔をじっと見つめた。
絢音は可愛い。至近距離で見れるのは嬉しいが、相手も同じ距離で自分を見ていると思うとちょっと恥ずかしい。こういうのを深淵の法則というのだと、前に奈都が言っていた。奈都のことだから、またアニメのネタかと思ったら、ニーチェの言葉らしい。
「前提として、千紗都は七刻石は知ってる?」
絢音が知識のレベルを合わせるようにそう聞いた。私は少しだけ驚きながら首を横に振った。
「それは元ネタありなの? 完全オリジナルかと思った」
「私にそんなオリジナリティーはないよ」
自分はオマージュの王だと、絢音が胸を張った。偉そうに言うことではないと思う。
「秦の始皇帝が、色んなところに建てた石碑だね。現存してるのは2つだけだって」
「もっと小さなものかと思った」
「絢音七刻石は小さい予定。オリジナルは、始皇帝の偉業が書かれてるって。ちょっと内容までは知らないけど」
「絢音の偉業」
「私のは名前が書いてあるだけ」
絢音が両手でおにぎりサイズの円を作った。それでもまあまあ大きい。
「将来国内の色んなところを旅したら、その足跡として、絢音七刻石を置いていこうと思うの」
絢音が真顔でそう言うが、それは場所によっては捕まるやつではないだろうか。
「昔、砂丘に名前を書いて捕まった人がいなかった?」
「それは、日本一の鳥取砂丘を守り育てる条例に違反したからだね」
「何その条例」
ちょっとありそうもない条例なので、絢音のオリジナルだろう。私も、野阪千紗都を守り育てる条例によって保護されたい。
「絢音七刻石を置くのに相応しい場所を考えて、旅の最中に置こう。むしろ、それを目的に旅をする」
絢音がスマホで地図を開いて拡大した。住んでいる県を除く大半が未知のエリアだ。なるほど、私たちには多くの可能性が残されている。
* * *
今日は涼夏が少し早く帰らなければならないと言うので、軽くハグして教室で別れた。
一人でスマホをいじりながら、絢音の掃除が終わるのを待つ。開け放たれた窓から入る風はすっかり秋だ。むしろ冬だ。
校庭の木々はもはや緑色の部分がない程に色付いているが、紅葉の季節とはこんなにも寒かっただろうか。
ウィキペディアのランダム機能で表示された『シビュラの託宣』の記事を読んでいると、背中から柔らかく抱き締められた。絢音の手付きだ。絢音じゃなかったら怖いが。
「何を見てるの?」
絢音が耳元で囁く。教室にはまだ他の生徒が結構残っているのに、相変わらずお構いなしだ。
「シビュラの託宣。知ってる?」
「知らない。何それ」
絢音が興味深そうに、背中越しにスマホを覗き込む。背中があったかい。
「シビュラは古代の地中海世界の巫女だって」
「人名? それとも、ユナ高のシビュラである野阪千紗都みたいな使い方をするの?」
「後者だね。そのシビュラの神託をまとめたシビュラの書っていうのがあって、それっぽく作った偽物みたい」
私もまだ5分の1も読めていないので、ざっくり概要を伝えると、絢音は「偽物かー」と残念そうに呟いた。偽物とは言え、とても古い書物なので価値があるようだ。
教室の掃除が終わって机が元の位置に戻されたので、自分の席に座った。2学期は絢音と前後なので、絢音が椅子をこっちに向けて座る。
シビュラの託宣について二人で知識を深めるか、何か別の話をするか様子を窺うと、絢音はネタを用意していたようで、ノーシンキングで口を開いた。
「絢音七刻石って知ってる?」
「初耳だね。アヤネって絢音? 有名なの?」
偶然絢音と同じ響きの何かだろうか。シビュラの託宣とどっちが有名なのだろうと考えていると、絢音が優しげな眼差しで微笑んだ。
「掃除中に考えた」
知っているわけがなかった。
「絢音七刻石はどういうものなの?」
これが奈都だったらそこまで考えていないだろうが、絢音ならきっとストーリーがあるに違いない。期待を込めて続きを促すと、絢音は満足そうに頷いた。
「全国各地にある、『絢音』って刻まれた七つの石のことだね」
「あるの?」
「今はないけど」
「ないんだ」
まだ概念の段階だった。少しガッカリすると、絢音は私たちの人生はこれからだと笑った。
「北海道、東北、関東、中部、近畿、中国・四国、九州・沖縄に一つずつ置かれる」
「九州と沖縄はすごく遠いのに、いつもまとめられる感」
「お姉ちゃんなんだから我慢しなさい」
「言われたことある?」
「少なからず。涼夏もありそうだけどどうだろう」
絢音が意味もなく指で机に平仮名の「す」を書きながら言った。まあまあ生意気というか、年齢相応の妹がいるが、幼い頃はどんな姉妹だったのだろう。涼夏が怒ると従順だが、涼夏が怒ったら私でも従順になる。
それはまた涼夏がいる時に聞くとして、今は絢音七刻石だ。それはどういう目的で作られたものか聞くと、絢音はそこまで考えていたようで、勝気な瞳で即答した。
「権力を誇示するためだね」
「絢音の権力か」
それはどんなものだろうと思考を巡らせると、絢音が正面から私の顔をじっと見つめた。
絢音は可愛い。至近距離で見れるのは嬉しいが、相手も同じ距離で自分を見ていると思うとちょっと恥ずかしい。こういうのを深淵の法則というのだと、前に奈都が言っていた。奈都のことだから、またアニメのネタかと思ったら、ニーチェの言葉らしい。
「前提として、千紗都は七刻石は知ってる?」
絢音が知識のレベルを合わせるようにそう聞いた。私は少しだけ驚きながら首を横に振った。
「それは元ネタありなの? 完全オリジナルかと思った」
「私にそんなオリジナリティーはないよ」
自分はオマージュの王だと、絢音が胸を張った。偉そうに言うことではないと思う。
「秦の始皇帝が、色んなところに建てた石碑だね。現存してるのは2つだけだって」
「もっと小さなものかと思った」
「絢音七刻石は小さい予定。オリジナルは、始皇帝の偉業が書かれてるって。ちょっと内容までは知らないけど」
「絢音の偉業」
「私のは名前が書いてあるだけ」
絢音が両手でおにぎりサイズの円を作った。それでもまあまあ大きい。
「将来国内の色んなところを旅したら、その足跡として、絢音七刻石を置いていこうと思うの」
絢音が真顔でそう言うが、それは場所によっては捕まるやつではないだろうか。
「昔、砂丘に名前を書いて捕まった人がいなかった?」
「それは、日本一の鳥取砂丘を守り育てる条例に違反したからだね」
「何その条例」
ちょっとありそうもない条例なので、絢音のオリジナルだろう。私も、野阪千紗都を守り育てる条例によって保護されたい。
「絢音七刻石を置くのに相応しい場所を考えて、旅の最中に置こう。むしろ、それを目的に旅をする」
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